ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

76 / 78
76:竜の谷5

 酸素を産み出す遺物が無ければ呼吸すら難しい高高度の光景。雲は遥か下にあり、現在の到達高度は20km地点。迷宮都市オラリオどころか、人類が到達した高度としては破られることの無い前人未到の記録となる。防護服が無ければ、人が一秒も生き残れない極限環境だ。

 

 だが、これでもまだ不十分だった。

 

 飛行船はさらに上昇を続ける。空の上にある『アルテミスの矢』が大きく見えてきた。

 

「パパ、見て見て! 地上が、雲がすっごーーく小さく見えるよ。それに、大地って本当に丸かったのね」

 

「えぇ、これが終わればこの世界を回る旅が待っています。世界中の未知との出会い――色々な地でたくさんの人と出会う事になるでしょう。出会いもあれば、別れもあります。ですが長い人生です、そうした積み重ねがプルシュカの人格を形成していくのですよ。思い出を大切にしなさい、プルシュカ」

 

 静寂に包まれた高高度の領域。モンスターはもちろん、人の気配すらしない。

 

 上がり続ける飛行船の中で静かに時を待つ。これほどまでに時間の経過が緩やかだと感じる事は、今後無いだろう思えるほどの静寂だった。

 

 そんな時、ボンドルドの通信が入る。

 

『全く、そっちは静寂だろうけれど、こっちはデミ・スピリットの超長文詠唱を聞かされてたまったもんじゃないヨ。目標高度までには詠唱が終わるネ』

 

『こっちも順調だよ~ん。この時点で、ほぼ黒竜は死んだも同然。しかし本当に偉業だよ。僕一人でも無理だった、皆が力を合わせて初めて実現した。そんな君達に、言葉を贈ろう……自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!!』

 

 院長達は己の能力を信じ、三大クエストの達成を夢見てきた。そしてそれが今日、実現する。

 

 既に高度20kmを越えている。この高さから実重量200万トン級の黒竜が自由落下しただけで生存は不可能だ。地表での被害も甚大なものとなるが、黒竜が生きて地上で暴れるよりは被害もマシなはず。人類が持つ魔法で立て直しも可能な範囲だ。

 

 この最終段階の中盤に差し掛かった時点で、たとえ計画が失敗しても黒竜だけは被害を度外視してでも殺す計画となっていた。地上が数年間冬になろうとも、許容範囲内だ。

 

………

……

 

 そして1時間以上が経過し、到達高度は50km地点に達する。水素ガスを使った物理的限界地点であり、これ以上は上昇できない。飛行船も幾度となく再構築で維持しているが、本来ならここに来るまでの間に何度も墜落していただろう。

 

「計画の最終段階です……『アルテミスの矢』と『精霊の六円環』を推進力として、黒竜を星の外に捨てます」

 

 地上を崩壊させるほどの威力がある『アルテミスの矢』に、黒竜を包み込んだ特級遺物決して切れない糸(スター・スレッド)を結ぶ。そして、矢の向かう先を太陽へと照準を合わせた。

 

 大気圏を突破して宇宙にゴミを捨てるには、あと50km以上も上昇する必要がある。そこで利用されるのが、ダンジョンで育てて回収してきたデミ・スピリットの6体だ。オラリオとダンジョンの上層を完全に消し飛ばすほどの威力を、ロケットブースターとして利用する。

 

 引き上げる力に『アルテミスの矢』。押し出す力に『精霊の六円環』。

 

 この二つが合わさって初めて実現できる。少しでも作戦の成功を高めるため、院長達はこの人類の限界高度まで乗り込んで来た。

 

「パパ、神様の力も魔法の力も平和利用が一番ね。みんな、この力を戦いにばかり使うから駄目なのよ」

 

「えぇ、ですが人がそれに気がつけるのはもっと未来でしょう。時代がいつか追いついてくる日を待ちましょう。きっと貴方が生きているうちにその日が来ると、私は信じていますよ」

 

 人類の未来がかかった計画の最終段階が、神すら手が届かない空の上で行われていた。

 

