ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
神アスクレピオス。
善なる神として、オラリオに舞い降りた存在として名を馳せる。オラリオにおいて上から数えられるほどの知名度がある。ファミリアこそ小規模な医療系ファミリアとして地域密着型で運営され、住民に慕われていた。
そんな【アスクレピオス・ファミリア】の神を筆頭に、4人の院長と子供達まで一緒となれば注目が集まる。特別な無料回診や診察でもしてくれるのかと、人々が列を成して付いてくる。今まで定期的に巡回診察をしていたため、これもその一環だと勘違いされていた。
【アスクレピオス・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】との約束を果たそうと、彼らのホームを訪れていた。【ヘスティア・ファミリア】の玄関前の床で、神アスクレピオスを筆頭に4人の院長及びその子供達が手をついて土下座していた。
そして、お詫びとは誠意を示すこと。
起こしてしまった過去は修正できない。ならば、相手が納得するだけのものを提示して解決するほかない。
【ヘスティア・ファミリア】の合同遠征部隊の命を危険に晒してしまった。これは医療系ファミリアとして、あってはならないことだ。ファミリアの理念が崩れてしまう。子供がやったことは大人の責任。
故に、財をもって贖うしかなかった。
神ヘスティアは、目の前で頭を床につくほど深く下げる神アスクレピオスを見て混乱する。そして、院長並びに子供達まで神と同じく低く低く頭を下げる。
「ヘスティア。今回は眷属の者が無理なお願いをしてしまい、君の子供達を命の危険に晒してしまった。故に、【アスクレピオス・ファミリア】はその謝罪に来た。どうか許してやってくれ」
「……えっ!? ちょ、ちょ、ちょっと!! 何がどうなっているんだい、これは。確かにはこの間、ギルドからのミッションと何か関係でもあるのかい?」
何も聞かされていない神ヘスティア。色々あって合同遠征に参加していた者達は全員忘れていた。例の『助けてください、困っています』事件の事を。
だが、神アスクレピオスは眷属から詳細を聞かされていた。神ゆえに眷属の言う言葉が真実であると理解して今に至った。
「そうか、では私の口から説明させてもらおう。それが主神としての責務だ。先日、眷属のプルシュカとニーナがダンジョンの下層入口にて冒険者達にお願いをしてしまったことが原因だ。子供達は本当に『困っているヒトを助けたい』と思って、下層で行方不明になっていた冒険者を探してほしいとお願いをしてしまった。その結果、ヘスティアの眷属を危険に晒す事態となった」
「ヘスティア様、どうか貴方の眷属の皆様にも謝罪をさせてください。この場に集めていただきたくお願いします」
ヘスティアは神妙な顔でわかったと言い、屋敷にいったん戻る。扉を閉じた瞬間、ヘスティアは脂汗をかいていた。一体どういうことだ。何があったんだ。僕は何も聞いてないぞ。
だが、彼らが本気で謝罪しに来ていることだけはハッキリと分かってしまう。今ほど彼女は、神として人の嘘が分かる能力を疎ましく思ったことはなかっただろう。
………
……
…
神として嫌な予感がひしひしとする彼女は、ファミリアの全員を一度集め、玄関先で土下座する【アスクレピオス・ファミリア】に向かう前に状況確認をした。普段あまり使わない脳をフル回転させ、事の騒動となった原因を理解する。
「サポーター君。君はバカなのか?ねぇ、馬鹿なんだよね?そう言ってくれよ」
「だって仕方がなかったんです。あの状況じゃ、そうするしかないじゃないですか。神様なら他に何か名案を出せるっていうんですか。リリ達があそこで死んでもよかったんですか」
神ヘスティアだって眷属たちが無事に帰ってきて喜ばしいと思っている。だが、今も【ヘスティア・ファミリア】のホームを囲むように民衆が聞き耳を立てている。進むも地獄、引くも地獄。
