ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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15:団長オッタルさん

 ダンジョン地下6階層。

 

 周囲に似つかわしくない、コーヒーの芳しい香りが漂う。香りの発生源は、プルシュカとニーナの二人組が開いている露店だった。熱した砂の中に専用の(ジェズヴェ)を入れ、ブクブクと泡立つようにコーヒーを沸騰させる伝統的な手法で淹れ立てを提供している。

 

 どこぞの世界では無形文化遺産にも登録されている、歴史ある抽出方法だ。

 

 その露店の前に立ち塞がるように佇む巨躯の冒険者。オラリオ最強と謳われる『猛者』オッタルが、束の間の休息を摂っていた。コーヒーを購入した客には、【アスクレピオス・ファミリア】が運営する孤児院の子供たちが作ったクッキーが添えられる。

 

 ニーナが笑顔で手渡すと、オッタルは無言でそれを受け取った。

 

 この時、プルシュカは兼ねてより疑問に思っていた問いを投げかける。子供の無邪気さは、時に大人よりも恐ろしい。

 

「オッタルさんって、【フレイヤ・ファミリア】の団長さんよね。団長さんが一人でダンジョンに入るのって危なくない? 他の団員さんもたまに見かけるけど、みんなパーティで動いていたわ。もしかして、いじめられて孤立してるの?」

 

「ダメだよ、プルシュカちゃん。そういうデリケートなことを聞いちゃ」

 

 どんな窮地でも動じないオッタルだったが、その眉が僅かにピクリと動いた。彼には彼なりの苦悩がある。【フレイヤ・ファミリア】の頂点に立つオッタル。個人の戦闘力においては間違いなく最強だが、組織の指揮やマネジメントという面においては適性が高いとは言い難かった。

 

 【フレイヤ・ファミリア】は徹底した実力主義であり、武功に長けた者が幹部を占める武闘派集団——悪く言えば「脳筋ファミリア」とも評される。もちろん、緻密な組織力を誇る【ロキ・ファミリア】と比較しての話ではあるが。

 

「……そのようなことはない。俺は正しく指示を出している」

 

 プルシュカは具体的な例を挙げながら、オッタルの管理者としての適性を確かめていく。

 

「本当かしら? じゃあ、ヒーラーのヘイズさんが『疲れたから休みがほしい』と言ってきたらどうする?」

 

「休む暇があったら自身に回復魔法をかけて動け」

 

 プルシュカの脳内採点シートに、容赦なく不合格の×印が刻まれた。

 

「なるほどね……。じゃあ、幹部のアーニャさんが『相談したいことがある』と言ってきたら?」

 

「時間の無駄だ。喋る暇があるなら鍛えろ」

 

 ふたたび不合格の×印が追加される。

 

「じゃあ最後。能力値が全く同じ男の冒険者と女の冒険者がいて、どちらもフレイヤ様を深く信奉しているとするわ。団長権限でどちらか一人を採用するならどっち?」

 

 

「男だ。戦力および労働力として、男の方が扱いやすい」

 

 三つ目の×印がつき、採点は終了した。

 

 【フレイヤ・ファミリア】が、ブラックならぬ「漆黒の労働環境」であることが白日の下に晒された。主神である美女神フレイヤという絶対的支柱が存在するからこそ均衡が保たれているものの、内部に蓄積された不満は他の派閥の比ではない。団長であるオッタルの口から語られる実情は、幼い子供の目から見ても明白だった。

 

 団員同士の絆や連帯感こそが組織の要であり、団員とは家族も同然——【アスクレピオス・ファミリア】の温かい環境を知るプルシュカとニーナは、思わず胸の中でオッタルに同情した。

 

 このまま放置すれば、何らかのきっかけで組織が内部崩壊を起こしかねない。迷宮都市都市オラリオの二大派閥の一角が崩れれば、勢力図が激変して街全体の秩序すら脅かされるおそれがある。

 

「オッタルさん、団員さんは家族なんだからね。団長さんは、いわば家族のパパなの。パパだからこそ協力できることだってたくさんあるわ。少しでいいから、団員さんたちの気持ちも考えてあげて。フレイヤ様が一番大事なのはわかるけど、団員さんだってヒトなんだから、無理をし続けたら倒れちゃうよ」

 

「うんうん、プルシュカちゃんの言う通りだよ」

 

 二人の言葉に耳を傾けながら、オッタルは過去に団員たちから上がっていた要望や不満を静かに振り返った。コーヒーを飲み干すまでの、ごく短い時間の中で。

 

 後日、オッタルは少しずつ団員のために行動を起こし始めた。まず労働環境の改善として、治療部隊である『満たす煤者達(アンドフリームニル)』に課していた雑務(本拠内の掃除・洗濯・食事の準備など)を全面廃止し、信頼できる外部業者へ委託することにした。

 

 さらに、これまで常に自分が独占していた「フレイヤの側近」というポジションを、週に数日だけ他の団員へ譲ることにした。オッタル以外の者が護衛に就く際は、安全面を考慮して二人一組体制とする——その意図を自らの口から丁寧に説明し、団員たちを納得させたのだった。

 

 また、団員から相談を受けた際には、すぐに突き放さず耳を傾ける努力を始めた。返答に詰まった際の「間」を持たせるため、上質な酒やコーヒーを嗜みながら熟考する手法も伝授された。特に酒は最高級品が良いというアドバイスに従い、プルシュカとニーナから奮発して【ソーマ・コンティ】を購入し、団長室に常備するようになった。

