ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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75:竜の谷4

【アスクレピオス・ファミリア】による、最後の三大クエスト『隻眼の黒竜』の討伐計画。

 

第一段階:『竜の谷』周辺のモンスターの一掃

 次段階移行時の安全を確保するため、ショウ・タッカー及びニーナ・タッカーによる国土錬成陣を発動。範囲内の全ての生命体を分解し、”賢者の石”へと再構築する。これにより、消費していた”賢者の石”の補給も同時に行い、常に最大火力を発揮して次段階以降の懸念事項を排除する。

 

第二段階:処女神アルテミスの『神威』を使い、天界最強の『アルテミスの矢』を準備

 神の肉体を乗っ取っているボンドルドが『神威』を行使し、『アルテミスの矢』を生成・準備する。最大出力までチャージを行い、最終段階までに待機状態を完了させておく。

 

第三段階:風印の縮小化、及び風印内部の残留モンスターの一掃

 『竜の谷』全体を覆い尽くす大精霊アリアの風印。この規模のままでは次の段階へ移行できないため、限界まで縮小させる。それに伴い跳ね上がる内部圧と内部の残留モンスターが障害となるため、結界の一部に解放口を穿つ。そこから溢れ出てくる、異常なまでに成長した深層級モンスターを逐一排除していく。

 風印の縮小には、”穢れた精霊”の元となっていた古代の精霊の力を利用する。完全な風印解除は不可能としても、その領域を削り縮めることならば可能だ。そして風印が小さく凝縮されるにつれ、その結界強度自体は飛躍的に向上していく。

 

 ――そして今、ボンドルドたちの計画は第四段階へと突入した。

 

 あまりにも計画通り、順調に事が進む様子に、ボンドルドも思わず歓喜の息を漏らす。

 

「あぁ、何と素晴らしい。全てが計画通りに進むこの心地よさ。本来あるべきは、正しい世界です。その引き換えにオラリオが地獄と化そうとも、陰で三大クエストが終わりを告げるというのなら、決して悪くはないでしょう」

 

「パパ、フレイヤ様たち大丈夫かな? 闇派閥(イヴィルス)の人たちがオラリオで神様たちを送還しているみたい。 【フレイヤ・ファミリア】は救助作戦を放棄して全軍撤退……それと、ヘディンさんがこっちに呼びかけているわ。パパ、応答してもいい?」

 

 眼晶(オクルス)を自作できるほどの技術力を誇る院長が【アスクレピオス・ファミリア】には存在する。だからこそ、ヘディン・セルランドは今までの通信もどこかで傍受されていると見越していたのだ。今回、本来なら救助作戦にもボンドルドたちを組み込む予定だったが、ファミリア全員がオラリオ外に展開していることから、闇派閥(イヴィルス)の動きを察知していたのか、闇派閥(イヴィルス)と内通していたのか、あるいは第三の要因によるものかと勘繰っている。

 

 ボンドルドは一瞬の思考の後、静かに首を縦に振った。

 

『もしもし、ヘディンさん。こちらプルシュカだよ。どうしたの?』

 

『バベルにいるフレイヤ様を救い出せるか?』

 

 実に難しい相談だ。『竜の谷』からオラリオへと引き返すだけでも相当な時間を要する。神フレイヤの身の安全を確保するのも困難だ。それに、他神を気遣うより、通常であれば自らの主神の安全を最優先すべき局面だ。

 

『えっとね、誤解のないように言っておくけど、あたしたちは闇派閥(イヴィルス)とは無関係よ。戻ってフレイヤ様を助けてあげたいんだけど……今は手が離せないの。でも、そんな気休めを聞くために連絡してきたヘディンさんじゃないわよね。ドア・イン・ザ・フェイス――本命は次の要求でしょ。聞いてあげるわ』

 

『100点満点だ。お前たちが使っているダンジョンの裏口を教えろ。一刻を争う事態だ。報酬は言い値で払う』

 

