ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
迷宮都市オラリオに滞在している【アストレア・ファミリア】も、今後の進退を決めなければならなかった。現在の彼女たちの立場は、正直に言えば苦しいの一言に尽きる。その最大の要因は、【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)に間借りしている支部の存在であった。
そして、ヘイズの蘇生魔法により1度の蘇生をしてもらい。先日、神フレイヤから何かしらの手段で再度蘇生魔法を行使して貰った立場。そして、シルは親友である事から、彼女を見捨てて、元の剣製都市ゾーリンゲンにサクッと帰れるかが問題だ。
支援物資を携えて駆けつけたものの、すでにそれに見合うだけの役割は十分に果たしている。
問題は、どこまでのリスクを覚悟してこの地に残るかだ。本格的な闘争が始まる前に脱出しなければ、最悪の場合、裏切り者として背後から討たれる危険性すら孕んでいた。
【アストレア・ファミリア】が保有する戦力自体は、都市内でもトップクラスを誇る。【ガネーシャ・ファミリア】が戦力を完全回復したことで順位こそ譲ったものの、依然として多数の第一級冒険者を擁していた。
そんな緊迫した状況の中、元・団長のアリーゼ・ローヴェルは密かに一つの悩みを抱えていた。
「そういえば、アリーゼ。【アスクレピオス・ファミリア】の……ええと、ボンボンさんには謝罪してきたのですか? 深層での救援には心から感謝していますが、思い返せば、かなり失礼な対応をしてしまっていませんでしたか?」
不意に話を振ったのは、リュー・リオンだった。
「ボンドルドね。リオンの言う通りなんだけど……何というか、取り付く島もない状態でね。眼中にないと言えばいいのかな。私を見る目が、まるで路傍の石コロを見るかのような感じなのよ」
だが、それも当然の反応と言えた。ダンジョン深層52階層という極限状態において、仲間を見捨てるような行動をとったのだから、見限られても言い逃れはできない。
「アリーゼ、あの紫のスリットは目やあらへんで。素顔どころか目元すら見たことがないのに、見る目もクソもあらへんわ」
軽快な口調で割り込んだのは、輝夜だった。
「言われてみればそうだな。あの院長、いつも仮面で顔を隠しているし。プルシュカの年齢からして、三十代前半くらいのオッサンである可能性が高いぞ。昔、モンスターとの戦闘で顔に大怪我を負って見せられないパターンじゃないか?」
ライラも話に乗り、本人がいないのをいいことに好き勝手な推測を繰り広げる。しかし、仮面の下の素顔が気になるというのは、全員に共通する本音でもあった。
「はぁ……やはりそういうことでしたか。では、私も一緒に謝罪に行きましょう。私を救出に来てくれたことが事の端緒であったなら、私にも責任があります。それに、謝れる時に謝っておかなければ、後で必ず後悔することになりますよ、アリーゼ」
「うっ……成長したわね、リオン。まさか、あなたから対人関係の諭しを受ける日が来るなんて思わなかったわ。よし! 今からしっかりお詫びをしてくるわ。待っていなさい、ボンドルド!」
意を決したアリーゼは、すぐさま身体を洗い、身だしなみを念入りに整えた。さらに、子供が好みそうなお菓子を用意して、彼らの滞在先へと向かう。物資が乏しい現在のオラリオにおいて、菓子などの嗜好品はきわめて貴重な品であった。
お菓子を食べる時なら、あの仮面を外すかもしれない……と、彼女は淡い期待を抱いていたのだった。
しかし、バベル前に設置されていた野戦病院は、跡形もなく撤去されていた。彼らが自ら建設した霊安室にも人の気配はなく、残っていたのは元・学区の生徒たちだけだった。普段であれば、底抜けに明るい子供たちが元気よく指示を出し、復興作業に奔走しているはずなのだが、その姿も見当たらない。
