ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
【アスクレピオス・ファミリア】による、最後の三大クエスト『隻眼の黒竜』の討伐計画。
第一段階:『竜の谷』周辺のモンスターの一掃
次段階移行時の安全を確保するため、ショウ・タッカー及びニーナ・タッカーによる国土錬成陣を発動。範囲内の全ての生命体を分解し、”賢者の石”へと再構築する。これにより、消費していた”賢者の石”の補給も同時に行い、常に最大火力を発揮して次段階以降の懸念事項を排除する。
第二段階:処女神アルテミスの『神威』を使い、天界最強の『アルテミスの矢』を準備
神の肉体を乗っ取っているボンドルドが『神威』を行使し、『アルテミスの矢』を生成・準備する。最大出力までチャージを行い、最終段階までに待機状態を完了させておく。
第三段階:風印の縮小化、及び風印内部の残留モンスターの一掃
『竜の谷』全体を覆い尽くす大精霊アリアの風印。この規模のままでは次の段階へ移行できないため、限界まで縮小させる。それに伴い跳ね上がる内部圧と内部の残留モンスターが障害となるため、結界の一部に解放口を穿つ。そこから溢れ出てくる、異常なまでに成長した深層級モンスターを逐一排除していく。
風印の縮小には、”穢れた精霊”の元となっていた古代の精霊の力を利用する。完全な風印解除は不可能としても、その領域を削り縮めることならば可能だ。そして風印が小さく凝縮されるにつれ、その結界強度自体は飛躍的に向上していく。
――そして今、ボンドルドたちの計画は第四段階へと突入した。
あまりにも計画通り、順調に事が進む様子に、ボンドルドも思わず歓喜の息を漏らす。
「あぁ、何と素晴らしい。全てが計画通りに進むこの心地よさ。本来あるべきは、正しい世界です。その引き換えにオラリオが地獄と化そうとも、陰で三大クエストが終わりを告げるというのなら、決して悪くはないでしょう」
「パパ、フレイヤ様たち大丈夫かな?
ボンドルドは一瞬の思考の後、静かに首を縦に振った。
『もしもし、ヘディンさん。こちらプルシュカだよ。どうしたの?』
『バベルにいるフレイヤ様を救い出せるか?』
実に難しい相談だ。『竜の谷』からオラリオへと引き返すだけでも相当な時間を要する。神フレイヤの身の安全を確保するのも困難だ。それに、他神を気遣うより、通常であれば自らの主神の安全を最優先すべき局面だ。
『えっとね、誤解のないように言っておくけど、あたしたちは
『100点満点だ。お前たちが使っているダンジョンの裏口を教えろ。一刻を争う事態だ。報酬は言い値で払う』
ダンジョン深層に足止めされている【フレイヤ・ファミリア】が最速で地上へと帰還する方法。すでに崩壊しつつある疑似
プルシュカは判断に迷う。あの裏口は自分個人の所有物ではなく、ファミリア全体の資産だ。
「貴方の意思を尊重しますよ。所詮はただの縦穴です。必要になれば、また掘り進めればよいのですから」
『教えてあげる。だから、絶対にフレイヤ様を助け出しなさいよ。それと、道中のものは何も見なかったこと。良いわね? あと、ベル・クラネルはそこに捨てていくこと。たぶん、アレを連れていると帰って来られなくなるわ』
『それについては同意だ。あの愚兎は、58階層までの直通路へと落下していった。アステリメスとウィーネとかいう喋るモンスターに抱えられ、そのまま自由落下だ。どちらにせよ、当分は戻ってこられない』
これでベル・クラネルの運命は決した。彼が有するチートレアスキル
数少ない血縁者の末路など、プルシュカには興味すらない。ヘディンへ裏口の利用法や出入口の詳細な情報を伝達する。最後の出口が【アスクレピオス・ファミリア】の地下に位置する”不屈の花園”に繋がっているため、「何も見なかったこと」と念を押し、「アスクレピオス様も守りなさいよ」と願いを託した。
通信が切れ、プルシュカは目の前に聳える風印へと向き直る。それは約400メートル級にまで圧縮され、内部に『隻眼の黒竜』のみを閉じ込めていた。この風印を、ボンドルドの特級遺物
「よく見て、記録に残しておきなさい。これこそが歴史的瞬間です」
「うん!! 見て見て、すごく大きな飛行艇だよ! あれ一つで学区と同じくらいあるわ!」
