ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
目が回るほど忙しいという言葉すら生ぬるい、混沌を極める迷宮都市オラリオ。
この壊滅的な内部情勢はすでに諸外国へも及んでおり、救援名目の大規模な派兵計画が急速に現実味を帯びていた。もはやダンジョンを擁するオラリオを、ギルドや冒険者だけの自制組織で管理・維持することなど不可能であるという口実——すなわち「後の防衛と統治は我々が引き受ける」という接収の宣言に他ならなかった。
この軍事的干渉に名乗りを上げたのは、下界に君臨する『三大国』である。
国家系ファミリアであり、『
国家系ファミリアであり、『
国家系ファミリアであり『極東』を治める【アマテラス・ファミリア】。
ギルドの統治権力が失墜し、都市全体の防衛戦力が著しく低下した今こそ、オラリオの膨大な利権を奪取する絶好の機と彼らは確信していた。そしてこの三大国は、裏で互いに不可侵条約を締結。同一のタイミングで侵攻を開始し、共同で都市を攻略・統治するという密約を取り交わしていたのである。
これまで魔石をはじめとするダンジョン資源の独占輸出で暴利を貪ってきたオラリオに対する、諸外国からの怨嗟の結実と言えた。外の世界に目を向けず自利のみを優先してきたオラリオの冒険者たちのツケを、今になって支払わされる形となったのだ。
現在の荒廃したオラリオでは、これら国家級の軍勢を正面から迎え撃てば全滅は免れない。敵側も
世界屈指の超大国による連合侵攻計画が露見したのは、ヘディンらが神ヘスティアを捕縛し、オラリオへと帰還した当日であった。ヘスティアはその『神威』を完全に封印され、限られた上位神しか足を踏み入れることを許されない神ウラノスの地下神殿奥深くへと幽閉されるに至る。
緊急招集された神会の議題は、ヘスティアへの尋問から即座に「三大国への安全保障対応」へと変更された。この場に集う神々は嫌でも理解させられる——これこそが
「黒竜問題が残っとるっちューのに、オラリオへの大侵攻とか冗談やろ。今すぐあのドちびを送還して、
「よい勘しているわね、ロキ。”幸運”が消えれば可能性はあるわ。だけど、黒竜問題があるからできないのよ。ヘスティアが死ぬと狐人のレベル・ブーストも封印される。あの魔法は、恐らく黒竜討伐において必須級の魔法よ。
この生存における”幸運”の恐ろしさを、この場にいる神々は実感した。この場にいる神たちは誰も知らないが、これでも
オラリオが現在の勢力から解放されれば、【ヘスティア・ファミリア】は生き残り、ひいては
策謀に長けた神ロキでさえ、あきれ果てた失笑を漏らすほかない。
「その上、ゼウスとヘラが残党集めてくるんやろう。黒竜問題が残っとるのに下界の最大戦力同士が殺し合いしてどないすんねん……ほんまに、腹立つわ。フレイヤ、ヘイズの蘇生魔法でどのくらい生き返ったんや」
「まだ、相当頑張ってもらっているけど120人位よ。Lvの高い者から順次対応させているけど、あと300人位残っているかしらね」
完璧な回答だ。予想以上に蘇生されており、第一級冒険者は全員生き返った。第二級冒険者も順番に蘇生されている。
これ以上の議論の引き延ばしは不調を招く。ロキは神会の全会一致を諮るべく、都市の基本方針に関する採決を切り出した。——『降伏』か、『講和』か、あるいは『徹底抗戦』か。
【降伏】 — 犠牲なき解体と支配の受容
【状況と結末】
メリット: 戦闘が回避されるため、冒険者や市民に一人の犠牲者も出ない。
ファミリアの解体と吸収: オラリオの既存ファミリアは全て解体される。ベル・クラネルやアイズ・ヴァレンシュタインをはじめとする第一級冒険者やトップ戦力は、その特性に応じて3つの国家系ファミリアへ強制的に分割・吸収(改宗)される。
