ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
60階層より下は、本来あるべき環境に戻っていた。
『氷河の領域』と呼ばれ、深層のモンスターですら凍える領域だ。だからこそ、これより下の階層から上がってこられるモンスターは少ない。ある意味、数階層続くこの領域が無ければ、人類の深層到達は今以上に困難であっただろう。
10メートル先も見えない吹雪や、マイナス40度を下回る極寒の空間。
こんな場所に薄着で来ようとしていたリュー・リオンは、まさに命拾いしていた。彼女に貸し出されたのは、
ボンドルドが”星の羅針盤”で次の階層への階段を目指して進む。この吹雪の中で遭難しないように、全員の腕は
同じ階層内にいるのなら通信できる便利なマジックアイテム。こんな便利なアイテムがあればダンジョン攻略が劇的に捗るのでは、とニイナ・チュールは思った。【ロキ・ファミリア】時代にも「指示が聞こえない」「周りがうるさい」といった問題が多くあり、複雑なハンドサインを覚えるのだって一苦労だったのだ。
「ニイナお姉ちゃん。ただ進むのもつまらないから、ちょっとお話ししよう。【ロキ・ファミリア】のフィン団長って、【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】を超えるって意気込みがあったんだけど、どうして今みたいになっちゃったの? ニイナお姉ちゃんのようなトップクラスのヒーラーまでファミリアに引き込んだのに、これじゃ宝の持ち腐れよ」
「ファミリアに誘われた時はそんな雰囲気じゃなかったんだけど……
次の世代に名誉回復を託すのも悪くはないが、アマゾネスの女性と子供を作っても通常はアマゾネスしか生まれない。しかも100%女子だ。フィンが望むような
ボンドルドはこの時、脳裏に疑問が浮かんだ。”希望がない組”で最終手段を使った
フィン・ディムナは、世間で謎の出産が増えていることを当然把握している。ファミリア内部でも処女受胎したと言われるリヴェリアがおり、アイズやレフィーヤだってそうだ。彼はある仮説を立て、自らの子種を
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。次の世代の誰かに望みを託す。
【アストレア・ファミリア】のライラが持ち込んできた子種が実際にそれだ。転んでもただでは起き上がらない彼の狂気が感じられる。
「大変なんだね、【ロキ・ファミリア】も。緑のお姉ちゃんやアイズお姉ちゃん、レフィーヤお姉ちゃんたちは元気にしてる? アイズお姉ちゃんとは戦ったこともあるし、レフィーヤお姉ちゃんとは学区に体験入学した際、一緒にダンジョンの実地研修に行ったのよ」
「あぁ~、そういえばプルシュカちゃんは優等生チームにいましたね! 懐かしいな~。あと、緑のお姉ちゃんは……ちょっと不敬だからリヴェリア様ね。みんな誰が父親なのか絶対に言わないんですよ。そりゃあ名乗り出たら殺されそうなのは分かりますが、男として責任を果たすべきです」
この発言から、約束が守られていることが改めて判明する。
言わないし言えないだろう。リヴェリアは、自分の卵〇から精〇を作って自分で育てたのだ。自分のクローンを作ったようなものだ。アイズとレフィーヤは双方の母であり父でもある……次世代の魔法剣士として才能はすさまじいものになる。
地獄だ。本当に地獄の光景だ。神ロキは、この地獄を作った責任を取るべきだ。彼女たちに女の幸せを教えなかったことの責任を。
【ロキ・ファミリア】の男性陣営は、美しいファミリアの女性団員たちが子供を抱きかかえている姿を見せつけられているのだから、日々辛いだろう。脳みそが焼けて死にそうだろう。
「大変だね。でも、あたしが心配することじゃないけど……アイズお姉ちゃんとか子育て難しそうなのによくやってるわね。緑のお姉さんも」
「実は……私のママが”アルヴの王森”から呼ばれたんです。リヴェリア様に雇われて託児所で保母さんをやってます。病弱だったけど、涅院長が処方してくれる薬や治療のおかげでみるみる回復して……本当にありがとうございます。今まで、見た目が胡散臭い人は悪人とか思っていましたが、違うって理解しました」
「エルフの患者となるとアイナ・リンドールだネ。な~に、あの程度の病など私の手にかかれば一か月で治るさ。胡散臭いは、余計だヨ!! 後、見た目悪人は大体悪人だから気を付けるんだヨ。ハイエルフの奔流である君達を欲しがる連中は山ほどいる」
