ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
アスクレピオス医療院に掲げられた無期限の臨時休業案内。院長達や彼等の子供達が揃っていない事態。かつても、同じような事があったが、その時のオラリオの惨状は酷い物だった。
今、医療院に残っているのは神アスクレピオス、労働者の
医療院の閉ざされた門の前には、治療を求める患者がいるが彼等の顔は絶望に染まる。神がいるオラリオに救いはないのかと。タダで高度な医療を受けさせてくれる医療系ファミリアは居ないのかと。冒険者達は慣れ過ぎてしまった……無料の医療に。
そのような悲痛の叫びは、ダンジョンにいる院長達に届く事は無い。
24時間営業のギルドに休む暇などない。冒険者がいつ出かけて、いつ戻ってくるかもわからない。偶然にも夜勤担当となったエイナ・チュールは、ダンジョンに向かう二組の男性を見つけてしまう。
ボンドルドとショウ・タッカーの二人組だった。オラリオの医療を支えてくれている院長だ……だが、エイナ・チュールが知る限り、既に後二人の院長達もダンジョンに潜っているとの情報がある。
冒険者の医療を支える重要なファミリアの幹部が、揃ってダンジョンに向かうなどギルドの立場からすれば、「止めろ馬鹿野郎」と言いたいところだ。特に、ショウ・タッカーは”賢者の石”を産み出せる人物。その価値は、一山いくらの冒険者とは訳が違う。そんな人物がダンジョンに潜って死んでしまえば、損失は計り知れない。この事態を知れば、ギルドの豚と呼ばれるギルド長ロイマン・マルディールが筋の通らない無茶苦茶な事を言い出して、身柄を拘束するだろう。
故に仕事ができるギルド職員エイナ・チュールとして、見なかった事にするのだった。
………
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…
いい歳の男二人でダンジョンに潜るボンドルドとショウ・タッカー。娘達が迷宮で頑張る姿を見に行くという崇高な目的がある。子供の運動会を見に行く親の様な気持ちだ。そして、これは男性としての本能ともいえる……男はいつだって子供心を忘れない。未知への探究は、研究者の本分だ。
だが、その気持ちは、【ヘスティア・ファミリア】の遠征と被るというならば一瞬で消え去る。
「そういえば、聞いていますかボンドルドさん。涅さんやフェイスレスさんも丁度ダンジョンに来ているみたいですよ。下層で闇派閥の人たちが面白い事をやらかすみたいだから見学だそうです。ダンジョンの怪物がどうとか。”火炎石”程度のマジックアイテムで見られるなら、安い物です」
「おやおや、それは素晴らしい。是非、この目で怪物を確認したいものです。ちょうど、プルシュカやニーナさんにも色々と教えていく年頃ですから良い勉強になるでしょう。となれば、記録更新もかねて目指す場所は、28階層の
現在、14階層の中層に足を踏み入れたところだった。
ショウ・タッカーが指をパチンと弾くと、錬成反応の青白い雷光のようなものが迸る。周辺の酸素を消費して、業火でモンスターの集団を焼き尽くす。”賢者の石”を使わずとも、中層程度のモンスターなら消し飛んでしまう。”賢者の石”を使えば、まさに必殺の一撃となるだろう。
「”錬金術”。理不尽なスキルです。等価交換と仰いますが、変換するエネルギーが何処にもない。研究者泣かせのものです。その最たるものが”賢者の石”です。一体、何度殺せば死ぬのですかねタッカーさんは」
「私のスキルなんて、ボンドルドさんの”メイドインアビス”より普通ですよ。ダンジョンには存在しない謎の遺物やアビスの原生生命が現れる。しかも、遺物が使えるのはこのスキルがある貴方達だけなんて、ずるいじゃないですか。同じ、残機組として仲良くしましょう」
そんなたわいない話をしながら、二人はダンジョンを進み続ける。
ダンジョンに出るモンスター。ダンジョンのモンスターを滅ぼして進むこの二人……果たしてどちらがモンスターなのだろうか。殺しても殺しつくすのが難しい冒険者より、殺せば死んでくれるモンスターの方が幾分か可愛く見えるだろう。
………
……
…
迷宮の楽園にあるリヴィラの街にまで、難なく到達した異質な二人組。
黒装束に紫色の光るラインが入った鉄仮面を被った男と何処にでもいそうな中年男性。このペアがリヴィラの街を歩いていた。この二人は観光に来ているわけではない。現状確認の一環だ。リヴィラの街が無事であり目立った騒ぎが無いと言う事は、下層では
台風の目である【ヘスティア・ファミリア】が動けば、大小何かしらの問題が発生するのは統計学的にみて正しい。用心するのは冒険者の鉄則だった。
【アスクレピオス・ファミリア】の院長回診でもしてくれるのかと、街の住人が集まり始める。オラリオに戻らずともここで医療院を開業して欲しいとまで要望がある。集まった人だかりを抜けて更に進む彼等を見送る住民。
リヴィラの街にいる冒険者たちは、見送った後に気が付いた。あの二人が
