ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
【アスクレピオス・ファミリア】の院長たちの趣味で作られた施設が、迷宮都市オラリオに建築された。
一つ目は医療院であり、オラリオの医療の根本を支えている。どんな怪我や病気にも対応できる素晴らしい医院だが、治療の過程で色々と失うものもあると言われている。しかし、それも許容範囲と受け入れられるほど彼らの功績は大きく、彼らがいなければオラリオの住民の何割かは命を落としていたとまで称されていた。
そして二つ目として、新たに学術機関が開校した。ここには世界中の学術書や、海底に沈んだ学区から回収された貴重な物品が活用されている。メイン講師を務めるのは、院長たちの個人戦力であるアンブラハンズ、ホムンクルス、真夜中のサーカスといった、世界中を探索した知識と実績を持つ者たちだ。
学術機関では、平日の9時から15時までの時間帯で子供たちを預かり、みっちりと教育を施す。バランスの取れた給食まで用意されているため、子供を預ける親たちにとってはこの上なくありがたい存在だった。院長たちの趣味の範疇で運営されているため学費はすべて無料。職員の給与は、【アスクレピオス・ファミリア】の院長たちや子供たちがダンジョン探索で稼ぐ莫大な資金から賄われていた。
だが、あまりの手厚さに、一部の保護者からは「もっと寄付をさせろ」という理解不能な声まで上がるほどだった。
「子供とはいいものです。元気な声を聴くだけで、活力が湧いてきます」
そんな学術機関の保健医として就職したのが、『疾風』のリュー・リオンである。彼女はダンジョン100階層の真実を知る数少ない存在であり、全エルフの中でも極めて珍しい
グラウンドで運動する子供達と目が合う。彼らが手を振るので、リューも手を振り返す。
清廉で真面目な保健医として職務を全うするリューだったが、彼女には一つ大きな悩みがあった。それは【アストレア・ファミリア】の子供たち——正確には、同ファミリアの眷属たちが成した子供たちの存在である。彼らもまたこの学術機関に通っていたのだが、生まれた時から成長を見守ってきた子供たちが、成長するにつれてあまりにも好みの姿へ育っていたのだ。
数年前までは一緒にお風呂に入っていた間柄である。本来、異性に対して強い拒絶反応を示すリュー・リオンだが、ファミリアの子供たちに対してだけはその反応が一切出なかった。そのため意識しないよう努めていたものの、ふとした瞬間に、かつて親友が残した言葉が頭をよぎるのだった。
『もし、あんたの手を握れる男がいたら、それが運命の相手だから絶対逃がしちゃだめよ』
「……し、仕方ありませんよね。アリーゼが言っていたのですから」
この数年間、彼女も懸命に我慢を重ねてきた。まるで我が子のように愛でて育ててきた若き果実たち。自分を「リューお姉ちゃん」と慕う純粋な子供たち。しかし、学術機関には同世代の子供も多く通っている。オラリオ屈指の派閥である【アストレア・ファミリア】の眷属ともなれば、様々な意図を持って近づいてくる者も少なくない。
手塩にかけて育てた果実が、どこぞの知れぬ女に奪われるくらいなら、いっそ自分の手で摘み取ってしまった方が良いのではないか。むしろアリーゼたちだって、素性の分からない女に取られるよりは自分に任せてくれた方が安心するはずだ——と、彼女の思考は都合よく歪んでいく。
リューは、自らのスペックを確認する。
長寿のエルフであり、容姿も問題ない。
財産も一生遊んで暮らせるほど溜め込んでいる。
深層99階層到達のレコードホルダーであり名誉もある。
装備に関しても第一級装備はもちろん、ベヒーモス・オルタナティブのドロップ素材から作られた至高の一式が揃っている。
どんな強敵が現れようとも子供を守り抜くだけの実力、財力、権力、そしてコネクションのすべてが完備されていた。