ハイエルフの血を狙うなど不届き者も世界には多くはないが実在する。その代表格が、【アスクレピオス・ファミリア】だ。既に奔流だけでなく、ハイエルフ王家の血も遺伝子も入手済みだ。だから、今はもう狙わない。
悪人面は大体悪人。それは間違いない。
「じゃあ、オラリオで子供が安全に暮らせるように頑張ろう!! でも、その前にパパ~、プルシュカ達もお手伝いした方がいい? 割と手が空いているわよ」
「何も問題ありません。アイスゴーレム程度です。視界が悪いので貴方達はニイナさんを最優先してください」
前方ではボンドルドの
右側を守護するショウ・タッカーも同じくランクアップの影響で、ただでさえバカ高い錬金術の錬成速度も威力も燃費も向上していた。この吹雪の中で数十発のナパーム弾が爆発したかのごとく数百メートルが消し飛んだ。吹雪の中なのに熱風で暑さを感じる程だ。
「流石、タッカーさんの錬金術。モンスターどころか地形まで……あんまり火力出し過ぎると、ジャガーノートを産み出しちゃうからセーブしてね」
「すまない。少し寒さで手元が狂ってね。モンスター掃除は大人に任せて、君達はヒーラーをしっかり守るんだよ」
だが、これに負けまいと気合を入れ直すオッタルがいる。オラリオの『頂天』であり、神フレイヤよりファミリアを代表してこの遠征に参加している。確かに、外部参加者だ。だが、深層攻略の戦力として派遣されてお客様では居られない。
「すご~い。これでこのフロアのモンスターもおしまいね」
「プルシュカ氏。【アスクレピオス・ファミリア】の医療系ファミリアの看板……下ろしませんか。これで医療系は詐欺ですよ」
院長クラスの実力が、スキルと魔法を発動して”壊れない魔剣”を持ったオッタルに勝るとも劣らない。この次元になると、リュー・リオンではどちらが強いか判断出来ないレベルに至っている。
リュー・リオンの仕事は、爆風のタイミングでプルシュカ達を守る為、アストレア・レコードを使い結界を張る事くらいだ。リュー・リオンが補助火力扱いとは贅沢な遠征チームだ。
………
……
…
『氷河の領域』を抜けて順調にモンスターを殲滅しながら67階層まで進んでいた。道中の最短ルートはマッピングしており、後でギルドに提出される。嘗て、【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】の遠征では詳細なマップまでは情報提供されておらず、彼らのファミリア内部だけで共有されていた。
安全地帯などはなく、野宿となる。
ダンジョンにおいて野営するのに一番適しているのは、階層を下る際の通路だ。ここだけは狭く警戒するのも前後だけでよい、上下左右から敵が来ないだけでも十分ありがたい。本来なら文句を言われるが、誰も来ない階層ならば階段の前後を錬金術で完全に塞ぐことで敵の侵入を防げる。
「では、本日はここで野営します。今日一日お疲れさまでした。明日に備えて、しっかりお休みください。今タッカーさんたちが寝床を作っています。壁で仕切りますが、男女雑魚寝になります。虎杖院長は、女部屋を任せます」
「えっ、だったらパパもこっちだよ。パパの横はプルシュカだからね」
ボンドルドの中身が女神の肉体を使っている事情を、部外者は知らない。辛うじて、オッタルだけが数年前にダンジョン内でステイタスの更新をしたことがあるため、中身が神の可能性を理解している。
「プルシュカ氏。流石に貴方の父親といえど、同じ部屋で寝るのには抵抗があります。駄目です。いいですか、”男女七歳にして席を同じゅうせず”という言葉があります。もっと貞淑さを大事にしなければなりません」
「じゃあ、パパが女だったらポンコツお姉ちゃんは同じ部屋でもいいのよね? ニイナお姉ちゃんも異論はないわね。神に誓って誰にも言わない?」
パパは男であるからパパなのだ。
「相変わらず秘密が多いファミリアですね。勿論ですよ、プルシュカ氏」
「はい。私もそれで構いません」
深層攻略を共にするメンバーであるから、信頼関係構築のためにもありなのだろうかとボンドルドは考えた。確かに誰にも言うつもりがないのは分かった。問題なのは、神アルテミスの顔を知っているかという問題だ。これについては、神アルテミスの経歴でオラリオに来たことがないことが分かっており、天界に居た神でもない限り顔は知らない。
ボンドルドが暁に至る天蓋を脱ぎ捨て、仮面を外した。上下ぴっちりした黒のインナースーツを着込んだ、青い美しい髪をした女性が現れる。
「……はぁ!?
