感想、評価など、気軽にいただけると幸いです。私が狂ったように喜びます。
レオナルド・ウォッチは今朝、ダイアンダイナーのモーニングを食べに来ていた。
店長の入れるおかわり自由のコーヒーは鼻腔をくすぐってくる。あのギルベルトが淹れるコーヒーとはまた違った美味しさがここにはあるのだ。
出来立てのパティの乗ったハンバーガーを一口噛めば肉汁とシャキシャキのレタスの水分、チーズのとろみ、トマトの酸味が一気に口に広がりダンスをし始める。もう一口、もう一口と噛んでいけばいつの間にか手に持っていたはずのバーガーが消え、後に残ったのは口周りの汚れだけになった。
腹七分目ぐらいの満足感。このちょうどいい量が、今日のHLを過ごす元気を与えてくれる。
「どうした急に変なこと言い始めて。とうとうお前もイカれちまったか……」
「あれっ、口に出てましたか?」
ぶつぶつと独り言を言い続けるレオに対し、店の店員であり店長の一人娘のビビアンがスパッとツッコミを入れた。
おかしなレビューはしていなかったはずだ。実際、この店のバーガーは美味い。
「今日は朝から大事な仕事があるんですよ。せっかくだから願掛けついでに」
「うちのハンバーガーはラッキアイテムじゃねーぞー」
すんませんすんません、と笑いながら紙ナプキンで口元を拭き取る。
今日もまた忙しない日常が始まる。
何やら外が騒がしい。放送によるとどこかの異界配合動物が逃げ出して人々を無差別に襲っているとのこと。
窓の外を見れば多くの逃げ惑う人とサイレンをけたたましく鳴らすいくつものHLPDの姿。
そして人々を噛みちぎりながら暴れ回る『ちわわ』の姿が。
(ちわわってなんだよ。明らかにそんなキュートでプリティーな名前をしていい生物の姿じゃないでしょ。もっとエキセントリックでサディスティックな何かだよアレ!)
高速で移動するその姿を唯一捉えられたレオは内心でそう思いながら、残りのコーヒーを啜った。
追加で入ってきた情報によれば未だ死傷者は0名らしく、HLではとても奇跡的なことが起こっている。
「珍しいこともあるもんですねー」
「死者0名?すごっ、どう見ても怪我人で収まる血の量じゃないじゃん」
彼女のいう通り、ものすごい血の量だ。
凝視してみるとみんな足や腕を食いちぎられているだけで確かに死者は出ていない。死にかけの状態ではあるが、異界人程度ならあのじょうたいでも問題なさそうだ。
ふと、どうしてか、視界の端に勢いよく走っていく少年が視界に入る。
明らかにサイズ感の合っていないシャツにズボン。体のあちらこちらが血で塗りたくられており今の事件におそらく巻き込まれたのだろうか。
こじんまりとした体に、黒髪に、病的なまでに白い肌。そして……
赤い瞳と赫い翼。
あれは——
レオの神々の義眼がそれを捉える。今まで数々の吸血鬼をこの眼で見てきたのだ。今更、間違うはずもない。
急いでライブラに連絡を、そう思いそっとスマホを取る。この場で電話はまずいと思い、メールを打とうとしたその時——
彼と目が合った。
ひどく、ひどく憔悴しきった表情だ。身体を停止させ、そして驚愕が次第に絶望へと変わっていった。
たった0.1コンマの出来事。固定化された足は半円をきれいに描き翻る。
そして、彼は、逃げた。
それはもうものすんごい速度で。まさしく脱兎の如く、韋駄天のように。
(え?逃げた?なんで?えっ、明らかに目あったよな……ほんとに逃げた?…………スッゲー逃げてる……)
いや、目があったからと言って、逃げる理由にはならないのではないだろうか
「えっ?…………えっ…………えぇぇぇぇっ!?」
「うおっ、どうした急に!?」
—————数分後
「っていうことがありまして……」
連絡の後、一旦事務所に集まることとなったレオはことの顛末をメンバーに話した。
『蒐集呪体』のことはスティーブンからすでに耳にしている。今回も相当な厄ネタだが、それも今更な話だ。
皆、真剣に彼の話を真剣に聞いている。否、一人除いて真剣に聞いている。
「テメェの陰毛頭を見て総毛立ったんじゃねぇか?」
「えっ、やめてください。普通に傷つくんすけど」
「よくそんな状況で無事でしたね、レオ君」
「いやほんとに。ガチで詰んだと思いましたよ。なんで生きてるんすかね?」
「おっっっし〜〜」
「おしいってなんだ!?惜しいって!!」
半魚人の青年、ツェッドも混じり、いつも通りの漫才を繰り広げる一同。こんな危機的状況でも平然といられるのはある意味彼らの長所だろう。
そんな彼らを他所に、ライブラのリーダーであるクラウスとスティーブンは話を進める。
「つまり彼はレオナルドの眼の件をどういうわけか知っている、というわけだな」
「ああ、これは面倒なことになった。こちらの手の内がバレてるのは痛いぞ。運が良いことに、奴はレオを襲う力もないほど弱体化している可能性があるが、その猶予もいつまで持つかわからない。こうしている間に
「レオナルド。その
「ええっと……」
少しの逡巡の後、レオはその時の印象を告げる。
「なんというか……すごく怯えていました。僕にだけじゃない。この街にも、住人にも、自分自身にも」
興味関心や敵意などを向けられてきたことは数あれど、あそこまで肉食獣に追い詰められた被捕食者のような眼差しを向けられるのは初めてであった。
「そうか」
「異界接続者。蒐集呪体。人工
そう宣言したスティーブンのポケットから一つの着信音が。
電話の主はチェイン・皇。不可視の人狼であり、諜報、潜入捜査のエキスパート。
彼女にはレオから聞いた『蒐集呪体』の容姿を知らせ、捜索をしてもらっている。
監視カメラに奴らは映り込むことがないので、彼女の力だけが頼りだ。
『こちらチェイン。件の
「よくやった。今すぐむか『えっ』……どうした?」
『いえその……対象がですね…………F1カーと衝突しました」
「ん?…………よく聞こえなかった。もう一度言ってくれるかい?」
『対象が、すごい勢いで走ってきた銀行強盗の乗ったF1カーと出会い頭に衝突。そのまま先端に引っかかった状態で走行中。…………対象、ロストしました』
何度でも言うが、ここはヘルサレムズ・ロット。
魔道、化学、心霊、ありとあらゆる超常現象が起きる異常都市。
だから、まあ…………銀行強盗がF1カーに乗って市街地の公道の上でブイブイ言わせていることぐらいそれほどおかしなことではないだろう。
それが、
「そういえばK・Kさんは?」
「ご子息の運動会だそうだ」
「ここを逃せば親としての立場が消える、と死に物狂いで言われたよ」
「大変すっねぇ……」