また何処かへ都合のいい労働力として借り出されたのだろうか――周囲の冒険者たちもそう考えていた。先日の【ヘスティア・ファミリア】追撃部隊の時も連行されていったのは記憶に新しい。
「おかしいですね。いつもならすぐに所在が掴めるはずなのですが。周囲に尋ねても『今日は見かけていない』と……彼らに割り当てられていた居住区は低層階でしたね。直接行ってみましょう。アリーゼ、行きましょう」
「街の人口も随分減ったわね。ここ最近、色々と騒動が続きすぎたもの。ボンドルドのことだから、きっとこれから生じるであろう負傷者に備えて、医療器具や薬品の準備でもしているのよ。手伝いを申し出てもいいわね。人手はいくらあっても足りないでしょうし」
アリーゼの思考内では、すでに和解までのプロセスがすっかり出来上がっていた。
そのプランとは、『誠心誠意謝罪する』→『お詫びにお菓子を渡す』→『仮面を取った素顔を褒める』→『作業を手伝って距離を縮める』という、あまりにも単純すぎるものだった。恋愛に関して初心な彼女に、基礎から教え込める者はこの派閥には存在しない。女性だけで構成された【アストレア・ファミリア】の数少ない弊害と言えた。
「……アリーゼ。もしかして、あの顔すら分からない院長に好意を抱いているのですか? さっきからの一連の言動を見ていると、どうにもそんな気がしてならないのですが」
「そうね〜、好きか嫌いかで言えば間違いなく好きな方だと思うわよ。命の恩人であることは確かだし、色々とお世話になった事実もあるからね。だからこそ関係を修復したいのは本当よ。ただ、これが異性としての好意かと問われると……敬愛? いや、父性? それも少し違うかしら。何より、あの声が良いのよ。頭蓋に心地よく響くような、あの独特な声がね」
『おや、皆さん。本日はどのようなご用件でしょうか?』――ボンドルドの落ち着いた声が、二人の脳裏で同時に再生された。確かに、聴く者を惹きつける声であることには違いなかった。
「その気持ちは理解できなくもありません。他に彼の魅力と感じる部分はどこなのですか? 私はあまり接点がなかったので、この機会にアリーゼの口から教えてください」
「いいわよ! そうね〜、あとは彼が『遺物武装』と呼んでいる独自の装備群が、とにかく格好いいのよ! 男のロマンの結晶とでも言うべきかしら。以前、彼らの本拠地でお世話になっていた時に、腕慣らしとして模擬戦をさせてもらったんだけど、見事に叩きのめされてね。なんと、あの紫のスリットから
アリーゼは日頃から正義を熱く語る一方で、少年のようなロマンにも理解を示すタイプだった。仮面からの照射技、腕部から繰り出される特殊な糸、呪いを乗せた遠距離射撃など、オラリオの主流である剣槍による近接戦闘とは一線を画す異能の数々に、目を輝かせながら熱弁を振るう。
リュー・リオンは、主神や仲間には見せないアリーゼの意外な一面を知ると同時に、彼女が熱中すると話が長くなる癖を改めて思い出していた。
そんな会話を交わしているうちに、低層階に位置する【アスクレピオス・ファミリア】の仮拠点に到着した。しかし、その扉には『空室』を示すプレートが掲げられていた。念のため室内に立ち入って確認してみたが、生活感は完全に失われており、荷物一つ残されていなかった。
「アリーゼ……恐らく、彼らはすでにオラリオを退去したのだと思います。他のいくつかのファミリアも同様の措置をとったと、シルから聞いています。落ち着いてください。彼らは
「ダンジョン深層62階層まで到達したり、私たち第一級冒険者を圧倒できる戦闘力を持った
リオンは無言で頷いた。
「ええ、アリーゼは美しく……リンゴジュースを素手で搾り出せますし、曲がった鉄骨も腕力で補正できますし、オラリオにはびこる悪党を一網打尽にできます。家事や力仕事、治安維持の面では完璧だと思います」
と、頑張って褒めた。思いつく限る頑張って。