「ボンドルドです。そろそろ、名前を覚えていただけませんか。そこまで難しい名前ではないでしょう。えぇ、肉体は女性ですが何か問題でもありますか」
驚いて顔や体型をガン見してくるリュー・リオン。
彼女にとって、ここ数年で一番の驚きの事件だ。ボンドルドが女性ならば、アリーゼは一体誰の子供を妊娠して出産したのだということになる。父親に関して絶対に教えないから、多分ボンドルドなんだろうと予想していたが、これでは完全に読み違えたことになる。
普段はポンコツだが、他人の恋愛事になれば直感が冴え渡る。女とは人の色恋沙汰が大好きだ。
「どう? プルシュカのパパは、美人なんだからね。これで、同じ部屋で寝ても問題ないわね。パパ、お風呂も一緒に入ろうね。髪を洗ってあげるから」
「えぇ、助かりますプルシュカ。では、夕餉の準備を一緒にしましょう」
親子が並んで夕食の準備をするなんて、実に微笑ましい光景だ。
「こんなのアリーゼ達にも言えるわけないじゃないですか。プルシュカ氏、パパではなくママが正しいのです。ボンドルド氏から男性特有の胸や顔、下腹部を見る視線を全く感じないかと思ったらそういうことだったんですね」
「ポンコツお姉ちゃん。あんまりうるさいとごはん抜きにするよ。ダンジョンで食料という生命線を握っているのはパパとプルシュカなんだから」
遺物で水や空気を産み出し、住みやすい環境を整えながら晩御飯の食材を集める。新鮮な肉や魚はボンドルド親子が準備する。
今日の寝床を錬金術で作り上げるタッカー親子。彼らが野営地の基礎をつくる。そして、階段の出入口を岩で塞ぐ。しわ鍋という巨大な寸胴鍋のような遺物に水を張り、錬金術で沸騰させればお風呂にもなる。
ニイナ・チュールが知っている遠征とはまるで違う。
「私が知っている遠征と違う!! 」
「そうかな? プルシュカが知っている遠征は大体こんな感じよ。ニイナお姉ちゃん、明日用の緊急物資パックと”賢者の石”。今使っているのはこっちで整備点検から交換だよ。もうすぐ、精神力が全快する時間だから、食事の時に回復魔法と状態異常解除をお願い。気が付かない怪我や状態異常って怖いからね」
この遠征においてプルシュカは、メイン火力ではない。皆の遠征を支えるサポーターである。特にヒーラーの精神力管理は大事であり、ここに来るまでにしっかりと叩き込まれていた。
手際よく、皆の装備を回収して新しい物にする。
緊急物資パックには、エリクサー4本、予備のインカム
このやり取りを何の疑問もなく受け入れているオッタル。嘗ての遠征でも経験したことだった。だからこそ、ニイナ・チュールは自分がおかしいのかと錯覚する。【ロキ・ファミリア】の遠征では、ここまで管理されてはいない。
「そうそう!! お風呂は、ニイナお姉ちゃんからだよ。今日の皆を支えてくれたから一番風呂ね」
「私は、アミッドさんみたいな出汁はでませんからね!! 【ロキ・ファミリア】でも何度も試されたんですよ」
都市最高のヒーラーと名高いアミッド。
彼女は強すぎる浄化能力を持つ……そのおかげで尊厳崩壊魔法と言われるまでに極まった回復魔法は、体内のあらゆる毒素を放出させてしまう。体内のクソもそのひとつだ。あれから数年経過し、彼女はLv5になってしまった。
そのおかげで、彼女が使った湯船に入ると湯船自体が聖水と同じになってしまい、湯船に毒素が巻き散らされる。アミッドの湯は、そのおかげでもう二度と味わえない幻の温泉になった。入ったら最後、尊厳が破壊される。
そのおかげで、未だに恋人すらできていない。
彼女とディープキスでもしようものなら、
「プルシュカ、ただのお湯より温泉に入りたいから、試そう。大丈夫だって、パパたちがいるからきっと何とかしてくれる。レベルが足りないだけかもしれないから、ブーストでいくよ。パパ~」
「確かに、純粋にLvが足りないだけの可能性はあります。ニイナさんは、オラリオ三大ヒーラーに名を連ねる存在です。温泉の出汁になれる可能性は十分です。よもや、戦闘以外でこの魔法を使うことになるとは思いませんでした」
ウチデノコヅチとココノエ……この二つの魔法をボンドルドは春姫から頂戴した。貴重な魔法スロットを埋めるにふさわしい魔法だ。神々しい光の尻尾が現れ、ニイナにレベルブーストがかかる。
「はぁ!? ちょっと待ってください。
「ボンドルドです。あまり細かいことばかり気にしていると、いつまでも独身のままですよ。世の中、色々な不思議があるんです。偶然同じ魔法を発現しただけですよ」
疑似的Lv5に達したニイナ・チュールが使った後の湯は、院長達がサンプルを採取したり味見したりと、研究される。そして、効果が判明した……温泉の出汁にはならないが、口内を清潔に保つモンダミンレベルの効果がある。
これで、ダンジョンで口内環境を整えるのに役に立つ。歯磨きだけでは落とせない汚れも綺麗さっぱりと。流石は、状態異常回復に特化したヒーラーだ。オラリオに無事に帰った暁には無人販売所にニイナ印のうがい薬として販売される。これで不労所得が彼女の懐に入るのだから悪い話ではない。