ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
オラリオへと帰還を果たしたボンドルドたち。
新種のモンスター研究に早速取りかかろうとする彼らであったが、その前にボンドルドが秘蔵する特級遺物の披露会が執り行われることとなった。彼らの保管庫であり、切り離されたダンジョンの一部でもある―”不屈の花園”。その中央に鎮座するのは、純白の光沢を放つ四角い箱であった。その表面には、古代の神秘を思わせる見たこともない文字が刻み込まれている。
そして、その特級遺物の横に並べられたのは、栄えある検体として選ばれた彼女たちであった。
彼女らは、かつてオラリオの暗黒期において闇派閥に勇敢に立ち向かった正義の派閥―【アストレア・ファミリア】の団長をはじめとする団員たちだ。そして5年前、凄惨を極めた悪夢―ジャガーノートの最初の犠牲者となった者たちでもある。幸運にも【アスクレピオス・ファミリア】の手によって回収・復元されたおかげで、まるで今にも息を吹き返しそうなほど生々しい姿を保っていた。
一礼をする。
死者に対しても敬意を忘れない大人の所業。その身を挺して神秘の解明に協力してくれる者たちに対し、ボンドルドなりの最低限の敬意の表れであった。
「【アストレア・ファミリア】は11名。当時、10名が下層で命を落としたと聞き及んでおりますが……こうして5名も復元できたのであれば御の字というものでしょう。では、ご提供いただいた貴重な検体たちを、ありがたく活用させていただくとしましょう。こちらは特級遺物―呪い除けの籠。本来は魔法やカース、神威といったあらゆる外的事象から身を守るためのものと考えられていました。確かにそれも間違いではありません。しかし、これにはもっと別の使い道があることが最近判明したのです」
「何をグズグズとおあずけをくらわせているんだい! 早く見せるんだヨ、その遺物の本当の力をネ!」
整然と並べられた検体たち。ジャガーノートの狂暴な爪牙に襲われながらも奇跡的に原型をとどめ、修復を経てこのような先駆的な実験に供されるのだから、彼女たちは実に幸運と言えた。
団長:アリーゼ・ローヴェル 元・
副団長:ゴジョウノ・輝夜 元・
団員:ライラ 元・
団員:リャーナ・リーツ 元・
団員:セルティ・スロア 元・
この顔ぶれだけでも、現在のオラリオであれば中堅の上位として十分名を馳せられるだけの実力者揃いであった。
ボンドルドが白笛を吹くと、静寂を破って呪い除けの籠が静かに開放される。内部には、一人の人間をすっぽりと納められるだけの空間が存在していた。ボンドルドは手際よくアリーゼの体をそこへ運び込み、再び重厚な蓋を閉じる。この不可解な行動にどのような意味が隠されているのか―思考を巡らせ、正解へと至る過程こそが天才たちの特権であった。
「ホムンクルスのようにどこからか魂を引き寄せて蘇生させる装置かな? まさか遺物の中にそのような機能を備えたものが存在しようとは、実におもしろいね」
「いいや、そんな生ぬるい物じゃないネ! 魂の領域に関しては君たちよりも理解が深い自負がある。それは失われた生前の魂そのものを呼び戻しているんだ……まさに『死者蘇生』だヨ! 素晴らしい、実に素晴らしい遺物じゃないか! どれ、次は私が検体を放り込もうじゃないか。これほど興奮する実験は久しぶりだヨ!」
「確かにこれは秘蔵の一品だね。僕も彼女たちに敬意を表して、検体を投げ入れさせてもらうとしよう。素晴らしいじゃないか、死を迎えたはずの者が再び生を得るなんて。この検体たちの蘇生が完了したら、僕にもいろいろと試させておくれよ。深層で珍しい検体をたくさん採取してあるんだ、最高に楽しい実験になるよ~ん」
こうして、各院長たちが持ち込んだ多種多様な試作品や触媒を、片っ端から呪い除けの籠へと投入する阿鼻叫喚の実験が開始された。その結果、保管庫の2割が爆発に巻き込まれて消し飛び、院長たち自身も重軽傷を負うという大惨事に発展。主神アスクレピオスの胃に深刻な穴があくほどの事態となったのである。
従業員である
閉ざされた狭隘な空間で『メテオ・スウォーム』や『サンダー・レイ』級の広域破壊魔法が乱発されれば、それも当然の帰結と言えた。鎮圧にはプルシュカたちまでもが総動員されたが、問題はこの惨状を収束させるまでに発生から丸二時間もの時間を費やしたことであった。