 『アルテミスの矢』……『神威』は物理法則を無視する。飛行船によって運ばれてきた風印をぶら下げたが、『神威』によって作られた矢は重量で落ちる事はない。その位置で留まり停止していた。

 

 全院長が飛行船に戻り、十分な距離を取る。

 

「人事を尽くして天命を待つとは、このことですね」

 

「なるほど。じゃあ、パパに祈ればいいのね。だって、今のパパは神様だもん」

 

 神の肉体を奪っており『アルテミスの矢』を解き放つという意味では、確かに間違いではなかった。

 

 カウントダウンにはジンクスがある。大体、カウントダウンなどを行うと何らかの問題が起こるものだ。ボンドルドはプルシュカを抱え、良く見える位置へと移動する。そして、『アルテミスの矢』を遥か上空に向けて発射した。

 

 風印により圧縮軽量化されているとはいえ、数万トンクラスの重量。それが天高く舞い上がっていく。その速度はグングンと加速していく。ロケットブースターとしての『精霊の六円環』。デミ・スピリットには数万の命で作られた”賢者の石”が埋め込まれており、その出力は通常の数倍に達していた。

 

 まさに感無量の瞬間だった。院長達が熱く手を握りしめていた。ファミリアの眷属たちでその喜びを分かち合う。

 

 黒竜という規格外のモンスター。【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が共同で討伐に挑んだものの全滅した。ならば、最初から考え方を改める必要があった。あれは人の力で直接討伐できる代物ではない。

 

 だったら、どうやって討伐するかだ。

 

 人の叡智が集まり見つけた答えは……そもそも、まともに戦う必要など無いということ。風印されているのなら、大精霊アリアの風印が機能しているに惑星の外へと放逐してしまう。そして二度と帰ってこられないよう、太陽へと送りつけるのだ。

 

 黒竜が異変に気がついたところでもう遅い。既に『アルテミスの矢』は大気圏を突破し、太陽へと進路を取っていた。途中で『神威』が尽きようとも、第一宇宙速度を突破した風印が地上へ戻ってくることはない。

 

 今から約七ヶ月後には太陽に落下して死ぬ。途中で焼滅するか、落下時の衝撃エネルギーで消滅するかは不明だが、黒竜という脅威は間違いなくオラリオはおろか世界から消え去ったのだ。

 

 これも全ては、ダンジョン深層にベル・クラネルが封じられていたおかげだった。そして、今からその地に戻るとなると、ボンドルド達も胃が痛くなりそうだった。これほどの偉業を成し遂げたにもかかわらず、オラリオは崩壊寸前の危機に瀕しているのだから。

 

………

……

 

 半日が経過して、ようやく飛行船の高度が1km地点まで戻ってきた。だが降り立った先は、当然ながら元の場所から大きく離れている。『竜の谷』から数百キロメートルも離れており、オラリオなど影も見えないほど遠かった。

 

 眼晶(オクルス)の遠隔情報共有すら通じない遥かなる遠方。

 

 降り立った地の遠くに、剣製都市ゾーリンゲンが見えていた。そこは新生【アストレア・ファミリア】のホームがある場所だ。つまり、遥か遠い地のオラリオやダンジョン深層でアリーゼ達が死んだかどうかが分かるはずだった。

 

 特に、【エルフ】【金髪】【長髪】のリュー・リオンが死んでいれば、恐らく【ロキ・ファミリア】の遠征部隊も全滅している。なぜなら、彼女はベル・クラネルの”幸運”で守られる範囲の人間だからだ。それが適用されなかった時点で、事態は相当重症と言えた。

 

 ここから急いでもオラリオまで数日かかる。ボンドルド達は焦らず、神アストレアに眷属の生存を確かめてもらうため、ゾーリンゲン東部の森林地帯にある『星休む宿』に向かう。オラリオでも奇異な目で見られる院長達が全員揃って、【アストレア・ファミリア】のホーム目がけて一直線に進む。

 

 当然、正義のファミリアが直ぐに現れた。

 

