ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
迷宮都市オラリオには、多種多様な特色を持つ【ファミリア】が存在する。
その筆頭が探索系【ファミリア】だ。彼らはダンジョンからの魔石やドロップアイテムなどの収集品による稼ぎで生計を立てている。他にも生産系や農業系など多岐にわたり、金銭がそれらを巡ることで都市の経済が成り立っているのだった。
医療系【ファミリア】もまた、漏れなくこの経済の循環の中に組み込まれている。
同種の特色を持つ【ファミリア】同士では、定期的な会合が開かれるのが常だ。医療系【ファミリア】も例に漏れず、各【ファミリア】から最低一人の幹部を集めて定期会合が実施されている。そこでの主な議題は診療報酬の価格調整だ。どこかの【ファミリア】が市場価格を無視した価格破壊を行うと、業界全体に多大な影響が及ぶためである。
ここで毎回問題となるのが、市場価格を完全に無視して破格の医療を提供する【アスクレピオス・ファミリア】であった。だが、彼らの医療行為は基本的にポーションや回復魔法に頼らない物理的な外科治療であり、その市場価値は彼ら自身にしか付けられない。競合他社が存在しない以上、実質的な独占市場と言えた。
一方、素早い回復を求める冒険者や金に糸目を付けない者たちは、同じ医療系【ファミリア】の大手である【ディアンケヒト・ファミリア】を頼る。看板治療師である彼女――アミッドの都市最凶ヒーラーという呼び声は伊達ではない。息さえあれば、どんな重傷でも治してみせるのだ。
しかし、そんな彼女が所属する【ディアンケヒト・ファミリア】にも大きな試練が訪れていた。アミッドのあまりにも強力すぎる浄化と回復の力により、彼女と同じ空気を吸うだけで、心にやましい気持ちを持つ者たちが激しい苦痛に身悶えするという謎の現象が発生し始めたのである。その苦しみたるや、生きたまま熱したオーブンに放り込まれたかのような激痛であった。
その結果、【ディアンケヒト・ファミリア】の医療報酬による売り上げは激減してしまった。だが代わりに、【ガネーシャ・ファミリア】が捕らえた犯罪者たちへの拷問報酬が爆発的に跳ね上がる。彼女と同じ空気を吸わせるだけで、外傷を一切残さずに凄惨な拷問が成立してしまうのだ。さらには『聖水』による水攻めで罪人の尊厳を破壊し尽くし……その結果、彼女のステイタスは上昇し、アビリティもぐんぐん向上、成長の勢いは留まることを知らなかった。
お陰で、医療報酬の売上は、激減した。代わりに、【ガネーシャ・ファミリア】が捕らえた犯罪者達への拷問報酬が爆上がりする。彼女と同じ空気をするだけで、外傷無しの拷問が行える。更には、聖水による水攻めでヒトの尊厳を破壊しつくす……そのおかげでステイタスは上昇するは、アビリティはあがるわ、成長は留まる事を知らない。
陰では『女版
「ボンドルド院長、私に良い男性を紹介していただけませんか? もう、限界なんです」
「本日の会合は、オラリオの医療系【ファミリア】同士の情報交換の場であったと記憶しておりますが……婚活相談会ではありませんよ。それに、男の紹介と言われても困惑するばかりです」
オラリオで謎の妊娠・出産が相次ぐ中、焦りを募らせていたアミッド・テアサナーレ。彼女も二十歳を超え、行き遅れ組かつ”希望がない組”に足を踏み入れている。これまで何度か開催されたボンドルド主催の婚活相談会の抽選にも外れ続け、無情にも時間だけが過ぎ去っていたのだ。
だからこそ、こうして会合にかこつけて彼らと穏便に接触できるこの機会をずっと待っていたのである。
「まあまあ、そう仰らずに。勿論、秘密は固くお守りします。ああ、ご安心ください、お世話になった方から聞いたわけではありません。当然の推論です……世の中は広いとはいえ、数々の女性たちを妊娠させられるほどの異能をお持ちなのは、あなた方【アスクレピオス・ファミリア】しかいないという確信があります」
「おやおやおや、何やら甚だしい誤解を招きそうな物言いですね。確かにあなたは”希望がない組”かもしれませんが、我々は男性を紹介するような斡旋サービスは行っておりません。ご自身の手で誰かを捉まえてきてください」
