ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
満足のいく昼食を終えた【ロキ・ファミリア】の遠征部隊は、英気を養い深層へと旅立つ。ここからが本当の地獄の始まりだ。下層から深層へと景色は移り変わり、この深層こそがダンジョンの死線と言える場所であった。
彼等を見送ったボンドルド達も、次なる準備に取り掛かる。遠征部隊が100%の力を発揮できるように裏から支えることこそが、彼らの考える人助けであった。
宴会会場となった
「では、ワーム・ウェールを使って、次の
「本当だよね。パパ、お片付けも終わったよ。集金箱の回収は帰りでいいよね」
次の
そこで疲れを完璧に取ることができれば、遠征後半のパフォーマンスも完璧になるだろうという算段だ。
「さて、掃除も終わったし、さっさと移動するヨ。遠征部隊が到着するのは夜になるはずだ。不眠不休で進むわけではあるまいし、おそらく38階層あたりで一泊するだろうネ」
「なら、私とニーナの錬金術で宿でも作ろう。エルフもいる事だし、和風がいいかな。食事も和洋両方に対応できるようにしよう。和食は、涅院長にお任せしても?」
和洋中と何でも作れる院長達の無駄な才能が披露される。レシピ通りに調理すればいいだけであり、材料さえあれば彼らにとって造作もない事だった。
………
……
…
【ロキ・ファミリア】の遠征は、順調そのものだった。
深層の初心者がいないため、細かな指示を出さずとも各々が最適な行動をとる。
特に懸念のあった【フレイヤ・ファミリア】の面々も、ヘディンが選抜した最低限の協調性があり指示に従える者達で構成されているおかげで扱いやすい。フィンの親指の疼きもないため、ダンジョンの最短ルートを阻む障害は何もなかった。
不安要素であった食糧問題についても、
「リヴェリア、ガレス。地上に戻ったら、【アスクレピオス・ファミリア】にお礼へ行こう」
「そうだな、あの布団を売ってもらわないといけないしな。それにしても、不思議な子供と底知れない院長達だな」
「旨い酒が作れる奴に悪い奴は……多分いない。ワシの故郷ではそうじゃった」
道中のモンスター程度では、
今後、同様の敵が現れた際にも対処できるよう、指揮官としてチーム全体を成長させていったのである。
深層37階層にまで遠征部隊は辿り着いた。
ここは、リュー・リオンにとって苦くも淡い思い出の場所であった。思い人である
これまで様々な出来事を経て、自分自身と向き合うことができるようになった。アリーゼ達との再会もその大きなきっかけの一つだ。
油断大敵だと気を引き締めたリュー・リオンは、戦いに備える。時期的に階層主が出現している可能性が高く、それが遠征部隊を阻むことになるからだ。遠征には帰りもあるため、階層主などは余力があるうちに処理しておきたいところであった。
だが、その心配はなかった。
「安心してくれ、階層主に関しては腕利きの冒険者に既に依頼済みさ。遠征本隊には参加できなくても、個別の依頼なら別だからね」
本来、階層主が出現する場所に無造作に放置されていた”ウダイオスの黒剣”。ソロ討伐しないとドロップしないアイテム。ここで誰が戦っていたのかは、その存在が雄弁に物語っていた。
【ロキ・ファミリア】の遠征部隊は、いつの日か自分たちのファミリアだけでもこれほどスムーズな遠征ができるようになりたいと願う。かつての最強ファミリアを超えるため、日々研鑽を積むことこそが今の彼らにできる全てであった。
………
……
…
そして、地上で日が沈む頃合いに差し掛かった頃、遠征部隊はついに次の
だが、遠征部隊の誰もが強い既視感を覚えた。昼間に通過してきた
タッカー親子によって簡易的な宿が建築されており、幹部たちには個室まで用意されていた。それ以外の構成員も二人一部屋が割り振られ、男女別の温泉まで備えられている。
かつて、リヴェリアがダンジョンで欲しいと言った物が全て詰め込まれていた。