 ダンジョン深層に足止めされている【フレイヤ・ファミリア】が最速で地上へと帰還する方法。すでに崩壊しつつある疑似立坑(シャフト)は機能不全に陥っている。地上では神々が次々と送還されている惨状だ。いつ恩恵を失うかも分からぬ冒険者たちが必死で地上を目指しており、通常ルートもまた惨憺たる地獄絵図と化していた。

 

 プルシュカは判断に迷う。あの裏口は自分個人の所有物ではなく、ファミリア全体の資産だ。

 

「貴方の意思を尊重しますよ。所詮はただの縦穴です。必要になれば、また掘り進めればよいのですから」

 

『教えてあげる。だから、絶対にフレイヤ様を助け出しなさいよ。それと、道中のものは何も見なかったこと。良いわね? あと、ベル・クラネルはそこに捨てていくこと。たぶん、アレを連れていると帰って来られなくなるわ』

 

『それについては同意だ。あの愚兎は、58階層までの直通路へと落下していった。アステリメスとウィーネとかいう喋るモンスターに抱えられ、そのまま自由落下だ。どちらにせよ、当分は戻ってこられない』

 

 これでベル・クラネルの運命は決した。彼が有するチートレアスキル憧憬一途(リアリス・フレーゼ)も、その効力を失うだろう。あれは一途な想いと純潔(童貞)を糧とするスキルだ。憧れに自らを捧げ続けることができなかった以上、消滅するのは当然の帰結であった。

 

 数少ない血縁者の末路など、プルシュカには興味すらない。ヘディンへ裏口の利用法や出入口の詳細な情報を伝達する。最後の出口が【アスクレピオス・ファミリア】の地下に位置する”不屈の花園”に繋がっているため、「何も見なかったこと」と念を押し、「アスクレピオス様も守りなさいよ」と願いを託した。

 

 通信が切れ、プルシュカは目の前に聳える風印へと向き直る。それは約400メートル級にまで圧縮され、内部に『隻眼の黒竜』のみを閉じ込めていた。この風印を、ボンドルドの特級遺物決して切れない糸(スター・スレッド)で網目状に編み込み、強固に包み込んでいく。

 

「よく見て、記録に残しておきなさい。これこそが歴史的瞬間です」

 

「うん!! 見て見て、すごく大きな飛行艇だよ! あれ一つで学区と同じくらいあるわ!」

 

 水素ガスを満載した特製の飛行艇二基。その圧倒的な浮力を利用し、風印を丸ごとゆっくりと、だが確実に持ち上げていく。もし『隻眼の黒竜』が物理法則を無視した200万トン級の質量を持ち、地上をマッハで移動するような規格外生物であったなら、この作戦は破綻していた。しかし、自重で崩壊しないことが判明した段階で、作戦の成功はほぼ約束されていたのだ。

 

第四段階:錬金術により水素ガスを満載した飛行船を錬成し、風印を運搬

 風印の重量は数万トン級に達するが、それを支え得る浮力さえ確保できれば空輸は不可能ではない。これを実現するには膨大な資源を要するが、それを代替するのが”賢者の石”だ。等価交換の原則を凌駕する、あらゆる魔導士が羨望する至高の結晶。

 これにより、最低限の資材さえ持ち込めば幾らでも飛行船を構築できた。さらに常時再構成を施すことで、金属疲労や破損を即座に修復し続け、過酷な状況下でもアップデートを重ねていく。

 

 そして、重量を浮力が上回ったその瞬間――風印が宙へと浮かび上がる。静かに、そしてゆっくりと。それは黒竜の眠りを決して妨げることのない、完璧な浮上であった。

 

「計画の第四段階は成功です! あぁ、素晴らしい……さぁ、最終段階へと計画を移行させましょう。行きますよ、プルシュカ」

 

 各院長たちも、それぞれの配置へと着く。

 

 ボンドルドとタッカーが二基の飛行船を操縦し、移送される風印の維持管理を涅マユリとフェイスレスが担当する。飛行船は着実に高度を上げていく。地上からその光景を見上げる異端児(ゼノス)たちが、勝利の歓声を響かせていた。

 

 地上に残された最悪の化け物が、1000年の時を経てついに『竜の谷』を離れたのだ。

 

