少年は守られるだけの存在だった、人型の夜魔と契約するまでは   作:mowさん

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6話

 

 ドクドクと脈打つ心臓から焦燥が全身に広がり、背中に冷汗が伝う。

 神谷さんの口から放たれた質問が、頭の中で反響した。

 

 ―避難の途中で、人型の夜魔を見なかった?

 

 何だその質問?もしかしてバレてるのか?何でバレた?誰かに見られてた?

 

 「…どうかしたかい?」

 

 「いえ……」

 

 焦りと動揺でグチャグチャになった頭を何とか回転させていると、神谷さんが僅かに目を細めた。

 まずい、何か答えないと。けどなんて答えればいい?正直に話すわけにはいかない。今まで通りシラを切るか?いや、もし目撃者がいたならそれは逆効果―。

 

 『落ち着け』

 

 不意に、脳内で声が響いた。

 あの日以来聞くことが無かった、落ち着きを持った凛とした声。

 

 『あの日、周りに人の気配はなかった。見られてはいない。落ち着いて答えればいい』

 

 宥めるような声音に少し落ち着きを取り戻した。多少はクリアになった頭で、慎重に言葉を選ぶ。

 

 「見てないです」

 

 「…なるほど」

 

 神谷さんは細い目で俺を見つめてくる。数秒間沈黙が続くと、おもむろに席を立った。

 

 「聴取は以上で終わりだ。すまないね、退院日に急に押しかけて。話を聞かせてくれてありがとう」

 

 「いえ、大丈夫です」

 

 「じゃあ、お大事に」

 

 「はい」

 

 神谷さんはそう言って軽く礼をすると、城崎さんを連れ立って病室から静かに退出していった。コツコツと2人の足音が離れていくのを確認して、ようやく緊張の糸を解いた。

 

 「はあ~……」

 

 未だに強く脈打つ心臓を落ち着かせるため深呼吸を繰り返しながら、残った微かなタバコの香りを追い出すため病室の窓を全開にした。

 そこから流れてくる涼しい秋風を感じながら勢いよくベッドに倒れ込んだところで、再び頭の中で声が鳴る。

 

 『ご苦労』

 

 「……」

 

 声の主たる人物…リリアスを探し周囲を見渡すも、やはり何も見えない。

 

 「お前、どこにいんだよ」

 

 『お前の中だ』

 

 「中…?」

 

 言葉の意味が分からずに眉を顰めていると、いつの間にかベッド脇に椅子にリリアスが現れていた。リリアスは少しムスッとした表情で、ベッドに寝転ぶ俺を見下ろしている。

 

 「うおっ…!?」

 

 『なんだ、その間抜けな顔は』

 

 「お前、今どっから来た!?」

 

 何の気配も前触れもなく突如現れたリリアスに驚愕し、思わず体を起こした。当のリリアスはさも当然といったような顔で、俺の胸の辺りを指して告げる。

 

 『そこだ』

 

 「どこだよ」

 

 そことかあれとか言われても分かんねえよ。ちゃんと説明しやがれ。

 

 『魂だ』

 

 リリアスは一言だけ発し、更に補足するように続ける。

 

 『言っただろう。お前の魂に統合した、と。私の存在は今、お前の魂の中にある』

 

 「……えーっとつまりあれか?俺の体の中にお前が住んでる的な感じか?」

 

 『少し違うが、概ねそんな感じだ』

 

 ほう。

 つまり今の俺はさしずめ、メゾンド藍世ってとこか。よしコイツから家賃取っちまおう。夢の不労所得だぜ、ガハハ。

 

 「お前がどこにいたのかは、まあ何となくわかった。で、何で今まで反応しなかったんだよ。無視してたのか?」

 

 今まで…入院中に何度呼び掛けても反応がなかったことについて問い詰める。

 もし大した事情も無く意図的に無視してたというなら大問題だ。大家たる俺を無視するなどという大罪、見過ごすことはできない。強制退去も視野である。

 

 『お前の中で眠っていた。契約と戦闘で消費した力を取り戻すためにな。予想よりも時間がかかってしまったが、もう問題ない』

 

 「あー、なるほどな」

 

 反応できなかったのにはちゃんと理由があったようだ。

 いや寝すぎだろ、と言いそうになったけど俺も1週間寝てたからな。仕方ない、今回は許してやろう。

 

