ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
【アポロン・ファミリア】にとって、ボンドルドの改宗はまさに寝耳に水であった。しかし、相手がその気である以上、【アポロン・ファミリア】は持てるコネを総動員する。勝利を盤石にするため、アポロン自ら頭を下げ、【イシュタル・ファミリア】の門を叩いた。
目的は、ある狐人の持つ魔法である。【イシュタル・ファミリア】には過去、ギルドによるレベル詐称疑惑で調査の手が及んだ経緯がある。無罪であったが、アポロンは持ち前の勘から、そうしたレベル詐称を可能にする存在、魔法やスキルを疑っていた。そこで、知り合いの男神たちと共に歓楽街へ赴き、娼婦たちから情報を収集することに尽力したのだ。神には人の嘘が見抜ける。その能力を活かし、ついに目的の存在を突き止めた。
決して安くない費用がかかった。その中で、狐人という珍しい娼婦を指名した男神がエコノキックス(性病)にかかり、アスクレピオス医療院で治療を受けた。狐人の娼婦は、全裸の男を見ただけで気絶するほど男性に免疫がないが、それが男客に火をつける。高額な金を払っているのだから、そこで止まるようなら男は店になど来ない。男達は、そういうプレイと都合よく割り切り、これが男の性だ。
これがアポロンの切り札の経緯だ。
面子的な問題もあり、改宗こそ不可能であったが、アポロンは見事に勝利への切り札を手に入れた。代償は重かったが、いずれ来る【フレイヤ・ファミリア】との戦いにおいて、戦力を提供するという確約をさせられる。レベルブーストの性能次第では、一気に上級冒険者、ひいては第一級冒険者を量産できる可能性すらある。十分な勝機があるとアポロンは踏んでいた。
ヒュアキントス・クリオがLv.4へのレベルアップを果たす。金に物を言わせ、第一級冒険者やヒーラーを雇ってダンジョンで激戦を繰り返した結果だ。主神アポロンへの強い思いと、ベル・クラネルへの嫉妬が彼を一皮むかせた。これでレベルブーストを使えばLv.5となり、圧倒的なアドバンテージとなる。
これまでレベル2がそこそこ在籍する大規模ファミリアであったが、団長の熱意に感化されたのか、他の団員達も次々とレベルアップを遂げる。今やレベル2を多数抱え、レベル3すら数名所属する。【アポロン・ファミリア】は、【イシュタル・ファミリア】にも比肩し得る戦力を保有し始めていた。
アポロンはワイングラスを片手に、バルコニーから月を眺めていた。
「悪く思わないでくれよ、ヘスティア。先にルールの穴を突いたのは君の方だ」
攻城戦が行われる場所に、偶然狐人の娼婦が居合わせたとしても、それは偶然に過ぎない。戦争で男が大勢集まる場所に娼婦はつきものだ。ならば、戦争遊戯(ウォーゲーム)の場に居合わせても不思議ではない。
レベル差を覆すのは至難である。神もそれは重々承知しており、この万全な準備に抜かりはないと本気で信じていた。たとえ相手がどんな卑怯な手を使ったとしても、正面から叩き潰せると。
アポロンはそのレベルアップの事実を、当然ながら直前まで隠し通した。戦争遊戯開始30分前、正式にギルドへ報告を行い、【アポロン・ファミリア】の真の実力が大々的に知れ渡ることとなった。
◇◆◇◆
【ヘスティア・ファミリア】は、装備やアイテムの質を向上させることで相手を圧倒する作戦だった。だが、【アポロン・ファミリア】の直前のレベルアップ報告により、誰もが「相手が同じレベルの土俵に上がってきた」と感じたはずだ。
戦場にいる【ヘスティア・ファミリア】の心境とは裏腹に、その様子を神々の力で観戦するオラリオは大盛り上がりを見せていた。至る所で賭けが行われ、どちらのファミリアが勝利を収めるか、誰もが注目していた。
