ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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24:『無理』とは、嘘つきの言葉

 ボンドルドは、ダイダロス通りの大事件に不運にも巻き込まれた男性のカルテをみて見て驚嘆していた。まさか、これほどの逸材がオラリオの地に存在していたとは、誰が予想できただろうか。巷では白兎(ベル・クラネル)を神々が英雄へと作り上げようと躍起になっているが、彼の陰に隠れるようにして、もう一人の規格外な逸材が存在していたのだ。

 

 その男の名前はアーロン。本名は、アーロン・グラディウス。それなりの名家かつ良い血統を持つ放浪貴族であった。

 

 

 数か月前にダンジョンで格上のミノタウロスに殺されかけ、ボンドルドの手によって治療を施された冒険者だ。その時にボンドルドの手によって対価として彼の魔法『ファイアボルト』が魔導書として抜き取られ、今ではベル・クラネルが使っている。

 

 ここまでの経緯だけなら、ボンドルドも格別の驚きは示さなかっただろう。だが、アーロンの凄惨かつ輝かしい経歴はこれで終わらなかった。ボンドルドに魔法を摘出されたショックと代償により、彼には特殊なスキルが芽生える。

 

 『逆境』――成長促進系のレアスキル。人として大切な何かや器官を失うほど、ステイタスに凄まじい補正がかかる。人間性を喪失し続ける限り、永続的にその補正が適用され続ける。

 

 

 その後、彼は【ソーマ・ファミリア】の内部抗争に巻き込まれ、団長ザニスに惨殺されかける。誰もが助からないと確信した瀕死の重傷であったが、ショウ・タッカーの悪魔的な医療技術(錬金術)により、彼は文字通り人間をやめることとなった。キメラ棟にて肉食動物として最強格クマと融合させられ一命を取り留めた。奇跡的に人間の理性を保った成功例となったのだ。その肉体性能のおかげで、彼はLv.1(レベルワン)にしてミノタウロスと素手で殴り合えるほどの異常な戦闘力を手に入れたのだった。

 

 度重なる死の淵からの生還という偉業を成し遂げたことで、彼の成長にはさらなる強力な補正がかかった。人間から獣人へと後天的に種族が変異したことで獲得したレアスキル――。

 

 『生存戦略』――致命傷となる攻撃を受けた際、以降はその同種の攻撃に対して絶対的な耐性を獲得する。

 

 

「まさか私の処置の後にタッカーさんの治療(改造)を受け、そのような素晴らしいスキルに目覚めるとは。久しく見ない最高の逸材ですね。ですが、彼の物語がここで終わるはずもありません」

 

 さらに肉体が仕上がったアーロンは、パーティーとともに18層の迷宮の楽園(アンダーリゾート)に到達する。しかし、そこで突如現れた『黒いゴライアス』に握りつぶされかけ、岩壁に向かって叩きつけられて致命傷を負う。死に瀕した彼の傍らには、人工迷宮クノッソスでの密約を終えたばかりの涅マユリがいた。

 

 救いを求めるアーロンに対し、マユリは研究中であった「汚れた精霊」の因子を取り込ませ、肉体と魂に完全に融合させることに成功する。精霊は子を成せない種族。ならば、人間側を精霊と融合させてその問題を解消すればいいという狂気の実験であった。

 

 こうして獣人からさらに「半精霊」とも呼ぶべき高次元の存在へと変貌を遂げた彼は、みたび新たなレアスキルを獲得する。

 

 『悪食』――魔石を直に喰らうことでステイタスを直接強化できる。さらに、体力および精神力をわずかに回復する効果を持つ。

 

 

「確か、報告書にあった『怪人』に近い領域へと達したわけですか。実に興味深い……そのような面白い研究なら、ぜひ声をかけていただきたかったものですね。それにしても、あのフェイスレスさんからも処置を受けているとは……我ら4人の院長全員から治療を受けた患者は、彼が最初で最後ではないでしょうか」

 

 

 【イシュタル・ファミリア】がベル・クラネルらの活躍によって崩壊したころ、アーロンは歓楽街で美の女神フレイヤの前を偶然通りかかってしまった。その美貌に呑まれて不敬な視線を向けた結果、【フレイヤ・ファミリア】の第一級冒険者たちから凄まじい暴行を受け、娼館の壁に埋まるほど吹き飛ばされる。さらに折悪く、その後に発生した大火災に巻き込まれて全身に大火傷を負い、今度こそ誰もが彼の死を確信した。