 「ま、出てきてくれてよかったぜ。お前には色々と聞きたいことがあったんだ」

 

 生き残る手段がそれしかなかったとはいえ、詳細を何も聞かずに勢い任せで契約したのも事実。今後に備えて、色々と疑問を解消しなきゃならん。

 

 『いいだろう、答えてやる。何が聞きたい?』

 

 リリアスは鷹揚に頷くと、椅子の上で足を組み替えた。身に付けたドレスのスリット部から太股…足の付け根付近がチラリと覗く。

 おお、パンツ見えそう……いや待て、コイツそもそもパンツとか履いてんのか?

 

 「お前って…パンツ履いてガッ!?」

 

 『死ね』

 

 言い終える前に鋭い拳が顔面に飛んできた。鼻先を潰された痛みで涙目になりながら抗議する。

 

 「いきなり殴んな!ヤンキーかお前!」

 

 『黙れ。次に下らん質問をしてみろ…』

 

 リリアスは左右それぞれの親指と人差し指で丸を作ると、

 

 『こうしてやるぞ』

 

 邪悪な笑みを浮かべながら、まるで作った丸を握り潰すかのように、両手を目一杯力強く握り込んだ。

  

 「何してんだお前…」

 

 困惑しつつも、リリアスの言わんとしている事を考える。

 まず前提として、リリアスの視線は俺の腰辺りに向いている。そこを見ながら、2つ丸を握り潰した。

 それが意味するのは…つまり―。

 

 理解し、全身…特に下半身に強烈な怖気が走った。

 

 「いや、ほんと…すみませんでした」

 

 気づけば俺は、ベッドの上で土下座していた。人生初土下座がこれかよ…。

 

 『分かればいい。それで…聞きたいことがあるなら早く言え。私の気が変わらんうちにな』

 

 そんなル〇ン三世みたいな台詞現実で初めて聞いたわ…というツッコミが喉まで顔を出したが、これ以上ふざけたら本当に男としての人生が終わってしまうので、どうにかこうにか飲み込んだ。

 俺は姿勢を正し(ベッドの上で正座)、真剣な表情で真面目な質問を投げかける。

 

 「……お前、一体何者なんだ」

 

 『言っただろう。夜魔だ』

 

 返ってきたのはシンプルかつ明瞭な答え。だが、俺が聞きたいのはそこじゃない。

 

 「それは分かってる。俺が言いたいのは、お前が夜魔の中でどういう存在なのか、ってことだ。人型の夜魔は勿論、お前みたいに人を助ける夜魔なんか…見たことも聞いたこともない」

 

 『どういう存在なのか……か』

 

 リリアスは小さく息を吐き、続ける。その表情は、微かに憂いを帯びているように見えた。

 

 『簡単に言えば、裏切り者……いや、爪弾きの異端者といったところか』

 

 「異端…それはお前が人を……俺を助けたからか?」

 

 夜魔は人を襲う存在だ。俺を助けた時点で、コイツが普通の夜魔じゃないことは分かる。

 

 『人を助けたこと……というより、目指す場所の違いだな。私は元々、思想の違いから他の夜魔とは対立しているんだ。それこそ、数百年以上前からな』

 

 「ちょ、待て。数百年……?夜魔が出現し始めたのは50年前だろ…!?」

 

 夜魔が現れ、人類を襲い始めたのは約50年前。それが世間一般の常識だし、学校でもそう習う。

 それなのに…コイツは何て言った?数百年前から夜魔が存在していると、そう言ったのか?

 

 『そうか…知らないのか』

 

 衝撃を受けている俺を見て、リリアスは何か納得したように頷くと、続けて口を開く。

 

 『夜魔は太古から存在している。尤もお前の言う通り、現世に多く流れ始めたのはここ最近の話だがな』

 

 「そう……だったのか」

 

 あまりにも信じ難いが…コイツが噓をついているようには見えない。表情が、口調が、纏う雰囲気が、それが真実だと訴えかけてくる。

 数百年前から夜魔は存在してたって?…今まで培ってきた常識が足元から崩れていくような気分だ。

 …ん?ちょっと待てよ。

 

 「その言い方…お前、数百年前から生きてるってことか?」

 

 『ああ』

 

 リリアスは何でもないように肯定した。

 ええ…?嘘だろ?