久しぶりの戦争遊戯。加えて、あの最速レベルアップ記録保持者(レコード・ホルダー)、ベル・クラネルの貞操が掛かった試合と言われている。噂では、アポロンがこの日のために最高級の精力剤を購入済みだという情報まで出回っていた。
その頃、オラリオの「豊穣の女主人」は、食事と共に戦争遊戯の観戦ができるとあって大賑わいを見せていた。その一角には、本日の冒険を取りやめ、父親の雄姿を見るべくミルクを片手に冒険者に混ざるプルシュカと、大親友のニーナの姿があった。
「おいおい、アポロンの連中。有名な奴らが軒並みレベルアップしてやがる。こりゃ勝負になるのか? ヒュアキントスなんてレベル4だぞ。それに比べて、【ヘスティア・ファミリア】の最高レベルは『リトル・ルーキー』のレベル2だ」
「見る目がないわね、おじさん。レベルなんて飾りよ。パパは、あんな連中に絶対に負けないんだから。今日のパパは本気なんだから。だって、みんなの愛を背負っているんだから」
その言葉の真の意味を理解する者は、この酒場には誰もいない。
ボンドルドの背中には、彼が開発した最高傑作の遺物兵装『カートリッジ』が背負われている。背負われたカートリッジ一つ一つの中には、蓄積されたレベル、経験値、スキル、魔法といったあらゆる物がコンパクト(意味深)に収められており、それらを借り受け、代償などのデメリットをすべて押し付けることができる。
子供達の愛を背負っている時に限り、ボンドルドは初めてレベルの恩恵を受けられる。それが『愛』というスキルを持つボンドルドの力だ。
背負った『愛』の総量により、今のボンドルドのステイタスは暫定Lv.4。他人のレベルやスキルを借り受けられる、極めて希少なレアスキルである。
何も知らぬ者から見れば、今のボンドルドは謎の荷物を背負った不思議な人物にしか映らない。
「おっと、すまねぇな、プルシュカ嬢ちゃん。だが、冒険者にとってレベルは絶対だぜ」
「そんなことない。パパも私もニーナちゃんも、院長達もみんなレベル1だ。ステイタスなんて更新しなくても、人の可能性は無限大だって言ってるもん。しっかり見てなさい。私のパパは凄いんだから」
レベルは絶対。今も冒険者たちはそれを信じている。ジャイアントキリングという言葉はあるが、それができるのは一部の英雄だけだ。地道な積み重ねによるレベルアップこそ、一般的な冒険者の常識である。
そう、今プルシュカと話している男は、口では否定的なことを言うが、内心では「本当にその常識は正しいのか」と時折疑念を抱いている。プルシュカとニーナという子供冒険者は、オラリオの冒険者界隈では有名だ。実質、ほぼ最年少組であるにも関わらず、最高到達階層は公式記録で18階層と19階層。彼女たちはステイタスに頼らず、様々な記録を打ち立てている。
「そ、そうか。しかし、【ヘスティア・ファミリア】ってのも酷いことするな。可愛い娘と父親が別のファミリア所属になっちまうんだろ。原因は自分たちだってのに、他のファミリアを巻き込み過ぎだろう」
「それこそ問題ないわ。だって、パパは何処に居てもプルシュカのパパだもん。ちゃんと終わったら帰ってくるって約束したから、大丈夫」
圧倒的な娘力を見せるプルシュカに、酒場に居た者達も思わず頷く。
この場にいる冒険者たちは、こんな家族になれるなら家庭を持つことも悪くないと思い始めていた。決して楽ではない世界だが、家族を持つ強みというものは確かに存在する。いつ死ぬかわからぬ冒険者稼業であっても、生に対する執着は家族を持つ者の方が圧倒的に強い。瀕死の状態からの生還率に関するデータでは、二倍近くの差が出ているのだ。
「でもよ、改宗したら一年は離れ離れになるんだぜ」
