ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
神ヘスティアは、あまりに強大すぎる『神威』と不変の肉体を持つため、特殊な黒い拘束具で全身の自由と五感を奪われ、強固な椅子に固定されていた。そのままバベルの地下深くにある音も光も届かない闇の中で囚われていた。
人間では到達できない神が『神威』を使った特別な領域でもある。
神ロキ、神フレイヤ、神ヘファイストス――。
完全拘束されたヘスティアの前に訪れたのは、彼女に伝えるべき重要な決定事項があるからだ。
「ドちび。気分はどうや? ちなみにウチらは最悪も最悪。問題が起きすぎて、寝て起きても現実が辛すぎて涙が出てきそうや」
「なんだい、ロキか。僕も気分は最悪だよ。どうしてこんな酷い事をするんだ。僕が何をやったんだよ」
「えっ!? 今さらそれを貴方が言うの? 罪状を並べたら半日はかかるわ。ヘスティア……黒竜はどこにいるの? 素直に答えるなら、こちらも一考の余地があるわ」
当然、そんな余地はない。嘘だ。彼女を救う選択肢など最初から存在していない。それこそ、救ったりすればオラリオが崩壊する。
「フレイヤは嘘が下手だね。声を聴いただけでもわかるさ。僕は何も知らない。知っていても答える気はないさ。サポーター君とヴェルフ君、命君……殺されたんだ。ベル君が生きてるって事は、君達も見つけられてないんだね」
疲れ切った声でヘスティアが受け答えする。彼女が動かせるのは耳と口だけ。それ以外は何一つできないのだ。
「ヘスティア。
「ないよ、ヘファイストス。どんなに言われてもベル君との繋がりは解除しない。聞かなくても分かっている事じゃないか。こんな状況になったから分かるけど、闇派閥に嵌められた神々ってこんな気持ちだったんだろうね。無実の罪でここまでされるんだから」
「何ねぼけた事をいうてんねん。そもそもベル・クラネルはゼウスとヘラのところの孫やろ。しかもオラリオを襲ったアルフィアの甥っ子や。完全に闇派閥側や。それと、無実やないで……ヘルメスも色々やらかしていたからお隣の部屋におるんや。そりゃお前さんたちのしでかした事は闇派閥なんて可愛く見えるレベルやさかい、同じに扱うなちゅーならわかるで。リリルカ・アーデは生きとったし、蘇生魔法の順番で悪さはするし、ロイマンと共謀してアスクレピオスのホームを焼き払い……よくそこまでやれたもんや」
「ちょっとロキ、最後の件は私知らないんだけど……あの火災って事故じゃなく人為的だったの? ……まぁ、それはもういいわ。それでね、ヘスティア。黒竜問題、ゼウス・ヘラ残党問題、三大国問題など色々あり過ぎて手が回らなくなってきたのよ。多分これも誰かの”幸運”のせいね。だから【神会】で決めたオラリオの総意を伝えるわ」
神フレイヤが伝えようとしたが、神ヘファイストスが止める。彼女の元神友にして、死刑執行の刃を用意した彼女が責任を持つ。
「ヘスティア……君の死刑が確定した。送還じゃない、天界に帰さない。本当の意味で死を与えるものだ。これでベル・クラネルの『恩恵』もロックされ、少なくともオラリオに訪れる危機のいくつかは消滅するだろう。レベル・ブーストの魔法に固執するあまり本来の目的を見失っては元も子もないと、やっと結論が出たんだ」
「大罪を犯した神の処刑方法じゃないか。僕がベル君を眷属にしたことはそんな罪な事なのか。ただ、僕はファミリアのみんなと楽しくオラリオで過ごしたかっただけだったのに、どうしてだよ」
「あほか、ドちび。その楽しさの陰でどれだけの神や冒険者が泣いていたんや。その楽しさに、あの院長をプルシュカの前で切腹させた事も含まれておるんか。ええかドちび……お前らの幸せは誰かの不幸が土台になっとったんや。それも特大のな!!」
何も言い返せない。確かに【ヘスティア・ファミリア】の幸せは誰かの不幸の上に成り立っていた。多少の不幸なら仕方ないだろう。だが特級の不幸の上に成り立っている。それがいけなかった。
「あぁ、そういえばそんな事もあったね。僕も色々ありすぎて忘れかけていたよ。なんかボンドルド君も生き返っていたから、許されたと勝手に思っていた。で、僕の刑執行はいつなんだい? 辞世の句くらい詠ませてもらえるのかい」
「えぇ、勿論よ。ヘスティア……あの世で幾らでもね。オッタル!!」
100mの通路の先では、オッタルが神ヘファイストスによって神威を鍛え上げられた使い捨ての神殺しの神造兵器『ミストルティン』を構えて待機していた。
こうした場合、死刑までの猶予を与えることで脱獄や問題が発生する可能性が生じるため、言い渡した直後に処理するのが好ましい。だからこそ、その直前までヘスティアは何も知らずに居られたのだ。
オッタルの完璧な投擲により、神ヘスティアの心臓は貫かれ胴体は椅子に繋がれたまま上下に分かれた。痛みすら感じずに死ねたのだから、不幸中の幸いだ。
