ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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12:なんでもする

 【アポロン・ファミリア】主催の「神の宴」以降――。

 

 ベル・クラネルを求めて暴走するアポロンにより、熱烈かつ執拗な執着が向けられていた。弱小派閥である【ヘスティア・ファミリア】を追い詰めようと、街の至る所で突発的な戦闘が発生。巻き込まれた一般市民や冒険者たちが、次々とアスクレピオス医療院へと運び込まれていった。

 

 大量の患者の来訪に、ボンドルドも仮面の下で口元を緩める。他の院長たちと患者を取り合わずに済むのだ。これならば毎日でも街中で争いが起きてほしいとさえ思っていた。

 

 そして、次々と生み出されていく“生まれ変わった”冒険者たち。

 

 アビス棟で一命をとりとめた者は、魔法という貴重な牙を失う。

 

 キメラ棟で一命をとりとめた者は、獣人に生まれ変わり過去の姿と決別する。

 

 瀞霊棟で一命をとりとめた者は、ダンジョンへ還るモンスターの魂と己の魂を融合させられ、純粋な人ではいられなくなる。

 

 しろがね棟で一命をとりとめた者は、肉体を自動人形へと過剰に強化改造され、子孫を残す術すら奪われる。

 

 不幸に巻き込まれた彼らは、それでも冒険者を続けるほかなかった。一体彼らが何をしたというのだろう。日銭を稼ぎ、ファミリアのために汗を流していた矢先の大怪我。その鬱憤は、圧倒的な勢力を誇る【アポロン・ファミリア】ではなく、騒動の元凶とみなされた【ヘスティア・ファミリア】へと向かっていく。

 

 今回ばかりは、【ヘスティア・ファミリア】も責任を免れない。ベル・クラネルたちが大勢の一般人を巻き込んだのは確かだった。それも彼らの作戦の一環であったのだが、完全に裏目に出ていた。【アポロン・ファミリア】は背後に無関係な者がいようと無差別に攻撃してくる。何ら躊躇などしない。結果として被害は拡大する一方だった。

 

 それとなく一般人を巻き込む形で交戦し、【アポロン・ファミリア】の攻撃で被害を出させれば、世論の非難はアポロン側に向かう。そこへギルドが介入し手打ちに持ち込む――それがヘスティア側の狙いだったのだ。より正確には策士リリルカ・アーデのやり口だ。

 

 しかし、ギルドの厳罰すら意に介さない無法なファミリアの前には、何の決定打にもならなかった。

 

 ボンドルドの自室には、積み重なった魔導書の山があった。その価値たるや、オラリオの一等地に邸宅が建つほどである。

 

「おや、医師でありながら患者の増加を望むとは恥ずかしいばかりですね。ですが……そろそろ書き入れ時も終わりのようです」

 

 ボンドルドは、主神アスクレピオスが今回の騒動を収束させるための神々の会合に呼ばれていることを知っていた。そこで【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】に対し、何らかの裁定が下されるはずだ。

 

 その場は、【ヘスティア・ファミリア】救済の機会でもあった。純粋な戦力比では【アポロン・ファミリア】が圧倒的優勢。長期戦となれば【ヘスティア・ファミリア】の負けは決定的だ。しかし今ならば、やりようによって【ヘスティア・ファミリア】にも勝機が残されている。それこそが『戦争遊戯(ウォーゲーム)』であった。

 

 

 ファミリアの眷属が無事なうちに有利な競技を引き当て、一発逆転を狙う。Lv.5相当の『階層主』黒いゴライアスを討伐した実績から、団長同士の一騎打ちで頬を叩き合うスラップファイトを引き当てれば優位に立てる。チャージ時間が必要なスキル『英雄願望(アルゴノゥト)』を溜めて一撃必殺を狙えばいい。

 

 そして、神々の裁定により『戦争遊戯』の開催が決定する。しかし引き当てられた種目は敵陣を攻める「攻城戦」。大軍を擁する敵に対し、【ヘスティア・ファミリア】側はわずか2名(ベル・クラネルとリリルカ・アーデ)のみであった。

 

 神に愛されたベル・クラネルだったが、くじ運には見放されていたようだ。完璧な人間など存在しないという証左であろう。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 オラリオでも一躍有名となった神ヘスティアが、【アスクレピオス・ファミリア】の本拠地で頭を床に擦り付けていた。

 

 プルシュカの件で世話になっていることもあり、こうした外部との対外折衝や厄介事の処理は、ボンドルドが引き受けることが多かった。

 