 この歴史的快挙を目撃している神や冒険者は、彼らのほかに誰一人としていない。だが、だからこそ完遂できたのだ。人数が増えればそれだけ予期せぬトラブルが生じ、黒竜を過剰に刺激することにも繋がりかねない。

 

 Lv.1の弱者など、黒竜にとってみれば地上を這い回る蟻と同等。彼らが何を試みようと、掠り傷一つ負わせることはできないのだから。

 

 飛行船の高度は徐々に上昇していく。50m、100m、200m――。

 

「あちらがオラリオの方向です。随分と騒がしく明るくなっていますね。向こうでは大層な惨劇が繰り広げられているのでしょう。ですがプルシュカ……本当に最後まで付き合うつもりですか? 地上で待っていてもよかったのですよ」

 

「パパと一緒が良いの。プルシュカね、パパと一緒ならどこでだって頑張れるよ。それに、パパたちのこの計画を最後まで見届けたいの。世界中の誰もこの偉業を知らなくても、プルシュカだけは絶対に忘れないから」

 

 夜が深まり、灯火すら届かぬ天空へと駆け上がっていく。

 

 プルシュカが眼晶(オクルス)を用いてオラリオの現状を傍受しようとするが、ボンドルドがそれを制止した。理由は明白だ。どのような経路を経て、あちらにいるベル・クラネルの”幸運”が干渉してくるか分からないからだ。

 

 少なくとも最終段階が完了するまでは、向こうとの通信を一切遮断しておくのが賢明であった。

 

「危険です、プルシュカ。すでに計画は最終段階に入っています。ですが、アレを甘く見ていると怪我どころでは済みませんよ」

 

「……あれ? なんで通信を開こうとしちゃったんだろう。おかしいな、絶対にそんなことしないのに」

 

 愛娘の行動に生じた不可解な異変。この計画の重要性を深く理解しているプルシュカが、この土壇場で取るはずのない不可解な挙動。

 

 ボンドルドの決断は迅速だった。すぐさま眼晶(オクルス)を通じて仲間に連絡を入れる。遠く離れた場所とリアルタイムで通信できる眼晶(オクルス)は極めて有用だが、それを逆手に取られ、回線へ割り込む形で遥か遠方のオラリオから”幸運”を伝播させようと、見えざる怪異の手が伸ばされてきていたのだ。

 

『不穏な予兆を検知しました。ただちに最低限の眼晶(オクルス)を残して破棄してください。また、通信チャンネルも我々だけに限定を。プルシュカが先ほど、無意識にオラリオの通信を傍受しようと誘導されました』

 

『了解しました。こちらもニーナから回収して破棄します。チャンネルもこの短距離通信用に絞っておきましょう。まさかダンジョンの地下60階層近くから、ここまで彼の”幸運”が作用してくるとは……』

 

『チッ、これだから嫌なんだヨ。あのベル・クラネルとかいうガキは! あと数時間で全てが終わるって時に、台無しにされてたまるものか!』

 

『こちらも最低限を残して破棄完了~! これはアレだね、周囲から”幸運”をかき集めて運命そのものを改変するタイプの性質だ。己の窮地を脱するだけの”幸運”を満たすまで、際限なく影響範囲を広げていく。”幸運”を奪われた者は不運に見舞われる……つまり、オラリオ内の”幸運”の総量だけではベル・クラネルの窮地を救いきれず、都市の外側にまで搾取の手が伸び始めたわけだ。全員、絶対にオラリオの方角を見ないように! ”幸運”を吸い取られるよ!』

 

 歴史上、ベル・クラネルだけに発現した幸運のスキル。その恐るべき本質が今、明かされる。

 

 今のボンドルドたちにとって、これ以上なく最悪な能力の発動であった。

 

『どうやら本当のようです。我々の”幸運”までは奪われずに済みましたが……地上に残してきた異端児(ゼノス)たちのいた場所で、戦火が上がっています。全滅させたはずの深層モンスターの生き残りが、突如として湧き出たのでしょう』

 

 だが、今のボンドルドたちに彼らを救いに行く余裕はない。地上の仲間を残し、さらに天高く舞い上がっていく。その高度はついに雲海へと到達しようとしていた――。

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