「よくここまで来たわね。部屋割りはこちらで考えておいたわ。ルームキーを渡すからみんな並んで頂戴。それと、お夕食はバイキング形式でパパたちが腕を振るって準備したから期待していいわよ。温泉は24時間いつでも入れるわ。当然男女別よ。男のロマンとか言って覗きに行ったら、即死刑だからね」
「確認だけど、お代は?」
遠征の隊長であるフィンは、どうやって先回りしたのかなど尋ねたい事は山ほどあったが、今は遠征の成功が最優先だ。利用できるものは何でも使う。プルシュカの隣で受付をしていたボンドルドが答えた。
「勿論、無料です。この遠征は、オラリオ全体にとっても極めて重要な試みです。これが失敗するようなことがあってはなりません。
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうよ、ボンドルド院長。
プルシュカとボンドルドが捕獲してきたガンキマスを用いた新鮮な魚料理など、食用可能な原生生物が多数取り揃えられていた。遠征における食事といえば、基本的には味を度外視した保存性重視のものが大半だが、ここではまるで違っていた。
普段口にすることのないような肉や魚料理が振る舞われる。ダンジョンでの経験が長い【ロキ・ファミリア】の面々でさえ食べたことのない美味の数々に、遠征部隊は深く満足していた。
だが、誰もが舌鼓を打つ充実した料理が並ぶ中で、唯一不満そうな声を漏らす者もいた。
「ジャガ丸くん…ないんだ」
「アイズお姉ちゃん。そんなに食べたいの?ジャガ丸くん」
肉や魚、卵なら、ボンドルドとプルシュカがいれば原生生物からいくらでも調達できる。食べ物に困っている人がいれば手を差し伸べるのが【アスクレピオス・ファミリア】の理念だ。だが、何事にも限度というものがある。
美味しい食事を堪能し、しっかりとした屋根のある部屋で眠れるだけでも、普段の遠征とは雲泥の差だと【ロキ・ファミリア】の者達は感心していた。その上、温かい温泉まで用意されているのだ。
女湯では、一日の汚れと疲労を洗い流すため、早くも皆が身体を休めていた。エルフの中には素肌を晒すことに抵抗がある者もいるため、配慮して時間制で彼女たち専用の時間も設けられている。
遠征の荷物で石鹸を持ち込んでいる者はほぼいなかった。長期遠征でも香水でごまかす事はよくある。
「洗剛を分けてあげるから、みんなしっかり身体を洗いなさいね。それと、お洗濯にも使えるから、お風呂場の端っこでちゃんとお洋服も洗うこと。女の子なんだから、匂いには気をつけなきゃダメよ」
「子供店長!! やっぱりこの子連れて帰ろうよ、ティオネ!この子がいてくれたら絶対に遠征が楽になるって!ねえ、プルシュカも一緒にお風呂入ろう?お礼に綺麗に洗ってあげるから!」
「持ち帰りたいのは分かるけど、駄目に決まっているでしょ」
お風呂へと連行されるプルシュカ。他の女子たちも見張り役を残し、全員で心の洗濯へと向かう。しかし、そこで女性たちはプルシュカの素肌を目にして息をのんだ。彼女の身体には無数の遺物……
本人はまったく気にしていない様子だが、見せつけられた彼女たちの心境は困惑そのものであった。
不用意にお風呂に誘い脱がした事を今となり後悔する。
世の中には、
「ご、ごめんね。無理にお風呂に誘っちゃって……」
「どうしたの、ティオナお姉ちゃん? うん? あぁ、これのこと? パパとお揃いだよ。プルシュカはね、これがないとニーナちゃんを守れないの。錬金術が使えるわけでもないし、特別な力があるわけでもないから。でも遺物なら使える。だからパパにお願いして、身体に埋めてもらったんだ」
脱衣所でプルシュカを可愛がろうとしていた遠征組の女性たちは、なんとも申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「強いわね、心も」