「おやおや、神様が簡単に土下座などしてはいけませんよ。それに、真に謝罪すべきは私ではありません。あなた方が盾にした一般人や冒険者の方々でしょう。私どもは信念に従い、運ばれてきた患者を治療したに過ぎません。お礼など不要です」

 

「いや、その~、これはお礼じゃないんだ」

 

 敗北を悟り天界へ送還される前に、世話になった者たちへ謝罪と挨拶をして回っているのだとボンドルドは推測していた。しかし、ヘスティアはその言葉を否定する。

 

「おや、違いましたか。ではヘファイストス様への借金の件でしょうか。まったく、困った神様ですね……。プルシュカやニーナはヘスティア様に大変お世話になりました。特に母親を知らぬプルシュカにとって、あなたの母性は素晴らしい影響を与えてくださった。ヘスティア様が心置きなく天界へお帰りになれるよう、借金の連帯保証人には私が名を連ねておきましょう」

 

「えっ!? いいのかい……じゃなくて! 違うんだよ、ボンドルド君。確かにヘファイストスへの借金はあるけれど、そうじゃないんだ!」

 

 土下座するヘスティアを見下ろしつつ、敷地内を無邪気に駆け回る子供たちへ視線を投げるボンドルド。その煙に巻くような柔和な態度で、彼は着実に会話の主導権を握っていた。

 

 最後の挨拶でもなければ、借金の引き継ぎでもない。となれば理由は一つ。絶望的な『戦争遊戯』だ。敗北すれば【ヘスティア・ファミリア】に残るのは2億ヴァリスという天文学的な負債のみ。ベル・クラネルが他派閥へ移籍となれば、リリルカ・アーデも同行するはずだ。

 

 2億ヴァリスの借金を抱える零細――どころか破産寸前の派閥に、好き好んで加入する者などいるはずもない。

 

「承知いたしました。浅からぬ縁でもあります、戦争遊戯の後に身を寄せる場所が必要でしょう。ヘスティア様が以前居候されていたお部屋はそのまま残してあります。昔のように三食昼寝付きとはいきませんが、完全週休二日、有給は年間20日、勤務時間は朝6時から14時半。孤児たちの世話を引き受けていただければ月給7万ヴァリスをお支払いしましょう。賞与の支給に、お食事と住まいもこちらで負担いたします」

 

「破格すぎる労働条件じゃないか……って、ちがーーーう!! どうしてボクのファミリアが負ける前提で話を進めるんだよ! そんなつもりで土下座してるんじゃないぞ!」

 

 世間一般から見れば至れり尽くせりの雇用条件。神が存在するだけで地域の治安維持に貢献する側面もあるため、それを見越した対価設定であった。

 

 神の真意を図りかね、ボンドルドもわざとらしく肩をすくめてみせる。

 

「では、真のご用件はいったい何でしょうか、ヘスティア様?」

 

「よくぞ聞いてくれたね、ボンドルド君! 実はね、戦争遊戯に勝つための助っ人を探しているんだ。非常にグレーな手段だが反則ではない! 戦争遊戯の準備期間中だけでいい、一時的に『改宗(コンバージョン)』してほしいんだ!」

 

 軽々しく口にするが、改宗は派閥の威信に関わる一大事だ。なにより、主神の許可なく行えることではない。

 

「ヘスティア様。主神であるお方が、今ご自身が何を仰っているかお分かりですか? 改宗とはファミリアの威信に直結する重大事です。私の一存で承諾できるものでは……」

 

「アスクレピオスには事前に土下座してきたよ! 『構わない、どうせならそのまま引き取ってもらってもいい』なんて、彼らしくもない冗談まで言われたさ……頼むよ! アスクレピオスから聞いたんだ、君はベル君と親戚筋に当たるんだろう? 家族を助けると思って! ボクにできることなら何でもする(・・・・・・)から頼む!」

 

 何でもする。

 

 なんでもする。

 

 ナンデモスル。

 

 医療院の院長たちが最も好む言葉のトップ3に入る殺し文句。それを神の口から直接与えられたのだから、ボンドルドの歓喜は絶頂に達していた。彼らの主神アスクレピオスなら決して口にしない言葉である。なにせ、手段を選ばぬ狂信者たちに全権委任の免罪符を与えるようなものなのだから。

 

「ヘスティア様にそれほどのご覚悟がおありなら、お応えせねば失礼というもの。承知いたしました。ルールの盲点を突く形にはなりますが、戦争遊戯の期間中、全力でお力添えいたしましょう。それと、ベル・クラネル君が親戚筋だとは口外しないでください。こちらにも事情がありますので」

 