水素ガスを満載した特製の飛行艇二基。その圧倒的な浮力を利用し、風印を丸ごとゆっくりと、だが確実に持ち上げていく。もし『隻眼の黒竜』が物理法則を無視した200万トン級の質量を持ち、地上をマッハで移動するような規格外生物であったなら、この作戦は破綻していた。しかし、自重で崩壊しないことが判明した段階で、作戦の成功はほぼ約束されていたのだ。
第四段階:錬金術により水素ガスを満載した飛行船を錬成し、風印を運搬
風印の重量は数万トン級に達するが、それを支え得る浮力さえ確保できれば空輸は不可能ではない。これを実現するには膨大な資源を要するが、それを代替するのが”賢者の石”だ。等価交換の原則を凌駕する、あらゆる魔導士が羨望する至高の結晶。
これにより、最低限の資材さえ持ち込めば幾らでも飛行船を構築できた。さらに常時再構成を施すことで、金属疲労や破損を即座に修復し続け、過酷な状況下でもアップデートを重ねていく。
そして、重量を浮力が上回ったその瞬間――風印が宙へと浮かび上がる。静かに、そしてゆっくりと。それは黒竜の眠りを決して妨げることのない、完璧な浮上であった。
「計画の第四段階は成功です! あぁ、素晴らしい……さぁ、最終段階へと計画を移行させましょう。行きますよ、プルシュカ」
各院長たちも、それぞれの配置へと着く。
ボンドルドとタッカーが二基の飛行船を操縦し、移送される風印の維持管理を涅マユリとフェイスレスが担当する。飛行船は着実に高度を上げていく。地上からその光景を見上げる
地上に残された最悪の化け物が、1000年の時を経てついに『竜の谷』を離れたのだ。
この歴史的快挙を目撃している神や冒険者は、彼らのほかに誰一人としていない。だが、だからこそ完遂できたのだ。人数が増えればそれだけ予期せぬトラブルが生じ、黒竜を過剰に刺激することにも繋がりかねない。
Lv.1の弱者など、黒竜にとってみれば地上を這い回る蟻と同等。彼らが何を試みようと、掠り傷一つ負わせることはできないのだから。
飛行船の高度は徐々に上昇していく。50m、100m、200m――。
「あちらがオラリオの方向です。随分と騒がしく明るくなっていますね。向こうでは大層な惨劇が繰り広げられているのでしょう。ですがプルシュカ……本当に最後まで付き合うつもりですか? 地上で待っていてもよかったのですよ」
「パパと一緒が良いの。プルシュカね、パパと一緒ならどこでだって頑張れるよ。それに、パパたちのこの計画を最後まで見届けたいの。世界中の誰もこの偉業を知らなくても、プルシュカだけは絶対に忘れないから」
夜が深まり、灯火すら届かぬ天空へと駆け上がっていく。
プルシュカが
少なくとも最終段階が完了するまでは、向こうとの通信を一切遮断しておくのが賢明であった。
「危険です、プルシュカ。すでに計画は最終段階に入っています。ですが、アレを甘く見ていると怪我どころでは済みませんよ」
「……あれ? なんで通信を開こうとしちゃったんだろう。おかしいな、絶対にそんなことしないのに」
愛娘の行動に生じた不可解な異変。この計画の重要性を深く理解しているプルシュカが、この土壇場で取るはずのない不可解な挙動。
ボンドルドの決断は迅速だった。すぐさま
『不穏な予兆を検知しました。ただちに最低限の
『了解しました。こちらもニーナから回収して破棄します。チャンネルもこの短距離通信用に絞っておきましょう。まさかダンジョンの地下60階層近くから、ここまで彼の”幸運”が作用してくるとは……』
『チッ、これだから嫌なんだヨ。あのベル・クラネルとかいうガキは! あと数時間で全てが終わるって時に、台無しにされてたまるものか!』
『こちらも最低限を残して破棄完了~! これはアレだね、周囲から”幸運”をかき集めて運命そのものを改変するタイプの性質だ。己の窮地を脱するだけの”幸運”を満たすまで、際限なく影響範囲を広げていく。”幸運”を奪われた者は不運に見舞われる……つまり、オラリオ内の”幸運”の総量だけではベル・クラネルの窮地を救いきれず、都市の外側にまで搾取の手が伸び始めたわけだ。全員、絶対にオラリオの方角を見ないように! ”幸運”を吸い取られるよ!』
歴史上、ベル・クラネルだけに発現した幸運のスキル。その恐るべき本質が今、明かされる。
今のボンドルドたちにとって、これ以上なく最悪な能力の発動であった。
『どうやら本当のようです。我々の”幸運”までは奪われずに済みましたが……地上に残してきた
だが、今のボンドルドたちに彼らを救いに行く余裕はない。地上の仲間を残し、さらに天高く舞い上がっていく。その高度はついに雲海へと到達しようとしていた――。