「そうでしょう? 居候させてもらっていた時も、そういう長所をアピールして距離を縮めようと努力していたのよ。ダンジョンでは指揮権も任されていたし、信頼されていたはずだわ。プルシュカの面倒も率先して見ていたし……『部屋の掃除はいいから、外の雑草抜きでもぬいてて』って言われたけれど……一体私の何がいけなかったというの?」
もしアリーゼがエルフであったなら、間違いなく「ポンコツエルフ」の烙印を押されていたことだろう。
『豊穣の女主人』のミア母さんのもとで給仕として働いていなければ、自分も似たような状態だったかもしれない――リオンはミアの厳しくも温かい指導に、心から感謝の意を抱いた。近いうちに何かお礼の品を贈ろうと密かに決意するのだった。
「これ以上頼るのも気が引けますが……最も情勢に詳しいシルに動向を確認してみます。もし完全に都市外へ離脱していた場合は、潔く諦めてくださいね」
「諦める? 一体何を?」
リオンはそれ以上、言葉を重ねるのをやめた。
異性として全く意識されておらず、手のかかる近所の悪ガキ程度の認識しか持たれていないのは明白だった。主神アストレア様に団員たちの礼儀作法や異性観の教育について相談すべきではないか――リオンもまた、ヒトとして大きな成長を遂げていた。
数十分後、ボンドルド達が昨夜のうちにオラリオを去っていた事実が確認された。これから大規模な抗争が勃発する危険地帯に幼い団員を留めておけるかという、きわめて人道的な判断に基づいた行動であった。個人の戦闘力云々以前に、ファミリアとしての倫理観の問題である。
………
……
…
その夜、【アストレア・ファミリア】の緊急幹部会議が開かれ、今後の方針が決定された。集まった場には、新旧の構成員が一堂に会していた。
「【アストレア・ファミリア】は、このままオラリオにとどまります。ただし、残ることを皆に強制するつもりはありません。都市を離れる派閥に同行し、
「承知いたしました、アストレア様」
「はい、アストレア様」
全員が第一級冒険者で構成された旧【アストレア・ファミリア】の面々による、熾烈を極める鍛錬が始まった。実戦訓練が終われば、次は徹底的な座学である。ダンジョンの構造や魔物の習性、戦闘理論にとどまらず、テーブルマナーや調理技術に至るまで、生活全般に必要な知識と技術が叩き込まれていった。
◇◆◇◆
一方、ボンドルド率いる一派は、世界の広がりを体感する旅路に就いていた。オラリオを覆っていた死と硝煙の饐えた空気とは切り離された、澄み渡る青空と果てしない大海原。彼らが目指したのは、オラリオの北方に位置する辺境の村落であった。
その地には、重要な依頼人からの要請品が存在し、同時にボンドルドたち自身にとっても喉から手が出るほど欲しい『資材』が存在していた。目的地は、エダスの村。
ベオル山地の険しい谷間にひっそりと佇む、極めて小規模な集落――しかし、現在のそこは完全な無人地帯と化していた。つい最近まで生存者が居住していた痕跡はあったものの、オラリオからこの地へ持ち込まれた“ゾナハ病”によって、全住民が激しい苦痛に顔を歪ませた状態で絶命していたのである。
「オラリオから脱した感染患者に取りこぼしがあったのですね。実に悔やまれます……二次感染を防止するため、この集落は念のため焼き払っておくとしましょう。それから、目的である『黒竜の鱗』をすべて回収した後に帰還します。この村に遺された資源は、我々が責任を持って有効に活用させていただきます。どうか安らかにお眠りください」
「ごめんね。助けに来るのが遅くなってしまって。お墓はちゃんと作るからね」
病原体の更なる拡散を防ぐため、遺体を丁寧に火葬して埋葬し、集落全体を燃やし尽くすことで防疫措置を徹底する。立ち去るボンドルドたちの背には漆黒の鱗が担がれ、村を守護していた遺産は一つ残らず姿を消したのだった。
その一つは、ウィーネ達の”愛の巣”に設置されるモンスター避けとなる。
ヘスティア様達の状況もやろうと思います。
戦争を許容するか、ヘスティアの送還するか、黒竜問題をどうするか・・・オラリオで偉くなると大変だな。