「わかった。頼りにしているよ、ボンドルド君! ボクたちが勝てば報酬は望みのままだ! アポロンがどんな条件でも飲むと約束させてやるからね!」

 

 神二人が白紙の契約書を差し出してきた。

 

「ああ、素晴らしい……! 下界の子供たちのために、これほど献身的な神々が身近におられようとは」

 

「ボクが素晴らしい神だなんて、そんなに褒めるなよボンドルド君。君の偽りない崇拝の心はしっかりと届いているぞ! さて、ヘルメスが見つけてくれた助っ人にも会わなきゃいけないから、ボクはこれで失礼するね」

 

 『戦争遊戯』に勝利するため、手段を選ばず有力者の協力を取り付けにかかるヘスティア。

 

 負ければ全てを失う一世一代の大勝負。勝利を確実なものとするため、ボンドルドは着々と準備を進め始める。捧げ物となった神が文字通り『奉死』しかねないほどに。

 

 神の協力が得られるとなれば、ボンドルドの準備にも拍車がかかるのだった。

 

………

……

 

 勝利を盤石なものとするため、破格の物資支援が【ヘスティア・ファミリア】へ投入される。まずは、ボンドルドが収集していた大量の魔導書の解放だった。【ヘスティア・ファミリア】の構成員は、いまだ魔法の習得枠に余裕を残している。

 

 速攻魔法、回復魔法、攻撃魔法、防御魔法――多種多様な魔導書がヘスティア・ファミリアの本拠地に運び込まれた。その数は実に20冊を超え、選び放題の状態である。

 

 

「お待たせいたしました。この中からお好きな魔法を、心ゆくまでお選びください。それと、タッカーさんから全員分の”賢者の石”もお預かりしております。消耗品として使い潰していただいて構いません。魔剣の耐久減耗を補填することも可能です」

 

「す、凄いです、神様!! こ、これって……アイズさんたちが使っている品と同じじゃないですか!」

 装備の質は実戦において決定的な差を生む。【ヘスティア・ファミリア】の既存装備も相応に上質ではあったが、格上と対峙する以上、圧倒的な物量と質で優位に立たねば意味がない。

 

「ええ。皆さんの武器の好みが分かりかねましたので、第一線で活躍される著名な方々の武具と同等の品を用意させました。譲渡いたしますので、どうぞお納めください」

 

「おいおい、ヘファイストス様の作品まで混ざってるじゃねえか……! すげえぞ、ベル!!」

 

 鍛冶師として名品に見惚れるのは、唯一魔剣を打ち出せる鍛冶師ヴェルフ・クロッゾ。彼もまた数奇な運命により、【ヘスティア・ファミリア】へ改宗した一人であった。

 

 回復手段への不安も皆無だった。エリクサーがダース単位で用意され、10回は致死傷から蘇生できるほどの圧倒的物量が揃えられている。

 

 さらに、祝勝会用の最高級【ビアー・ソーマ】も大量醸造が進められており、『戦争遊戯』後に神々をもてなす準備も万全だった。協力してくれた神々や街の住民へ感謝を示さねば、【ヘスティア・ファミリア】に向けられた悪評を拭い去ることはできないからだ。

 

 暗澹たる状況だった【ヘスティア・ファミリア】に、確かな勝機と明るい未来が見え始めていた。誰もが歓喜に湧く中、ただ一人強い疑念を抱く者がいた。

 

「ベル様! うかつすぎます! これほどの支援を無償で提供されるなんてあり得ません! 絶対に裏があります! どう考えてもおかしいでしょう!?」

 

「リリ……確かにそうかもしれないけど、でも、他に手がないんだよ」

 

 リリルカ・アーデの強い警戒心に対し、ボンドルドは心底痛ましそうな仕草を見せる。

 

「ファミリアとは、家族です。家族とは、血の繋がりのみを言うのでしょうか。私はそう考えていません。慈しみ合う心がヒトを家族たらしめるのです。血はその助けに過ぎません。愛です、愛ですよリリルカ・アーデ。それに、ファミリアとは他人同士が出会い築き上げるものなのですよ。一時的な改宗だとは言え、この場にいる皆さんを家族だと思っております。愛する家族だからこそ、出来得る限り支援するのは当然のことです」

 

「さすがボンドルド君だ! ボクには分かるよ、君の偽りないその心が! 見た目はちょっと怪しいけれど、君ほど高潔で心優しい人格者はそうはいないぞ!」

 

 神からの絶大な信頼とお墨付きが与えられる。

 

 こうして、ボンドルドの改宗初日は静かに過ぎていくのだった。




抜け穴を使うのはヘスティア様だけでないんだよな。
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