ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
自分のできる最大限の遠距離攻撃。相手の射程外から一方的な長距離射撃で消し飛ばす……誰も対処などできるはずがない。プルシュカの考えはそうだった。彼女も決して、
それを加味したうえでも、十分に殺せると判断した。だが、敵は純粋に彼女の予想を超える化け物だった。ただそれだけだ。冒険者の強さとは、フィジカルの強さだけで決まるものではない。スキルや経験、そして勘なども極めて重要だ。
音速を置き去りにするほどの弾丸であろうとも、目で追えない速さであろうとも、化け物の領域に踏み込んだ冒険者であれば、未来視かと錯覚するレベルの直感で防ぐこともある。それが、今まさにこの時だった。
直撃コースだった。
本来ならば直撃コースだった。しかし、エニュオを庇うようにエインが割り込んだ。化け物としての生存本能と言うべき直感に従い、エニュオを突き飛ばしたのだ。己の腕一本と引き換えにエニュオを救ってみせた。並の攻撃では傷一つ付かないほどに強化されたエインの腕を、一瞬で消し飛ばすほどの威力の弾丸。
超長文詠唱の魔法でもなく、純粋な物理威力だけで
「っ……! 次弾装填。悪神を守るというならそれでもいいわ。だって、それは貴方が避けられないってことだもの! 『砲身凝縮開始』。ばいばい、神様」
「……みつけた!!」
神を材料にして作り上げた狂気の弾丸。音速を超える一撃であっても、不意打ちでなければ化け物には対応が可能だった。片手で防げないのなら、最も堅い部位で受け止めればいい。エインは再びエニュオに覆いかぶさった。強固な背中で弾丸の軌道をわずかに逸らしてみせる。
ダメージを負いながらも、肉体を驚異的な速度で修復させていくエイン。攻撃のインターバルを把握され、次弾がないということは手札切れを意味していた。エニュオを背負ったまま、エインは狙撃手であるプルシュカの排除に乗り出す。もはや神の悪趣味な遊びの時間は終わりだった。掌の上で踊っていたのは子供などではなく、己の命に手が届くほど獰猛な狼だったのだから……ならば、殺すしかない。
「なによ、なんでよ! パパの武器で倒れないなんて、なんでなのよーーーっ! 戦略的撤退よ!」
その場に遺物兵装アラカブキを投げ捨て、最小限の荷物だけを持って早々に撤退ルートへ入る。
相手の脅威度を
十数メートル逃げたところで、プルシュカは何者かに強く手首をつかまれた。骨が折れるほどの握力であり、激痛に彼女の顔が歪む。叫び声を必死に耐えたが、大粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。
「侮っていた。悪趣味な遊びなどせず、即座に殺すべきだったと認めよう。……言い残すことはあるか?」
「やっぱり、最後の言葉を聞いてくれるのね。魂の色がそうだったから、分かってたわ。……パパの言葉じゃなく、涅院長先生の言葉だけど『切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て』! プルシュカがパパを蘇らせるんだからーーー!! アステリメスさん!」
深層での武者修行がひと段落した際、隠れ里にてプルシュカの呼びかけに真っ先に駆けつけた友だった。そして今の今まで、プルシュカの傍らで
プルシュカの心の叫び、涙、そして強い思い……それらを感じ取り、怒りといった感情を殺して耐え抜いてきたアステリメス。フィジカルを極限まで鍛え上げ、
『プルシュカ……よくやった、後は任せておけ』
「まだ、大丈夫よ……! プルシュカだって戦えるんだから……っ、痛ぁ」
手首から先があらぬ方向に曲がっており、これ以上は足手まといにしかならないことをプルシュカ自身も理解していた。父親のため、それでも彼女は前に進みたかったが、アステリメスは彼女を優しく制した。
そして戦斧を背負い、戦地へと歩を進める。相手は強敵であり、アステリメスにとっても望むところだった。
