ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
迷宮都市オラリオに数ある葬儀場の一つで、粛々と行われた身内葬。
冷たい雨が降り頻る中、喪服に身を包む【アスクレピオス・ファミリア】の者達。本来ならば雨の日の葬儀など最悪だと顔を顰めるはずの参列者達だったが、この日に限っては、誰も傘を差そうとせず静かに雨に打たれていた。
「パパ……ねぇ、起きてよ。もうお昼だよ。いつものパパの声を聞かせてよ……っ」
亡き父を想い泣き激しく悲しむ娘の声が激しい雨音にかき消され、どれだけ目元が濡れようとも雨のせいにできたからだ。子が成長する姿をもう二度と見る事は敵わない。そして娘もまた、父親に晴れ姿を見せたかったはずだ。だが、その願いが叶うことは二度とない。
アリーゼ達も【アスクレピオス・ファミリア】の関係者として葬儀に参列していた。5年前に死亡したことになっている身であるため、素顔を隠すよう黒いベールを深く被っている。仮にも父親であり冒険者ならば、幼い娘を遺して死ぬなと殴りかかりたい衝動を、彼女達は固く拳を握りしめて堪えていた。
彼女たちは神アスクレピオスから謝罪の経緯や現場での凄惨な出来事を聞いていた。流石に話を盛り過ぎではないかと素性を隠して現場を目撃していた住民達への聞き込みも行ったが、返ってくる答えは全て同じであった。
それどころか調査を進めるうちに、主神ヘスティア率いる【ヘスティア・ファミリア】と【アスクレピオス・ファミリア】の間には、浅からぬ関係があることまで見えてきていた。
・神ヘスティアは下界に降臨した後、一時期アスクレピオス医療院に居候していた。
・独立してからは屋台のバイトで生計を立てていたが、プルシュカとニーナがその隣で露店を開き、手伝いを行っていた。
・ダンジョン18階層の
・【アポロン・ファミリア】との
・地上にモンスターが出現した騒動の際、
十分すぎるほどの深い縁と言えた。これほどの出来事がわずか半年足らずの間に起きているのだから、毎月のように命を救っているようなものだ。そして、【ヘスティア・ファミリア】がこれまでに残してきた凄まじい実績は以下の通りだった。
・敵対した【ソーマ・ファミリア】が全滅
・敵対した【アポロン・ファミリア】が
・敵対した【イシュタル・ファミリア】が壊滅(※オラリオTOP5に入る大派閥)
・敵対した【イケロス・ファミリア】が全滅
・敵対した【ルドラ・ファミリア】が全滅
他にもダンジョン内で
ファミリアを守るための代償が一人の命で済むなら安いとすら思えてしまうのは、無理もないことだった。全盛期の【アストレア・ファミリア】であっても、わずか半年でこれほどの大派閥をことごとく潰すことなど不可能なのだから。
【ヘスティア・ファミリア】の団長である
ギルドも彼らの破天荒な行動に対して厳罰を下すどころか、むしろ裏で後押ししているような空気すら漂っていた。
「私達がいなくなってから5年……単純な善悪だけでは割り切れない世の中になったのかしらね。輝夜はボンドルドの事をどう思う?」
「知れん御仁ではありましたが、世話になった恩だけはありますな」
本来ならばあり得ない、与えられた二度目の人生。これを恩と言えば恩になるのだろうか。
この命をどのように使うべきか熟考はしていた。再び主神アストレア様の元で過ごすのも自由であり、何一つ束縛はされていなかった。
「恩ね……私達が蘇った時、ボンドルドは言ったのよ。『実験は成功でしたね』って。限りなく闇派閥に近いグレーな奴よ。でも恩人であり、あの子の父親だわ。折角の貴重な時間をボンドルドの残した子供の
「ほな、本人に責任でも取ってもらえばええでしょう。どうせ、まともに嫁に行けるような身体でもないんですから」
この時、二人の会話を横で聞いていたライラは密かに思っていた。自分たちが二度目の人生を得て蘇っている以上、あいつ自身が蘇ってくるという発想はないのかと。だが、もし生き返るのだとしたら遅すぎる気もしていた。幼い子供をあそこまで泣かせるような男には見えなかったからだ。本当にもう蘇らないのではないかと、彼女の心にも焦りが生じ始めていた。