神々の矮小化: ロキ、フレヤ、ヘスティアといったオラリオの神々は、侵略主神(カーリー、オーディン、アマテラス)の絶対的な管理下におかれる。ダンジョンの利権を完全に剥奪され、下界での大規模な活動を禁じられた「小規模なファミリア運営」のみが許される屈辱的な余生を送ることになる。
【講和】 — 主権維持の代償と牙を抜かれた奴隷都市
【状況と結末】
レアスキル・最高戦力の強奪: オラリオの権利を維持する代償として、戦術・戦略級のレアスキル保持者(サンジョウノ・春姫など)や、第一級冒険者の一部が「人質」あるいは「外交の割譲条件」として間違いなく大国側に奪われる。
表面的な平和と共同防衛: 表向きは「4大勢力で仲良く手を取り合い、共同でオラリオとダンジョン(世界の脅威)を守ろう」という対等な同盟条約が結ばれる。
実態(搾取): オラリオの自治権やプライドは維持されるものの、実質的にはダンジョンから得られる莫大な富や魔石資源の大半を3大国に上納させられる、牙を抜かれた奴隷都市(傀儡化)としての状況が続く。
【徹底抗戦】 — 覇権の奪還か、神話の終焉かの二者択一
【状況と結末】
全てを失う(敗北の場合): 前衛(カーリー)、後衛(オーディン)、暗殺・呪術(アマテラス)が完璧に揃った世界最強の連合軍を前に敗北した場合、オラリオの神々は全員天界へ送還され、眷族たちは皆殺しにされるか奴隷となり、都市は跡形もなく焦土と化す。
全てを得る(勝利の場合): 絶望的な戦力差を覆して3大国連合を返り討ちにした場合、かつてのゼウス・ヘラファミリアすら成し遂げられなかった偉業となる。オラリオは名実ともに「下界最強の絶対防衛都市」として君臨し、世界の絶対的な覇権を握る。
本質: 中間地点の存在しない、「完全なる破滅」か「完全なる勝利」かの極限の二者択一である。
『降伏』を選択すれば、全ファミリアは解体され、主戦力は三大国の国家系ファミリアへと再編・吸収される。現オラリオの神々は彼らの支配下で小規模な勢力維持のみを許される身となるが、最大の利点は冒険者や都市住民の流血を完全に回避できる点にある。
『講和』を選択すれば、希少スキルの保持者や第一級冒険者たちの身柄要求は避けられない。しかし都市の自治権とダンジョン管理の根幹は一応保たれ、表面上は共同防衛という名目の平穏が約束される。
そして『徹底抗戦』を選択した場合、待っているのは完全なる主権の奪還か、都市の徹底的な破滅かの二者択一であった。
いかなる選択を辿ろうとも、黒竜の脅威と
都市からの全面撤退という選択肢も理論上は存在するが、ダンジョンがもたらす莫大な資源と育成環境はあまりに圧倒的だ。国家規模の基盤を持たぬ神々にとって、オラリオ以上に効率的なファミリア運営を可能とする拠点は下界のどこにも存在しえない。
集客力、成長効率、資金循環のどれをとっても、迷宮都市の地理的・経済的優位性は圧倒的であった。
ただし、三大国が統合された遠征軍を編成し侵攻を完了させるには、兵站や移動距離の観点から最低でも1ヶ月の準備期間を要する。オラリオに残された猶予はこの1ヶ月。その間に外交交渉と防衛体制の構築を同時に進めなければならなかった。
………
……
…
三大国侵攻の報は各神々から眷属へと速やかに伝達され、冒険者たちは自らの進退に関する重大な決断を迫られた。さらに並行して、【ゼウス・ファミリア】および【ヘラ・ファミリア】の残党『闇派閥』の残存勢力に対する大規模な掃討作戦の実施が決定される。
