ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
院長たちの身内葬が終わった日の夜、オラリオで火の手が上がった。
燃え盛っているのは、【アスクレピオス・ファミリア】のホームだ。火の手は凄まじく、医療院、病棟、そして神の寝室に至るまで、すべてが業火に包まれる。地上にあるあらゆるものを焼き尽くさんとする炎が、オラリオの夜空を赤々と照らし出していた。
激しく燃えるホームを前に、主神アスクレピオスと地上に残っていた
完全に焼け落ちていく【アスクレピオス・ファミリア】のホームを、周囲の住民たちはただ遠巻きに見守るしかなかった。下手に消火を手伝おうものなら、次は自分たちの家が焼かれるかもしれない――どこが裏で手を引いているファミリアなのかは口が裂けても言えないが、ここまでの惨劇を引き起こす容赦のなさに、住民たちの恐怖は頂点に達していた。
朝日が昇る頃には、かつてのホームの姿はなく、地上には黒く焦げ付いた跡だけが残されていた。
「……罰当たりなことを」
主神アスクレピオスがポツリと呟く。神自身、居心地が良いように細部まで整えていた住まいだった。しかし、自らの手で全てを焼き払う道を選んだのだ。4人の院長たちが地上に残した研究資料を押収されるくらいなら、いっそ灰にしてしまった方が安全だと判断したからである。
真に重要なデータは地下の保管庫に格納されているため、最悪、地上部分さえ焼き払ってしまえば後から再建は可能だ。なにより、ギルドが研究資料を徴収しようと難癖をつけて動き出していたため、こうして早急に処分するしかなかったのだ。
その後、アスクレピオスは他の医療系ファミリアを奔走し、入院患者だった者たちの受け入れを求めて頭を下げて回った。もちろん、相応の「お心付け」という名のなけなしの受入費用を添えて。また、行き場を失った孤児たちについても、受け入れ先がないか足を使って探したが――どこも「厄介事には関わりたくない」と拒絶され、最終的にはホームの焼け跡にテントを張って生活せざるを得なくなった。
かつての【ヘスティア・ファミリア】すら下回る、極貧の惨状。現在の【アスクレピオス・ファミリア】は、オラリオに鎮座する神々の中でも最貧困層に転落していた。
………
……
…
一方、【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』では、幹部たちが一堂に集められていた。円卓の上に広げられているのは、オラリオの情報誌だ。その一面には【アスクレピオス・ファミリア】のホームが全焼した記事が大きく掲載されており、主神自らが患者の受け入れ先を求めて医療系ファミリアを頭を下げて回っている様子が記されていた。
主神ロキが、重々しい口調で告げる。
「【ヘスティア・ファミリア】には金輪際関わるな。主神からの『お願い』やない、『厳命』や。特にベート……過去のことやからって、
派閥を預かる主神として、きわめて妥当で冷静な判断だった。
【ロキ・ファミリア】は、オラリオでも最大派閥と称される大御所だ。だが、それでも警戒を怠るわけにはいかない。【ヘスティア・ファミリア】は結成からわずか半年でここまでの惨劇を引き起こしてきたのだ。いつその刃が自分たちに向けられるかも分からない。
仮に全面戦争となれば、派閥の壊滅を防ぐため、ロキはアイズを手放すかファミリア全員の命を差し出すかの二択を迫られることになる。
【ヘスティア・ファミリア】は、
主神の通達に対し、反発が出るかと思われたが、団長フィンも同意の意を示した。
「僕も賛成だよ。限りなく黒に近いグレーだが……今回の一連の事件やホーム全焼の件について、【ヘスティア・ファミリア】が犯人だと断定できる決定的な証拠はない。出来過ぎた偶然だが、証拠が一切ないんだ。ギルドも彼らを暗に擁護している節がある。次の標的が僕たちになるか、あるいは【フレイヤ・ファミリア】になるか……警戒するに越したことはないよ」