「おやおや、これは初めまして。【アストレア・ファミリア】の皆さんでしょうか?」

 

「なにやつ!? その不審者極まる装い……闇派閥か!」

 

 いつものパターンだった。どこへ行っても最初は闇派閥や犯罪者集団と間違われるボンドルド達。だが、この手のやり取りには慣れており、解決策はいつも決まっていた。

 

「プルシュカ、ニーナさん。後は頼みましたよ」

 

「分かったわ、パパ。こんにちは、あたしプルシュカ。オラリオから来た【アスクレピオス・ファミリア】よ。アストレア様にお話があるから、会わせて欲しいの」

 

「そうそう、あとね。お父さん達は闇派閥じゃないよ。それにアストレア様とはオラリオで顔合わせしているから、連れて行ってくれたら証明できると思う」

 

 子供とは無条件で相手の心に入り込めるものだ。これもいつもの展開だった。誤解が解けた後、団員達が綺麗に頭を下げる光景まで容易に想像できた。

 

 プルシュカとニーナが、彼女たちに連れられてアストレアと先に面会する。ボンドルド達も少しして呼ばれた。神アストレアの客人として最高級のおもてなしをするよう、団員達に厳命が下されていた。

 

 この胡散臭い連中が客人かと内心思っているのが手に取るようにわかり、人を見た目で判断するのは【アスクレピオス・ファミリア】のお家芸かと言いたいほどだった。

 

 応接間に招かれたボンドルド達。

 

「あなた方が揃って、私のもとに足を運んでいただけるなんて、どういう風の吹き回しですか。それと、随分変わった乗り物での来訪ですね」

 

「その運航テストも兼ねてと言っておきましょう。単刀直入にお聞きします。オラリオ支部にいる眷属は、全員生きていますか?」

 

 静かな時間が少しだけ流れる。距離的な事情から、オラリオの状況が伝わるにはあと半日程度かかるだろう。

 

「リオン以外は、数時間前に死んでおります……オラリオでは一体何が起こっているのですか」

 

「色々です。我々は、直前でオラリオを脱しており、深い事情があってここに流れ着きました。しかし、アリーゼさん達が死んで彼女だけ数時間無事なら、深層での問題は片付いたと見ていいでしょう。あとは地上の闇派閥……我々の神の恩恵が途切れていないことから、アスクレピオス様はご無事と見て良さそうです」

 

 ボンドルドは情報提供のお礼として、オラリオでの【ロキ・ファミリア】の遠征失敗、遠征部隊の救出作戦の失敗、オラリオでの闇派閥の活性化、複数の神が天界へ送還された事実、推定500名以上は死んだであろう冒険者たちの状況を語った。どれも頭の痛い問題ばかりだ。

 

「情報提供ありがとうございます。ゾーリンゲンには、私からこのことを伝えておきましょう。急な人の出入りがあると混乱するかもしれません。それで、あなた方はどうするのですか? (オラリオへ)戻るのですか?」

 

「(『竜の谷』に置いてきてしまった異端児(ゼノス)たちを迎えに)戻ります。事故とは言え、彼らをあの地に残してきてしまった。我々を待っているかもしれないので、一刻も早くここを旅立ちます」

 

 オラリオの暗黒時代から付き合いのある医療系ファミリア。人の命を守る確かな存在だ。それに引き換え、正義という名を掲げながらもこの局面で動かない者たちと、どちらが正しいのだろうか。

 

 人は見た目で判断してはいけない。今こそ、新生【アストレア・ファミリア】がどこまで役に立つかは分からないが、オラリオでその正義を見せる時ではないだろうかと、本気で思っていた。

 

 ボンドルド達が『竜の谷』に向かっているとも知らず、アストレアはファミリアを説得し、救援物資を携えてオラリオへ向かうことを決断するのだった。




オラリオ側があの後どうなったか…。
ご紹介予定です。

そして早く、5人目の院長…人妻子持ち専業主婦?の属性てんこ盛りの院長をお迎えしたい。喜べ冒険者。初の女性院長だぞ。

これでオラリオの医療は万全となる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。