ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
ファミリアの壊滅は、オラリオにおいても珍しい事ではない。この半年は、オラリオの暗黒期を超える勢いではあったが……平時でもたまによくある事だ。一例を挙げれば、【ミアハ・ファミリア】だ。かつては商業系ファミリアとして中堅であり、順風満帆だった。しかし、ダンジョンで団員のナァーザが片腕を失った事がきっかけで高額な義手を借金で用意した。その結果、ファミリアは団員の改宗が続き、事実上の壊滅状態に陥った。
栄枯盛衰という言葉があるように、栄華を極めた者もいつかは必ず落ちぶれる。それが今回、【アスクレピオス・ファミリア】だというだけだ。院長と彼らの子供達が、ダンジョンで漆黒のアンフィス・バエナ、怪人エイン、ジャガーノートという過剰戦力を前に消息を絶った。生存は絶望的であり、行方不明――誰だって死亡判定を出す。ギルドの中間管理職であるフェルズでさえ、「死んだな」と明言するほどだ。
ギルドは、当然……救出には関与しない。プルシュカの救出部隊云々という話はあったが、院長含め全員が死亡したと見なされる現状では、救出の可能性は極めて低い。無駄な経費をかけてまで救う価値などないと切り捨て、ダンジョンで死亡したと判断したのだ。それに、ギルドの制止を振り切って勝手にダンジョンへ赴いたのだから、ギルド長のロイマンはプライドを傷つけられたと内心激怒していた。
女神祭が控えており、都市全体に辛気臭い空気を行き渡らせたくないギルドは、【アスクレピオス・ファミリア】団員たちの葬儀を身内葬にと強い要望を出した。なにより、葬儀が大きくなれば、【ヘスティア・ファミリア】への誹謗中傷も増えるだろうというギルドなりの配慮もある。死者より生者を優先するという建前上、神側としても文句が言いにくい。
こうして、オラリオの葬儀場で空の棺が焼却されていく。
プルシュカの棺の上には、唯一の遺留品である帽子がある。まもなく、火葬されようとしていた。だが、喪服に身を包んだ女神の一声で葬儀が一時止まる。
「少し待って頂戴。アスクレピオス……私の眷属が知らせてくれなかったら、知らぬ間に終わっていたわ。ギルドにも告知がなかったのは、酷くないかしら。これでも、あの子達は私のお気に入りなのよ」
「フレイヤか。ギルドから、女神祭を前に辛気臭くなるから告知もしないし身内葬で、と強い要望があってな。代わりに、二か月は納税を待ってくれるそうだ。おかげで首の皮一枚つながったという事だ。まもなく学区も来るころだし、
院長たちが健在であっても、【アスクレピオス・ファミリア】に
フレイヤは、プルシュカの帽子を優しくなでる。
そこには、あの子の温もりも感触も何もない。だが、そうしたいと女神も思ってしまった。いつも笑顔で希望に満ちた未来を信じる子供。とても美しい心を持つ子供。女の子ではなく男の子だったなら、フレイヤは光源氏計画を実行するほどには気に入っていた。自ら伴侶を育てるのも一興だな。
「今回の一件、誰が裏で糸を引いているの? 特別に私のファミリアが力を貸してあげるわ」
「これは我々のファミリアの問題だ。【フレイヤ・ファミリア】の力は不要。それと、プルシュカが落ち込んでいた時に花を送ってくれてありがとう。私にはそのような気の利いた真似はできないからな。……書き途中の手紙を本人に無断で渡すのはどうかと思ったが、受け取ってくれ。プルシュカからフレイヤに対してのお礼の手紙だ。遺言のようになってしまいすまない」
神アスクレピオスは、胃に穴が開きそうだった。
眷属の生存は分かっている。だが、帰ってこないという事は、ダンジョンで遊んでいるに決まっている。ボンドルドから渡された”新しきボンドルド”という計画書を思い出していた。
ボンドルドが所有する昇降機のような遺物。これは、片方に何かを押し付ける事ができる者で、呪いや怪我……そういった治療目的に使われる物でもあった。だが、人の好奇心とは無限大だった。動物実験、人体実験、モンスター実験、神実験と行われる。そして、モンスターの特性を人間に押し付ける実験レポートが出来上がる。