やっと評判を持ち直してきたところにこの事態だ。これも神が与えた試練だというのだろうか。そうだとするならば、そんな神様なんて死んでしまえとヘスティアも思うだろう。
腹を括るヘスティア。今まで
すると、そこにはプルシュカとニーナが大粒の涙を流しながら、頭を下げて「ごめんなさい」と謝る姿があった。
「ごめんなさい、ヘスティア様。プルシュカ達が……自分たちにできない、困っている人を助けたくて。下層に行ける冒険者に無理なお願いを……ニーナちゃんは悪くないの、プルシュカがいつも振り回して……だから、ごめんなさい」
「違うの、私も一緒にお願いしたんだから私も悪いの。ギルドから行方不明の人の似顔絵を貰おうって言ったのも私なの……だって、家では家族が待っているんだから無事に帰ってほしかったの。だからごめんなさい。無理な事を言って」
その尊い魂の輝きに、ヘスティアの心が砕け散るほどの痛みを感じる。【ヘスティア・ファミリア】の主神として眷属を守らなければならないが、咄嗟に彼女たちの方を優先しそうになる。
この話が聞こえたのか、ホームの周りを取り囲む民衆からもすすり泣く声が聞こえてきた。
「ぼ、ぼ……ボクが許そう。うん、許す」
「何を言っているヘスティア。まだこちらからの謝罪は終わっていないぞ。君の眷属の価値は、謝罪だけで終わるのか。違うだろう!! 魔剣を筆頭に、特別な魔法が使える者もいることは知っている。その者達が失われたかもしれないのだ。無事だから終わりなど、あってはならない。プルシュカとニーナには当面ダンジョンでの露店を禁じた。そして、これらはこちらから出せるものだ。受け取ってくれ」
神アスクレピオスから差し出された小切手。ギルドに預けてある【アスクレピオス・ファミリア】の総資産の約6割に当たる。その金額、7億ヴァリス。
どんなに安く見積もっても、レベルブーストや壊れない魔剣の製造を考えるとこうなる。
こんなものはいらないと突っぱねようとした神ヘスティアの横から、リリルカ・アーデがひょいと受け取る。合同遠征で色々と消費したため物入りだった。さらにこれだけの金額があれば、ヘスティアの借金を支払ってもお釣りがでる。
「これはありがたく頂戴します。良かったですね、ヘスティア様。これで
「そ、そうだね。それがいいね」
引けない。これでは、引く事が出来なくなる。
リリルカ・アーデは、神の前では嘘がつけないことを逆手に取ろうとしている。彼女が思い浮かべる「あの件」とは、まったく別のことを思い浮かべている。神は真偽しか分からず、真実が知れるわけではない。
かつて、彼女が【ソーマ・ファミリア】でこの手を使ってどれほどの苦難を乗り切ってきたことか。
「リリルカ・アーデさん。一つだけ確認させてください。下層で仰っていた、本当に
「
ギリギリ行けるとリリルカ・アーデは確信していた。
相手が認めれば更に上から叩きつける。大衆の前で彼らが非を認めれば、【ヘスティア・ファミリア】の優位は動かない。このまま7億ヴァリスという巨額な賠償金をゲットできる。
「やはり本当の事のようだ。彼らの主神として改めて詫びよう、リリルカ・アーデ。貴方を疑うような事を眷属がしたことを」
「本当にその通りです。リリ達は被害者なんです。それに、なんでもお金で解決できるとは思わないでください。確かに誠意とは金額です。ですが、命様の出身である東方では、腹切りといわれる謝罪文化があるようです。ご存じですか?」
相手の言い分も正しい。なんでも金で解決できると思われるが、相手が受け入れない可能性。そして提示されたのが腹切りだ。
「分かりました。最後に、プルシュカに託すものがあります。時間を頂いても?」
「えぇ、別に構いませんよ。ですが早くしてください。こちらも忙しいんですから」