時計を確認し、そろそろ給食の時間だと悟ったリューは、保健室の机の上を整然と片付ける。そして、さりげなく胸元のボタンを一つ外し、胸元を少し覗かせながら鏡で身だしなみを最終チェックした。
今日の給食当番がアルケイデスであることを確認し、彼の到着を今か今かと待ち構える。通常は食堂で食べる決まりだが、【アストレア・ファミリア】ではリューが保健医を務めている関係上、彼女のもとへ食事を運んで一緒に昼食をとることが日課となっていた。
「昼食を持ってきた、入るぞ。リューお姉ちゃん」
「どうぞ、アルケイデス。いつもありがとうございます」
静かな保健室で二人きりになり、昼食をとる少年と、良からぬ企みを秘めた保健医。
普段からホームで風呂上がりの薄着姿を見せつけたり、訓練後の匂いを意識させたりと、少年の理性を徐々に崩すための仕込みは欠かさなかった。この昼食時も少しずつ席の距離を詰め、真横に腰掛ける。チラリと覗く胸元の肌が少年の視線を惹きつける。
だが、リュー・リオンが未だに一線を越えられないのには理由があった。
前述の通り、彼女は世界屈指の超一流冒険者だ。いくら将来有望な半神のアルケイデスとはいえ、
そこでリューは保健医の立場を利用し、院長たちから医学的知見を聞き出していたのだった。「もし生徒たちがそういう事態になった場合、どう対処すべきか」という体裁を取りながらの相談である。そして院長たちから提示された解決策は、拍子抜けするほど単純だった。——主神に一時的に
恩恵ありきの生活しか、考えていなかったリューにとってまさに蒼天の霹靂だ。
ここでリューは確信した。己の悲願を達成するためには、主神アストレアの協力が不可欠であると。女の勘で察していたが、主神アストレア自身も虎視眈々とアルケイデスを狙っている節があった。彼の出生について多くは語らないものの、半神であることには気づいており、神としての長い寿命を考えれば焦らずともいずれ自分のものになると踏んでいるのだ。隙あらば抱きしめようとするため、アリーゼから「教育に悪いからやめてください」と叱られるのが日常茶飯事であった。
リューは主神と極秘裏に密約を交わした。「悪い虫から大切な眷属の子供を守るため」という名目の、女同士の同盟である。そして今日、この日こそ——
用意していた冷えた水に、サーーと何かを入れる。
勝手に改築された保健室は完全防音仕様となっている。この日に備えて「生徒を守るため完璧を期したい」というリューの強い要望により、オリハルコン製の壁と特別な鍵が設置されていた。並の生徒や教師では決して破ることができない密室である。
カチャリと鍵を締め、二人は並んで食事を始めた。
年齢的にはようやく二桁に届いたばかりのアルケイデス。しかし、その肉体はすでに中学生並みに逞しく成長していた。ダンジョン探索にも幾度となく同行しており、すでにプルシュカやニーナにつぐ「次の子供店長」として名が知れ渡っている。
年齢に似合わぬ男らしい体つきと凛々しい顔立ちから、女冒険者たちからのアプローチも絶えない。特にアマゾネスからのアピールは凄まじく、【ロキ・ファミリア】のティオナが本気で狙っているほどだ。アマゾネスを引き寄せる特別なフェロモンでも出ているのではないかと疑うレベルである。
リューは知らないことだが、実は
「……近いな」
「そんなことはありませんよ。そうそう、この間とっても可愛い下着を売ってるお店を見つけたんです。アストレア様と一緒に行ったんですけど、アルケイデスは何色が好きですか?」
リュー・リオンは左手でアルケイデスの太ももを優しくすりすりと撫でまわしながら、右手で胸元を広げ、「ちょっとだけですよ」と甘い声でブラジャーを見せつける。顔を赤らめる少年の反応を楽しむ、完全にタガが外れたエルフだった。