だが、異様に目立つことだけは確実だった。
彼等の世話になった冒険者も多く、何でこんな場所にいるんだという視線が後を絶たない。何より、ショウ・タッカーが指をパチンと鳴らすと”火炎石”に火をつけたかのような業火と爆発が起きてモンスターが次々に消し飛んでいっていた。
それを見ていた者達は、誰もが一度は指をパチンと鳴らしてみる…だが、何も起こらない。仲間から生易しい目で見られるだけで済む。
他にもボンドルドが指で紫のラインをなぞり「
この年頃の冒険者達の心をわしづかみにする力で中層を圧倒する院長達の人気は爆上がりしていた。
夜明け前にボンドルドとショウ・タッカーは、何とか子供達が待つ24層の下層入口前に到達した。そこには、【ヘスティア・ファミリア】の遠征部隊もおり、一緒に野営している。ボンドルドは、地雷原の横で寝るなんて危ない事をするのだろうかと思ったが、今無事であるなら、彼等が事件に巻き込まれるのは下層であろうと確信を得ていた。
「あんたは!?」
「これは、お久しぶり…と言う程ではありませんね、ヴェルフさん。娘達も無事のようで安心しました」
交代でモンスターを警戒している【ヘスティア・ファミリア】の遠征部隊。彼が飲んでいるのは、ウインナーが入ったコーヒー。オラリオには色々な地方の出身者がいるから、その地方独自のコーヒーの淹れ方なのだろうとボンドルドは納得する。東方では、腐った豆をたべたりする習慣もあるのだから、この程度普通のことだと。
そして、プルシュカがボンドルドを見つけて駆け寄る。
「パパ!! どうしたの!? 到着はお昼ごろって聞いてたのに、すごく早かったね。コーヒーを用意するわね。このウインナーコーヒーは、皆に大人気なんだから」
「えぇ、貴方達の元気な姿を見たくて少し出発を早めました」
「愛からず元気だね、プルシュカちゃんは。ウインナーコーヒーか……あんな顔で出されたら、誰も教えられないよね」
娘が居れたコーヒーをダンジョンで飲む贅沢。
ボンドルドもショウ・タッカーも、この場に
まだ、人との距離感があるウィーネだったが、プルシュカとニーナの父親という事で彼等には一定の信頼を抱いていた。
「ウィーネさん。プルシュカは、好奇心旺盛で猪突猛進なところがあります。ですが、友達である貴方を裏切る事はありません。どうか、仲良くして下さい」
『うん!! ウィーネは、絶対にみんなを守る』
「私からも挨拶をさせてください。ウィーネさんだったかな。ニーナを君が守る役目になったんだって、ニーナは臆病な所あるが、優しい子だ。仲良くしてね」
『任せて』
よくできた子供だと、頭を撫でまわされて困惑するウィーネ。父親がウィーネを可愛がるから拗ねた娘達が可愛くて仕方がないのは親ばかの証拠だった。
こうして、五体満足の娘達と合流できたボンドルド達は、【ヘスティア・ファミリア】の
遠征部隊を見送った。当初、ボンドルド達に一緒に行きませんかと誘いはあった。だが、既に複数ファミリア合同の遠征部隊だ。縁も深くないボンドルド達がそれに参加する理由はない。
「ねぇ~パパ。いつ下層に連れてってくれるの?」
「【ヘスティア・ファミリア】が遠征から帰ってきてからと言いたいところではありますが、28階層の
ダンジョン下層では、
「見て見て、プルシュカちゃん。パパに教わって、炭素の結合度を変えて皮膚を最強の盾にしてみた」
「これでよほどの攻撃じゃ無い限り、問題はないさ。幾ら防具で固めても顔や露出した部分を狙われると、痛いからね」
『うわ、すごい。ニーナちゃんのお肌がとっても固い』
こうして下層でのダンジョン探索が開始される。
ダンジョンで生き残るすべを学び、子供達は成長していく。知識を学び実践、地形を利用し実践、1の実践は100の見分に勝る。中層よりモンスターの出現速度も数も質も高くなるが、不安要素は何処にもなかった。
モンスターが落とす魔石を食べ過ぎたウィーネが一番頑張っていた。
その一行を見つめていた強化種は、あれは無理だと足早に逃げていく。もう少し顔を出していれば、ショウ・タッカーが指をパチンと鳴らしていた。
「
「捨ておきましょう、タッカーさん。逃げるモンスターは色々と面倒です。殺す時は、射程に入った時、一撃で」
下層のモンスターと正面から戦うだけなら、プルシュカ、ニーナ、ウィーネで十分お釣りがくる。だが、下層にはたまにこのような強化種が現れる。それに対処する事で子供達に安全に実戦経験を積ませる。
◇◆◇◆
魔石を食べる存在がいるお陰で、ボンドルド達を無理に襲ってもうま味がないと判断した強化種は狙いを
この遠征に参加する
それが、たった一匹の強化種によって翻弄された。まるで冒険者をあざ笑うかのように、モンスターがとる行動とは逸脱した動きであり、対応に四苦八苦していた。結果的に、遠征において団長を務めていた
二つに分断されたという事は……エンカウント率が二倍になったという事だ。ボンドルドは、彼等に出会わない事を切に願う。困った時の神頼みというが、神はこの状況をあざ笑う事が大好きだった。