眷属たちはこの状況でどうして、そうなるんだと頭を抱えるが……神たちが懇切丁寧に、ベル・クラネルの”幸運”について説明され、納得していった。ただし、理解を超えた事でもあり、神たちでもその全容は把握できていないと正直に告げた。
蘇生魔法によって戦線復帰を果たした【ガネーシャ・ファミリア】をはじめとする主力派閥の面々は、ステイタス更新を経て新たなスキルや魔法を発現させており、純粋な戦力値としては大幅な強化を遂げていた。敵側の主神狙いの特殊戦術さえ警戒すれば、十二分に対抗可能な陣容である。
この情報は、神会に出席していた神アスクレピオスを通じて速やかに【アスクレピオス・ファミリア】の幹部および団員たちへ共有された。バベルの会議室に集結したファミリアの面々は、事態の重さに重苦しい吐息を漏らす。
「最後にロキとフレイヤからの全ファミリアに向けての最後の言葉だ。『離脱を望む者は速やかに都市を去れ。戦意なき者は戦場で足手まといになるだけだ』とのことだ」
「存外、慈悲深い配慮ですね。ですが蘇生の恩義を負うファミリアも多く、都市の既得権益を放棄できる者も限られましょう。ならば、我々が選ぶべき道は最初から決まっています」
ボンドルドの静かな言葉に全員が深く頷く。そして、決戦の日に向けた静かな準備が開始された。
ボンドルドはプルシュカを肩に乗せ、バベルの上層階へと足を進める。そこには神たちの居住区が配されており、厳重な警備が敷かれた通路は精鋭冒険者たちによって密室化され、まさに蟻一匹の侵入すら許さぬ鉄壁の警戒体制が敷かれていた。
超高層からの眺望は息をのむほどであった。焦土と化したオラリオの街並みの先には港が広がり、沈没した学区の無残な影が浮かんでいる。本来であれば活気ある灯りが広がるはずの『
だが、人々が戻れば街は再び息を吹き返す。規模の差こそあれ、オラリオは歴史上幾度も戦火に包まれ、その都度再建を果たしてきたのだから。
【フレイヤ・ファミリア】が管轄する最上層エリアへと到達する。真っ白なの隊服に身を包んだ『
「今、フレイヤ様ってお部屋にいる?」
「ええ、プルシュカちゃん。お部屋にいらっしゃいますよ。後ほどお茶とお菓子をお持ちしますね」
不審極まりない容姿のボンドルドに対し、ファミリアの幹部陣すら咎める素振りを見せない。執務室のドアをノックし、室内からの入室許可を得て足を踏み入れる。
部屋の中には、そんな服を何処で買ったのか聞きたくなるような恰好のフレイヤが椅子に座りワインを飲んでいた。ちなみに、この衣装を参考にして、ボンドルド達はウィーネやアステリメスに夜の戦闘服を作った。
「フレイヤ様。また寝る前にお酒を飲んで、身体に悪いから量を減らさないとダメなんだからね。プルシュカが居ないからって、身体を壊さないようにね」
「……そう、あなたたちはオラリオを離れるのね」
少し悲しそうな顔をする神フレイヤ。その可能性は十分あると分かっていた。今まで色々と付き合ってくれた方が異常だった。これから、オラリオは戦場になる。だったら、未来ある子供がオラリオに居るべきではない。
彼らが都市にもたらした貢献はすでに十分すぎるほどであり、救われた命の数は計り知れない。引き止めたい感情は山々だが、それは彼らの意志を歪めることに他ならなかった。最後にあいさつへ訪れてくれたことだけで、満足すべきであった。
プルシュカがトコトコと歩み寄り、フレイヤの膝元へ抱きつく。
「ごめんなさい、フレイヤ様。私、フレイヤ様のことが本当に大好きなの。でも、ここにとどまることはできないの」
「ええ、分かっているわ。これから山積みの課題と凄惨な争いが続くでしょう。あなたのような子供が見るべき光景ではないわ……ボンドルド、子供たちを頼んだわよ。そして都市に平穏が戻ったら、必ず顔を見せなさい」