少年の股間が限界を迎えているのを察した彼女は、そのまま彼の手を引いて保健室のベッドへと倒れ込ませた。そして、アルケイデスの顔を自身の豊満な胸元へ強く押し付ける。
「…何をしているのか分かっているのか」
「アルケイデス。女性に恥をかかせてはダメですよ……私、今日は
保健室のベッド——それは妖精の森の霊木で作られた特別な特注品。その上で愛を誓い合ったのだから、彼女の独特な貞操観念としてはギリギリセーフという計算だった。神聖であるはずの保健室で二人の影が重なり合い、ギシギシとベッドが軋む音が響き渡る。
昼休みどころか、その日の午後まで誰も保健室から出てくることはない。
すべてを出し尽くしてぐったりしているアルケイデスの髪を優しく撫でながら、リュー・リオンは満足げに呟いた。
「私はいつもヤり過ぎてしまう」
臨時で雇われたニイナは、第二保健室で真面目に業務をこなしていたが、まさか目と鼻の先で、あのダンジョンを攻略したエルフがそんな破廉恥な行為に及んでいるとは夢にも思っていないのだった。
◆◇◆◇
こうして、保健医とアルケイデスとの秘密の関係は週に一度のペースで続けられた。さすがにファミリアのホーム内では普段通りに振る舞っていたリューだったが、母親の目は誤魔化せなかった。息子の異変に気づいた母親は、僅かな変化ではあるものの、リューと息子との距離感や視線の交わし方が普段と明らかに異なっていることを見抜いたのだった。
それは、アリーゼ、輝夜、ライラ達も同じく感じていた。
そして、
そこで母親たちは、子供たちを学術機関へ送り出した後、真実を解明すべく行動を開始した。真っ先に疑いのかかった親友・リューの部屋へとなだれ込み、大捜索を展開する。ベッドの下から机の引き出し、衣装タンス、下着入れの奥底に至るまで徹底的に探した。
当初は決定的な証拠が見つからず、「さすがに親友が息子のムスコに手を出すはずがないか」と胸を撫でおろしかけたその時、ゴミ箱の奥から一枚の紙切れが回収された。
「これ、リオンのステータスの写しじゃない?
「わかりませんな。ライラは?」
「無茶言うなよ。こういうのは学のある奴の専門だろ。アストレア様なら当然読めるだろうけど、一応あの方も共犯の疑いがあるからな……」
ステータスの写しは個人情報の塊であり、不用意に他人に見せるべきものではない。しかし彼女たちは一切躊躇することなく、ボンドルドのもとへと駆け込んだ。困った時はあの男に頼れば大抵の解決策を出してくれるという全幅の信頼があったからだ。神聖文字が読めないはずがないと確信していた。
彼女たちはボンドルドの執務室へ雪崩れ込み、一枚のステータス用紙を突きつけて解読を要求した。
「おやおや、これはリュー・リオンのステイタスですね。これを私に読み上げて欲しいと」
「そうなのよ! ファミリアの一大事になるかもしれないから、早く教えてボンドルド!」
「パパ~、プルシュカが読み上げてもいい? 最近、神聖文字《ヒエログリフ》も覚えたから任せて! え〜っと、うん? うんうん……? スキル『性技執行』……『同じファミリアの眷属の子供の童貞を食べた回数に応じて全能力値に中補正が掛かる』。他にも発展アビリティで『童貞殺し』が増えているわ。え〜っと、さらに『食べた童貞の子から経験値を無条件で一部譲渡される』だって……」
プルシュカから告げられる淫乱保険医のステイタス。
あろうことか、経験値を献上している被害者の子供たちの名前が、彼女の神の
「……そう、そういう事だったのね。この間11歳になったばかりのアルケイデスに手を出すなんて。見損なったわよ、リオン。それと、アストレア様ともじっくりお話し合いをする必要がありそうね」
「嫌になりますわ、リューを刀の錆にせなあかんとは。まったく、これだから淫乱保険医は困りますな。ボンドルドはん、悪いけど次の保険医を探しておいてもらえます?」
