ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
【ソーマ・ファミリア】の壊滅。その報を受けて神々が真っ先に動いたのは、市場に残った「ソーマの酒」の確保だった。基本的に神々には酒好きが多い。主神ソーマが市場に流す「出来損ない」の酒であっても、一介の冒険者には一生かかっても手の届かない高値で取引される代物なのだ。
だが、供給源が絶たれた今、その価格は第一級冒険者ですらおいそれと手を出せないほどにまで跳ね上がり、もはや青天井と化していた。耳ざとい商人たちも一攫千金を狙って買い占めに動いており、価格は一日おきに倍増していく。この狂騒の中で、手持ちの数本を売っただけで巨万の富を手にする幸運な冒険者まで現れる始末だった。
こうした事態を危惧したギルドは、せめて酒の供給源を絶たぬよう、主神ソーマの処刑だけは免じ、代わりに被害を受けたファミリアでの奉仕活動を命じた。主神が生きていれば、いずれまた市場に酒が出回ることもあるだろう、という算段だ。ちなみにギルドは、ファミリア掃討作戦を公表する前に、秘密裏にソーマの酒を買い漁っていた。
これがギルドの本性だ。金と権力、そして情報を独占するギルドに、真っ向から太刀打ちできるファミリアなど、このオラリオにはほとんど存在しない。
ソーマ・ファミリア崩壊から一週間以上が経過した頃――。
そんな中、美酒ソーマに飢えた主神ロキが、市場に残った酒を求めてうろついていた。元々高級品だったソーマだが、市場から枯渇したとなれば、なぜかいつも以上に飲みたくなるのが人情……ならぬ「神情」というもの。いつでも手に入るうちは執着しなくても、希少価値が跳ね上がった今こそ、喉から手が出るほど欲しくてたまらなくなるのだ。
「くっそーーー!! うちのソーマがどこにも売っとらへんやんけ!」
「諦めろロキ。今や市場のソーマは元の数十倍の値段だ。我々とて、そう気安く買える品ではない。部屋にある在庫をちびちびと飲んで耐えるんだな」
嘆くロキの世話を焼くのは、今や「迷子のお守り役」として有名になってしまったエルフの王族――ハイエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴだ。ファミリアの全資産を酒に変えかねないロキの暴走を止めるには、彼女ほどの適任者はいない。
「待てやリヴェリア! 今がソーマ市場の底値なんや! ここで買い占めておけば、数日後には資産が数倍に膨れ上がる。そうすれば大規模遠征の費用なんて数回分、軽く稼げるんやで!」
その言葉に、リヴェリアですら脳内で高速計算を始める。……理論上は可能だ。【ロキ・ファミリア】の全資産をつぎ込み、市場に出回るソーマを買い漁り、さらに高値になるよう価格操作を行う。
所詮は酒だと言うかもしれないが、冒険者と酒は切っても切り離せない。神々の宴においても、ソーマは己の権威を示すために振る舞われる最高のステータスシンボルだ。それを出せぬとなれば、神としての品格が疑われかねない。
他の酒造系ファミリアも存在するが、所詮は弱小。味も品質もソーマには遥かに劣る。彼らも今こそ市場拡大に力を入れているが、伝統と神の業が成す味は急激に上がるものではない。精々生産量を上げて、安酒の売り上げを伸ばすのが限界だった。
「こうなったら、アスクレピオスのところに行って、直接ソーマを買い付けに行くで! 確かソーマはあそこの医院で奉仕活動中のはずや!」
「……流石に、あそこで酒造はさせていないだろう。そもそも、事の発端はソーマの管理不足にあったのだ。仮に許可が出ていたとしても、ソーマを作るのにどれほどの月日がかかると思っている」
