ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
北の果てへと逃げ続ける【ヘスティア・ファミリア】の面々と、彼らに付き従う
彼らがオラリオを捨てて逃亡した選択が正解だったのか失敗だったのか、いまや誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、あのまま留まっていれば、サポーターの
主神である
かつてオラリオで自分たちに親切にしてくれていた街の住民の中にさえ、闇派閥の潜入者が混ざっていたのだ。
つまり――自分たちが思っているほど彼らは悪人ではないのではないか、と錯覚しそうになる。だが、彼らの狂信的な瞳と真摯な態度を見れば見るほど、彼らが本気で神ヘスティアを闇派閥の新たなる『盟主』と信じ込み、心から服従しているのだと理解できてしまうのだった。
現在、【ヘスティア・ファミリア】が身を寄せているのは、オラリオから北へ数百キロ進んだ人類生存圏の最北端――ファナシェの里の宿屋であった。連日連夜、追手を警戒して夜通し走り続けたため、一行の体力は既に限界に達していた。
宿の周囲では、不気味なほどの静けさをもって闇派閥の構成員たちが警戒陣形を敷き、彼女たちの『護衛』に当たっている。
闇派閥の者たちは、盟主たるヘスティアの目的を理解し、歓喜していた。この最北の地にある『竜の谷』。そこに封印された黒竜の風印を、ヘスティアが持つ『神威』によって解除するのだと――。かつて闇派閥を率いた邪神たちすら実行を躊躇った破滅の禁忌を、彼女は平然と成し遂げようとしているのだと勘違いしていた。
しかも、悪意など欠片もないヘスティアの超然とした態度に……闇派閥の者たちは心底痺れていた。彼女こそが真に仕えるべき絶対の神であり、彼女の崇高な御業のために命を捧げたい、と。
「どうして……どうしてこうなったんじゃぁぁぁっ!?」
「どうしてもこうしてもありませんよ、ヘスティア様。ヘスティア様が闇派閥の盟主になってしまったからではありませんか。……彼らの言い分が正しければ、ですが。リリがファミリアに加入した時は、弱小ファミリアはずでしたのに、どうして理解できません」
薄暗い部屋の中に集まっているのは、主神ヘスティア、サポーターのリリルカ・アーデ、鍛冶師のヴェルフ・クロッゾ、極東出身のヤマト・命、サンジョウノ・春姫、そして学区出身のハーフエルフ、ニイナ・チュール。さらに、闇派閥に保護されてきたギルドの職員でありニイナの姉でもあるエイナ・チュールの姿があった。
「お願いです、ヘスティア様! ニイナを解放してください! 私が代わりに何でもしますから……っ! だからお願いです、妹を許してください!」
「や、やめろぉ~! 本気で言っているのが分かるだけに心に刺さるから止めてくれアドバイザー君! 僕たちは、あのままオラリオに居たら濡れ衣で犯罪者にされていたから、仕方なく逃げているだけなんだ! 皆の頭が冷えた頃にちゃんと話し合えば分かってもらえる……よね?」
今の【ヘスティア・ファミリア】にとってニイナ・チュールを手放す選択肢は存在しなかった。彼女が使う治癒魔法は、過酷な逃走劇においてあまりにも決定的な効果を発揮していた。傍流ながらハイエルフの血を引くハーフエルフならではの莫大な魔力と高い魔法適性は、一行の命綱となっている。一度解放してしまえば、二度と自分たちの元には戻ってこないことくらい、ヘスティアにも痛いほど分かっていた。
「だけどよ、本当にこれからどうするんだ? 北の最果てまで逃げ続けてきたわけだが。それに、俺たちを”同志だ”、”真の仲間だ”と言っている闇派閥の連中。本当に、わけが分からねえしよ。リリ助……ここから先は、どうするつもりだ?」
「今すぐオラリオへ戻り、タケミカヅチ様に事情を話せば、味方になってはいただけないのでしょうか……?」
ヴェルフも命もこの状況を不安に思っている。
あの混乱を極めたダンジョンから無事に脱出できたのは、紛れもなく闇派閥の手引きがあったおかげだ。しかし、彼らが過去にオラリオで数知れぬ冒険者を虐殺し、多くの神々を天界へ送還したという残虐な歴史が消えるわけではない。
……つまり、【ヘスティア・ファミリア】がやってきたこととほぼ同じだ。
その恐ろしい事実に、ヴェルフも命も薄々気付き始めていた。自分たちの巻き込まれた事件の中で命を落とした冒険者は数知れない。蘇生魔法で復活の優先度を決め、役に立つ者から復活させていた日々。他にも、恩人に無理やり切腹させ殺して賠償金を取ったりとやりたい放題だったなと。
そして、最終的に先日のオラリオ全軍の救出作戦が失敗した事を契機に、闇派閥というあらぬ疑いを掛けられオラリオを脱出せざるを得なかった。