「ええ、次に伺う際は5人目の院長を伴って参りましょう。それと……ギルドの所有物の中で、いくつか譲り受けたい物がありご相談したいのですが」
ボンドルドは院長代表として交渉に臨んでいた。現在の【フレイヤ・ファミリア】の実質的な権力はギルドのそれを遥かに凌駕している。彼女の一言さえあれば、あらゆる手続きは形骸化する。かつてのギルド長ロイマンの権威など、すでに水泡に帰していた。
「望むものをすべて持っていきなさい。どうせ今のギルドの権勢も長くは持たないわ。この動乱が収束したところで、旧来のギルドがそのまま再建されるはずもないもの。その時になれば、所有権の所在など誰にも分からなくなるわ」
「そうですか、一応大人として許可を得てから頂こうと思っただけです。対価として、【アスクレピオス・ファミリア】の地下に入る鍵を渡しします。オッタルさんからも報告はなかったでしょう。いざという時に、備えて託しておきます」
手渡されたのは外壁と同じオリハルコン製の鍵であった。極めて高い物理耐性を誇り、これなしでの外部侵入はほぼ不可能と言ってよい。鍵を受け取ったフレイヤの唇に、微かな笑みが浮かぶ。忠真なるオッタルが、主神である自分に隠し事をするまでに成長したことに対する感慨であった。
「有難く使わせてもらうわ。それで、あなたたちの次の目的地は?」
「5人目の院長候補が『極東』に居住しておりますので、世界各地を巡りつつそちらを目指す予定です。新たな院長は……当組織初となる女性医師の予定です。これにより医療機関としての対応力は一段と向上するでしょう。従来、男性医師による診察や外科手術に強い抵抗を示される患者…特にエルフの女性層へのアプローチが長年の課題でしたから」
医療現場における根深い問題であった。過酷な負傷を負いながらも「異性に触れられるくらいなら死を選ぶ」と拒絶する患者は後を絶たず、その度にプルシュカやニーナを臨時の処置担当として駆り出さざるを得なかったのだ。
「エルフは倫理観が少し古い子が多いから、当然ね。真面目な話だけど、ボンドルド……貴方なら、この状況どう対応する?」
「即刻、神ヘスティアを天界へ送還すべきです。私から見れば、『神威』の封印程度で妥協している現状は合理性を欠いています。根幹たる
誰もがその合理的解法を理解していた。しかし、それを実行に移せない決定的な安全保障上の制約が存在する。
「黒竜の件。アスクレピオスから聞いているでしょう? 『竜の谷』から風印が消失したという報を。黒竜は解放され、どこかでその牙を研いでいる……それがヘディンとフィンの見解よ」
「だとしても、です。【ゼウス・ファミリア】および【ヘラ・ファミリア】の残存問題、国家系ファミリアによる軍事脅威、黒龍問題と山積みです。少なくとも神ヘスティアを送還すれば、黒竜問題以外の軍事・政治的課題は一挙に整理される。遠い未来の不確定要素を優先するあまり足元の現実を見失うのは本末転倒でしょう。それこそが、彼の”幸運”によって思考を誘導されている証左ではないでしょうか」
ボンドルドは最後のアドバイスをしてから、神フレイヤにまたお会いしましょうと別れを告げた。
その日、夜な夜な抜け出したファミリアは少なからずおり、その中に【アスクレピオス・ファミリア】が混ざっていた。彼等が旅だった後……『
気前の良い神フレイヤに院長達は感謝していた。
オラリオとボンドルド達に温度差のある旅路をお伝えする形がいいかなと思っています。
世界の外を少しご紹介!
作者が結構好きなアリーゼさんの状況を少しやりたいと思います。
つまり、アストレア・ファミリア……彼女たちも逃げるか残るかなど。