通常、最高級の酒造には数ヶ月、あるいは数年を要する場合も珍しくない。お酒というものは、枯渇したからといって急に増産できるものではないのだ。他のファミリアが気合を入れて増産している分が市場に出回るのも、早くとも数ヶ月先の話になるだろう。
「甘いな、リヴェリアママ! ウチの調べではな、確かに【ソーマ・ファミリア】は掃討された。だが……あそこにあった全ての資材や醸造の秘伝書は、全て【アスクレピオス・ファミリア】が押収しとるんや! 主神ソーマは身一つで奉仕活動、資材は全没収。……つまり、酒はある所にはあるっちゅーことや!」
「良くそんな情報を」
オラリオの二大派閥と名高い【ロキ・ファミリア】。その主神を務めるロキとて、ただ遊んでいるわけではない。ギルド内部に潜り込ませている子飼いの情報源の一人や二人はいる。いざという時の切り札が、今まさに「酒のため」という欲望全開の理由で切られた。
………
……
…
一方、その頃の【アスクレピオス・ファミリア】。そこでは、ある奇妙な争いが勃発していた。発端は、保護されている孤児たちの無邪気な一言だった。
『あのね、新しく来た神様はお酒造りの神様なんだって。じゃあ、院長先生たちよりもきっと凄いものが作れるんだね!』
――その言葉が、マッドサイエンティストたちのプライドに火をつけた。
確かに、酒神としての醸造技術は素晴らしいだろう。だが、あんな「飲む麻薬」まがいのものしか作れないのか、と子供たちに思われては、彼らの沽券に関わる。
もとより、主神ソーマは【アスクレピオス・ファミリア】での奉仕活動が決定している。その知識を絞り出すことも奉仕の一環だ。四院長にかかれば、生きたまま神を精神的に解体し、その知識のすべてを吸い出すことなど造作もないことだった。
「酒造りの秘奥を教えないと言うのなら、直接その脳髄から聞き出すまでです」
ギルドとの取り決め通り、神殺しは行われない。だが、それ以外なら何ら制限は受けていないのだ。ギルド主体の掃討作戦で主神が送還されるという不名誉は、ギルド側も本意ではない。ゆえの最低限のセーフティネットだったが、それが仇となった。
そして、文字通り主神ソーマの「献身的(強制的)」な協力の結果、市場に新たな酒が出回ることになる。四院長たちがそれぞれの狂気と技術を注ぎ込み作り出した四種のお酒。
ボンドルドが用意したのは、【眠遁薬・ソーマ(スレマ・ソーマ)】。アビスの深淵を知る彼にしか用意できない特別製だ。遺物を使い熟成・発酵させた一品で、一口飲めば寿命が延びるとさえ噂される出来栄え。もはや酒というより、エリクサーに近い。それゆえ量産ができず、価格帯は本家ソーマと比較しても遜色ない高値だ。
※星が多いほど高評価。
味 :☆☆☆ (ソーマの劣化版)
効果:☆☆☆☆☆☆(万病に効き、エリクサーに勝るとも劣らない)
価格:☆ (ソーマ並)
ショウ・タッカーが用意したのは、【ビアー・ソーマ】。錬金術のスキルを駆使し、通常ではありえない速度で醸造した大衆向けのお酒だ。仕込み、発酵、熟成、濾過という工程を一度に終えることで大量生産を可能とした。「安くて、旨い酒」として市場独占を狙う、極めて実利的な一品である。
味 :☆☆ (価格の割には驚くほど美味しい)
効果:☆ (酔えればいい)
価格:☆☆☆☆☆☆(大衆価格)
涅マユリが用意したのは、【大吟醸・ソーマ】。彼のルーツである東方の銘酒に、洋酒であるソーマを独自比率でブレンドした作品だ。既に本家ソーマの完全な複製に成功している彼が、その配合を東方の酒に完璧にマッチさせた。大吟醸はオラリオでは馴染みが薄いが、これを機に爆発的なブームを引き起こすには十分な完成度だった。
味 :☆☆☆☆ (本家ソーマに肉薄)
効果:☆☆☆
価格:☆☆ (かなり高価)
