少年は守られるだけの存在だった、人型の夜魔と契約するまでは   作:mowさん

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7話

 

 

 「…はあ…」

 

 部屋に目覚ましの音が鳴り響き、一日の始まりを告げた。

 見慣れた天井に、見慣れた部屋、見慣れた風景の中に、

 

 『今日から学校だろう。早く起きろ』

 

 見慣れない人影があった。

 ベッドの横に立ってこちらを見下ろすリリアスを認め、つい小さく声が漏れる。

 

 「……なにしてんの、お前」

 

 『退屈だったからな。お前のマヌケな寝顔を眺めていた』

 

 ほんとに何してんだよ。

 つーか、寝顔なんて大体の人間がマヌケ面だろ。

 

 「暇なら寝とけよ」

 

 『私に睡眠は必要ない』

 

 「じゃあ出てこないで大人しくしとけ」

 

 メゾンド藍世から勝手に出てくるんじゃない。無断外出厳禁だぞ。

 

 『断る。いつ出てくるかは私の自由だ』

 

 「……」

 

 相変わらずの偉そうな態度に辟易するが、朝から言い争う気力もない。

 無視してベッドから起き上がり、あの日を機に新品となった制服に着替え始めると、リリアスが背後で声を発した。

 

 『藍世』

 

 「なんだよ……!?」

 

 振り向き、そこにあった光景に目を剥く。

 

 『1つ言いたいんだが…こういった本の隠し場所は考えた方がいい。すぐに見つけてしまったぞ』

 

 リリアスの手に握られていたのは、俺がベッド下の奥地に隠していたムフフな本たちだった。

 

 「何してんだお前!?」

 

 こいつ、人が寝てる間にエロ本探ししてたのか!?俺がネットショッピングで必死に集めた秘蔵のコレクションを暴くんじゃねえよ!

 

 「ちょ、返せ!」

 

 『ふーん、お前はこういうのが好きなのか』

 

 リリアスはパラパラとページを捲りながら、こちらに細い目を向けてきた。

 

 「ふざけんな!読むなボケ!」

 

 リリアスから本を奪い返そうと攻撃するも、ヒラリヒラリと簡単に躱されてしまう。

 

 『ほうほう…』

 

 「おまっ、避けながら!?器用か!」

 

 俺の拳や蹴りを華麗に避けながら、リリアスは本を読み進めていく。

 

 『藍世くんは年上が好きなんだな』

 

 「黙れッ!」

 

 十数分の格闘の後、リリアスの本を読む手が止まった。

 理由は全部読み終わったから。今世紀最高に最悪な朝だ。

 

 「クソ……マジで死ね…」

 

 生まれて初めて本気で他人を殺したいと感じている俺を横目に、リリアスが思い出したように口を開いた。

 

 『あ。お前…いいのか?』

 

 「ああ?何がだよ!?」

 

 今のところいいことなんか何もねえよ!

 

 『時間』

 

 「は?……」

 

 ふと、時計に視線を向けると、時計の長針が既に12を通り過ぎていた。

 

 「……」

 

 ポカーンと口を開けたまま、脳内で今後の流れをシュミレーションする。

 まず着替える。そんで顔洗って歯磨いて飯食って、ゴミまとめて―。

 シュミレーション結果。

 ―本当にヤバい…を通り越して、もはや終わり。

 

 「〜〜!」

 

 あまりにも情けない叫び声が室内に木霊した。

 

ーーー

 

 「クソ…最悪だ」

 

 「こっちのセリフ!」

 

 職員室で絞り上げられること十数分。

 ようやく解放された俺と彩羽は、重い足取りで教室へと向かっていた。

 

 「アンタのせいで私まで遅刻する羽目になったんだけど?」

 

 「…いやほんと、申し訳ないとは思ってる」

 

 朝の騒動の後、大急ぎで準備をしたものの現実は残酷である。律儀に俺を待っていた彩羽を巻き添えにして見事遅刻をかましてしまった。

 ちなみに元凶たるクソ銀髪は逃げるように姿を消している。あいつガチで許さねえからな。

 

 「それにしても…復帰初日のくせに寝坊って。元気なのはいいけど何?夜更かしでもしたの?」

 

 彩羽には、遅れた原因は寝坊と伝えてある。

 流石に女の夜魔にエロ本読まれたから、とは舌を引き抜かれてすり潰されても言えないからな。

 

 「目覚ましかけ忘れた」

 

 「ふーん?舞白さんは起こしてくれなかったんだね」

 

 「今日は帰ってきてすぐ爆睡してたっぽい」

 

 「疲れてるのかな。まー最近忙しそうだしね」

 

 討魔官の深夜勤務はいつ見ても本当に大変そうだが、彩羽の言う通り最近の姉は特に忙しそうにしている。帰宅して即爆睡なぞ珍しい。

 

 「お前も忙しいのか?」

 

 「私は全然。上の人らがバタバタしてるせいで、研修日が減ってむしろ暇なくらい」

 

 「へー」

 

 そんなこんなで、いつの間にか教室に辿り着いていた。授業中ということもあり、中からは女の教師の声だけが聞こえる。

 

 「ん?どした?入らないの?」

 

 扉の前で立ち止まっていると、隣で彩羽が首を傾げた。

 

 「授業中に入んのって気まずくね」

 