「おいおいおい、あいつ死んだな。社会的にもな。あんまり息子の事で口出しする気はなかったが、さすがに手を出し過ぎだろ……」
旧【アストレア・ファミリア】のメンバーたちは、氷のように冷たい眼光を浮かべたまま部屋を後にした。そしてプルシュカも、「アルケイデスくんにはニーナちゃんのお婿さん候補として期待していたのに、性癖をねじ曲げられたらどうするのよ」と呆れ果てていた。
………
……
…
その日の夜、【アストレア・ファミリア】のホームにおいて、淫乱保険医を処断するための緊急裁判が開かれた。帰宅早々に拘束されたリューは、わけも分からぬままホームの大広間で正座させられていた。しかし、突きつけられたステータスの写しを目にした瞬間、彼女もすべてを悟ったのだった。
バレてしまったと。
この一年間、実に充実した保健医生活を送ってきたが、ついに年貢の納め時が来てしまったのだと。裁判官を務めるアリーゼが、被告人であるリューを怒気に満ちた声で詰問する。
「言い分があるなら今言いなさい、この淫乱保険医! どうしてアルケイデスに手を付けたの!? 悟やブリジットにまで!」
「ご、誤解です! 私は手なんて出していません! 手もアレも出してきたのはあの子たちの方です!」
プツン
アリーゼが己の剣を抜いた。そして、唱える。
「
間一髪で回避するリュー。流石の身のこなしである。いくら怒りに燃えていようとも、
「危ないではないですか、アリーゼ! ホームでそんな大技を撃ったら火事になりますし、子供たちに流れ弾が当たったらどうするのですか!」
「分かっていないの!? 今の私は本気であなたを殺そうとしているのよ! 貴方のことは親友だと思っていたけれど、どうやら私の思い違いだったようね……オラリオの風紀を乱す淫乱保険医、絶対に許さないんだから!」
輝夜とライラも加わるが、それでも淫乱保険医は強い。
輝夜とライラも急遽戦闘に加わるが、それでも
「落ち着いてください! 襲われたのは私の方なのです! それを誰にも言えずに我慢していたのです……ですから、今回の一件はなかったことにしませんか? 一度頭を冷やして考えてみてください。私が言うのも何ですが、どこぞの馬の骨か分からない女に出し抜かれるより、私だった方が良かったと思いませんか!?」
「輝夜、ライラ……二人の命を私に頂戴。相打ちになってでも、必ずリオンを……いいえ、あの淫乱保険医をあの世へ送ってやるわ!」
その目は本気だった。
アリーゼの瞳は本気だった。すでにヘイズ式の蘇生魔法の回数も使い果たしている。ボンドルドもこのような愚かな死に方をした者を呆れて蘇生させるはずがない。たとえ神フレイヤが土下座して頼み込んだとしてもだ。
リューは、ゴミ箱の証拠隠滅を失敗したせいで大切な仲間たちの命が失われれば、アルケイデスたちとの関係に決定的な亀裂が入ると察した。そして彼女はホームの窓ガラスを突き破り、闇夜のオラリオへと逃亡したのだった。
コツン、とアリーゼの額に何かが当たった。それは去り際にリューが投げ込んできた「母子手帳」だった。そこには『アリーゼお義母様、ごめんなさい』という一言が添えられており、それを見たアリーゼの視界は絶望で真っ暗になったのだった。
翌日、ギルドの本部に新たな指名手配書が出回ることとなった。受付を担当したギルド職員も「正気か?」と我が目を疑った。なぜ自分のファミリアの……しかも超有名冒険者を指名手配するのかと。しかし、そこに記された記載事項を目にした瞬間、すべてを察するのだった。
『ショタ喰い』リュー・リオン。懸賞金8億ヴァリス。DEAD OR ALIVE。
ふぅ~、ハッピーエンド!?
個人的には大満足している。
やっぱり、リューさんの声の人はこういう役が似合うと思うんですよね。
この続きは……気が向いたら、リオンさんのその後も。