ボンドルドという男は、女神フレイヤも驚くほど真っ白な心を持っている。その理由は、危険な実験や治験は全て自分を犠牲にするという尊い精神があるからだ。これらの人体実験において、自分を犠牲にする事を忘れない。当事者になる事で人から見聞きするより遥かに理解度が上がる。
幾度も実験が失敗したが、失敗は成功の母である。改良を加え、遂に実験の安定を見せた。その矢先に捕らえられたモンスターが、ジャガーノート。この凶悪極まるモンスターの特性は、危険だった。だが、押し付ける先が不変の性質を持つ神ならばどうだろうか。
この試みは、成功してしまった。
神とモンスターの共生……
共生とは、異なる種類の生物が、互いに影響や結びつきを保ちながら同じ場所で共に生活する現象の事を示す。それを本来の意味で実現する。本人曰く、愛があればこそできる所業だと言っている。
この時のレポートに書かれていた成功の要因は、「
だが、ここで終わってしまえば、彼等ではない。
これでは、単純に意識がない女神とモンスターの特性をもつ存在にすぎない。ここに下界の
人と神とモンスターの共生体の誕生だ。もはや、種族や性別すら存在しない新しい種族が産まれてしまった。性別も種族もボンドルドという新しい存在だ。
このレベルの常識外れをしでかす眷属を数名も抱えている。思わず胃から込み上げるものがあり「オエッ」と吐き気をもよおすと、フレイヤは眷属を失って悲しみに暮れているのだろうと都合よく誤解してくれた。
「邪魔したわ、アスクレピオス。この手紙とプルシュカの帽子…貰っていくわ」
「あぁ。プルシュカもその方が喜ぶだろう」
神アスクレピオスは、世間で言う三大クエスト……それに続く最後のクエストとして「4院長討伐」を追加するのはどうかと、本気で思い始めていた。その時は、神である自分自身も地獄まで付き合う所存だ。彼らに恩恵を与えた者としての責任を果たすために。
………
……
…
そのころ、女神祭の開催に伴い、
男性・女性・果てはモンスターにまで異様なほどモテる
そんな彼の優柔不断さを矯正すべく動いたのが、【フレイヤ・ファミリア】の『
ただし、男だ。
釣られた魚であるシル……彼女の想いは本気だった。だからこそ、
シルこそが、美の女神フレイヤ本人なのだから。
釣った魚に餌を与えずに放置した報いとして、
◆◇◆◇
ギルドでは死人扱いで登録情報が抹消されている。つまり、死人を捌く法律は存在しない。よって、「深層開店!!」という看板を掲げて、プルシュカとニーナによる食べ放題の露店が開業していた。
香ばしくジューシーな焼肉とニンニク醤油の匂いが立ち込めている。そこは、ダンジョン深層に存在する一つ目の39階層の
だが、お客様が誰もいないという悲しい現実。
「いけませんよ、プルシュカ。野菜も食べないと良いレディーにはなれません。バランスの良い食事が健やかな身体を育てます」
「はーい、パパ」
こんなの絶対おかしいと、深層探索におけるアドバイザーである臨時ファミリアのアリーゼ達は嘆く。下層でプルシュカを救い出し、巨悪を打ち滅ぼしたまでは良かった。だが、どうして地上ではなく、地下を目指しているのかと言う点だ。
しかも同行者には、アステリメスという恐ろしいミノタウロスまで一緒だ。強すぎる彼が近くで暴れまわるだけでその方向から敵が一切来なくなるため、まるでここが上層であるかのように錯覚してしまう。これだけで探索の安全度が段違いに上がっていた。
そして、この一行が深層を進む理由は簡単だ。
「プルシュカがみんなで冒険をしたいと言ったこと」そして「アステリメスの深層修行に付き合うため」だ。さらに言えば、地上へ戻る途中で【ヘスティア・ファミリア】の追撃部隊とかち合えば、ろくでもない事態になることが目に見えている。
それならば、深層への避難の方が現実的な回答となる。深層への避難とか、冒険者なら理解できないだろう。だが、”ベル君被害者の会”ならば理解できる。
アリーゼたちは深層の経験者であり、【アストレア・ファミリア】時代には探索系ファミリアとして等級Bという素晴らしい実績を残していた。到達階層は41階層、階層主撃破も21回を数える精鋭たちだったが……それでも目の前の規格外な状況はやはり理解不能だった。
そんな彼女達からは、深層で生き抜く事の難しさを伝える前に、目の前の謎を解消したかった。
「水や食料……持ってきてなかったのに、一体どこから出してるの?」
