ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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99:ラストダイブ

 迷宮都市オラリオは、広大なダンジョンを有する都市である。だが、人々は冒険のみに生きるわけではなかった。人と出会い、恋に落ち、子供を育てる。

 

 ダンジョンに愛を求めるのは間違ってはいない。

 

 その証拠に、今のオラリオの街には子連れの親が溢れていた。まさに、世は大ベビーブームだ。これを商機と理解する商人たちは、我先にと子供用商品を売り込みに来る。我が子のためならば金に糸目を付けぬ第一級冒険者が沢山いるからだ。

 

 だが不思議なことに、片親が多いという謎があった。特に第一級冒険者にはその傾向が顕著に表れている。その奇妙な現象から、「ダンジョンではモンスターだけでなく子供まで産まれるのでは」と囁かれ始めていた。

 

 実際、ダンジョン深層の白宮殿(ホワイトパレス)で子供の声が聞こえた、なんて恐ろしい噂話まであるほどだ。

 

 ともあれ、オラリオは過去最大の発展を遂げていた。かつて白兎(ベル・クラネル)が残した戦乱の傷跡など、今は見る影もない。圧倒的な経済成長を誇っており、毎月いくつものファミリアが拠点を構えるための空き物件を探しに来るほどだった。

 

 超巨大派閥や圧倒的武力を有する既存ファミリアならともかく、オラリオにおいて弱小派閥でありながら広大な土地に加え医療院を保有する【アスクレピオス・ファミリア】。それを面白く思わない新参ファミリアたちが徒党を組み、戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けてきた。

 

 神会(デナトゥス)の場で、正式に戦争遊戯(ウォーゲーム)の申し込みがなされる。戦争遊戯(ウォーゲーム)はオラリオの文化であり、どの神にも申請する権利がある。それが、数年ぶりに使われたのだ。

 

 神アスクレピオスは、久しぶりに衝撃を受けた。

 

「【アスクレピオス・ファミリア】は10名程度の医療系ファミリアだ。等級Fであり、ギルドへの納税だって大した額じゃない。対して此方は、総勢200名を超える大所帯で探索系の等級Bだ。その土地と建物……それと眷族を賭けろ!」

 

「悪いが、そんな暇はないから受けられない。金で解決できないか? こんなことに付き合っている時間が本当にないんだ」

 

 【アスクレピオス・ファミリア】に戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込んだのは、元・魔法大国(アルテナ)から上洛してきた神トール。あの大神オーディンの長男にあたる神だ。偶然なのか、父親を殺したファミリアに対して戦争遊戯(ウォーゲーム)を申し込んでいる。

 

 【トール・ファミリア】はオラリオでは新興勢力だが、大派閥に入れなかった見どころのある冒険者を精力的にスカウトしていたこともあり、それなりの戦力を有していた。第一級冒険者も1名抱えており、Lv.3(レベルスリー)〜Lv.4(レベルフォー)の中堅冒険者もぽつぽつ在籍している。

 

 神フレイヤは、神アスクレピオスの眷族たちの探求心旺盛な性格なら「これで新しい研究材料が手に入る」と喜んで戦争遊戯(ウォーゲーム)を受けると思っていただけに、なぜ頑なに「時間がない」と主張するのか疑問に思っていた。

 

「ねぇ、アスクレピオス。どうしてそんなに時間がないの? 戦争遊戯(ウォーゲーム)は一応オラリオの決定的なルールであり文化よ。受けてもらわないと、先住の神として彼らに示しがつかなくなるわ。あまりあなたたちに強制はしたくないけれど、受けてくれないかしら」

 

「フレイヤ、こちらにも都合があるんだ。眷族たちは、明日の『ラストダイブ』に向けて準備が忙しい。だから戦争遊戯(ウォーゲーム)なんて受けている暇はないし、ましてや後日実施される事になるであろう【トール・ファミリア】と戦うための無駄な戦力などこちらにはない」

 

 ラストダイブ……集まった神々も聞いたことがない言葉だった。だが、オラリオで圧倒的な影響力を持つフレイヤの頼みすら断るほど重要なものなのだろうか。

 

「聞き慣れない言葉だけれど、どういう意味かしら? それに眷族たちって……悠仁から何も聞いていないわよ?」

 

「そりゃあ、言ったら止められるからな。もう4年前になるか……【フレイヤ・ファミリア】と共同で打ち立てた62階層の到達記録。君たちのところは、あれから記録更新もできていない。かつてのゼウスやヘラが打ち立てた71階層を目指そうともしていないだろう。だから、院長たちが明日、最深部を目指してラストダイブを果たす」

