少年は守られるだけの存在だった、人型の夜魔と契約するまでは 作:mowさん
青白い光が辺りを包み込み、数秒を経て消えた。
あまりの眩しさに閉じていた目を開くと同時、肩に暖かいものが触れた。
『…ようやく……』
「あん?なんか言ったか?」
背後で呟かれた声に釣られ振り向くと、そこには―。
「お前……は!?なんで浮いてんの!?」
なぜか宙に浮かんでいる、銀髪の夜魔がいた。しかも宙に浮かんでいるだけではなく……腹を貫かれてできた大穴も完全に塞がっている。
「もしかして死んだ!?契約失敗して死んだんか!?」
『違う。もしそうならお前も死んでいる。少し落ち着け』
夜魔の言葉で若干の落ち着きを取り戻し、改めて自らの体の状態を確認する。
俺の体は、宙に浮いたりはせずしっかりと自分の足で地面に立っている。足裏に伝わる硬いコンクリートの感触がその証左だ。それに、心臓もしっかりと鼓動しているし、自らの体温も感じられる。
ということは、死んだわけではない…のか?
ただ……なんというか……。
『力が溢れて止まらないか?』
心を見透かしたように、夜魔が口を開いた。
言う通り、力が溢れている気がしてならない。なんというか、全身に生命力が漲っているような。
『契約は成功。お前の魂と私の魂が同調し、私は器たるお前に統合した』
「あー……えっと…つまり?」
なんかよくわからなくて首を傾げると、はあ〜…と、めっちゃデカイ溜息が聞こえた。
「呆れすぎだろ」
『……要は、一心同体というやつだ』
「なるほど、そういうことね」
わあ、すごい分かりやすい。
じゃあ最初からそう言えよ!
『…!』
「うおっ!?」
心の中で悪態を吐いていると、夜魔が俺の頭を押さえ力づくで屈ませてきた。直後、俺の頭上をしなる肢体が凄まじい速度で通り過ぎる。
「あっぶな!」
『…話している暇はないか。まだ終わっていないぞ、気を抜くな』
俺に向けて凶器の如き肢体を振るってきた存在…蜈蚣夜魔に体を向ける。
契約は成功したらしいが、銀髪夜魔の言う通り危機はまだ終わっていない。この気色悪い蜈蚣野郎は、変わらず俺を狙っている。
『倒すぞ』
「ああ」
『手を』
俺の手に、夜魔の手が重ねられる。重ねた手が凄まじい熱を帯び、契約の時のような青白い光を放つ。
ドクン、と強く脈が跳ねた。
瞬間、青白い光が少しずつ形を帯びていき…全長1メートルほどの棒のようなものへと変化した。
「これは…」
俺は掌に出現した棒?を掴み、マジマジと目を向ける。
それは靄を纏っており、輪郭がユラユラと覚束ない。蜃気楼のようだが、手で力強く握れば確かに実体を感じることができる。
「なにこれ、何の棒?」
『棒ではない。それは私が持つ武器…なのだが……』
そこで夜魔は言葉を切る。
何だか納得がいっていないような―例えるなら、レシピ通りに作ったはずの料理が何故か微妙な出来になってしまった時みたいな―何とも形容しがたい表情を見せた。
『……随分と不格好だな』
そう言って細い目を俺に向けてきた。とてつもなく他意を感じる眼差しに、眉間に皺を寄せながら反応する。
「俺のせいだって言いたそう目だな」
『………別に、なんでもない』
「間が長えんだよ。絶対思ってんだろ」
『…なんでもないと言ってるだろ。下らないことを気にしてないで、目の前の敵に集中しろ』
ああ〜……ムカつく。正論だけどクソムカつくわ〜コイツ。
『武器に関しては気にするな。不格好だが、奴を屠るのに支障はない。不格好だがな』
「テメエ後で覚えとけよ……ッ!」
イラつきからコメカミをピクピクと痙攣させていると、蜈蚣夜魔がこちらへ向かって突進を繰り出してきた。凄まじいスピードと巨体の迫力に気圧され、一瞬体が硬直する。
『飛べッ!』
夜魔の声に弾かれるように地面を蹴り、宙へと躍り出る。民家の屋根を優に超える跳躍、今までの自分からは考えられない身体能力に声が漏れた。
「うおっ、まじか!?」
何とか屋根の上に着地し、地上を見下ろす。
蜈蚣夜魔が先程よりも濃い殺意を以て、こちらに首を擡げていた。
「殺意満々…て感じだな」
『みたいだな。…あまり時間はかけてられん。私がサポートする、一気に決めるぞ』