「パパは嘘をつかないわ。戦争遊戯から帰ってくると言ったら、帰ってくるの!!」
それ以上、周りの冒険者も何も言えなかった。
人の無限の可能性。今や、常識に左右されないアプローチが必要になっている。「できない」「無理だ」と諦めてしまえば、そこで思考は停止する。その壁を越えてこそ、偉業と呼ばれるのだ。
◆◇◆◇
遠くで娘の応援を感じるボンドルド。
この日のため、彼はできる限りの準備を整えてきた。ボンドルドは攻城戦における突破口を開く役目を担う。勝利のカギは、無駄に数だけ多い【アポロン・ファミリア】の団員たちを再起不能にすることだ。
一部残った者達については、
だが、これだけでは勝てない可能性もあるため、リリルカ・アーデの変身魔法も併用する。【アポロン・ファミリア】の団員に成りすまし、裏切り者がいると誤認させる作戦だ。魔剣を携えた彼女が混乱に乗じて敵拠点に潜入する。いくつも顔を変えつつ破壊工作を行い、その際にしっかりと顔を見せつけることで、【アポロン・ファミリア】の団員達を疑心暗鬼に陥れるのだ。
そして、他の者達と同じく改宗して【ヘスティア・ファミリア】に加入したヤマト・命。彼女はレベルに似合わない重力魔法の使い手であり、近接戦闘もこなせる。重力魔法は、Lv.5相当の黒いゴライアスさえ足止めできるほどだ。彼女が本気を出せば、【アポロン・ファミリア】をすべて圧死させることすら可能だろう。効果範囲やマインドの限界はあるが、ここには『賢者の石』がある。彼女の役目は、重力魔法『フツノミタマ』が敵の城を標的にできる距離まで近づき、城全体に効果範囲を拡張させ、『賢者の石』が破壊されるまで全力で相手を押し潰すことだ。
【ヘスティア・ファミリア】の団長ベル・クラネルは、その上で生き残った【アポロン・ファミリア】の団員を確殺する。臨界までチャージされた『英雄願望(アルゴノゥト)』と得意魔法『ファイアボルト』を炸裂させるのだ。レベル5相当の黒いゴライアスですら上半身を消し飛ばした威力。【アポロン・ファミリア】において、この必殺の一撃を受けて生き残れる者は一人もいない。
【アポロン・ファミリア】にも当然勝機はあった。だが、団員たちが次々とレベルアップを果たしたことで慢心は加速している。全員で城を守り、相手が攻めてきたところを嬲り殺しにするつもりでいたのだ。防御系魔法を使える者も増えており、どんな攻撃であっても防ぎきれるという確固たる自信があった。
各々が自分の役目を確認し終えて、ボンドルドが準備にかかる。大事な初手。相手の心をへし折る攻撃が求められる。
ボンドルドが重厚な包みから取り出したのは、ゴライアスを一方的に殺しつくしたアラカブキだ。重量問題を改善させるため砲身にはオリハルコンを採用して15%の軽量化に成功。威力はそのままであり、短期間ながら十分な仕上がりを見せていた。
そんなよくわからない遺物兵装に誰もが首をかしげる。魔剣が持ち出されるなら理解もできただろう。だが、見た事もない形状の鈍器が出てくる。そして、ボンドルドが特殊弾のマガジンケースを取り出した。合計10発の『骨肉弾頭・アラカブキ』。神の献身による賜物である。
神性を帯びた『生きた弾丸』。その異質さに、
「それは、なんだ」
「おやおや、知らないふりをして欲しいかと思い気を使いましたが不要でしたか。嘗て、貴方達の正義と秩序のため、ファミリア同士が手を取り合ったのに、第一声がそれとは悲しいですね。これに興味がおありですか? 安心してください。皆様のご期待に添える私の杖とでもいいましょうか。戦争遊戯において、ヘスティア様の威光を知らしめるため、恥じない物だとお約束しましょう。後、変装するならもう少し誰かに相談した方がよいですよ……貴方だと気づかない方が問題なレベルです」