 「別にいつ入っても気まずいでしょ。ガッツリ遅刻してんだからさ」

 

 彩羽はそう言うと勢い良く扉を開け放った。教室中の視線がこちらに集中する。

 

 「おはようございます瑞原さん、椎名くん。遅刻ですね」

 

 授業を行っていた女教師…木室先生がこちらを向き、冷たい口調で告げた。それに対し、彩羽が元気に口を開く。

 

 「すみませーん!藍世のせいで遅刻しちゃいました!」

 

 「おい」

 

 ふざけんなよコイツ。

 わざわざ言うな。その通りだけど。

 

 「椎名くんのせい…?もしかして、まだ体調悪いとか?」

 

 木室先生が心配そうな表情で俺の体調を慮ってくる。

 入院を終えて早々の遅刻ということで何やら勘違いしている様子だが、全然体調とかが原因ではないのが心苦しい。あー、寝坊(嘘)って言ったら失望されそう…。

 

 「えー…」

 

 「心配無用です。ただの寝坊なんで、コイツの」

 

 言い淀んでいると、代わりに彩羽がスパッと言い放った。

 

 「寝坊……まあ病み上がりですし、今回は大目に見ましょう。職員室には行きましたか?」

 

 「はい。こってり絞られました」

 

 そう答えると、木室先生は苦笑いを浮かべた。

 

 「ならよし。席に着きなさい、授業を続けますよ」

 

 無事許可が出たため、彩羽と共に教室へと入り、各々席へと腰掛ける。

 背負ったカバンを降ろし、中から教科書やら筆記用具を取り出していると、突如として視界の端に銀色が揺れた。

 そちらに横目を向けると、そこには心底呆れた表情を見せるリリアスが立っていた。

 

 『遅刻するとは情けないな、藍世』

 

 …誰のせいだと思ってんだ…?

 つーか、周りに人がいる時に出てくんじゃねえよ…!

 

 『…誰のせいだと思ってんだ?とでも言いたげな顔だな』

 

 表情だけでそこまで的確に?俺の顔、雄弁に語りすぎだろ。

 

 『私のせいだと言いたいんだろうが、お前が私を無視して準備をすれば間に合っただろう?これはお前の判断ミスが招いた結果だ』

 

 クソ…コイツ…人が言い返せないのをいいことに好き勝手言いやがって。

 てか正論みたいに言ってるけど、そもそもお前が勝手にエロ本漁らなきゃ良かった話だよな?

 

 「椎名くん…?どうかしましたか?なんか震えてますけど…?」

 

 「…な、なんでもないっす…」

 

 怒りで体が意図せずに震えていたらしく、木室先生が不思議な物を見る目で問いかけてきた。

 できる限り平静を装い、普段通りの声音で返答する。

 

 「ならいいけど……」

 

 何とか誤魔化すことに成功し、木室先生は授業に戻った。

 

 「じゃあ、この問題を誰かに解いてもらいます。分かる人はいますか?」

 

 木室先生が、黒板に書かれた数式を差しながら声を上げる。しかし、誰も自ら手を挙げようとはしない。

 

 『解きに行かないのか?』

 

 行くわけねえだろ、めんどくせえ。

 

 『…あ…お前には分からんか』

 

 耳元で囁かれた嘲り。

 頭の中で何かが切れる音がして、その音に弾かれたように手を挙げた。

 そんな俺を見て、周囲のクラスメイトがざわめいた。小さく「え?休み明けなのに?」といった声が聞こえてくる。彩羽に至ってはこちらに思い切り顔を向け、急に何やってんの?と言いたげな鋭い視線を刺してきている。

 

 「お、やる気があっていいですね。じゃあ椎名くん、前に来て解答を記入してください」

 

 指名された俺はすぐさま席を立ち、ズカズカと黒板へと向かう。使い込まれて短くなった白のチョークを手に取り、力強く答えを記入した。

 

 「椎名くん」

 

 木室先生の瞳が俺に向く。

 

 「はい」

 

 「不正解です」

 

 俺の席の傍で、リリアスが腹を抱えて笑い転げた。

 

ーーー

 

 「藍世、帰ろ」

 

 「……おう…」

 

 6時限目が終わり、ようやく放課後。ぐったりと机に項垂れる俺に声をかけてきたのは、放課後になっても元気そうな幼馴染だった。

 

 「…やっぱ久々の学校は疲れた?」

 

 「まあな…」

 

 本当に…本当に疲れた。

 原因は学校じゃねえけど。

 

 「…」

 

 全身に伸し掛る疲労感の元凶へと視線を向ける。

 元凶―リリアスは、開かれた教室の窓に腰掛け、心地よさそうに風を浴びていた。無駄に絵になるのが腹立つ。

 

 「…グッタリしすぎじゃない?もしかして体調悪い?」

 

 「いや…大丈夫。帰ろう」

 

 のっそりと立ち上がり、カバンを背負う。彩羽を連れ立って教室を出ようとしたタイミングで、やるべき事を思い出した。

 

 「…あ」

 

 「ん?どったの?」

 

 小さく声を漏らした俺を、彩羽が不思議そうに見つめてくる。

 

 「悪い、先に昇降口行っててくれ。ちょっと寄るところあるわ」

 

 「え?まあいいけど…どこ行くの?」

 

 「図書室」

 

 

 

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