「おう」
蜈蚣夜魔が牙を剥き、叫び声を上げながら再度突進を繰り出してきた。
『避けろ。そして反撃だ』
「わかってるッ!」
直線的な突進を横に飛ぶことで避け、隙だらけの体側面に対して攻撃を仕掛ける。
夜魔の言う通り、武器は不格好ながらも強力なようで、まるで豆腐を切るような感触で驚くほど簡単に肉を断った。蜈蚣夜魔は金切り声を上げながら地面に落ちた。
『トドメだ。力を込めろ』
「ッ!おおおおお!」
全身に巡る力を武器に集め、蜈蚣夜魔の頭部へ向けて思い切り振るう。
その一撃は、青白い閃光と共に蜈蚣夜魔の頭部を貫通した。
「~~~~~~~~!!」
貫いた部分から間欠泉のように、赤黒い液体が噴出する。
蜈蚣夜魔は叫び声なのかも分からない、耳を劈くような気色の悪い奇声を上げながら、全身が霧のようにして闇へと溶けていった。
「はあ…はあ…」
戦闘が終わったと認識した瞬間、全身を鉛のような疲労感が襲いかかる。思わず地面に倒れそうになるが、武器を杖にすることで何とか持ちこたえる。
『よくやった』
「…どうも」
やたら偉そうな労いの声に短く反応する。
なんでそんなに偉そうなんだよ、とツッコミを入れる元気はもう無かった。
ああ、もう……本当に疲れた。寝たい。今すぐ寝たい。クーラーガンガンの部屋であえて布団に包まって泥のように眠りたい。
『…随分と、満身創痍だな…」
「そりゃこっちのセリフだ…」
そんなことを言ってくる夜魔だったが、俺と同じかそれ以上にかなりグロッキーな表情を見せている。どの口が言ってんだよマジで。
『…はっ、そうだな。お互い様だな』
「…ああ…」
人生で一番といっていい疲労感に、息も絶え絶えで口を開く。
ぶっ倒れそうになるのを何とか堪えていると、おもむろに夜魔が呟いた。
『リリアス』
「あ?」
『私の名だ。約束しただろう』
そういえばそういう話だったな…。戦いに必死すぎてすっかり忘れてたわ。
「リリアス、ね」
小さく呟き、その名を記憶に刻み込んだ。
「うっ…ぐえ……」
もはや武器を支えにしても立つことさえできず、力なくコンクリ―トに倒れ込む。
あー、コンクリって意外と寝心地イイかも。なんつーか、いい感じにヒンヤリしているのが疲れた体に染み渡るわ。
『近くに…異能者の気配がある』
異能者…討魔官のことか?
「お前、見られたらヤバい…よな?」
流石にコイツの姿を見られたら言い訳できないぞ。全然普通に角生えてるし。
確実に討伐対象になる。
『いや、問題はない。姿は隠せる』
どうやって?と聞く余裕もなく。
「…じゃあ…もう安心ってわけか…」
『ああ。…私は少し眠る。お前も、ゆっくり休むといい』
「…言われなくても…もう……限界、だわ…」
疲労感が全身を包み、意識が遠ざかっていく。
「―見つけた!……藍―!」
少しずつ遠くなる意識の中、どこからか響いた聞き慣れた声を耳にして。
俺の意識は闇に沈んだ。
ーーー
―同時刻、▓▓。
昏く淀んだ瘴気が漂う、太陽も月も存在しないこの世の狭間。
瘴気によってボロボロとなった玉座に腰を下ろす人影があった。
「…遂に、現れたか」
背に禍々しい翼を携えた異形の人影は、何かに反応したように空を見上げ、嗄れた声で呟く。
静かに、枯れ木のような指を自らの首に添えた。
「……」
唐突に、霧深い空から小さな影が音もなく飛来した。異形が座る玉座の肘置きの先端に飛来した物体―鳥のような輪郭と翼を持った黒い影―が止まる。異形はそれに目を向けると、無機質な表情のまま指先で触れ…そのまま力強く握り潰した。
影は何かを発することもなく、ぐしゃりという音を立てて異形の手の内で拉げた。異形は掌に残った黒い残骸を一瞥するとそれをゆっくりと口元に運び、音を立てて啜る。
ゴクリと、異形の喉が鳴った。
「数百年…数百年待ちわびた」
ギシリ…と玉座を軋ませながら、ゆったりとした動作で立ち上がる。
「直ぐ、迎えにいくよ」
力強い意志に満ちた邪悪な眼光が、朽ちた世界を見渡した。
「…ああ、漸く…」
朱殷色の瞳からコールタールのような雫が零れ、異形の頬に真っ黒な筋を象っていく。
「漸く…この世界を―」
醜く歪んだ口元から、黒く鋭い牙が覗いた。