ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか 作:新グロモント
眷属の子供達を守るためなら、全ての行動が許される――子供に手を出す事が【アスクレピオス・ファミリア】に対して絶対にやってはいけないことだった。神アスクレピオスも、ニーナまで罪人に落とそうとする相手の一言で腹を括る。
大人の都合、神の都合。そんなものは院長達には関係がない。その決断の結果として無数の人間が死ぬことになろうと、『大事な眷属』と『見知らぬ大勢の他人』のどちらかしか選べないトロッコ問題の答えなど、最初から決まっていた。
裁判所の待合室。
大国である
彼を崇拝する者が多く存在するのも納得はできた。
だが、どれほど偉大な神であっても死ぬときは死ぬ。仮に相手が【ヘスティア・ファミリア】であったなら、神オーディンも軽々しく手を出さなかっただろう。あのファミリアに手を伸ばした者たちは、この半年間でことごとく命を落としていた。関わった冒険者たちも、ほぼ全員が抹殺されている。
それに引き換え、表向きは医療系ファミリアで
「罪のない者まで余計に殺すな。だが、直接関わった人間と神……そいつらはお前たちの好きにして構わない。幸い、ここには色々と事情を知っていそうな宰相が自ら転がり込んできてくれたからな。フェイスレス、宰相を自動人形に改造して全てを吐かせろ」
「へ? あ? 本気ですか!? ここはオラリオではなく
帰れるに決まっている。
ボンドルドは
「では、ここはお任せして、我々はタッカーさんを迎えに行きましょうか。このような選民思想に凝り固まった国家など、早々にお別れです。プルシュカ、友達が困っています。助けを求めています。そんな時、あなたならどうしますか?」
「助けるわ! ニーナちゃんはプルシュカの一番の友達なんだから!! オラリオの外って本当に嫌な場所ね。国家系ファミリアがなんだっていうのよ! ニーナちゃんのためなら、全部ぶち壊してあげるわ!」
国家系ファミリアにおいて、神こそ法である。
神の言葉一つでどんな悪事も合法に仕立て上げられる。だが、そんな不条理な枠組みに縛られるようでは【アスクレピオス・ファミリア】の一員など務まらない。
消し飛ぶ裁判所。業火に包まれ、幾度となく爆音が鳴り響く。
爆破された裁判所の瓦礫の中から現れたのは、わずか数名の冒険者。眼鏡をかけた冴えない中年男と、小さな子供だ。およそ強者には見えない佇まいだった。
だが、その二人が指をパチンと鳴らす。
詠唱も、魔法陣の展開すら存在しない。長文詠唱にも匹敵する絶大な威力の術式を、ただ指を弾くだけで行使する規格外の化け物たち。彼らの前では、
「私達を捕まえるために法律まで捻じ曲げるなんて、やってくれるね。普段は温厚な私でも、ニーナにまで濡れ衣を着せられたら黙っていられないよ……覚悟はできているんだろう? 目撃者は全員殺していいと許可をもらっている。逃げても構わないよ。まあ、逃げられるならの話だがね」
「そういうひどいことをする人たち、だいっきらい。お父さんはわるくないのに!」
魔法絶対主義――大いに結構。その哀れな全能感に溺れたまま死ねる幸運を神に感謝するといい、とショウ・タッカーは冷たく思った。錬金術の足元にすら、彼らの魔法は及ばない。
パチン、とタッカー親子が同時に指を鳴らす。周囲一帯の物質が瞬時に金属酸化物とアルミニウムの粉末へと錬成され、激烈な加熱反応を起こす。超高熱のテルミット反応により、地表から一瞬で巨大な火柱が立ち上った。水魔法をかけても鎮火できず、触れるもの全てを焼き尽くしていく。大挙していた魔導士たちは、逃げ場のない灼熱の炎に巻かれ、凄惨な悲鳴を上げながらもがき死んでいった。
オラリオ遠征軍に徴兵されず運が良かった――そう胸を撫で下ろしていた魔導士も多かったはずだ。しかし彼らは、オラリオへ向かった者たち以上に惨絶な最期を迎えることとなった。
………
……
…
神オーディンの居城の防衛網は極めて堅固だった。国家系ファミリアの本拠地ということもあり、純粋な防衛性能においてはオラリオの神々の拠点を遥かに上回る。暗殺に対する厳重な警戒はもちろんのこと、『ロキ・ファミリア』に所属するリヴェリアのような大魔導士による超長文詠唱魔法にすら耐えうる特殊素材で神殿全体が構築されていた。
そして、『神威』を使ったトラップまで存在している。
生身の人間が立ち入れば精神が崩壊して即死するような禁域であり、最小限の『神威』で第一級冒険者をいかに効率よく殺傷するかを追求した、恐るべき殺戮の設計図そのものであった。
しかし――侵入者が『人間』でないならば、話は別である。
神オーディン。神ゼウスにも引けを取らない天界屈指の大神。魔法絶対主義を掲げる選民国家を樹立し、オラリオにも度々迷惑をかけてくる厄介な存在だ。非常に警戒心が強く、常に安全な奥の院から指示を出しているため、表舞台に姿を現すことは滅多になかった。
「アルテミスか。まさかお前自らがここへ赴くとはな。随分と風変わりな身なりをしているではないか。下界の民に紛れて冒険者まがいの真似事を……風の噂では戦死したと聞いていたがな。アスクレピオスとアルテミスが裏で手を組んでいたとは、予想外であったぞ」
「おやおやおや……大神と呼ばれるわりには、随分と目が曇っています。うわべの外見しか見抜けぬとは、神としての器が知れるというもの。ですが、天界最高峰の神格を持つ神オーディン……その神体、ぜひともコレクションに欲しいところです」