◆◇◆◇
小鳥の心地よいさえずりと、窓から差し込む暖かい日差し。
清潔に保たれたシーツからは、ぽかぽかとしたお日様の香りが漂っている。このまままどろみの中に身を委ねていられたなら、どれほど幸せだろうか。
けれど、いつまでも眠りこくっているわけにはいかないと、意を決して身体を起こし、目を開ける。
視界に飛び込んできたその景色は……
「知らない天井……ここは……!!??」
アリーゼは弾かれたように跳ね起きた。彼女の頭の中は猛烈な混乱に見舞われていた。記憶の最後に残っているのは、仲間たちと共に決死の覚悟を固め、リュー・リオンを未来へ逃がすためにジャガーノートと刺し違えた……あの凄惨な光景だったはずなのだ。
焦燥感に駆られて駆け出そうとしたアリーゼだったが、思うように脚に力が入らず、無様に床へ倒れ込んでしまう。思い通りに動かない体が、過酷な消耗を物語っていた。その荒々しい転倒音に気づいた少女が、慌ただしい足取りで駆け寄ってくる。
「病み上がりなんですから、無理に動いちゃダメよ!」
「リオンが……リオンが危ないの! お願い、ギルドに連絡を……早くしないと彼女が……!」
アリーゼはプルシュカに優しく抱きかかえられ、再びベッドへと連れ戻された。そして手渡された一杯の水を、ゆっくりと飲み干していく。身体の隅々にまで染みわたっていく冷たさが、自分が確かにいま「生きている」のだという現実を突きつけていた。
幼い子供の前で見苦しく取り乱してしまった己の態様を思い返し、彼女は深い恥入る思いに囚われるのだった。
プルシュカは手元の記録用カルテに目を落としながら、慎重な手つきでアリーゼへの問診を開始する。
「あたしはプルシュカ。ここにいるみなさんの看護を任されているんですから、安心して任せてね。それじゃあ、状態の確認をします。所属ファミリアとお名前を教えてもらえますか?」
「え……あ、うん。【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェルよ」
プルシュカはふむふむとうなずきながら、カルテの項目に丁寧なチェックを入れていく。そして、次の問診項目へと視線を移した。
「はい、ありがとうございます。では最後に覚えている出来事はなんですか?」
「未知のモンスターに襲われて……仲間たちが……! ねぇ、ここにいるみんな以外のメンバーはどうなったの!?」
アリーゼは先ほどから、同じ室内でまるで物言わぬ屍のように眠り続ける仲間たちの存在を気にかけていた。自身も死の淵から舞い戻ったばかりで酷く衰弱しているはずだが、そこは流石『正義の派閥』を率いた団長である。気概の桁が違っていた。気を抜けば今すぐにでも意識を失いそうな絶望的な疲労感のなか、今眠ってしまえば二度と目を覚ませなくなるのではないかという根源的な恐怖が、彼女の精神を繋ぎ止めていた。
「プルシュカは詳しいことまでは解らないけど……原形をとどめていなかったって聞いたわ。だから、
「5人……そんな……じゃあ、リオンは!? リオンはどうなったの!?」
プルシュカは小さく首をかしげ、不審そうに記憶をたどる。
この医療室に収容されている【アストレア・ファミリア】の生存者の中に、その名前は含まれていない。しかし、『リオン』という響きには確かな心当たりがあった。
「ここには、いないよ。でも……リオンっていうエルフのお姉さんなら知ってるわ。オラリオにある『豊穣の女主人』という酒場で働いている店員さんよ」
「そ、そうなの……? 酒場で働いている。きっと同姓同名の別人ね……ごめんね、リオン……私たちだけが生き残ってしまうなんて……」
自らの命を賭して後輩を未来へ逃がしたはずが、かえって自分たちだけが生き残ってしまったのだと痛切な誤解を抱いたアリーゼは、暗澹たる底なしの絶望に沈んでいく。そして極度の緊張の糸がぷつりと切れたように、再び深い昏睡へと落ちていった。
あの凄惨な悲劇から、既に5年もの歳月が流れてしまったことなど、いまのアリーゼには知る由もなかった。
その後もプルシュカは、次々と目を覚ます【アストレア・ファミリア】の面々と概ね同様のやり取りを繰り返すこととなった。誰もが死別した仲間の最期を悼み、自分たちはリオンを救えなかったのだと絶望して意識を失っていく。いまが何年なのかという前提を誰も尋ねようとしないため、この哀しいすれ違いは繰り返されるばかりであった。