死んでも送還が始まらない事から、神として本当の死を迎えた事が確認される。あとは捕らえていた彼女の眷属の『恩恵』の状態から最終確認を行うだけだ。その場に残った神ヘスティアの遺体は、複数人が見守る中で入念に火葬された。第三者に盗まれたり悪用されたりしないよう、細心の注意を払って処置されたのだ。
………
……
…
ニイナ・チュールは、【フレイヤ・ファミリア】の医務室で『恩恵』の状態を監視されていた。神フレイヤより、『恩恵』がロックされる瞬間をその目で確実に確認するよう命じられていたのは、ヘイズを含む
「あの~、流石にうつ伏せで半裸にされたまま注目されるのは恥ずかしいんですけど……」
「フレイヤ様の命令です。諦めなさい。……それにしても、綺麗な肌をしているわね。エルフ血って本当にずるいわ。触り心地も癖になりそう」
すーっと人差し指で『恩恵』をなぞるヘイズ。明らかにそっちの趣味の人に見えてしまう。一体何が起こっているのだろうと、ニイナは顔を真っ赤にして涙目になっていた。「こっちの人達は別の意味で怖いよ」と。
「あの!! ヘイズ氏。妹に変な事しないでください。ここで、私が見張っている事を忘れないでくださいね。全く、これだからフレイヤ様の眷属の人たちは油断できないんだから」
「お姉ちゃん。ありがとう…っ」
エイナ・チュールが同伴しているのには意味がある。彼女は、学区で神字文字を学んでおり、背中にある恩恵がどういう状態になったのか正確に見極められる。
可愛い物を愛でるのは女性としての本能だ。
「あら、可愛いからつい。しかしニイナさん、不幸中の幸いでしたね。貴方はベル・クラネルに脳を焼き尽くされましたが、傷が浅いうちに救われました。間もなく神ヘスティアの死刑執行が執り行われます……神々への証明も兼ねて、あの極東の狐人は【神会】の会場で晒し者ですよ。ハーフエルフの貴方は、フレイヤ様のご意向もあってこの場で許されたんです」
「ありがとうございます。…でも、それなら私の肌に触る必要はあまりないのでは」
可愛い者を愛でて何が悪い。男性より女性の方が柔らかくていい匂いがして暖かいのだ。神フレイヤの寵愛を受けた事があるヘイズは、そっち側の人間であった。
「趣味です。それに、ニイナさんくらいが丁度手を出してもセーフな年頃じゃないですか。プルシュカちゃんやニーナちゃんは、ちょっと犯罪臭がするから、抱いて寝るだけにしてますよ」
「どちらにせよ犯罪ですから!! あ……ニイナの『恩恵』が封印されました。じゃあ、これで」
【ヘスティア・ファミリア】の眷属全員の『恩恵』が封じられ、魔法、スキル、ステイタスがすべてロックされた。もはや一般人と変わりない。
【神会】の会場からも歓喜の叫びがバベルに響き渡る。その大歓声が伝わり、冒険者達も遂に成し遂げたと歓喜した。世界悪を撃ち滅ぼしたのだと。この半年間でどれだけの犠牲が出たか。それがようやく報われたのだ。
今日は、オラリオの記念日となる。
これで概ね全ての問題が解決する。黒竜問題……非常に重大な課題だが、残された時間がどの程度あるかもわからない。それに向けてオラリオは備えるだけだ。
ひと段落したところで、ヘイズはニイナに問いかける。
「ニイナ・チュールさん。オラリオでもトップの派閥……【フレイヤ・ファミリア】に入りませんか? 貴方の才能なら、近い将来幹部にもなれます。昔と違って労働環境も改善されて、ホワイトなファミリアですよ」
だが、そうは問屋が卸さない。
ニイナ・チュールの素晴らしい才能に目を付けているファミリアは他にも存在する。どうせこんなことだろうと乗り込んできたのは【ロキ・ファミリア】の精鋭たちだ。
【ロキ・ファミリア】に不足しているヒーラーを補って余りあるニイナ。フィンを含めた幹部たちが「絶対に欲しい」と強く要望したことで、リヴェリアも折れたのだ。
ヘイズがいる【フレイヤ・ファミリア】にこれ以上のヒーラーは過剰すぎる。だからこそ、強引にでもこの手を使うしかなかった。
リヴェリアが王族としての威厳を発揮する。医務室で『恩恵』を見せるために半裸状態だった彼女をリヴェリアが優しく抱きかかえ、耳元で語りかける。
「私はリヴェリア・リヨス・アールヴ。君のお母さんの親友だ。君の力を貸してくれないか、ニイナ・チュール。私は君が欲しい」
「り、リヴェリア様!! わかりました」
他の神々も狙っていただろうに、ニイナ・チュールは連れ去られていった。神ロキが地下から戻ってきたタイミングで、すぐに『恩恵』が刻まれるだろう。
この失態に対し、後で神フレイヤから何と言われることか――
安らかに眠ってくれヘスティア様。
本作もそろそろ終わりが見えてきた。
流石に、原作主人公のファミリアがこの状況になったので、平和的な終わりが見えてきた。
"幸運"が封じられた今、色々な問題が自動消滅していくはず。
もう、誰も彼を救わないから。