 

 そこで絶望の縁から彼を救い上げたのがフェイスレスであった。アーロンが持つ凄惨なスキル群を最大限に活かすべく、彼は全身の肉体をオリハルコン製の「自動人形(オートマタ)」へと置換・移植する超絶技法を成し遂げたのだ。これにより、物理的に彼を即死させることはほぼ不可能となった。

 

 

 フェイスレスがカルテの末尾に残した一言――「だって、僕は天才だからね」と。

 

 『自動人形』――戦闘において、敵の戦い方を瞬時に学習し最適化を永続的に行う。本人の意識がない場合でも、学習データに基づき最適行動を自動実行する。

 

………

……

 

 もはや白兎(ベル・クラネル)にすら比肩しうる存在だと、医療院の4院長全員が保証できるほどの怪物となったアーロン。そんな彼が、今更病院に怪我で訪れることなどあり得ないはずなのだが……一体どうしたというのかと、ボンドルドも首をかしげていた。

 

「アーロンさん。私の目から見ても、現在のあなたが当医療院のお世話になるような傷を負うとは考えにくいのですが……本日はどのようなご相談でしょう。黒いミノタウロスに岩盤送りにされてかすり傷程度とは、耐久のステイタスが異常値です」

 

「……彼女に抱きしめられても、何の感覚も湧かないんです。これって……何か精神的な病気なんでしょうか」

 

 無理もない話であった。

 

 アーロンの積み重ねてきた異次元のスキルと過剰な耐久スペックにより、彼の身体感覚は常人からかけ離れすぎている。相手の女性にも相応のステイタスや筋力がなければ、抱擁された程度では物理的な接触すら認知できないのはよくある現象だ。これこそが高レベル冒険者同士でなければスキンシップや結婚が困難となる大きな要因であった。

 

 

 強さゆえの弊害。

 

 ギルド側も、こうした悲劇や悩みが生じないよう定期的に冒険者向けの無料講習を行っているのだが、知識として定着するには至っていないのが現状だ。

 

「ご安心ください、極めて正常な反応です。原因は単純で、あなたのステイタスと物理耐性が高すぎることにあります。昨今の例外的なベル・クラネル君の陰に隠れてしまっていますが、あなたも十分に異常な成長力ですよ。彼より数週間遅れているとはいえ、レベルもステイタスも肉体性能も肉薄しているのです。初めてここに運び込まれた時はLv.1(レベルワン)だったあなたが、今やLv.3(レベルスリー)の中堅上位。既にLv.4(レベルフォー)への領域すら見えている」

 

「ベル・クラネルと比較するのはやめてください……ファミリアの団員たちからもいつも言われて嫌になるんです」

 

 それゆえに、いつしかアーロンに付けられた二つ名は『影追う者(シャドウ・ストーカー)』。英雄ベル・クラネルの影をどこまでも追う者、という意味で定着していた。

 

「気に障ったのでしたら失礼しました。ですがアーロンさんの悩みは、強者ゆえのいわば『職業病』です。これを根本的に解決する方法はただ一つ……そのお相手の彼女のステイタスを、あなたを感じられる域まで引き上げることです」

 

「でも、彼女はただの一般人で……なんとか先生たちのお力で解決できませんか? もしボンドルド先生に無理なら(・・・・)、他の院長先生方にもご相談してみようかと思いますが……」

 

 それは、最高の技術者を自負するボンドルドの沽券に関わる言葉であった。

 

 ボンドルドが「不可能」と匙を投げた案件を、他の院長が解決してみせた場合……それは研究者としての敗北を意味する。

 

「……『無理』とは、嘘つきの言葉です。安心してください、アーロンさん。あなたのその愛の夢は、この私が必ずや叶えてみせましょう。どうぞ、素晴らしい愛の結末を覚悟しておいてください」

 

「ありがとうございます。ボンドルド先生」

 

 ――後日。どこぞの一般人女性にもアーロンと全く同じ凄惨な「治療」が施され、その肉体と魂の器は強制的に英雄の域へと高められることとなった。新たな人造英雄の誕生である。

 

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