夕日がHLを包む。
…………災難だった。
ボクはポップコーン機の爆発に巻き込まれ、今度はまた違う方向に弾き飛ばされた。
そのままはるか先まで飛んでいったかと思えば、ボクはあの世界最大の個人であるギガフトマシュ伯爵に衝突し、その反動で地面に強く落下した。
彼は特に気に留めることもなく、鳥が当たっちゃったかな?ごめん。と言ってくれた。
そうしてぐちゃぐちゃになって、また復活したボクは頑張って身体を起こし、小さな路地裏に身を隠した。
…………疲れた。
「————何なんだよ!!」
怒りに任せ、ボクは壁を強く叩きつけた。
そしてコンクリートの壁はすぐさまペシャンコになる。どうやら力加減を間違えてしまったらしい。
どれほど体が再生しようと、あの時の痛みは今でも覚えている。
死にたくても死にきれない身体。車に引きずられ、凍結させられ、体のあちこちを食いちぎられて————ボクの心はもうボロボロだった。
なんであそこで一番会いたくないスティーブンに会うんだよ!おかしいだろ!
ボクが何か悪いことをしたのか!?
どうしてボクだけこの世界で、こんなクソッタレな目にばかり合うんだ!?
「『蒐集呪体』……」
スティーブンの独り言が頭の中で何度も反芻する。
しゅうしゅう……収集……しゅう"集"…………ってことはつまり、何かを集めるってことだ。じゃあ何を。
呪体、呪、呪物、呪い……そう、呪い。
『呪い』。
つまり、ボクは…………そうか。どうやらただの化け物では無いらしい。
レオと目がバッチリあった時から違和感はあったのだ。まるで誰かに仕組まれてるような、敷かれたレールの上を走らされているような、そんな気がしてた。
じゃあ、あの時起きた事故も、爆発も、人々が死にかけて悶え苦しんでるのも、全部、全部————
「ボクのせいだ」
ははっ、はははっ、はは、ハハハハハハ……ははっ、は、は…………
……はぁ。
だめだ。狂ったフリもできない。
この体になってから精神異常的な耐性がついてしまったようだ。
発狂もできなければ、死ぬこともできない。死への恐怖はあるのに、死に対する忌避感が徐々に薄まっている。矛盾だ。ボクは気持ちが悪いほど矛盾している。
イカれた精神に、イカれた身体。そしてイカれた能力。
これじゃあ、ほんとに、化け物じゃないか……
吐きたい。胃のなかのものを全部ぶちまけてしまいたい。
でもあいにくと吐きたいものはさっき全部内臓もろともまろびでてしまった。
ストレスで髪の毛が白くなって…………そしてまた元通り。
ゾンビのように、背筋を曲げて、壁に寄り添ってボクは歩き続ける。
一体どこへ?
この世界にボクの家なんてない。
もし「外」に出たとしたら…………一体何人の人が死ぬんだ?
ああ、だめだ。想像しただけで、視界が歪む。
死ぬのは嫌だ。けど、ボクのせいで人が死ぬのはもっと嫌だった。
誰かに迷惑をかけるのが嫌いだった。自分が原因で他人を苦労させると死にたくなった。
どこまでいっても小物で、小心者なんだ、ボクは。
目覚めた時に散らばっていた死体は、どこかボクにとっては他人事だった。もしかしたらボクは巻き込まれただけの被害者なんじゃないか、ってそう言い訳していたんだ。
けどもう、ボクは見て、聞いて、そして知ってしまった。
ボクがいるせいで人が死ぬ。
ああ、いっそのこともう奈落にでも落ちてしまおうか。落ちて、落ちて、落ち続ければ、きっといつかは考えるのをやめれる気がする。どこかの、誰かが、似たようなことをしてた記憶がある。
その方が、誰にも迷惑をかけずに済む。じゃあ、永遠の虚の方にでも行こう。そこならきっと、大丈夫。場所はわからないけど、多分キリが濃い方に行けば自然とたどり着くはずだ。
そう思ってもボクの足は全然動かなかった。
「くそ」
ああ、情けない。
「クソクソっ、クソォ!」
ボクはどれだけ他の人に迷惑をかけても、ボクのせいで他人が死のうとも…………無意識のうちに生きたい、と思ってしまっているらしい。
バカを言うな。このまま生き続けて、一体誰が幸せになるって言うんだ?