ボンドルドもまた、アミッドの異常なまでの浄化能力を熟知していた。彼女の力のおかげで、いまやオラリオの下水道はエルフ王族の住まう『アルヴの王森』の湧き水にも匹敵する清流と化している。彼女が排出する汚物でさえそれほどの強力な浄化作用を持っていた。
ゆえに、正直なところ一般男性の精〇ですら瞬時に浄化され、使い物にならなくなる可能性が非常に高いと見ていたのだった。
「それが居たら苦労はしません! 『頂天』のオッタルさんでさえ私を避けるのですよ!? 出会いを求めて酒場へ行けば居合わせた皆様が苦しみ出し、海水浴で水着になって男性を誘おうとすれば海岸沿いの海水が『聖水』と化して最悪の事態になり、ダンジョンへ出会いを求めに行けばモンスターにまで避けられ……一体私が何をしたというのですか!?」
「お気持ちは察しますが、残念ながら当院におきましても、あなたの浄化能力に耐えられるような男性は……あっ」
そこでボンドルドは思い出した。彼女の強烈な浄化能力に耐え得る男が、オラリオにたった一人だけ存在することに。
かつて四人の院長全員による極限の治療を耐え抜き、人造英雄として今もなおオラリオのダンジョンを突き進む男。さらに彼は先日、虎杖院長からの人体実験めいた治療をも受けて無事に生還していた。ダンジョン百階層に君臨するダゴンの血液サンプルを少量注入されても、即座に耐性を獲得して生き延びた実績がある。
まさに、あらゆる事象に適応できる究極の生命体へと進化しつつある男――アーロン・グラディウス。だが、彼には既に恋人がいた。しかもそのお相手は、彼に相応しい女性になれるようボンドルド自ら手を加え、人造英雄の道をともに駆け上がっている存在だ。
「ボンドルド院長、お願いです紹介してください!! もう年齢的にも後がないんです! 毎年若い女性冒険者がオラリオに増えてきていますし、女性にとって今この瞬間が一番若いんですよ!? もしその男性を紹介してくださらないのでしたら……私が全力でボンドルド院長にディープキスをします! 初物ですのでご安心ください、人格どころか魂まで綺麗サッパリ排出させて差し上げますよ!」
「……初めて耳にする脅し文句です。ですが、私もこれほどの恐怖を感じたのは久しぶりです。あのダゴンさんと対峙した時以上の戦慄を覚えております。ですから、じりじりと距離を詰めてくるのはやめていただけませんか?」
現在、オラリオにおいて実質的に機能している医療系【ファミリア】は二つしか存在しない。以前は他にも存在していたが、経営破綻に追い込まれて廃業していた。オラリオの【ディアンケヒト・ファミリア】のホームでアミッドが常駐している為、他組織のヒーラーを頼る必要性が薄く、金がない場合や特殊な病症の場合は【アスクレピオス・ファミリア】が対応する。この二大勢力が存在する限り、新たな医療系【ファミリア】が参入する余地はほとんど無かった。
「そういえばボンドルド院長にはお子さんがいらっしゃいましたよね。私と同じ空間にいても平気で、しかもここは今二人きり……私を受け入れるか、その男性を紹介するか、選んでいただけますか?二つに一つです」
「……以前も赤髪の女性から似たような迫られ方をした気がしますね。全く、オラリオの女性はどうしてこうも奥ゆかしさに欠けるのでしょうか。分かりました、その人物を紹介しましょう。ただし彼には既に相思相愛の恋人がおります。そこからどう関係を築くかはあなた次第です……彼は一度受けた攻撃に対して絶対的な耐性を獲得する【スキル】を持っています。したがって、あなたの『聖水』も一度その身に浴びせれば二度目以降は問題ありません」
アミッドの表情は天啓を得たかのようにパッと輝き、重く雲っていた顔が一気に晴れ渡った。そのような規格外の【スキル】を保有する人物など聞いたこともなかったが、それが事実なら、彼以上に自分に相応しい伴侶は世界中探しても存在しない。
どれほど過激なプレイを試みようとも、相手は耐え切ってくれるのだから。
「ボンドルド院長……私、アミッド・テアサナーレはこのご恩を一生忘れません! 必ずや射止めてみせます! それで、私の未来の旦那様はいずこにおられるのですか?」
