ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
【アスクレピオス・ファミリア】では、神ヘスティアを最高のおもてなしで迎えるべく、入念な準備が進められていた。最高の設備、最高の治療、最高の食事を用意するため、各院長達が策定した計画書は辞書並みの分厚さになっている。
今まで手に入れた「生きた
頭の出来が違う彼等は、そういった礼儀にはしっかりと気が回る大人たちだった。
ここまでくると、三大処女神と言われる最後の一人も手に入れたいというコレクション欲が湧くのも悪い癖である。もし、三大処女神の一人であるアテナがこの状況を知ったなら、絶対に地上には降臨しないだろうと誰もが確信していた。
だが、新しい神が手に入ったことで、神ヘスティアを迎え入れる準備には遅れが生じていた。万全を期すには、【アスクレピオス・ファミリア】の伝手と資金を使っても数か月はかかる。
とはいえ、数か月程度は短い期間だ。それまでヘスティアは束の間の幸せを謳歌できる。これから長い時間を4院長の元で過ごすのだから、数か月とは言わず1年、2年と【ヘスティア・ファミリア】の主神として活動を継続してもよいとすら皆が思っていた。
実際、現在進めている研究や課題を考えれば、神という究極の材料が増えることは非常に嬉しいが、4院長達も人間だ。手が回らない。よって計画的に進めるためにも、時間という物が必要だった。
故に、いずれは今の手元の仕事が片付き、万全な体制で神ヘスティアを受け入れられる。
遺物兵装の改修、プルシュカ用へのコンパクト化などボンドルド及びアンブラハンズが総出で働く最中、ギルドからの緊急通達が届く。大混乱を避けるため、一部のファミリアにだけ情報が先んじて伝えられた。
「ベル・クラネル君が【イシュタル・ファミリア】を一方的に攻撃。更には内部の問題に口を挟み、団員を誘拐、破壊工作……流石に情報が錯綜していますね。戦争遊戯が終わってから三日も経っていないのですよ」
【イシュタル・ファミリア】と言えば、歓楽街を牛耳る大手ファミリアだ。歓楽街の商売を握るという事は、過半数を超える男性冒険者や男神の心を掴んでいることを意味する。それこそ、【アポロン・ファミリア】を皆殺しにしたのとはわけが違う。
男性冒険者の下半身を支える歓楽街が消滅すれば、【ヘスティア・ファミリア】の新しいホームには昼夜問わず魔法が撃ち込まれるだろう。それこそ、街を歩くだけで後ろから刺されても誰も助けないレベルになってしまう。
戦争遊戯にて完勝を遂げ、一躍有名になった【ヘスティア・ファミリア】。だが、今の状況で悪い意味で有名になってしまった。仮にこれが真実だった場合、闇派閥と呼ばれても否定はできない。むしろ、これで闇派閥と呼ばれないなら、闇派閥なんて言葉は存在しないと言える。
この件において、ギルドの対応も遅れていた。まさか戦争遊戯を終えた直後に勝利した【ヘスティア・ファミリア】が、【イシュタル・ファミリア】に対して一方的な布告も無しに無慈悲に攻めるなど、誰も予想できないからだ。
「まるで人が変わったかのようです。古来から英雄にとって娼婦は破滅の象徴といいますが、いま現実のものになるとは」
戦線布告などできるはずもない。今回の発端を端的にまとめれば、【ヘスティア・ファミリア】が【イシュタル・ファミリア】の娼婦を身請けできず、力づくで強奪するというものだった。しかも、その娼婦はただの娼婦ではない。イシュタル・ファミリアの切り札ともいえるレアスキルの持ち主だ。当然、【イシュタル・ファミリア】が頷くはずがない。
そもそも、先日の戦争遊戯で【アポロン・ファミリア】がベル・クラネルを強引に勧誘したのと何ら変わりはないではないか。神アポロンはまだ理性的で戦争遊戯という妥協案を出したが、今回【ヘスティア・ファミリア】にはそれがない。ただ、力による現状変更をしようとしていた。
「情報収集したいところではありますが、患者が流れ込んできそうです。グェイラ、猫の手も借りたくなる状況でしょう。プルシュカも起こしてきてもらえますか」
歓楽街の方から火の手が上がっており、悲鳴と怒号が聞こえ始めた。まさか、たった一人の娼婦を手にする為、何十、何百の死体を積み上げ、多くの男性冒険者から恨みを買う覚悟が【ヘスティア・ファミリア】にあるのだろうか。
歓楽街で商売をしている者達が火傷を負い、【アスクレピオス・ファミリア】の医療院まで駆け込んでくるまで、時間はかからなかった。