 

 「まじかよ。何歳だよお前」

 

 『さあ』

 

 「さあ、って……」

 

 自分の年齢わかんないって……マジでおばあちゃんじゃん。

 こいつがババアだということが判明したところで、次の質問へと移る。

 

 「…なんで俺を助けたんだ」

 

 『お前だからだ』

 

 「は?」

 

 意味が分からん。俺だから何だよ。

 

 「答えになってない。ちゃんと説明しろよ」

 

 『お前が知る必要はない。今はまだ…な』

 

 こ…こいつ…!偉そうに"答えてやる"とか言っときながら肝心なところをはぐらかしやがって…!なーにが"今はまだ…な"だよ。伏線みてえな言い方で格好つけてんじゃねえぞ。

 

 「ふざけんな。誤魔化さないで教えろ」

 

 そう問い質すも、リリアスは口を噤んだまま開かない。ただ真っ直ぐな瞳で、俺を見つめるばかりだ。

 

 「……そんなに言いたくないのか?」

 

 『ああ。それに私が言わずとも…いずれ分かる時がくる』

 

 どうやら今は本当に、核心を話すつもりはないらしい。

 ぶっちゃけ納得はしていない…が。

 

 「……しょうがねえ。言いたくないことを無理に聞き出すのも野暮だしな。いずれ…って、いつになるかは知らねえけど待ってやるよ」

 

 『…悪いな』

 

 「別に謝んなくていい。待つって決めたのは俺だ」

 

 はぐらかされたのはムカつくけど。

 …本当にムカつくけどな!

 

 「じゃ、最後の質問。俺はもう…普通の人間じゃないのか?」

 

 契約の前にコイツが言っていた。

 "お前は普通の人間じゃなくなる"と。

 

 『ああ』

 

 ああ、って…軽すぎだろ。

 別にいいけど。

 

 「具体的には何が変わったんだ。見た目は変わってねえし、中身の話か?」

 

 『まあ…そうだ。私たちの魂が一体化し、お前に私の力が宿った。お前の魂を器とし、それに私という制御機構が……といっても分からんか』

 

 説明を聞きながら早々に首を傾げている俺を見かねたのか、リリアスは説明を切り上げて小さく呟いた。

 なんか今の、他意のある言い方だったよな。あれか?(お前には)分からんか、ってことか?

 …舐めやがって……けど実際分かってないから何も言えねえ…!

 

 『お前にも分かるように簡単に説明するぞ』

 

 「その"お前にも分かるように"ってやめてくんない?」

 

 それ、俺がめっちゃバカみたいじゃん。

 言っとくが、俺がバカなわけじゃない。こんな説明されたら誰だって首傾げるだろ。急に契約やら魂の一体化~やら説明されて即「OK。完璧に理解しました」ってなる奴なんか絶対いねえから。

 

 『…分かった。では、バカでも分かるように説明するぞ』

 

 「悪化してんじゃねえか」

 

 俺のツッコミを華麗にスルーし、リリアスは言葉を続ける。

 

 『一体化したことでバ……お前は戦う力を得たということだ』

 

 今バカって言いかけたよな?喧嘩売ってるってことでいいか?

 

 『それと…1つ、伝えておくべきことがある』

 

 俺が喧嘩を買い取っていると、リリアスが改めて真摯な口調で告げる。俺も下らない思考を中止し、真面目に耳を傾けた。

 

 『この契約…魂の一体化は不可逆だ。もう戻れない』

 

 「そうか」

 

 そう一言だけ返すと、リリアスは意外そうに眉を上げた。

 

 『なんだ、やけにあっさりした返事だな。文句の1つでも言ってくるかと思っていたが』

 

 「俺を何だと思ってんだ」

 

 相も変わらず失礼な物言いに、つい眉間に皺が寄る。

 

 「お前を助けんのも、契約も、俺が自分の意志で決めたことだ。だから文句なんかねえし、後悔もない」

 

 『…』

 

 リリアスの口元に小さく笑みが浮かび、優しい眼差しが俺に向く。

 その瞳は俺を見つめているようでいて、どこか遠くを見ているような…そんな何とも言えない感じがした。

 

