ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
高レベル冒険者――迷宮都市オラリオを訪れる者ならば、誰もが憧れる存在だ。
彼らが立つ高みに到達するため、今日も新米冒険者たちが夢に脳を焼かれたまま、期待と興奮を抱えてギルドへ押し寄せてくる。
その度に、ギルド職員エイナ・チュールは、半ば呆れながらも決まり文句を繰り返していた。
「冒険者は冒険しちゃいけない」
その言葉を、ボンドルドは常々「実に素晴らしい」と感じていた。
だが、彼女の真意――“無謀な行動は死に直結する”という現実――は、新米冒険者にはなかなか伝わらない。そこでギルドは、良識ある大人として新米冒険者に“心構え”を教えてほしいと、ボンドルドへ講義を依頼した。
もちろん、アスクレピオス医療院の存在を周知する目的もある。
最悪の場合、金がなくても命を繋げる可能性が高い――ギルド職員として、エイナが示せる最大限の優しさだった。
高レベル冒険者は人類の希望の象徴だ。
だが、決して忘れてはならないことがある。
冒険者として大成しても、一人の人間として大成できるとは限らない。
講義室には、期待に胸を膨らませた新米冒険者たちが整然と並び、ざわめきが徐々に静まっていく。その前に立つボンドルドは、いつもの鉄仮面をつけたまま、まるで儀式の始まりを待つかのように静かに佇んでいた。
エイナが紹介を始める。
「では、本日集まっていただいた冒険者の皆様に講義をいただくボンドルドさんをご紹介します。ご存じの方は少ないでしょうが、オラリオにて非営利を掲げる医療系ファミリア――アスクレピオス・ファミリアの方です。今後お世話になる人もいるでしょうから、決して失礼のないようにしてください」
紹介が終わると同時に、ひとりの新米冒険者が勢いよく手を挙げた。
「質問があります。そのボンドルドさんという方は、レベルいくつでしょうか?」
エイナは一瞬、顔を引きつらせた。
実に嫌な質問だった。
冒険者志望者が憧れるのは、Lv5以上の第一級冒険者。
だがボンドルドは、長年冒険者を続けているにもかかわらずLv1。しかも一度もステイタス更新を行っていない。
そんな人物の言葉を新米冒険者が素直に聞くのか――誰もが不安に思った。
しかし、ボンドルドは落ち着いた声で答えた。
その声は仮面越しにもよく響き、講義室の空気を一瞬で掌握する。
「構いませんよ、エイナ嬢。私のレベルは1。ステイタスはこの場にいる皆と同じく、すべて初期値です。……おや? では、なぜその私がギルド公式の場で講義をするのか疑問に思った方もいるでしょう。その感性は大変素晴らしい。では、レベルアップやステイタス更新が決して恩恵ばかりではないことをお伝えしましょう。短い講義ですが、よく聞いてください」
レベルアップやステイタス更新によって魂の器が拡張され、人知を超越する――それはこの世界の常識だ。
だが、なぜ人知を超越できるのか。
その結果、何が待ち受けているのか。
神の力が関わるにせよ、謎は多い。
アスクレピオス医療院で最も魂に詳しい男――瀞霊棟院長、涅・マユリ。“輝く聖人”の異名を持つ彼の数多の研究により、いくつかの事実が判明していた。
ボンドルドはその知見をもとに、淡々と講義を進めた。
新米冒険者たちは、彼の声に自然と耳を傾けていた。男性相手に言う言葉かは不明だが、彼の声はよく通り、妙に心地よい。同性であっても「いい声だな」と思わせるほどだった。
「では、ここで一つ問題を出しましょう。身近な人を想像してください。その人が料理をしていて、手元を誤り指先を切ってしまいました。……当然、指先には傷が残りますね?」
新米冒険者たちは頷いた。
「では、恩恵を刻んだ貴方たちならどうでしょうか? 恐らく一般人と変わらず傷跡が残る。そう思われたでしょう。では、これがレベル2の冒険者なら?」
新米冒険者たちは考え込んだ。
彼らの頭に浮かぶのは、冒険者の“逸話”だ。
両手両足を軍馬に縛られ四方に走らせても馬が先に音を上げる。
宿が火事になっても気づかず朝まで寝て火傷一つ負わない。
紙やすりで尻を拭いても傷一つ付かない。
やがて、ひとりが答えた。
「精々、薄皮が裂ける程度だと思います。数時間もあれば治る傷では?」