「いえ、ですから恋人は既に……いえ、何でもありません。個人情報保護の観点から直接お教えすることはできませんが、彼がいる場所までプルシュカに案内させましょう。今頃は恋人と二人でダンジョンへ潜っているはずです」
ダンジョンの中で若い恋人同士が二人きり――そこで何が行われているかは火を見るより明らかだった。そこへアミッドを送り込む形になるボンドルドは、一瞬の不憫さを覚える。しかしアーロンはオラリオでも数少ない第一級冒険者だ。もう一人くらい妻が増えたところで養うのに問題はないはずであった。
それに何より、彼女の切実な悩みを根本から救える男はアーロンをおいて他に存在しないのだった。
これまで幾度となく彼の命を治療で救ってきた恩をここで返してもらおうと、ボンドルドは心の中で静かにアーロンへ詫びを入れた。
「ふふ、そうですね。『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』……いいえ、間違っていません! ちょっと本気の装備を整えてまいりますので、待っていてくださいね、私の旦那様!」
「我が身可愛さに、大切な患者を売り飛ばす日が来ようとは……女性とは誠に恐ろしく、たくましい生き物ですね」
世間で『女版
「大丈夫ですよ。一度で耐性が身につくなら、それだけで十分すぎます」
「あえて何を企んでいるかは伺いませんが……不誠実な行動は巡り巡って己の身を滅ぼしますよ。この際、正面から事情を説明して交際へこぎつけるのが懸命かと存じます」
後々の関係を考えるのならば、その方が何倍もよいだろう。
………
……
…
こうしてプルシュカとニーナは、都市最凶の治療師であるアミッドに同行する形でダンジョンへ潜ることとなった。
もはや幼い子供店長とは呼べないほど可憐な美少女へと成長を遂げている二人。そこに都市最凶の二つ名を持つアミッドが連れ添っているとなれば、すれ違う冒険者たちは誰もが迅速に道を譲っていくのだった。
「ねぇ~アミッドさん。アミッドさんが隣にいると、みんな警戒して『下層ウェルカムコーヒー』を受け取ってくれないんだけど~」
「プルシュカさん、それは営業努力が足りないだけですわ。それより、私の未来の旦那様はまだ来ないのですか? ボンドルド院長の情報によればこの付近のはずですが……」
これから下層へ挑む冒険者たちへ無料でコーヒーを配る販促企画であったが、アミッドが直々に手渡そうとするため、誰も手を伸ばそうとしないのだ。こんな場所で全身の水分や汚物を噴出させられ、探索を台無しにされるなど誰だって御免であった。
プルシュカ自身でさえ、アミッドから手渡された飲み物には最大限の警戒を払うだろう。指先一つでも浸かっていれば、一口飲んだ瞬間にトイレの住人確定だからだ。
逆の立場ならプルシュカも絶対に断る。理由は明白、アミッドの浄化力で『聖水』化したコーヒーなど飲まされた日には、人間としての尊厳が崩壊してしまうからだ。
冒険者達は陰で『聖水汚染コーヒー』とよんでいた。
そして今回、哀れな標的となるアーロンが恋人とともにプルシュカたちの前を通り過ぎようとしていた。プルシュカがにこやかに手を振ると、アーロンたちも気さくに振り返してくれる。普段から世話になっている【ファミリア】の院長の子どもたちに対して、礼儀正しい対応を忘れない。
勿論コーヒーを勧めてはみたものの、傍らに立つアミッドの姿を認めた瞬間にんまりと固辞されたのだった。
「ふふっ……今の彼がそうなのですね。素晴らしい方です。では、あとは私の努力でなんとかしてみせますわ! ありがとうございました、プルシュカさん。彼との結婚式には必ずお呼びしますね!」
「無理強いはダメだからね! 相手にはもう素敵な恋人がいるんだから、狙うなら第二夫人だよ! 一番の座は相手に譲るくらいの寛大な心がないと受け入れてもらえないんだからね!」
将来の自分がこうはなるまいと反面教師にしながら、プルシュカは突き進むアミッドの背中を見送った。こうして、女性冒険者たちによるダンジョンで異性を狩る方法が徐々に確立されていくこととなる。
ダンジョンを婚活会場へと変貌させる彼女たちの執念は、ダンジョンそのものや天上の神々ですら予見できないものであった。
アミッドさんの後日談は、こんな感じです!