「ありがとう。みんなも、あんまり気にしないでほしいな。わたしが好きでやってることだから。それより、早くお風呂を出ないとリヴェリアお姉ちゃんたちの順番になっちゃうよ。みんな一緒に入りたかったけど、残念だな」
「そういえば、この宿って遠征組が全部屋使っているのよね?プルシュカ達は何処でねるの?」
「ちょっと離れた所に別館を建てたから、私達はそこだよ。だって、同じ建屋じゃ遠征の人たちも気が休まらないでしょう? 作戦会議だって必要だろうし。だから、わたしはパパと一緒に寝るの」
年齢のわりに発育の良いプルシュカが「パパと一緒に寝る」と言っている。それだけでどことなく危うい雰囲気が漂ってしまう。
結局、ニーナとプルシュカは【アストレア・ファミリア】の陣営と一緒に寝ることになった。年頃の娘と同じ部屋で寝かせるのは、アマゾネスのティオナ達の感覚からしてもさすがに咎めざるを得なかったようだ。
………
……
…
翌朝の朝食会場では、アイズが熱望していたジャガ丸くんまでしっかり用意されていた。持ち込んでいた種芋に錬金術を施し、急速に成長させたのだ。穀物類においてはこの手法が極めて有効であり、わずかな種さえ持ち込めば錬金術でいくらでも増やせてしまうという規格外の技である。
「アリーゼって料理できたんですね」
「ちょっと、リオン。その言い方は聞き捨てならないわね。これでもオラリオの暗黒期には、毒殺を警戒して自炊していたのよ?」
実に平和的なやり取りだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【ロキ・ファミリア】の遠征の様子を地上から監視している神々。道中の敵を迅速に排除していく手際はもちろんのこと、極めて順調に遠征を進める手腕に神フレイヤは感心していた。血気盛んな者ばかりが集まる自身の【フレイヤ・ファミリア】とは大違いだと。
しかし、そうした組織的な立ち回りを学んでメルーナが帰還してくれれば儲けものだとも考えていた。彼女の才能はヘディンも高く評価しており、幹部に昇格したからにはそうした統率面でもぜひ成長してほしいと期待していたのである。
「なんで地上の飯より旨そうなもん食べてるんや! 普段の遠征なんて保存食ばかりやって言ったやろ! それに温泉まで……! ウチも付いて行けばよかったわ!」
「ねえ、ロキ。ギルドが推進していた
普段から常識外れなファミリアとして名高い彼らだが、ここまで鮮やかな先回りを見せつけられれば誰だって勘ぐる。人工迷宮クノッソスが存在したように、深層へ通じる抜け道が他に存在するのではないかと。
「あり得へんわ。ギルドはそれを行うために学区からオリハルコンを回収しとる最中や。仮にあったとしても、あれほどの大規模な工事を誰にもバレずに進めるなんて無理がある。ヘファイストスのところは、何かそういう噂を聞いたことはないんか? 多種多様な顧客がいるんやから、もしかしたら……と思ってな」
「聞いてないわね。ダンジョンの深層に抜け道があるなんて冗談じゃないわ。闇派閥が使っていた人工迷宮クノッソスだって18階層まででしょう? これほど深い階層まで掘り進めるなんて不可能なはずよ」
オラリオでも屈指の知識と権力を持つ神々が揃ってもなお、【アスクレピオス・ファミリア】の謎めいた行動には頭を抱えるばかりだった。下層の安全地帯までならまだ理解できる。深層にまで足を踏み入れた実績もある。だが、わざわざ先回りしてまで行う支援が「遠征隊の手厚いもてなし」とはどういうことなのか。
不気味過ぎて逆に怖くなってくるほどだ。
遠征の邪魔をするわけでもなく、素顔を晒して
「まぁ、そこらへんは今度アスクレピオスを問い詰めましょう。素直に喋るかは分からないけれど、何も聞かないよりはマシでしょう……それと、私が無知だったら悪いんだけど、あの『ダイヤモンドサンドペーパー』って一体何に使うものなの? ロキ、ヘファイストス」
無人販売所で一番の売れ筋となっており、
だが、この謎の商品の使い方を知る神はココには居なかった。