少年は守られるだけの存在だった、人型の夜魔と契約するまでは 作:mowさん
特異災害対策局 作戦支援部より報告
報告書作成者:相模 朱音
2052/9/22 18:22:41
神奈川県横浜市第二地区A-3地点において異界門が発生。特異災害生命体の出現を確認。発生個体数は1。
2052/9/22 18:25:33
同地点において未確認の魂力反応を観測。出力レベル:A。反応識別:青。
2052/9/22 18:27:12
特異災害生命体の反応消失。未確認魂力反応が急速に縮小。計器の観測下限を下回ったため、観測不能となった。
備考
未確認魂力反応の縮小後、計器の切り替え・感度調整を実施した後、再度観測及び追跡を試みるも、結果は失敗。
上記について、特別討魔部への調査依頼を検討中。
ーーー
「んあ……」
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
「ここは…」
上体を起こそうと試みるも、鉛のように体が重く断念。寝転がったままで、首と視線だけを動かして周囲の様子を確認する。
真っ白な天井に、真っ白なシーツ。良く磨かれているリノリウムの床に、レースカーテン越しに見える透き通った青空。
そして左肘の内側辺りにじんわりと感じる違和感と、すぐそばに置かれている点滴台及び吊るされた点滴バッグ。
「病院…」
状況を総合するに、俺は入院中のようだ。
しかもかなり豪華な個室。広々としすぎていて逆に落ち着かない。
ソワソワとしながら、入院までの経緯を辿ろうと脳内データベースにアクセスするも…蜈蚣夜魔を倒してからの記憶が全くない。
…その場にぶっ倒れたような気がするけど…見つけた誰かが救急車でも呼んでくれただろうか。
と、そこまで考えたところで最も重要なことを思い出す。
「…アイツは…!?」
あの偉そうな態度をした銀髪夜魔ーリリアス。その姿を探して病室を見渡してみるも、影も形も一切ない。
「リリアス…!おい…!いるなら出てこいよ!」
病室内に声が響くも、全く反応がない。おかげで自分以外誰もいない病室の虚空に向かって話しかける変人になってしまった。
くそ、一心同体とか何とか言ってたくせにどこ行きやがった。こちとら聞きたいことが山ほどあるってのに。
「夢だったのか?」
姿が一切見えず、応答もないことからそう考える。しかし、契約成立の際に感じた全身に生命力が漲る感覚は、未だ身体に残っていた。
これが残ってるってことは、あの出来事は夢じゃないんだろうな。なんでアイツがいないのかは分かんねえけど。
「……まあいいや」
身体があまりにも怠く思考を回すのが面倒になったため、一旦考えることを放棄する。もういいや、なんかバカほど眠いしもっかい寝よ。
全身を包む睡魔に身を委ねようとしたタイミングで、病室の扉が静かに開かれた。半分ほど開かれた扉からゆっくりと入室してきたのは、俺が最もよく知る人物。
死人のような表情と、目の下に携えた真っ黒なクマを見た瞬間、ぽつりと声が漏れていた。
「……姉ちゃん」
俺の呟きが届いたらしく、姉は手に持っていたバッグを床に落として瞠目した。
「藍世…!目が覚めたの……!?」
落としたバッグに一瞬たりとも目をくれることなく、姉は俺のもとへ足早に駆け寄ってきた。
姉は震える手で俺の手を力強く握ると、体温を…生きていることを確かめるように、俺の手を自らの顔に寄せる。強く握られた手が、姉の暖かな頬に触れた。
「よかった……!もう、起きないんじゃないかって……!」
潤んだ瞳から涙が溢れ、姉の頬を伝って俺の手に落ちる。
「ちょ、泣きすぎ。大袈裟だろ」
「何言ってんの、大袈裟じゃないわよ…!アンタ、一週間も眠ってたのよ……?」
「は…!?」
あまりの衝撃に目を丸くする俺をよそに、姉は涙を流しながら感情を吐露していく。
「怪我はないのに意識が戻らなくて、先生も原因不明だって言うから……もしかしたら、もう目覚めないんじゃないかって……!このまま死んじゃうんじゃないかって思って……!本当に、本当に良かった……!」
俺の手を握りしめたまま泣きじゃくる姉に、何か言葉をかけてやるべきなんんだろう。ただ今は、動揺しすぎてそれどころではなかった。
「ちょ、待って。え、一週間?嘘だろ…?」
「嘘じゃないわよ。病院に運ばれてから今日で一週間。信じられないかもしれないけど……ほら」