焼け死んだ子を抱きしめ泣き叫ぶ者。
全身に大火傷を負い、服と皮膚がくっついてしまった者。
産まれてくる子供だけでも助けてほしいと、必死に願う親。
煙を吸い込んだ息子を運び込む者。
火事の最中、彼等は家財より命を優先してギリギリ助かった。だが、全てを失った彼等が治療を求めて行き着く先は、ここしか残っていない。
”オラリオの最後の砦”
その名の通り、すがる者達を誰一人漏らさぬように院長達は救いを求める者に全力で応える。
休む暇もなく治療を続ける院長達が、歓楽街の方角から天高く上る光の柱を見た。そして、全員が思った。
「あぁ、なんと言う事でしょう。貴重な神が一人、天に召されるとは……いったい、何処のどなたが神殺しなどを」
限りある資源が二度と手に入らない場所で逝ってしまった。これは世界的な損失だ。もしかしたら、天へと帰った神のファミリアから英雄が生れたかもしれない。そういった未来の可能性が一つ消えてしまう。
神として運用をしないのならば、【アスクレピオス・ファミリア】にその使い道を一任すべきだとボンドルドは思っている。そのことを正しく理解しているギルド……神ウラヌスは、使い古した神や用途がない神を率先してアスクレピオスに提供している節が確かにある。
この神の送還には、ギルドが関与できないレベルの事態が発生した可能性が濃厚になる。ギルドが事前に察知していたならば、神イシュタルの今後について【アスクレピオス・ファミリア】にアクションがあっただろう。
事件に関わったファミリアに厳しい罰を与えるだろう。そうでなければ、神殺しを許容する事になる。なにより、歓楽街を壊滅させる危険極まるファミリアなど、ギルドが放置するはずがない。
現状一つだけ言える事は、ボンドルドが戦争遊戯が完了した当日にファミリアを抜けたのは英断だったということだ。この大事件に巻き込まれていれば、諸々の問題が解決するまで脱退は許可されなかっただろう。
………
……
…
後日、ギルドより【イシュタル・ファミリア】の事実上の壊滅が発表された。歓楽街への被害も甚大であり復旧のめどは未定。公式発表で一般人の死者120名越え、歓楽街に居合わせた冒険者の死者18名。この冒険者の死者は大半が男性であり、逃げ遅れたお気に入りの娼婦を助けるために命を張った男の中の男達だった。そんな彼等の葬儀には、志を同じくする男性冒険者から尊敬と感謝の念が伝えられる。
肝心の【イシュタル・ファミリア】は生存者は、両手で足りる。神イシュタルが送還されたことにより恩恵が消失。その為、歓楽街の中央にあるホームから逃げ遅れて焼け死ぬ者が大量に発生した。
朝日が昇る頃、その死者の数はさらに増えた。【アスクレピオス・ファミリア】より正式にギルドへ救えなかった命の数が連絡される。だが、これからその数はまだ増えるだろう。火災現場より見つかる死体と、まだ山場を越えていない命の数々。
ギルドは今回の事件に関して、詳細を告知せざるを得なかった。被害が甚大過ぎて、隠蔽工作をしようものならギルドの立場が完全に消えてしまうからだ。【フレイヤ・ファミリア】と戦争準備をしていたこともあるので、【フレイヤ・ファミリア】が事前察知して彼等を攻撃するまでは、ファミリア同士の抗争としてまだ納得できる。だが、【ヘスティア・ファミリア】の行動は擁護できるものではなかった。
【フレイヤ・ファミリア】は偶発的に巻き込まれた住民に対して謝罪をした。そして、【アスクレピオス・ファミリア】の医療院に、ファミリアの虎の子である治療部隊『
【ヘスティア・ファミリア】は、出せる手札がなかった。【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯で勝ち取った金銭は、既にホーム改修で使い切っていた。それに、【ヘスティア・ファミリア】の謝罪など、今は火に油を注ぐようなもの。せいぜい彼等にできる事は、【イシュタル・ファミリア】から強奪した春姫を人目に付かないようにすることだけだった。
ここまで速攻でイシュタル・ファミリアを潰されるとは、ボンドルドですら読めなかった。
さて、次はゼノス編。これには絡む予定です。
モンスターとの共生……【アスクレピオス・ファミリア】にとってすれば、珍しくもない事です。
神ウラヌスが求める世界を作るのに誰と手を取り合うべきか、ギルドも理解してくれるはず。