ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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37:パパ ~あれば~

 ダンジョンを駆け抜ける子供が一人。その姿を見た冒険者達は、一人でいるなんて珍しいなと思う程度だ。地上での惨劇を知らない者達にとって、プルシュカはまだ子供店長であった。

 

 だから、今日もがんばれと応援を送る。

 

 モンスターとの遭遇戦を最小限に抑え、体力の温存とアイテムの損耗を抑える。日頃はニーナとペアで潜っており、殲滅力と回復能力を両方有する彼女の存在の大きさを、改めて理解していた。

 

 一人でダンジョンに来るなんていつぶりだろうかと感じていた。そして、一人だからこそ感じる心細さ。普段は何とも思わないことでも、今日に限っては違っていた。『ちょっとだけ、怖い』と。

 

………

……

 

 昨晩、プルシュカの前に現れた謎の神が言った。

 

【下界の子供よ。父親の死は、悲しいか。辛かろう。苦しかろう。私なら迷える子を救える。……父親を取り戻したくはないか】

 

「パパを帰してくれるの?神様」

 

 目の前にいるのは神だと、プルシュカの直感が訴えていた。善なる神ではなく悪神であろうとも分かっていた。この悲しみを抱える辛さが消えるなら、誘いに乗ってしまう者も多い。

 

 事実、オラリオの暗黒期では、教科書に載るレベルの闇派閥への勧誘文句だ。ギルドでも、過去には「こういう神には気を付けなさい」と教えていたレベルである。だが昨今、この手にかかるような者はいなくなり、ギルドも古典的すぎる方法だからと冒険者に教えるのをやめていた。

 

 だが、過去のブームが再びやってきたかのようで、逆に新鮮さもある。

 

【他の神にできずとも、私ならできる。証拠を見せよう。彼女は、フィルヴィス・シャリア。嘗て、27層の悪夢で死んだ。だが、私の力で彼女は蘇った】

 

「……どうすればいいの?」

 

 所詮は子供、実に単純だと笑いをこらえるのに必死になるエニュオ。計画通りに物事が進むことほど楽しいことはない。絶望から希望を見せ、そしてまた突き落とす。この快楽を知らずして何が神かと。

 

 この純白の心が何処までも落ちて汚れる姿が見たいと、今からエニュオは興奮が止まらなかった。

 

【ダンジョン27層の階層主が出る場所。誰にも言わず、明日の15時までに一人で来なさい。さすれば神威で父親に会わせる(・・・・)と約束しよう】

 

「パパに会うためなら、あたしはいくわ。パパ、待っててね」

 

 エニュオは、準備時間や考える時間など与えない。

 

 Lv.1(レベルワン)の子供に対して、一人で27階層まで来いなど死ねと同義だ。道中で死んでもエニュオは構わない。そうなったら死体を使って遊ぶだけだ。だが、もし辿り着けたのなら、父親に会わせるつもりだった。

 

………

……

 

 プルシュカがただの子供ならば、この展開もあり得ただろう。だが、彼女はボンドルドの子供だ。普通の子供ではない。それこそがエニュオの誤算だった。

 

「27層に罠があっても、プルシュカが全部ぶち壊してあげるわ。そして待っている何かを捕まえて、院長先生たちに引き渡せばいいのよ。神様にできて、パパや院長先生にできないことなんてないんだから」

 

 18階層迷宮の楽園(アンダー・リゾート)で栄養補給と休憩、そしてお手洗いを済ませた。27階層までは裏道を通っていくと決めており、エニュオすら知らない異端児(ゼノス)の隠れ里ルートだった。

 

 その道中で子供連合の仲間(ウィーネ)との合流を目指す。約束通り一人で行く。異端児(ゼノス)を数える単位は人ではない。一体、二体だ。神と約束した時、嘘などついていない。

 

「パパが言ってたわ。慢心する神には、相手が望んでいるような展開になるようにするんだって。相手が思い通りだと思っているうちは、余計な手は打ってこない。プルシュカは、神様やニーナちゃん、皆を信じているもん。絶対に来てくれるって」

 

 あの夜、【アスクレピオス・ファミリア】の中庭とはいえ、潜入できた神とフィルヴィス・シャリアという冒険者。プルシュカが騒いでいたら殺されていただろう。市場に出回ることがないレベルのマジックアイテム、もしくはレアスキルを使わないと侵入できるような場所ではない。総合的な判断の結果、相手が推定Lv.6(レベルシックス)以上あると考えたプルシュカは、相手の出方を見るしかなかった。

 

 遺物兵装も持たないときに、このレベルを相手には出来ない。

 

 相手の手のひらで踊らされている時は、大丈夫。だから、このダンジョンに潜ってからもプルシュカは相手が望むような行動をしてきた。

 

 常に移動している隠れ里であるが、異端児(ゼノス)達は耳も鼻もよい。プルシュカが下層に到達するまでに必ず誰かに出会えると信じていた。準備時間があるならば、異端児(ゼノス)にも連絡できた。

 

 だが、相手は猶予を与えなかった。これで相手が万全の準備を整えているのなら、ボンドルドの死は仕組まれていた可能性が濃厚となる。死んでから今日で三日目だ。その時間でダンジョンに大がかりな仕掛けを準備できるなどあり得ない。

 

「相手が万全な準備をできていたら、ヘスティア様がグルってことよね。悲しいよ、どうして……パパ。パパ~」

 

 プルシュカが背負ってきた荷物の鉄仮面を抱きしめながら涙を流した。思い出さないようにしていても、やはり父親の事が浮かんでしまう。泣く声が響き渡る。

 