「……まじかよ」
そう言って姉が見せてきたスマホの画面に記されている日付は、9月29日。
…どうやら本当に一週間も眠っていたらしい。最長睡眠記録を大幅に更新してしまった。
「ひとまず、先生を呼びましょうか」
姉はそう言ってナースコールを押し、看護師と医者を呼び出した。
いくつかの検査と診察を行った結果、身体に異常は無しとのこと。このまま何事もなければ、もう間もなく退院できるらしい。
検査を終え、ホッと一息。姉が買ってきていた果物籠のリンゴをモグモグと頬張っていると、ベッドの横に座る姉がジッと俺を見つめてくる。
「……」
あまりにも真剣に見つめてきてウザイので、俺も睨み返すことにした。
しかし姉は視線を逸らさない。負けじと俺も視線を強くする。
見つめ合いの膠着状態が数秒続いた後、姉が小さく息を吐いた。
「…気のせい…かしら」
は?なんだこいつ。
何やら勝手に納得したらしい。何だったんだよ、と胸中で愚痴を吐きながら、手に持ったリンゴを大口で齧る。
リンゴのシャリシャリとした食感を味わっていると、姉が改めて口を開いた。
「藍世」
「ん?」
「あの日…夜魔に襲われた日、何があったか覚えてる?分かる範囲でいいから教えてくれない?」
姉に促され、ポツポツと当日の出来事を語り出す。
学校で言われたとおりに待機していたこと。
学校の近くに夜魔が出現したこと。
シェルターに避難できず、その場に居合わせた候補生の指示で最寄りのシェルターへ向かって走ったこと。
そこまで説明したところで、ふと言葉に詰まってしまう。そんな俺を不思議に思ったのか、姉が僅かに首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや…」
何と言うべきか迷い、口を開きかけて閉じる。
やばい、どうしよう。リリアスとの契約について、なんて説明すりゃいいんだ?
人型の銀髪夜魔と契約して蜈蚣夜魔をぶっ倒しました~…なんて言ったところで信じられないに決まってる。頭がイカれたのかと思われて終わりだ。
だがもし…それが姉以外の人間―例えば討魔隊の人間の耳に入り、その上でそんな妄言を真に受ける人間がいたら?いや、真に受けずとも万が一を考えて調査を実施することになったら?俺が夜魔と契約したことが真実だと討魔隊や国にバレたらどうなる?
重要な研究対象として確保される、だけで済めばマシな部類。最悪の場合、危険因子として討伐対象に…なんて可能性も―。
最悪の可能性を想像し、全身に怖気が走った。
…よし、適当にお茶を濁して誤魔化そう。俺は人型夜魔なんか一切見てない。リリアス?誰だよそいつ。
俺は蜈蚣夜魔に襲われて気を失い、気が付いたら病院のベッドの上だった。オーケー?
「藍世?大丈夫?」
なかなか言葉を発さない俺の顔を姉が心配そうに覗き込んできた。
怪しまれないよう出来るだけ平静を装って、先程10秒で考えたカバーストーリーを口に出す。
「ごめん、夜魔に襲われたところまでは覚えてるんだけど…そこで気失って。後は全く」
「そう。誰かに助けられたり…とか、そういうのも覚えてない?」
「……分からないな。ごめん」
俺を心配する姉に対して嘘をつくのはかなり良心が痛むが、これも俺の命を守るためなんだ。許してくれ。
「謝らなくていいの。私の方こそごめんなさい、起きたばかりなのに色々と聞いちゃって。体は大丈夫?」
「大丈夫だけど、まだ怠いかな。ぶっちゃけるとバカ眠い」
二度寝の直前で姉が来たことにより入眠できず。そこからトントン拍子で検査に診察、姉の質問の対応と、正直いって眠気が限界を超えて限限限界だ。少しでも気を抜いたら今すぐに爆睡できる自信がある。
「じゃあ無理しないで寝なさい。あ、そうだ。昔みたいに子守歌でも歌って」
「いらねえよ、舐めんな」
何を言ってんだこのアホ姉は。俺のこと何歳だと思ってんだよ。こちとら17だぞ。そんなんされたら逆に寝れねえだろ。
「そんな食い気味に…冗談に決まってるでしょ。ま、ゆっくり休みなさい」
「…そうさせてもらうわ」
目を閉じると、凄まじい睡魔が襲い掛かってきた。
俺は抵抗することなく身を委ね、数秒と経たずに意識を手放した。
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