 

「……は? ちょい待てや、アスクレピオス! そりゃ記録更新できていなかったのは事実やが、それは眷族たちの子育て問題とかがあったからや! 子供が大きくなったら……」

 

 神ロキは、気が付いてしまった。

 

 眷族の子供が大きくなる頃には、前線を退いて長くなり、以前のような無茶なチャレンジはできなくなってしまう。リヴェリア、アイズ、ティオネ、レフィーヤだけでなく、父親になったフィンも同様だ。

 

「ロキ、君のところの眷族は確かに強い。間違いなく、その気になれば71階層にも辿り着けるだろう。だが、それが未だに実行されずに月日だけが流れている。家庭を持って落ち着いたのはいいが、嘗てのような深層を攻略しようという意気込みはない」

 

「そりゃそうやが……だが、お前んところだけで行ったらマジでアカン! 街の産婦人科はお前のとこしかないんやで。妊活も。小児科も。子育て相談も。だから、言わんでもわかるやろ! トールが邪魔ならウチらが黙らせてやるさかい、考え直さへんか!? フレイヤ、お前も引き留めいや!」

 

「引き留めるのも何も、無駄なんでしょう。何も言わずにそのラストダイブを行うつもりだったんだから。勝算は、当然あるのよね?」

 

 一見Lv.1(レベルワン)しかいないはずの派閥にそこまで固執するロキとフレイヤの姿を、周囲の神々は理解できずにいた。それこそが、古参の神々と新参者の決定的な認識の差だった。

 

 完全に蚊帳外に置かれてしまった神トール。神格としては上位に位置する自分よりも、小規模ファミリアの主神である神アスクレピオスが優先される現状が許せない。神としてのプライドが激しく傷つけられていた。

 

「俺の話が先だろうが! 戦争遊戯(ウォーゲーム)を受けないというのなら、こちらにも考えがある。力づくで対応させてもらうまでだ。話は以上だ……眷族ともども、夜道を歩くときは気を付けることだな」

 

「なぜ、こうも話を聞かない神が多いのだろうな。……すまないが、私は眷族たちに【トール・ファミリア】からの襲撃に備えるよう伝えてくる。神会(デナトゥス)を中座させて悪かったが、続けてくれ」

 

 神アスクレピオスは急ぎホームに戻り、”不屈の花園”に向かう。そこでは、未知の領域であるダンジョン深層攻略に向けて牙を研ぐ院長と子供たちがいた。彼らは急激な成長による身体能力と感覚のズレを埋めるのに必死だった。

 

 彼らの傍らには、レベル・ブーストの魔法を絞り尽くされて死体のように転がっている極東の狐人がいた。この魔法こそ、ボンドルドたちが本気で遠征に臨むことを決めた最後のピースだった。

 

「遠征準備は問題なさそうだな。実は神会(デナトゥス)で少し揉め事が発生した……【トール・ファミリア】がうちと戦争遊戯(ウォーゲーム)をしたがっていたんだが、断ったら『夜道には気を付けろ』と捨て台詞を吐かれてな」

 

「それは困りましたね。我々が留守の間に襲われては、アスクレピオス様が危険です。ラストダイブ前に、皆でご挨拶に伺うとしましょう。……ランクアップした際には身体能力と感覚がずれると言いますが、ここまでとは思いませんでした。少しやり過ぎてしまうかもしれません」

 

 数十年以上も偉業を溜め続け、黒竜を攻略し、世界中の問題に挑み続けてきた院長と子供たち。溜め込んだ経験値をダンジョン最深部攻略のため、全てを解放した。その凄まじい成長は、かつてダブルランクアップを達成したリュー・リオンの記録すら遙かに凌駕する。

 

………

……

…

 

 ボンドルド達が【トール・ファミリア】に着いた時。

 

 【トール・ファミリア】のホームはすでに焼き払われ、主神は拘束、眷族たちはボコボコにされて地面に転がされていた。それを実行していたのは、神会(デナトゥス)での危機を知り集まった、”最終手段”で子供を授かった恩義のある強力な冒険者たちだった。

 彼らは自発的に集まり、独断で【トール・ファミリア】を潰したのだ。この暴走で自身のファミリアを破門にされたとしても気に留める様子はない。そうなれば、遠征に向かう彼らの代わりに【アスクレピオス・ファミリア】の警備でもして世話になる気でいた。

 

 だが、そんな事にはならない。

 