フェイスレスが用意したのは、究極の逸品【ソーマ・コンティ】。「酒は少量で至高であってこそ価値がある」という、ワインを愛する彼らしい持論の結晶だ。彼は伝統的な工法も忘れない。最高のワインとは、清らかな処女がブドウを足踏みすることから始まる……。そこで、装備新調の資金と「いつでも新酒を試飲できる権利」で釣られた【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが、何も知らずにブドウを踏み続けて完成した呪い(まじない)付きの神酒である。
味 :☆☆☆☆☆☆☆(酒神ソーマすらも唸らす神域)
効果:(史上最高の美酒。魂が震える。それ以外の説明は不要)
価格:(史上最高価格。これ一本で【不壊属性(デュランダル)】の武具が買える)
可愛い店員たちによる新酒の「無料試飲会」。その噂がオラリオ中に広まるのに、時間はかからなかった。既に試飲会会場には、三日前から陣取って一番乗りを狙う筋金入りの酒好き冒険者たちが、長蛇の列をなしている。
◆◇◆◇
オラリオ恒例の「怪物祭(モンスターフィリア)」並みの群衆が押し寄せてしまった、この無料試飲会。タダだからといって無限に配れるわけではない。血気盛んな冒険者たちが、そのあたりの常識を弁えて暴動を起こさないか、誰もが不安視していた。
ギルドからも治安維持部隊が配備される。
当然、警備を担当する者には、特権として一般客より先に新酒の試飲が許される。並ばずして確実に飲めるという恩恵を得るため、この役目の割り振りを巡ってギルド内で殴り合いの喧嘩が発生し、数名の重傷者が出たことは、ギルドのトップシークレットである。
しかし、大衆の熱狂は時に制御不能となる。そこで、個人で軍隊を圧倒できるほどの武力を投入することにした。【フレイヤ・ファミリア】所属、オラリオ最強の冒険者――【猛者】オッタル。彼を動かすには主神フレイヤに頼み込むしかない。そこで、プルシュカやニーナといった子供たちに各種ソーマを持たせ、フレイヤへ直接交渉に向かった。
日頃から様々な陰謀を巡らせている美の女神だが、下界の愉しみ、特にこうした祭り事は嫌いではない。純粋無垢な子供たちが、貢ぎ物の酒を持ってお願いに来れば、無下にできる神などいない。しかも、単なるタダ働きではなく、双方にメリットのある現実的な提案を添えてくるのだから、断る理由はなかった。
その取引内容は、大衆向けの【ビアー・ソーマ】を定期的に豊穣の女主人に卸すという約束だ。どうして、フレイヤ・ファミリアとの取引なのに、オラリオにある酒場に酒を下す事が取引になるのか、フレイヤも深く聞く事は無い。
「じゃあ、オッタルさん。プルシュカ達がお酒を配るから、暴れる人がいたらお願いね」
「承知した」
完全武装のオッタルが、抜き身の黒色の大剣を抱えて仁王立ちしている。この威圧感を前に暴れられる冒険者がいれば、それは勇敢を通り越してただの自殺志願者だ。その圧倒的な抑止力のおかげで、冒険者たちは極東の儀式「コミケ」の待機列を彷彿とさせる、軍隊も顔負けの統制された動きで、静かに、かつ迅速にソーマの試飲を開始したのだった。
大勢の客を相手に売りさばける準備を完全に整えていたショウ・タッカーが、この場での興行的勝利を収めたのは言うまでもない。他の院長たちの酒は希少すぎて早々に品切れとなり、一歩間違えれば暴動に発展しかねない熱狂ぶりだった。
こうして、ソーマの安定供給にも目途が立ち、暴騰を狙った本家ソーマを抱えたファミリアは借金で首が回らず、いくつか解散する事になる。
【ソーマ・コンティ】・・・これは、間違いなく売れるな。
剣姫がいないときは、4院長が踏んだワインでも売る。
にじみ出る味が熟成され過ぎていて、更にうま味が……いや、どうだろう、