「ボクだってそう思いたいよ! だけどね、オラリオを出る直前にボクへ見事な袈裟固めを決めてきたのはタケミカヅチ本人だったんだぞ? ヘファイストスだって、もうボクを神友とは呼んでくれない……ミアハだってそうだ。ボクは、下界に降り立った神々全員から締め出された。何も悪事を働いていないのに!」
「リリは思うのですが、『何もしていない』から疑われるのでしたら、誰もがひれ伏すような偉業を成し遂げてしまえば良いとは思いませんか? だからこそ、リリはこの極北を目指したのです。皆さん、少々不勉強ですね。この先に何があるかご存知ですか? はい、新人のニイナさん」
エイナは怯えるニイナを庇うように強く抱きしめている。たとえ命を落とそうとも妹だけは絶対に守り抜くという凄絶な覚悟が伝わってきた。ヴェルフも命も、常識的な良心から「二人を解放してやるべきではないか」という思いが胸をよぎる。
だが、彼女の回復魔法が有能すぎてこの先の逃亡生活で必須級である事は確実だった。
「りゅ……『竜の谷』……ですか?」
「流石は『学区』の優秀な生徒さんです、正解です。……今や
『片目の黒竜』――かつて世界を絶望に陥れた最強のモンスター。冒険者ならば誰もが耳にしたことのある伝説の怪物だ。
しかし、その黒竜がどこに潜み、どういった状態にあるのかまで詳しく把握している者は少ない。だがここには、学区出身で知識豊富なエイナ・チュールという優秀なギルド職員がいた。
「な、何を正気じゃないことを考えているの!? 黒竜はかつて、大派閥である【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が全戦力を結集して挑んでも、何もできずに全滅したのよ!? 当時最高峰だったLv.9の英傑を筆頭に、総合力では今の【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】すら遥かに凌駕していた冒険者達が惨敗したの! クラネル氏一人がどれほど成長したところで、どうにかなるような相手じゃないわ!」
「ええ、ですがそれならそれで好都合だとは思いませんか? つまり、全人類が総力を挙げなければ立ち向かえない局面を作り出すのです。そうなれば、都市の連中も私たちの力を頼らざるを得なくなります! ヴェルフ様の『クロッゾの魔剣』、命様の重力魔法、春姫様のレベル・ブースト……そして何より、ベル様の秘めたる力の全てを。そこまで突きつければ、あちら側から『どうか戻ってきて力を貸してくれ』と泣きついてくるに決まっています!」
全人類の存亡を未曾有の危機に晒してでも、リリルカ・アーデはベル・クラネルを絶対の『英雄』へと仕立て上げたがっていた。そして、その英雄の傍らに立つ唯一無二の存在こそが自分でありたいと――その歪んだ執着に囚われていた。
「黒竜の封印に手を出そうなんて……狂ってるわ! どうしてあなたたちも黙って見ているんですか!? 止めてください! ヘスティア様! ヴェルフさん! 命さん! 春姫さん!」
「アドバイザー君……君は直接の当事者になっていないから、そんな綺麗なことが言えるんだ。僕はね、身に覚えのない冤罪で闇派閥の盟主に担ぎ上げられ、ベル君は生きているけど行方不明にされ、オラリオを追われて散々な目に遭っているんだぞ!? 誰一人としてボクを信じて助けてくれなかった!逆転の一手は、もうこれしかないじゃないか」
「俺だって……今までギルドや他ファミリアの連中に都合よく使われて、問題が起きたら全部俺たちに責任を擦り付けてきたオラリオのやり方には腹がたってんだぜ。これじゃあ、ヘスティア様が可哀そうだぜ……。だがよリリ助、黒竜を解き放つなんて真似は、さすがにやりすぎじゃねえのか?」
「……確かに、交渉の切り札として脅しに使う程度なら有効かもしれませんが、本当に解き放つのは踏み止まるべきかと……」
「わ、私は……ベル様と再び一緒に暮らせるのでしたら、どのような手段であっても構いません……」
これまで数々の死線をベル・クラネルという存在一つに頼り切って乗り越えてきた【ヘスティア・ファミリア】の面々は、黒竜という破滅の存在に対する危機感が決定的に欠落していた。
「お姉ちゃん……ごめんなさい。お姉ちゃんが言っていた通りだった……。この人たち、もう普通じゃないよ……っ。怖い、怖いよ」
ニイナは、もっとよく調べてファミリアを選ぶべきだったと後悔した。憧れたベル・クラネルは幻想そのもの。半年でLv.5になった英雄なんてものは存在しない。彼女は、恋に恋していた少女に過ぎなかった。その事にようやく気が付けた。
………
……
…
翌朝早く、【ヘスティア・ファミリア】は『竜の谷』が目視できる場所まで辿り着いた。だが、谷はあれど、目立つような風印は何処にもなく、彼女たちはそこが何処だか正しく認識しないまま進み続けた。