 『藍世』

 

 「何だよ」

 

 『これから、よろしく頼む』

 

 「なんだよ急に改まって……まあ、こちらこそよろしくな」

 

 何だかむず痒くなり、頭を掻きながら返事をする。

 開け放った窓から吹き込んだ風が、リリアスの流れるような銀髪を揺らした。

 

 「藍世~!迎えに来たわよ!」

 

 そのタイミングで。

 病室の扉が勢いよく開かれ、俺を迎えに来た姉が元気満々にその姿を現した。

 先日会った際に見えた濃いクマは幾分かマシになっていて一安心…する間もなく、俺の全身を焦燥が包む。

 

 「姉ちゃん……!?」

 

 やばい、今来られたら……!

 全身に汗を滲ませながらリリアスの方へと顔を向けるも、当の本人は何食わぬ顔で椅子に腰かけている。なんなら自らの髪を弄りながら『お、枝毛』とか言ってる始末だ。

 夜魔のくせに枝毛とかあんのかよ。いやお前の枝毛なんか今はどうでもいいわ!どうすんだよおい、どうやって誤魔化すんだよ! 

 

 「藍世、アンタ……」

 

 焦りに焦っている中、姉が訝し気に口を開く。

 あー、終わった。

 

 「…何をそんなに焦ってんのよ。あ、もしかしてエッチなサイトでも見てた?」

 

 「は……?」

 

 完全にバレた…と絶望していたが、姉の口から出てきたのは予想だにしていない言葉だった。

 え?はい?何言ってんの?何がエロサイトだよ。焦ってる原因なんか一目瞭然だろうが。

 

 「見るのは良いけど、程々にしなさいよ?」

 

 良いのかよ。

 

 「は、いや…ええ…?」

 

 色々と困惑しながらも、ベッド脇の椅子に視線を送る。

 リリアスが座っている。

 まさか、幻覚を見始めたかと自分の脳を疑い、目を擦って再度椅子を見やる。

 リリアスが座っていた。

 …やっぱいるよな?幻覚じゃないよな?

 

 「退院の準備は大丈夫?」

 

 「ああ…」

 

 姉の言葉に生返事を返しながらリリアスをマジマジと見つめる。

 俺の幻覚でないなら、相変わらずコイツは我が物顔で寛いでいる。

 しかし、姉がリリアスに気づく様子はない。何も見えていないように、病室の最終チェックを始めた。

 そこで、リリアスが俺の視線に気づいたようで、チラリとこちらに目を向けて発した。

 

 『今の私はお前にしか見えないし、声も聞こえない。焦りすぎだ』

 

 「……!」

 

 やれやれ…といった感じの口調に、じゃあ先にそう言っとけボケ!と怒鳴る寸前だった口を必死で抑えつける。

 落ち着け。俺の声は周りにも聞こえるんだぞ、ここで怒鳴ったら終わる。

 深呼吸だ…………よし、落ち着いてきた……ふう…危ないところだった…。

 

 『それにしても…バタバタと焦るお前の姿は存外滑稽だったぞ。まるで溺れる寸前の子犬のようだった。ふっ…見世物としては丁度いいな』

 

 「ッ!」

 

 嘲笑を多分に含んだ言葉に怒りを抑えつけることができず、リリアスに向けて思い切り蹴りを見舞うも―クソ夜魔は何の痕跡もなくその場から消えた。

 結果、俺の足は壁を蹴り飛ばすこととなる。

 

 「〜!」

 

 ゴン、という鈍い音とともに。

 指先に凄まじい衝撃と痛みが走り、思わず身を屈める。

 やばい本当に痛い。タンスの角に小指をぶつけた×5本分って感じの痛みだ。

 

 「藍世…?何してるの?」

 

 「な…なんでもない…」

 

 姉の心配そうな声に何とか返事を返す。

 涙目で指先をさすっていると、頭の中に声が響く。

 

 『…ふっ……無様だな』

 

 「…ッ……ッ……!」

 

 あまりの苛立ちに口の端から変な音が漏れ始め、全身がプルプルと震える。

 あいつマジで覚えとけよ…。

 次出てきたら殺す…ぜってえ殺す…。

 

 その覚悟を胸にし、俺は力強く奥歯を噛み締めた。

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