「ご安心ください、ちゃんと準備しております。これは1級遺物の
ボンドルドが茂みに手を突っ込むとネリタンタンという、今焼肉にされている原材料が
掴みだされる。
水はまだ理解できるとしても、ダンジョンに生息しているはずもない謎の生物が次々と出現する現象は完全に常識を超えている。遠征を行う冒険者たちがどれほど血のにじむ苦労をして食料確保をしているかを知る身としては、文句の一つも言いたくなるところだった。
冒険者達は、生き残る為スライムすら飲む事もある。
アリーゼは、自分の常識が彼らの異常さとあまりにかけ離れているという現実を突きつけられる。だが気を取り直し、先人の冒険者として輝夜が食事の次に重要な問題を提起した。
「武器はどうされます? ダンジョンにおいて武器の状態は生死を左右します。なかなか良い武器を貸してくれはりましたが、深層のモンスター相手にいつまでも整備なしでは不安どすえ」
「そんなことかい。本職ほどじゃないけれど、僕が再構築しておこう。ちょっと貸してくれないか。長さや形状などに希望があれば受け付けるよ。手に馴染むように調整する程度なら朝飯前さ」
ショウ・タッカーが輝夜からアダマンタイト製の刀を受け取ると、錬金術を用いて瞬時に再構築し、新品同様の状態へと復元してみせた。さらに、ここまで来る道中で拾った鉱石を錬成し、サブ武器となる小太刀を2本用意して彼女に手渡した。
不壊属性や魔剣などは作れないが、それ以外なら鍛冶師の真似事ができる。しかも、かける時間は深呼吸する時間程度だ。戦闘中に幾らでも新品に作り替える事が出来るという事だ。
これで、食料問題、武器問題を解決した。
情けない姿を見せてしまったアリーゼと輝夜。だが、深層において警戒すべき問題はまだ存在する。そこで『疾風』の元同僚であるライラが、二人に代わって最も重要な課題を口にした。
「なさけねーな、二人とも! ダンジョンで一番大事なことを忘れてるぜ。そう、回復だ!! このパーティには本格的なヒーラーがいねぇ。回復薬のストックだって限界があるだろ!」
「おやおや、ライラさん。お忘れですか? 医療系ファミリアである我々こそがヒーラーです。ギルドの登録情報でも全員ヒーラーとして登録されていますよ。あなた方すら蘇らせたというのに、忘れられてしまうなんて心外ですね」
ボンドルド、ショウ・タッカー、涅マユリ、フェイスレス……そして、彼等の子供達。間違いなくヒーラーだ。今まで救ってきた命は数知れず、これがヒーラーでなければ、誰がヒーラーと呼ばれるのかという事だ。
「お前たちのような凶悪なヒーラーがいてたまるか!」と心の中で叫んだライラだったが、場の空気と命の恩人への配慮からぐっと我慢した。彼らは「オールラウンダーであってこその冒険者であり、できないのは当人の努力不足だ」と平然と言い放つ。人の心が分からない連中の集団であることを、あらためて痛感させられた。
回復魔法がなくとも物理的に人を癒やせる(?)ヒーラーがこれだけ揃っているのだから、ある意味では実に心強い。回復薬にしても、そのへんに落ちている素材を組み合わせて現地で自作してしまう連中なので、自給自足の面でも不安は一切なかった。
ライラも口ほどにもなく、敗北する。深層経験の常識が覆されていた。
「じゃあ、元気いっぱいになったところで~!! アステリメスさんによる階層主ソロ討伐チャレンジを開催します! プルシュカを助けてくれた恩は絶対に返すんだからね!」
『こちらとしてもありがたい。先ほどの強者との戦いも素晴らしかった。傷も癒え、武器も万全となった今、負ける道理はない』
階層主との死闘はアステリメスが一人で担当し、ドロップアイテムはボンドルドたちが回収する手はずとなった。アステリメスはドロップ品を持ち帰らず捨てていくため、資金難に喘ぐ【アスクレピオス・ファミリア】にとっては非常にありがたい貴重な収入源となる。
それに、階層主との激闘を間近で観察できることは、彼らにとっても貴重な研究・戦闘データの収集になる。最初のターゲットは37階層のウダイオス、そして次は49階層のバロールだ。それらを撃破した後は、50階層を拠点としてしばらく経験値稼ぎを兼ねた共闘を続けることになる。
ウダイオス討伐へ旅立つ直前、プルシュカの親友である
こうして新たな仲間を加え、ボンドルド達は深層深くへ避難する。