神オーディンは、権謀術数だけの神ではない。卓越した統率力に加え、深遠な魔法の知識と、前線で自ら戦い抜くだけの圧巻の武力を兼ね備えている。神々の中でも稀に見る、第一級冒険者すら凌駕する格闘能力の持ち主であった。
オーディンが繰り出す神速の槍捌きに対し、ボンドルドは異形の鋭利な尻尾を振るって正面から迎え撃つ。
「随分と面妖な肉体へ変貌を遂げたものだな。不変とされる神の肉体を改造する秘術でも持ち合わせているのか? 良いだろう、貴様を捕らえて余の研究材料とさせてもらうぞ!」
「ご自身も神であられるのですから、まずはご自分の肉体で実験されるべきでしょうに――
ボンドルドの仮面のバイザーから放たれた熱線ビームを、オーディンは寸分の狂いもなく槍の穂先で受け流し、完全に裁ち切ってみせる。その槍術はまさに神技であった。天界で幾千年も積み重ねてきた実戦経験は伊達ではなく、純粋な戦闘技術においてはボンドルドの比ではない。
熾烈な攻防が続く。数々の『遺物』で武装した自分と互角以上に渡り合うオーディンに対し、ボンドルドも久々の交戦に胸を躍らせていた。神には冒険者のようなステータスやランクアップが存在しない。完全に自らの研鑽と個人の技量のみで、この神域の強さに到達しているのだ。
「重い、重すぎる……! 華奢なアルテミスの肉体からは到底考えられぬ質量と威力の打撃だ。槍を交えて確信したぞ……貴様、神の肉体を奪い取ったな!? 素晴らしい! 下界はこれだから面白い。このような規格外の異物があらわれるからこそ、退屈せずに済む!」
「なるほど……生け捕りにするのは想像以上に難しそうですね。本音を言えば、私のスペアの肉体としてお迎えしたかったのですが。今あるコレクションは、どうにも戦闘向きではありませんので……致し方ありません、ここまでのようですね。ところで、お望みだった“賢者の石”ですが――貴方はその『原材料』が何かご存知ですか?」
神オーディンの攻撃の手が止まる。
「神……そうか、スペアだのコレクションだのと騒いでいたのはそういうことか! “賢者の石”の材料とは、高位の『神』そのものだったというワケか……道理で、幾ら魔石を研究したところで成功せぬはずだ!」
「貴方を軽んじていたつもりはありませんでしたが、想定以上に深い洞察力をお持ちのようだ。その知識は……あまりにも危険すぎます」
ボンドルドは予定通り指定されたポイントに移動する。
“賢者の石”を精製する大規模な錬成陣。その内部に存在するあらゆる生命体は、分子レベルで分解され、新たなエネルギーとして再構成される。それは人間であれ、モンスターであれ、不滅の神であれ例外ではない。だが、錬成陣の中心点たる極小の領域だけは、唯一の安全地帯として護られていた。
神殿全体を包み込むように、タッカー親子がすでに巨大な錬成陣を描き終えていた。都市丸ごとではなく、ターゲットである神オーディン含む神殿にいる全生命体を確実に捉えるための錬成陣。絶大な錬成反応がボンドルドたちの足元から急速に立ち昇り、オーディンは己の詰みを悟った。
もう手遅れだと。
「初めから詰んでいたというワケか……余の肉体を奪うか、叶わねばそのまま“賢者の石”の精製材料にするつもりだったとはな。神殺しすら一切躊躇わぬか……フッ、狂気溢れる貴様らならば、人類の悲願たる『黒竜討伐』すら成し遂げてしまうのかもし……」
「辞世の句としては上出来ですね。“賢者の石”となった貴方は、我々の研究のために有効活用させていただきます。どうぞ……お静かにお眠りください。ああ、言い忘れるところでした。タッカーさんから伺った話ですが、以前ラキア王国の軍勢を神アレスごと“賢者の石”へと錬成させた際……天界への『送還』現象は起きなかったそうです」
その真実を告げられ、神オーディンの表情が氷りつく。敗北しても天界へ送還されるだけで済むという命保険は、最初から存在しなかったのだ。神殺しすら当たり前に横行する過酷な下界において、この一年でどれほどの神々が天へ還ることすら許されず消滅していったことか。
神の肉体が解体され、凝縮して組み替えられていく凄絶な光景をボンドルドは見届けた。やがて彼の手元には、赤く不気味な輝きを放つ、拳ほどもある巨大な“賢者の石”が生成されていた。これこそが、
………
……
…
激しい戦火に包まれる迷宮都市オラリオ。
オラリオの強靭な冒険者たちと正面から殴り合う気など毛頭ない三大国連合――その一角たる
しかし、ある日を境界にして、その圧巻だった魔法砲撃がピタリと止む。それどころか、本国で異変が生じたかのように
ヘディンやリヴェリアといった長距離魔法を誇る第一級冒険者たちによって、黒焦げや感電死を遂げたアルテナ兵の遺体が回収されたことで、彼らの『神聖文字《ヒエログリフ》』……すなわち『恩恵』が完全に封印されている事実が露呈してしまう。
好機とばかりに、オラリオの全軍は無力化した
反撃の術もなく総崩れとなる大軍。彼らを庇おうとした他の二大国も、巻き込まれて甚大な被害を出してしまう。やがて『恩恵』を失ったアルテナ軍の無能さが露呈すると、他の同盟国からも単なる「肉壁」程度にしか価値がないと見切られ、優秀な魔法装備や物資を全て剥ぎ取られた上で最前線へと放り出される惨状となった。
後は、極東で新メンバー確保して平和貢献するだけです。
(+++++)「獄門疆 開門」
オラリオの最後の砦の再稼働は違い。