「なぁなぁサポーター君、なんか僕の神様的な勘が告げるんだが、まずいんじゃないかこれ。その何て言うか……
「すみません、神様。僕もその時いろいろあって現場を見ていないので。それに今何が起こっているかも、正直あんまり理解していなくて」
数分もせず、ボンドルドは準備ができたと【ヘスティア・ファミリア】に向き合う。
今の時代を駆け上がる【ヘスティア・ファミリア】と敵対したファミリアの末路は有名だ。ほぼ生き残りがいない。これは事実であり、彼らとの争いを望むファミリアなど皆無だ。
そして、相手がけじめを望んでいる状況。
「プルシュカ。パパは貴方を愛しています。どうか心優しいレディーになってください。後の事は頼みます。神アスクレピオス、そして皆さん。どうか私一人の命でこの場を収めてください。涅さん、頼みます」
「まったく、嫌な役目を押し付けるネ。せめて苦しまずに殺してやる」
ボンドルドが言い終えると、ナイフで腹を横一文字に割いた。内臓が飛び出て、出血がその場を真っ赤に染める。そしてボンドルドの首が涅マユリの刀によって落とされる。
「え? え? ぼ、ボンドルド君……は、は、は、冗談だと言ってくれよ。すぐに、ありったけのポーションを持ってくるんだよ」
「うそ…パパ…パパ…返事して…パパ…お願い…パパ。ひどい、ひどいよぉ。プルシュカ達のせいで、パパが。あんなに謝ったのに。どうして、どうして、こんなひどい事するの」
切り落とされた父親の頭部に歩み寄り、悲痛な顔で涙を流すプルシュカ。
「君の望み通り切腹だヨ。私も東方の出でネ。賠償金とボンドルドの切腹で謝罪を受け入れたってことでいいよネ」
神アスクレピオスは、泣きじゃくるプルシュカを抱きしめボンドルドの遺体を持ち帰る。彼らはまだ謝罪に回る先がある。【タケミカヅチ・ファミリア】だ。彼らは2億ヴァリスの賠償を手にしてそれ以上何も望まなかった。
◇◆◇◆
【アスクレピオス・ファミリア】のホームの一部を間借りしているアリーゼ達。神や院長達が揃って出かけており、暇をしていた。体の調子も戻ってきており、中庭での鍛錬で感覚も取り戻してきていた。
昼過ぎてようやく帰ってきたと思ったら、プルシュカが魔導書と鉄仮面を抱いて「パパ」と弱弱しく悲しい声で泣き続けていた。
胴体と首が分かれた死体。どう考えても死んでいる。
ボンドルドは胡散臭かったが悪人だっただろうか。
そうかもしれない。だが、あのような死に方をしなければいけなかったのだろうか。街中で?子供の前で?
嘗て闇派閥との戦いで人の死など嫌と言う程見てきたアリーゼ達ではあった。だが、彼等は今日…謝罪に行ったはずだ。それなのに、そうして死んでいる。子供を残して死んでいる。プルシュカが泣いているだろう。お前は子供を泣かすような悪人だったのか。
アリーゼの中で様々な感情が渦巻く。
「神アスクレピオス。どうして、そんなにも落ち着いている。眷属が死んでいるんだぞ」
「【ヘスティア・ファミリア】との抗争は避けるべきだと判断した。ボンドルドの死を無駄にするな。彼は、ファミリアを守る為に腹を切った。金では解決できない問題があっただけだ」
アリーゼ達は、【アストレア・ファミリア】の一員。決して、【アスクレピオス・ファミリア】の一員ではない。いわば、部外者だ。
正義のファミリアである【アストレア・ファミリア】ではなく、仮初の身分である【アスクレピオス・ファミリア】としてならこの問題に関与できる。腹をくくる。一度は死んだ身だ。
彼女は仲間達を見る。全員、頷いていた。
「神アスクレピオス。ボンドルドより、私達は【アスクレピオス・ファミリア】の身分を名乗ってもいいと言われてた。
「覚悟があっての事か。いいだろう。だが、
勿論と笑顔で答えた彼女たちの決意は……揺らぐ事は……ない。
鬼畜エルフも認める指揮官ならこのくらいかなと。
これも神の試練の一環だ。
この後は、女神祭と戦争遊戯。