 だが、そんな心配すら無用だった。燃え盛るホームで神ロキが呑気に焼き芋を作り、神フレイヤはその炎で暖を取っていたのだから。

 

「なんや、お前さんたち随分遅い出動やな。ゴミならウチらが掃除しといたで。安心しとき、フレイヤと話し合って、院長たちがおらへん間は、アスクレピオスの安全はうちらが守るさかい。ウチからは、レフィーヤとアイズを常駐させたるわ」

 

「あら、じゃあこっちも戦力を貸してあげるわ。ヘグニとヘディン……1ヶ月よ。その間に帰ってきなさい。帰ってこなかったら、オラリオ事なんて無視して迎えにいくからね、悠仁」

 

 女の心変わりとは恐ろしいものだ。プルシュカは今、それを身をもって実感していた。

 

「パパ、フレイヤ様がプルシュカじゃなくて悠仁を心配してる。フレイヤ様を悠仁に寝取られた」

 

「そういうのは寝てから言わないと駄目です、プルシュカ。そんな事は、彼を紹介した時点で分かっていた事です」

 

 何度かお泊りした際に一緒に寝ているので、「寝取られている」という表現もあながち間違いではなかった。

 

 神フレイヤがじーっとプルシュカの様子を観察する。長い付き合いがあるからこそ、彼女の僅かな変化も見逃さなかった。

 

「……ねぇ、プルシュカ。貴方レベルいくつ?」

 

「何言ってるの、フレイヤ様。プルシュカはLv.1(レベルワン)だよ……昨日まではね」

 

 鋭いフレイヤは、指をパチンと鳴らす。

 

 ヘグニが、プルシュカに全力で斬りかかる。友であるプルシュカの強さを信じての一撃だ。だが、その攻撃はプルシュカの無尽鎚(ブレイズリーブ)によって弾き返された。

 

「挨拶代わりの一発なんだからね、ヘグニ! 歯を食いしばりなさい! これでチャラにしてあげるんだから!」

 

「えっ!! あ、これまずいってぇぇぇぇ」

 

 プルシュカの拳がヘグニの顔面にめり込み、100メートルほど吹き飛ばした。壁を突き破り家々を倒壊させ、ようやく止まる頃には立ち上がるのも苦労するほど膝がガクガクと震えていた。重たすぎる一撃に、ヘグニは首がもげたかと錯覚したほどだ。

 

 大人の女性の一歩手前ほどにまで成長しているプルシュカ。彼女に埋め込まれている千人楔(ヘルスジャンキー)の数も増え、異常なまでに上昇したステータスによる底上げ効果もあり、直撃を受けて生き残ったヘグニは流石と言うほかない。少しでも鍛錬を怠っていたら、蘇生魔法のお世話になっていた可能性すらあった。

 

 プルシュカで推定ステータスレベル7相当……ならば、ボンドルドたち院長組の実力は一体どれほどなのだろうか。深層攻略に乗り出すのも納得の理由だった。

 

「ごめんなさいね、ちょっとプルシュカたちが無事に帰ってこられるかテストをしただけよ。それなら大丈夫そうね……お詫びに、深層攻略にオッタルを連れて行きなさい。戦力として活用していいわ」

 

「待て待て待て! じゃあウチは……フィンとティオネは子育て中やろ。リヴェリアはマジでママやってるし、アイズもや。はっ! ガレスは……前衛は足りてるか。よっしゃ、わかった! 虎の子のニイナを連れてってや! 代わりにウチのファミリアの名前も連名でよろしく頼むで!」

 

 その申し出について少し考える。

 

 オッタルという戦力は、確かに使える。プルシュカ達とも連携ができる事が保証されており、何かあった場合には最悪彼だけでも地上に帰れるだろう。

 

 そして、ニイナ・チュールというヒーラーも魅力的だった。彼女が持つ魔法(マギア・クリス)は、向上効果系の魔法の持続時間を引き延ばす。ボンドルドが春姫から回収したレベル・ブーストとの相性は抜群だ。他にも結界を張りながら状態異常及び持続回復できる魔法。

 

 不採用にする理由はなかった。

 




派閥を跨いだラストライブ……その名の通り、間もなく完結。


アストレア・ファミリアは、女性ばかりのファミリア。彼女たちの間でも最終手段が流行っています。ポンコツエルフだけは、希望がある組に分けられて暇をしています。

彼女は近い将来、初恋ハンターではなく、初物ハンターと呼ばれる可能性もあるかもしれない。
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