 

◆◇◆◇

 

 バベルのダンジョン入り口の封鎖。

 

 ギルドが取った手段だった。ギルドが想定していた最悪のファミリア同士の全面戦争ではなかった。【アスクレピオス・ファミリア】が揃ってダンジョンに行くということは、失踪した眷属がダンジョンにいることが濃厚ということだ。

 

 誰がどう見ても罠だった。眷属を攫って呼び出すやり方など、オラリオの暗黒期から使われた常套手段だ。そして、現場に着いたら罠に嵌められて、悲惨な目にあう。死亡率9割は堅いというのがギルドの経験則だ。

 

 そんな見え透いた罠に飛び込む冒険者を止めるのは、ギルドとして正当であると言える。ギルド長が救出部隊を用意するから待てと言うが、誰も期待などしていなかった。ギルドはあの事件でも【ヘスティア・ファミリア】の味方である。

 

「強行するようならば、我々ギルドは【アスクレピオス・ファミリア】の全権限を停止する。プルシュカ氏は、ギルドが責任をもって助け出す。だから、大人しくしていてくれ。もう、これ以上、【アスクレピオス・ファミリア】の団員を失うわけにはいかないんだ」

 

『こちらも人的被害は望んでいない。だから、他の手を講じよう。ショートカットだ。タッカーさん』

 

「任せてくれ。あぁ、ロイマンギルド長…1m離れてくれ。落ちたら痛いよ」

 

 ショウ・タッカーが地面に手を着き、ダンジョンへの直通の穴をあける。そこから降りることで平和的な入場ができる。降りた後は適当に塞ぐと、ダンジョンの自己修復力で元通りになる。

 

 ヒドゥーを先頭にして、最短ルートでダンジョンを進む。

 

『道中のモンスター排除は、お前達の仕事だ。ついてきた以上働いてもらう。黒幕の下に着くまでに、ランクアップした身体と装備になれておけ』

 

「私達の正義をとくと見せよう。で、目的地はどこなんだ」

 

 遺物の”星の羅針盤”。求めるものが何処にあるか示す遺物。それは、下を示していた。

 

『恐らく、彼女は中層あたりにいる。追いつくまでは、まだかかる』

 

「中層って、プルシュカはレベル1の子供でしょう。そんなわけないじゃない」

 

 アリーゼは、ダンジョンにプルシュカが向かったことまでは理解していた。だが、せいぜい上層の5~6階層程度までだろうと思っていた。呼び出す方も、子供相手ならばここが限界値と思うはずだと。

 

『教えていなかったか。プルシュカとニーナの到達階層は、28階層迷宮の花園(アンダーガーデン)だ。単独での限界も恐らくそのあたりのはず。先を急ぐ』

 

「ギルドへのレベル詐称は悪よ。今は見逃すけど……」

 

………

……

 

【ヘスティア・ファミリア】のホームでは、団員達が万が一に備えて完全武装していた。街の噂では抗争間違いなしと言われ、住民の避難はほぼ終わりつつあった。

 

 ヘスティア達としても、抗争ともなれば一方的に殺されるわけにもいかない。だからこそ抵抗するための今の状況だ。だが、相手はいつまでも来ない。代わりにやってきたのが、胡散臭い神ことヘルメスだった。

 

「大変だ。ヘスティア!! 【アスクレピオス・ファミリア】の団員がギルドの制止を振り切って、ダンジョンに潜った。彼等は、状況から察するに失踪したプルシュカという眷属と何らかの関係があるはずだ」

 

「…助けに行きましょう、神様」

 

 助けに行く……その発言をしたリリルカ・アーデ。

 

 誰を助けるのか、何を助けるのか、目的は何なのか、彼女を問い詰めて本当の目的を聞き出そうとしたら日が暮れるだろう。

 

「あのね~ヘルメス。今の僕たちの状況を分かっているのかい」

 

「勿論だとも!! だからこそだ。異端児(ゼノス)の時を思い出せ。最後に活躍すれば全て持ち直すんだよ。このままだと、【ヘスティア・ファミリア】の評判は地の底だ。だが、もし……君達がプルシュカを救い出せばどうだ。そして、彼女を襲った犯人を挙げればどうだ」

 

 成功体験程、人を惑わすものはない。

 

 あの時成功したから次も成功する。誰もがそのように思う。実際、連戦連勝の【ヘスティア・ファミリア】だ。動けば、恐らくプルシュカを救い、原因だって排除できる可能性は高い。

 

 辛い立場に追い込まれる神ヘスティア。プルシュカを救いたい気持ちはあった。だが、この状況で動いていいのか。だが、動かなければ状況は好転しない。だったら、賭けるべきかと。

 

「分かったよ。ヘルメスの口車に乗ってやるさ……白兎(ベル)君。済まないが、ダンジョンに攫われたプルシュカを助けに行ってくれないか」

 

「はい!!神様」

 

 こうして、【ヘスティア・ファミリア】の全団員がダンジョンに出発する。

 

 これを見た街の住人は、プルシュカを助けに行った【アスクレピオス・ファミリア】を背後から襲って始末する気だと誰もが思った。ダンジョンでの事故ならば、ギルドも強くは言えない。

 

 これが、闇派閥にすら一目置かれるファミリアだった。

 

 理由は全く不明だが、【ヘスティア・ファミリア】がダンジョンに入るタイミングでギルドの封鎖もなぜか解かれていた。

 

 オラリオの住民は、近い将来驚愕するだろう。白兎(ベル)が唯一持ち帰れた品が、血で汚れ破れたプルシュカの帽子だけということに。

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