「私も賛成だ。団員たちにも軽挙妄動を慎むよう周知徹底しておこう。……それとフィン、午後は少し時間をくれないか。他派閥の者とはいえ、プルシュカとニーナの墓に花を供えてやりたい」
「なら、ワシも行くぞ。あの子らにはソーマの件でも世話になったからの。本当に惜しい者を亡くした……年寄りのワシらより先に逝ってしまうとはな」
リヴェリア・リヨス・アールヴは、ガレスが口にした「年寄り」という複数形に自分も含まれていることを察し、鋭い視線で睨みつけた。
リヴェリアとガレスに続くようにアイズも動く。
「……私も、お墓参りに行く。街やダンジョンで、美味しいものをたくさん食べさせてくれたから……。どうして、【ヘスティア・ファミリア】はこんなことをしたのかな」
「アイズたんも気になるか。興味があるなら、そこの情報誌を読んでみたらええ。団員の個人情報から何から詳しく纏められとる……2億ヴァリスの借金、何でもするという約束、先日のダンジョン騒動。アスクレピオスのところは学区の
普段は戦いにしか興味を示さないアイズ・ヴァレンシュタインが、ゆっくりと情報誌を手にとった。その後、リヴェリア、ガレスと共にオラリオ郊外の墓地へと足を運ぶ。墓前に花を手向けた帰り道、ガレスはなぜか大量の食料やテントなどの野営道具を買い込んだ。
アイズにはガレスのその行動の意味が分からなかったが、【アスクレピオス・ファミリア】の跡地に到着した瞬間、すべてを理解した。そこには何一つ残っておらず、焦げ臭い匂いだけが漂い、火災の悲惨さを物語っていた。
焼け跡の瓦礫を片付ける主神アスクレピオスと数名の祈手たち。かつてオラリオの“最後の砦”と頼られ、世話になった冒険者も多いはずだったが、今この場で手を貸す者は誰もいない。アスクレピオス自身が「これ以上迷惑はかけられない」と周囲の支援を固辞している側面もあったが……なにより、【アスクレピオス・ファミリア】の跡地を見下ろす物陰から、リリルカ・アーデが冷たい視線を送っていたからだ。
「ガレス。後ろにある三階建ての建物、右から二番目の窓」
「ああ、気づいておる。【ヘスティア・ファミリア】のサポーターだったな」
リヴェリアは「やはりか」と小声で呟くと、静かにその場を後にした。ガレスはわざとらしく、買ってきたばかりの支援物資をアスクレピオスたちの敷地前に置き忘れていくという“失態”を犯す。そして、アスクレピオスに向けて親指をぐっと立て、無言で意志を伝えた。
本当に、本当に心苦しそうに頭を下げる神アスクレピオス。
「ぜひ ぜひ ぜひ
ぜひ
ぜひ ぜひ ぜひ ぜひ」
オラリオで謎の発作を持つ患者が初めて見つかる。
厳重に管理されていたフェイスレスの院長室――すべてが焼き払われる直前、神薬"ゾナハ病"一本が外部に持ち出されていたことを、主神アスクレピオスすら知らなかった。本来であれば
ギルド側も、アスクレピオスが素直に研究成果を手放すとは思っていなかった。だからこそ、影である人物に裏取引を持ちかけていたのだ。【ヘスティア・ファミリア】への過剰な便宜と引き換えに、院長たちの研究成果を盗み出してほしい、と。
身内葬が執り行われている最中であれば、普段よりも侵入は容易い。ギルド長ロイマンは、自分でも冴えた妙案を出したものだと暗に自負していた。
間もなく始まる女神祭……オラリオの内外で様々な人が行きかう事になるだろう。地獄の幕開けは近かった。
ちょっと短いですが……地上での状況も少しお伝えしようかと。
都市最高ヒーラーのアミッド氏ならきっと何とかしてくれるよね!!
温泉の出汁になるんだから、これも解決してくれるよね。
リューさんもそういえば派閥大戦後に奪われるよね。
ヘスティア様は、新人勧誘を頑張るべきだと思います。