コツコツと靴音を響かせてプルシュカに近づく男に対して、アステリメスが一言告げる。
『あれは、私の獲物だ。友から頼まれた。手出し無用』
「……」
ヒドゥーの横を通り過ぎていくアステリメス。彼女の圧倒的な強さは肌で伝わってきた。万が一に備えて、ランクアップを果たしたアリーゼ達であっても、恐らくまともな勝負にはならないだろう。持って数分だ。これほどの
プルシュカが抱えていた荷物から、黒い鉄仮面が転がり落ちた。それはまるで、本来の持ち主の元へと歩み寄るかのようだった。
「……ぱ……ぱ?」
ゆっくりと拾い上げられた黒い鉄仮面。そしてヒドゥーは祈手《アンブラハンズ》の仮面を脱ぎ捨て、ボンドルドの黒い鉄仮面を装着した。スリットの紫色の光が怪しく輝く。
ヒドゥーの背中が割り開くように裂け、その中から”新しきボンドルド”が姿を現した。
この不気味にして神秘的な光景を祝うかのように、周囲のクリスタルまでもが光り輝いている。
魂の色が、匂いが、雰囲気が――プルシュカの目の前にいる存在こそが『パパ』なのだと確信させた。
もはや体の痛みなど忘れ去っていた。そんな些細なことより、死んだはずの父親と再会できた歓喜の方が数万倍も大きかった。ボンドルドは、プルシュカを優しく抱き上げた。
「パパ!!」
「パパですよ、プルシュカ」
ここが危険な迷宮の中であることを忘れてしまいそうな、感動的な親子の再会。今すぐにでもこの雰囲気をぶち壊し、「どういうことだ」と問い詰めたい表情のアリーゼたちであったが、人としてこの場面に割り込むことは神であっても許されない雰囲気だった。
「パパ…!! よかった…!!」
「どこにも行ったりなんかしません。貴方の愛があれば私は不滅です」
これは夢じゃない。父親に抱きしめられた安堵感と幸福感。そして、疲労と緊張が一気にやってきたプルシュカは、気を失うかのように眠りに落ちる。エリクサーで折れた腕を治療し、他にケガがないかを確認していた。
「お前は何なんだ、ボンドルド。ヒドゥーをどうしたんだ。どうして、二人いる!?」
「二人?
その嫌な予感は的中した。
不利を悟った悪神エニュオは、道連れにせんと手札である
現れたのは、漆黒に染まった階層主アンフィス・バエナ。災難な階層主である。
新しくなったボンドルドは、この異様なモンスターを目にして、尻尾を振らんばかりに興奮していた。その尻尾はどこかジャガーノートを思わせる凶悪な造形であり、決して可愛らしいものではなかったが。
ボンドルドはかつて、アンフィス・バエナに有効打を与える武装が足りず撤退した過去があり、一度倒しておきたいと考えていたところだった。アステリメスから「手出し無用」と牽制されたのはエインたちとの戦いの方。つまり、こちらの階層主や
「で、アタシたちはどうすればいいわけ?」
「神殺しです……エニュオという悪神が、この混乱に乗じて逃亡を図ろうとしています。あのような悪神を討つことこそ正義の仕事です。既に、神のストックには余裕がありますから、あれは不要です」
これが【アスクレピオス・ファミリア】の一員になるということか、と周囲は思い知らされるのだった。
この日、迷宮内で神威の発動と神の送還が観測された。下層にて漆黒のアンフィス・バエナが出現し周囲を破壊し尽くしたことで、ダンジョンには甚大な被害が発生。さらには三度目となるジャガーノートの発生も確認された。
この凄惨な惨状から生存は絶望的だと判断した
………
……
…
以前、ダンジョンに漆黒のゴライアスが現れたのはいつだったか。答えは、
以前、ジャガーノートが現れたのはいつだったか。答えは、
では今回、漆黒のアンフィス・バエナとジャガーノートが再び現れたのはいつだったか。答えは――やはり
神ウラノスは宣言する。【ディオニュソス・ファミリア】こそが悪神であり諸悪の根源であったと。そして【アスクレピオス・ファミリア】の団員たちも戻ることはなかったと。こうして、【ヘスティア・ファミリア】の評判は綱渡り状態だが、ギリギリ生き残る。
こうして
(|)「あなたの愛があれば私は不滅です」