「おかしいですね。リリ達の現在地は、地図上で『竜の谷』内部ですが……何もありません。うん?どうしたんですか、ヘスティア様。さっきから震えていますよ」
「サポーター君。多分、ここが『竜の谷』で間違いない。僕の神としての直感が警告しているからね。でも、何もない……モンスターの気配すら感じないよ」
エイナは、隙を伺っていた。地図を確認する為、彼等が集まった今しかなく……ニイナと一緒に来た道を引き返し始めた。Lv.2のニイナは、冒険者をしていただけあって姉を引っ張りながら走る。
後ろを振り返る事などせず、一心不乱に。
だが、その逃亡は長くは続かない。闇派閥の方が戦い慣れしており、Lv.も高い。足手まといのエイナを連れての逃亡など、逃げ切れるはずもない。数百メートル……奇跡の逃亡が続いた距離だ。竜の谷の入口にまで辿り着いたところで闇派閥に捕えられる。
「ニイナ。最後くらい、お姉ちゃんらしいことをさせて……あなたは、ファナシェの里に戻って『竜の谷』の異変を伝えて。そうすればオラリオへも連絡がいくから、早く!!」
「嫌だよ。おいて行けるはずないじゃん。誰か、助けて。お姉ちゃんを助けてーーーーー!!」
少女ニイナの叫びに応える騎士がいた。
学区における教師……レオン・ヴァーデンベルク。
「よく頑張った、チュール。助けに来るのが遅くなって、悪かった。後は私に任せてくれ」
「レオン先生」
ニイナが恋に落ちた。
それから続々と後続組が追いついてくる。Lv.7と脚力勝負で勝てるのはよほどのスピード特化だけだろう。
「けっ雑魚ばっかりじゃねーか。骨のある奴は誰もいねーのかよ、おぃ」
二番手で到着したのは【ロキ・ファミリア】のベートだった。アレンは、プルシュカを背負っている為、スピード勝負でベートに敗北する。他のメンバーも徐々に到着し始めた。その間に、ブチ切れ直前のレオンによりチュール姉妹を押さえていた闇派閥は一瞬で16分割される。
だが、レオンはこの場所を知るがゆえに、今恐ろしい状況になっている事を理解してしまった。
「風印が消えている。それどころか、『竜の谷』周辺のモンスターすらいない。チュール……ここで何があったんだ」
「昨日、リリルカ・アーデさんが、黒竜の風印を解こうと、ヘスティア様の『神威』で。黒竜をベルさんに倒させた功績で凱旋するとか、無理でも世界の総力戦になるから再度【ヘスティア・ファミリア】を迎え入れるしかないとか」
なんて馬鹿な事を、と誰もが思った。
発想が闇派閥より最悪だ。全人類の命を天秤に乗せる作戦。そんなもの、万が一勝利出来ても後で【ヘスティア・ファミリア】メンバーを殺すに決まっている。自分で解放して、自分で討伐する自作自演の功績になるなど……今までは、そうだった。しかし、ここにいるメンバーは”幸運”から解放された者達だ。誰もそんな功績を認めない。
よって、ヘディンが一言言う。
「証人は、チュール姉妹だけで十分だ。神ヘスティアと狐人以外は皆殺しにしろ。神ヘスティアには、風印をどうしたか問い詰める必要がある。既に昨日のうちに風印が解除された可能性など、幾らでも考えられる。神ヘスティアには、『神威』が使われないように最速で意識を落とせ」
「まぁ、そうなるわね。
「俺も
ティオネとアレンが飛び出して『竜の谷』に突き進む。
「儂が命とやらとやるか。重力魔法は肩こり解消程度にはなるかな」
「よーし、プルシュカも働いてくる」
だが、当然それを止める鬼畜眼鏡が居た。フレイヤ様から傷一つ付けずに帰還させろと厳命されている。
「留守番に決まっているだろうが、子供は大人しくしているのも仕事だ」
「ヘディンさん、だったらこんなところに子供を連れてこないでよ。プルシュカ、ダンジョンでまだ仕事あったんだから。プルシュカを便利な道具か何かと勘違いしてない?最近、フレイヤ様にも、便利に使われている気がするのよね」
実に、その通りだった。
それに関してはヘディンも否定できず…言い返す言葉すらなかった。本当に便利な存在だと。だからこそ、この善意の塊みたいな子供が平和に暮らせるオラリオを作らねばならないのが【フレイヤ・ファミリア】の密かな目標だ。
「当然だろう。便利なんだから!! 全員、殺した死体は灰すら残さない程、焼き尽くせ。蘇生魔法でも復元できないように念入りに殺せ。回収が終わり次第、オラリオに戻り緊急会議だ。事態は最悪の更に上をいった……これが愚兎の”幸運”か。規格外だ」
本来ここでは狐人も殺すはずだった。だが、ヘディンは風印が消えている事から予定を変更する。レベル・ブーストだけは確保せねば、万が一黒竜の風印が解かれていた場合に人類は終わってしまうと。
狐人が協力的でなければ殺生石を使い魔法だけでも回収する計画が立てられる。
この日、【ヘスティア・ファミリア】はベル・クラネルと春姫、そして新人のニイナを残して、髪の毛一本残さずこの世から消された。