棺から離れないプルシュカをアンブラハンズが抱きかかえた。
もう涙も出ないほど泣き叫んだのか、しゃくりあげる嗚咽が止まらず、それでも「パパ」と必死に呼び続けていた。
そして、最後の別れと共に火葬された。
………
……
…
この日、アスクレピオス医療院の無期限閉鎖が正式に決定した。
娯楽を好む神々が運営するファミリアの発行する情報誌には、今回の一件が様々な角度から検証されて大々的に掲載されていた。そしてアスクレピオス医療院が無期限閉鎖されるということは、オラリオに出回っていた高品質なソーマが二度と出荷されないことを意味していた。
ここに再び、市場に残されたソーマを巡る激しい争奪戦の火蓋が切って落とされたのだった。
だが、閉鎖には明白な理由があった。アスクレピオス医療院は運営資金が底をつき、ソーマの原材料すら購入できない状況に陥っていたのだ。現在残っている取引を完了し、諸々の支払いを終えれば完全に資金が枯渇する。
資金がなければ材料が買えず、材料がなければソーマも作れない。ソーマが作れなければ収入も入らないという悪循環である。そこへ追い打ちをかけたのがボンドルド院長の死であった。これにより、二度と市場に出回ることのないボンドルド謹製の【眠遁薬・ソーマ(スレマ・ソーマ)】は幻の逸品となった。
非営利団体である医療系ファミリアの【アスクレピオス・ファミリア】は、外部からの資金援助や無償提供を一切受け入れない方針を貫いていた。それこそ【ロキ・ファミリア】のガレスが、ソーマのためなら個人の財産を寄付すると申し出ても、頑なに断り続けていたほどだ。
その情報誌が神フレイヤの手元にもあった。
「そう……本当に死んでしまったのね。神の心にここまで深く響くなんて……あの子の泣き叫ぶ声を聞いていると、心が痛むわ。オッタル、私名義でプルシュカに
「承知しました」
それは美神フレイヤなりの深い配慮であった。かつてプルシュカからの助言に耳を傾けたオッタルの行動によって、【フレイヤ・ファミリア】の組織改革が進み、多少なりとも風通しが良くなっていた経緯がある。もし主神フレイヤの護衛任務がなければ、オッタル自身も密かに葬儀の近くを通りかかっていたことだろう。
◆◇◆◇
とある処女神は、行きつけの酒場の片隅で神友と密かに会話を交わしていた。
神ヘスティアの本質が善神であることを知る数少ない神友たちは、彼女の境遇に深く同情していた。だからこそ、こうして陰ながら酒に付き合っていたのだ。
「ミアハ……世間じゃ、僕のファミリアの評判って今どうなっているんだい?」
「そんなこと、わざわざ聞くまでもないんじゃないかな。どうしても知りたいというなら、いくらでも教えてあげるけれど」
聞きたくないから耳を塞ぐしかなかった神ヘスティア。
先日の
一緒に飲んでいるヘファイストスが一応確認する。
「今日、ボンドルド院長の葬儀らしいよ。行かないの?」
「ボクが行けるわけないだろう!! 針のむしろなんてレベルじゃないんだぞ。あのプルシュカの悲痛な泣き声は……もう見ていられないよ」
神達は手元にある情報誌を見る。
『ソーマ供給完全停止』『アスクレピオス医療院無期限閉鎖』『ダンジョン名物・子供店長引退』『ボンドルド院長死去』『【アスクレピオス・ファミリア】オラリオから撤退か!? 税金が払えず他都市へ移住!?』
紙面にはセンセーショナルな見出しが並んでいた。しかし、これらのゴシップ誌の裏には特定の圧力がかかっているのか、【ヘスティア・ファミリア】に対してはギリギリ擁護できる範囲の記述にとどめられていた。今まさに凄まじい勢いで躍進する英雄をこんなところで潰すわけにはいかないという、神ウラノスの強力な政治力が働いていたのだった。
………
……
…
プルシュカが失踪したのは、翌日の事だった。
35:パパ ~貴方の~
36:パパ ~愛があれば~
と言う感じで数話続きます。
(|)「愛と正義……素晴らしい響きです。私は好きですよ、愛も正義も」