「素晴らしい。その通りです。レベル1上がるだけで、これほどの恩恵が宿る。ですが――そこまで変わり果てた存在は、果たして“人”でしょうか?」
エイナは息を呑んだ。
ギルド職員として務める彼女でも、この事象については疑問に思っていた。だが、同時に“もっと知りたい”という知識欲が疼く。エルフは長命ゆえに娯楽に飢え、こうした新しい知見を好む傾向がある。
ボンドルドは続けた。
「誰とは言いませんが、某有名なレベル5冒険者。熱した油に手を入れても無傷。ミスリル未満の金属では傷一つ付かない。50mの高さから落下した大岩が直撃しても軽傷。手足がもがれても数時間は生きる生命力。……高レベル冒険者とは、人の形をしているだけで化け物ですよ」
「ボンドルドさん……あまり高レベル冒険者を畏怖の対象のように言われると、ギルドとしての立場がですね……」
エイナは口では否定したが、心の中では「その通りだ」と思っていた。
神の眷属になるという事は肉体を捨てて魂に比重を置くという行為。
つまり、某インキュベーター的な契約に近いものがある。肉体を捨てる事こそが眷属への第一歩。それを知らずに神の眷属になる者が多すぎる事が問題だ。
しかも、神たちはそれを知りながら一切説明はしない。
ボンドルドは軽く頷き、最後の助言を述べた。
「未来の高レベル冒険者を目指す君たちに、最後のアドバイスを。冒険者になれば、恩恵の影響で年齢より遥かに若く見られることが多い。だが、肉体はありえないほど強くなる。人間ではないレベルに。これは魂の比重が重くなり肉体から離れた結果です。その結果、痛みに強くなるのも当然でしょう。腹をえぐられた程度で動けなくては、恩恵の意味がありませんからね。……最後に男女の交際は、低レベルのうちに始めることを推奨します。高レベルになると処女〇も強化され、アラミド繊維とポリエステルの複合素材並の強度になります。また、鉄パイプ位ならねじ切れるみたいです」
「あれ? ロキ・ファミリアのリヴェリアのレベルって……あっ(察し)」
新米冒険者たちはようやく理解した。
エイナが「冒険者は冒険しちゃいけない」と言う理由。人でいたいなら、低レベルでいるべきなのだ。
高レベルになれば、子供すら産めない可能性がある――女性冒険者たちの顔が青ざめた。
後日、エイナ・チュールはロキ・ファミリアに呼び出され、某副団長に激詰めされたという話がオラリオ中に広まった。
………
……
…
本日もダンジョンは、平常運転中。
浅層の通路には、冒険者たちの足音と、魔物の唸り声と、そして――子供の声が響いていた。
プルシュカとニーナは、ダンジョンで経験値を稼ぎながら、同業者にアイス売りをしていた。
迷宮の浅い階層では名物となりつつある子供露店。本日の商品は、かの有名な“ババヘラアイス”。バラの花のようにカラフルなアイスをコーンに盛る、見た目にも楽しい一品だ。
値段はたったの5ヴァリス。
持ち合わせがなければ、冒険後にアスクレピオス医療院への募金でも良いという柔軟な支払い方式。そのため、ロキ・ファミリアの一員であるアイズ・ヴァレンシュタインにもその存在が認知されている。
アイズは二個目のババヘラアイスを食べながら、子供たちと会話する。
「いつもありがとう。……えっちな格好のお姉さん。大人の女の人なんだから、あんまり肌を露出させたらだめだよ。パパが男は狼だから気を付けなさいって、いつも言ってるんだから」
「そう。でも、子供二人でダンジョンは危ないよ。……いいや、危ないのかな?で、売り物はこれだけ?」
アイズの視線は、彼女たちが身に着けている“賢者の石”や“遺物兵装”へ向いていた。
末端価格1億ヴァリスを越える品々。
強さを求める彼女としては、虎視眈々と狙っていた。
「う~ん、えっちなお姉さんは常連さんだから…どうしようかな。私達の装備は、パパたちが作ったから、勝手に売り買いはできないわ。でも、口利きはしてあげるわ」
「うん、分かった。それでいい。またね」
高レベル冒険者との繋がりは大事だ。身を守るためにも、決して悪い行動ではない。
万が一、プルシュカとニーナか見ず知らずの二人のどちらかしか救えない状況なら、アイズは迷うことなくプルシュカとニーナを救うだろう。
こういう顔つなぎこそ、冒険者として大事な積み重ねでもある。
怪物祭……これは、アスクレピオス医療院として、本物の怪物を提供しなければいけませんかね。