しかし、この反応によって彼女たちが生前の記憶を完璧に保持していることが確認された。それは即ち、あの一連の人体蘇生実験が完全な成功を収めたことを意味していたのである。
………
……
…
全員の術後経過が安定を見せた頃、アリーゼたちも長年の眠りで鈍りきった肉体を慣らすため、日中は屋外で軽いリハビリ運動を行えるまでに回復していた。流石はかつて過酷なダンジョン深層にまで足を踏み入れていた一流冒険者たちである。『どこかにいるはずの
そして今日、ボンドルドが初めて彼女たちの前にその姿を現した。
かつて正義を掲げて駆け抜けた【アストレア・ファミリア】。そして「傷ついた者であれば闇派閥であろうと分け隔てなく治療する」と公言して憚らない【アスクレピオス・ファミリア】。共にオラリオの最も暗い暗黒期を生き抜いてきた者同士であった。
「あの子の父親がボンドルドだったなんてね。……まさかとは思ったけど、ここは【アスクレピオス・ファミリア】の
「ええ、言わば死体も同然であった貴方方を引き取り、こうして救い上げたのは我々です。それにしても、随分と久しぶりの再会だというのに、アリーゼさんの手厳しい口ぶりは相変わらずですね。『人の数だけ正義が存在する』とおっしゃっていたのは、貴方ではありませんでしたか? どのような立場にある者であれ、眼前の患者を等しく治療することこそが、我々の掲げる正義なのですよ」
ここ数日の静養の中で、彼女たちなりに置かれた状況と思考の整理はついていた。
冒険者という生業を選んだ以上、常に死の危険と隣り合わせであることは百も承知。ましてやあの過激な闇派閥と全面戦争を繰り広げていたのだから、いつあのような惨劇に見舞われてもおかしくはなかったのだと。
「目を覚ましてから今日で三日目……アストレア様がお見舞いの一つにもいらっしゃらないのがどうにも解せないのだけれど、一体どういうことかしら?」
「おやおや、寝ぼけているのですか。貴方達の嘗ての主神アストレア様にはまだ連絡を入れておりませんよ。現在の【アストレア・ファミリア】は拠点を剣製都市ゾーリンゲン東部へと移しております。今から文を送ったところで、わずか三日で駆けつけられるような距離ではありません。それに、現在の新団長である……おや、どうかされましたか?」
お互いの会話の端々に、致命的とも言える認識の食い違いが存在していることに、双方が勘づき始めていた。
アリーゼたちは顔を見合わせ、身を寄せ合ってヒソヒソと小声で密談を始める。目の前に命の恩人であるボンドルドが佇んでいるというのに、なんとも不躾な態度であった。
やがて意を決したアリーゼが、再びボンドルドに向き直る。その表情は重く固く強張っていた。
「……私たちはいったい、何日……いいえ、何ヶ月の間眠っていたの!?」
「おや、プルシュカからお聞きになっていませんでしたか? 5年です……貴方方が我々の手に委ねられ、深く眠りについてから、それだけの星霜が流れ去りました」
つい先刻まで気丈に振る舞っていた彼女たちの顔から、一瞬で血の気が引いていく。急激な貧血に見舞われたかのように、その場に膝をつき崩れ落ちる者まで現れた。窮地に陥った団長アリーゼに代わり、ゴジョウノ・輝夜が激昂してボンドルドの胸ぐらに掴みかかる。
「5年だと……!? ならばなぜだ……! なぜ私たちは歳すら取っていない!? 貴様ら、私たちの身体に一体何を施した!!」
「一度命を落とされていたのですから、時を重ねるはずもありません。歳月を重ねるという恩恵は、生者にのみ与えられた特権です。そんなことは些細な問題に過ぎないではありませんか。いま現に、貴方方はこうして息を吹き返し、命を享受している。それ以上でもそれ以下でもありません……仮に、我々が貴方方に何らかの不可逆な処理を施していたとして、貴方方に何ができるというのですか?」
あの凄惨を極めた絶望の淵から生還できたなどという考え自体が、おめでたい幻想に過ぎなかったのだとアリーゼたちは痛感させられた。奇跡的に致命傷を免れ、親切な冒険者に拾われて助かったなどという都合の良いおとぎ話はどこにも存在しなかったのだ。
現実とは残酷な物だ。だが、救いはあった。
アリーゼたちは特級遺物の力によって蘇生を果たし、神の
アリーゼはそっと手を伸ばし、激高する輝夜をボンドルドから引き離した。