 

「団長室へ相談に行けば、至高の逸品であるソーマ・コンティが振る舞われる」——そんな噂が【フレイヤ・ファミリア】内に広まるまでに、そう時間はかからなかった。

 

………

……

 

……とある日、オッタルの不審な変化に対し、【フレイヤ・ファミリア】の女性団員たちは強い疑問を抱いていた。人の心が分からないはずの団長が、急に親身になって話を聞くだけでなく、労働環境の改善にまで乗り出したからだ。

 

 目に深刻な隈を浮かべ、死んだ魚のような目で過重労働に耐えてきたヘイズ・ベルベット。彼女はヒーラーでありながら凄まじい近接戦闘能力を併せ持ち、治療部隊『満たす煤者達』の筆頭を務める人物だ。Lv.4の二つ名持ちであり、オラリオ二大治癒師の一人に数えられている。

 

「団長が労働環境改善なんて、オラリオに未曽有の危機が訪れる前触れです。それに、その程度のことで、今までの過酷な扱いを水に流そうなんて許しません」

 

 昨晩、団長室で口にした極上の酒の余韻を口中に感じながら、彼女はダンジョンへ向かうオッタルの後を追った。

 

 頑固な男の心境が急変する場合、その陰には女性の存在があるのが世の常だ。しかしオッタルには、美女神フレイヤという絶対的な主が君臨している。その神威と美貌を超える存在など下界にいるはずもない。何より、主への忠誠心と信仰心が常人離れしているオッタルを惑わそうなどと企てれば、即座に不敬罪で抹殺されるのが落ちであった。

 

 あの「不器用で無骨なオッタル」を改心させた人物を特定するため、『満たす煤者達』の代表としてヘイズに追跡任務が託されたのだった。無謀極まりない追跡劇ではあったが、主神フレイヤから直々に「オッタルをよろしくね」と頼まれては断れるはずもなかった。

 

 とはいえ、日々訓練でボロボロになる団員たちを延々と治療し続ける苦行に比べれば、ずっと気楽な任務だ。もっとも、どの階層へ向かうかも分からないオッタルをヒーラー単独で尾行させるあたり、【フレイヤ・ファミリア】の過酷な体質は依然として健在であった。

 

 

 まさかダンジョンの上層で、あのオッタルが幼い子供たちと極秘に接触していたとは思いもしなかった。一部始終を目撃したヘイズは、驚愕しつつも事実をありのままフレイヤへ報告した。事の真相を確かめるため、プルシュカとニーナの二人は【フレイヤ・ファミリア】の本拠へ呼び出されることとなった。

 

………

……

 

 証人尋問というやつだ。

 

 

 この子供たちの背後には【アスクレピオス・ファミリア】の影がちらついている。審問の最中、プルシュカはフレイヤに向かって「今日はこっちの姿でいるのね」と無邪気に呟いた。彼女はフレイヤと同様に、存在の「魂の色」を視認できる特殊な資質を持っていたのだ。

 

 フレイヤは、念のためプルシュカに確認をとる。

 

 

「どういう意味かしら?」

 

 

「だって、フレイヤ様はすごく綺麗な色をしているんだもの。『豊穣の女主人』にいるシルお姉ちゃんと同じ色よ。だから一目で神様だってわかったわ。それに酒場の店長さんが元【フレイヤ・ファミリア】の団長さんだってパパから聞いていたから、確信したの」

 

 あまりに鋭く、聡明な子供だと、フレイヤすら感嘆の息を漏らした。

 

 しかし、世界の真実に踏み込みすぎることは危険を伴う。フレイヤはシルの姿で『豊穣の女主人』の日常を楽しむことを愛していたからだ。処遇についてしばし長考するフレイヤ。その気になれば神威による『魅了(チャーム)』で記憶を消し去ることも容易かった。

 

 

「本当に、どうしたものでしょうね。今回の一件が、あなたたちの純粋な善意によるものだということはよくわかったわ。恥ずかしいことに、ファミリアの恥部が外部に漏れてしまうなんてね……。今回のこと、そして私とシルの関係について他言しないと約束してくれるなら、お咎めなしにしてあげる。もちろん、あなたたちの父親にも秘密よ。約束できるかしら?」

 

「ええ、もちろんよ! 他のファミリアに深入りはダメ、ってパパにも言われているもの。でもね、『困っている人がいたら助けてあげなさい』とも教えてもらったわ」

 

「うん。オッタルさんがすごく困ってそうに見えたから」

 

 聞き分けが良く、芯のある子供たちだ。そして、その言葉に一切の偽りがないことはフレイヤの眼にも明らかだった。日が落ちる前に親元へ帰ろうとするプルシュカとニーナへ、フレイヤは最後に優しく警告を発した。

 

「あなたたちが近づくことはないでしょうけれど、当分の間、歓楽街には近寄らない方がいいわ。……きっと、大変なことになりますから」

 

「「はーい!! ありがとう、フレイヤ様!」」

 

 元気よく手を振りながら去っていく下界の子供たちを、美女神は静かに見送った。

 




イシュタル・ファミリア……君達には期待しているぞ。
ベル君と敵対して生き残れる数少ないファミリアになれるかを。
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