ボンドルドは会話を終え、遥か遠くに見える【アポロン・ファミリア】が守る城に狙いを合わせる。
この距離から何ができると誰もが思う。魔法の射程を遥かに超えており、オラリオで最強の魔導士と言われるリヴェリア・リヨス・アールヴですら届かない。
『砲身凝縮開始』
開始まで後10秒もない。【ヘスティア・ファミリア】だけが既に攻撃準備を整え終えていた。そして、ボンドルドが遺物の最大性能を発揮させるため、首に携えた白笛を鳴らした。
白笛とは、「命を響く石」と呼ばれる特殊な材料を加工することで作られる笛。アビスに関するスキルを得た者だけが身に着けることを許される。「命の紋」と呼ばれる一種の適性のようなもので所有者と結ばれ、笛ひとつに所有者は一人だけとなる。紋の適合する者が笛を鳴らすと、その音色に反応するアビスの遺物を操ったり、真の力を引き出すことができる。
「ヘスティア様の威光を示しましょう。さぁ、存分にあらがってください。では、
開幕の合図と同時に、ボンドルドが引き金を引く。発射された弾丸は、誰の目にも追う事が出来ず、【アポロン・ファミリア】が守る城壁に小さな穴をあける。威力が高すぎた弾は城を貫通して離れた地面に着弾。爆音と共に凄まじい土煙を上げた。
その深すぎる傷跡……だが、白笛まで用いて威力を高め過ぎた結果、城へのダメージは最小限に収まってしまう。精々、この一撃での死者は斜線上に居合わせた数名が衝撃波で死んだ程だ。
しかし、その数名に【アポロン・ファミリア】のヒーラーであるなら話は別だ。
戦争の定石とは、回復役から潰すことにある。カサンドラ・イリオンが居た場所には何かが貫通した後と、消し飛んだ肉片しか残っていなかった。これで、当初の予定通り、できるだけ多くの【アポロン・ファミリア】の団員が再起不能になる。回復役とは、それほどまでに重要なポジションだ。
「おやおや、彼女がいる周辺を吹き飛ばす予定でしたが威力を高め過ぎたのも考え物ですね。やはり、もう少し微調整ができるように実戦を繰り返す必要があります。ですが、これはこれで使い方はいくらでもあります」
カサンドラ・イリオンは嘗て、主神アポロンに提言していた。「
二射目、三射目と、城から顔を出していた【アポロン・ファミリア】の団員が消し飛ばされていく。途中でようやく理解した団員の掛け声で、全員が相手から視認されない遮蔽物に隠れる。だが、確かに死を回避できるかもしれないが、魔剣や重力魔法による波状攻撃にさらされながら籠城する作戦など、ナンセンスの極みだ。
重力魔法によるジワジワと押しつぶされる恐怖映像がオラリオ中に大公開される。その使い手であるヤマト・命の名は一気に知れわたる事となった。レベル1の冒険者などは、床に落としたトマトのようになっていた。
ギリギリ動けないが生きている者達は、魔剣で焼き殺される。
生き残りの【アポロン・ファミリア】の者達が、団長を筆頭にレベルブーストの魔法を受け【ヘスティア・ファミリア】に特攻をかけ始める。籠城戦では、生存不可能だと判断したヒュアキントスの英断だ。
ヒュアキントスは、もはや主神アポロンの為、ベル・クラネルを生け捕りにする事は諦めていた。今この場で殺す事が死んでいった者達への償いであり、オラリオを救うと信じる。
「絶対に、絶対に許さんぞ!! ベル・クラネル!!」
今この瞬間全てを失ってもいい。守るべき城から精鋭を連れて特攻してきた彼等の前に立つベル・クラネル。臨界までチャージされた『英雄願望(アルゴノゥト)』と得意魔法『ファイアボルト』が放たれた。
ヒュアキントスは知らなかった。ここまで誘導してきた【アポロン・ファミリア】の団員は、既にこの世におらず……リリルカ・アーデの変身魔法による偽装。完全に罠に嵌められていた。