「そういうところよ……そうやって食えない態度をとるから【アスクレピオス・ファミリア】は胡散臭いって陰口を叩かれるのよ。どうせ私たちのことも、都合の良い実験動物か何かとしか思っていないんでしょう。……それで、リオンは無事なの!? 私たちの愛しい仲間、リュー・リオンは……!」
「ええ、数日前までは『豊穣の女主人』で看板給仕として元気に働いておられましたよ」
空白の5年という星霜の中で一体何があったというのか。あの極端に生真面目なリオンが酒場の給仕として働いているという事実に、アリーゼたちは一転して興味津々となった。一度死線をくぐり抜けたとはいえ、あの頭の硬いエルフがエプロン姿で酒場で接客をするなど、にわかには信じがたい話であった。
「じゃあ、いま彼女はどこにいるの!?」
「おやおや、質問が尽きませんね。さて、どこから順を追ってお話しすべきでしょうか……リュー・リオンさん、またの名を『疾風』。彼女は貴方方が殺されたあの日から、闇派閥とその関係者を凄惨なまでに皆殺しにして回り、賞金8,000万ヴァリスを懸けられた大罪人となりました。そして数日前、【ルドラ・ファミリア】の生き残りであるジュラ・ハルマーの卑劣な謀略にはまり……ダンジョン深層へと滑落、現在は行方不明となっております。既にギルドの捜索隊も動き出してはおりますが」
ダンジョン深層―。
かつて【アストレア・ファミリア】として幾度となく足を踏み入れた領域ではあるが、そこは生半可な覚悟を拒絶する絶対的な地獄だ。万全の準備すら欠いた状態でそんな奈落へ叩き落とされれば、待っているのは確実な死のみ。いまの彼女たちには、救出に向かう術など微塵も残されていなかった。
「ますます意味が解らなくなってきたわ……じゃあ一体何のために、私たちをこんな姿にしてまで生かしたというの!? こうして呑気に昔話でもさせるため!?」
こんな姿とは失礼だった。整然と同じ姿で復活している。むしろ、皮下脂肪などを余分な部分を排除している事もあるので、生前より美貌が保たれている。
「大変お恥ずかしい話なのですが……私の血縁者がリュー・リオンさんと浅からぬ縁を結びそうです。いま共に深層の地獄を彷徨っておるのです。よく当たるプルシュカの占いの結果によれば、二人は深層の濡れ場で肌を重ね、素晴らしい関係を築いているのだとか。もしかすると【アストレア・ファミリア】の眷属との間に、親戚が誕生するかもしれないと思いましてね。その祝福も兼ねて、貴方方を蘇生させていただいたのです。リュー・リオンさんの恋する乙女の顔を、一目見たいとは思われませんか?」
突拍子もなさすぎる宣告に、アリーゼたちの思考回路は完全にフリーズした。
あのウブで潔癖なリュー・リオンが、男と肌を重ねて抱き合っているなどという話は、自分が死の淵から蘇生されたという現実以上に受け入れがたい衝撃であった。ましてや、彼女が目の前にいるこの怪しい男と親戚になるなど、到底理解の及ぶ範囲を超えている。
「はあぁ!? リューがそんな破廉恥なことするわけないでしょう!! そんなくだらない……いいえ、不謹慎だけど最高に面白そうな理由で生き返らされたこっちの身にもなりなさいよ! アストレア様になんて説明すればいいのよ、まったく!」
「ありのままの事実を、誇りを持ってご報告されればよろしいのではありませんか? それと、当面は貴方方の身の安全を保障するためにも、【アスクレピオス・ファミリア】を名乗ってください。こちらの秘密を厳守していただける限り、相応の自由はお約束しましょう。元・深層攻略組の経験者として、プルシュカたちの指導役としても大いに期待しております。代わりに、当座の生活資金や住居、装備などは工面しましょう」
ボンドルドから差し出されたその手を、本心からは絶対に握りたくないアリーゼ。
しかし、一度死んだはずの自分たちの立場を守り切れる勢力など、世間にはそう存在しない。都市最大手に数えられる超大手ファミリアか、この【アスクレピオス・ファミリア】のような異端にして触れ得ざる庇護者くらいのものだ。
苦々しい表情を浮かべながらも、嫌々その手を取った彼女たち。このやり場のない鬱憤は、いずれ無事に帰還するであろうリュー・リオンを極限までからかい倒して晴らしてやろうと、全員が心の中で固く誓うのであった。
ハッピーエンドっていいよね。
深層から戻ってくるリューさんと早く会わせてあげたい。