自分の底なしの生存欲求の醜さに反吐がでる。
「動け!動けッ!」
そうだ。
死ね。
死ね、死ね。死ね!
殺されてしまえ、化け物め。
「動けよ……動いてくれよぅ……」
それがみんな幸せになる、一番簡単な道だろう?
何分経っただろうか。ボクの足へ永遠に動くことはなく、疲れてその場にへたり込んでしまった。霧の奥の夕日はすでに顔を隠し、危ない夜を迎えようとしていた。
ライブラはまだボクを探しているのだろうか。どうせならさっさと見つけて欲しいなぁ。
でも、また惨めったらしいボクのことだ。すぐさま恐怖で逃げてしまうかもしれない。なはは
そしてこんな時ばかり、運命の女神はボクに微笑む。
「クラウスさん……」
「ああ。彼で、間違いないのだね?」
「……はい」
遠く、遠く、はるか遠く、そしてあまりにも近くに見たことのある二人が来た。
トレンチコートの大男。獣のような体躯をしていながら、決して正道を踏み外さない勇ましい赤毛の男が、小さな少年と共にこちらに歩いてくるのを見る。
ボクは後ずさった。
動けかったはずの足は何事もなかったよう、また一歩。そしてまた一歩と足を後ろに向ける。
だがもちろん彼らの歩みの方が早いのは必然で
壁に擦り寄ってただけのボクはあっという間に追いつかれた。
赤い髪の大男と、目があう。
クラウス・V・ラインヘルツ。
この世界の主人公にして、無類の紳士。そして、人類最強。
そこにいたのは鬼だった。
押しつぶされるような緊張感。一体何を考えて、彼はボクを見ているのだろう。
追い詰められたウサギのように、生存本能のまま身体を必死に少しでも離そうとしてくる。
これが牙狩り。幾度となく修羅を巡り、生き残ってきた者の眼差し。
スティーブンとは違う。彼は言うなれば猛禽類。緻密に計画を立て獲物を理性的に追い求める暗殺者だ。
対してクラウスはどうか。
そうだ。獅子であり、鬼であり……まさに王に君臨できるような力の象徴がそこにはいた。
こんなもの、ただの一般人が耐えれるようなものではない。
むしろレオはよくこれを浴びて丸一日吐くだけで済んだものだ。本当に……どこが一般人だというのだ。
二人は何も言わない。
一人はずっとこちらを見てて、もう一人はこっそりと、何かをメモ書きに書いている。
多分、あれはボクの名前だろう。
あったんだ、名前。
名前が存在していなければ密封されることもない、と一縷の望みに賭けていたのだが……どうやら徒労となってしまったようだ。
「ボクは、ボクは…………」
どうやらボクは惨めにも命乞いをしたいらしい。
なはは、ますます醜くなっていくな。まあ、バケモノの末路には相応しいかもしれないが
しかしなんて言えばいいんだ?
助けを求める?ボクみたいな厄介者が行ったところで迷惑をかけるだけだ。
彼らはこの街で最も多忙な人類の一人。こんな厄ネタの塊みたいなものを押し付けられたらたまったもんじゃないだろう。あと、多分スティーブンが大反対する。
じゃあ、今すぐにでも襲ってしまおうか?
それは……まあ、ワンチャンある。
あるけれど、そんな選択肢ができるほどボクは覚悟のできた英雄じみた性格なんぞやしていない。人を殺せる勇気なんてものは持ってないし、傷つけるのはもってのほかだ。
それが彼らなら尚更。
もはやボクはどこか投げやりになっていた。
どうせなら最後まで生きるチャンスを掴もうと。
「ボクは…………ボクは悪い吸血鬼じゃないよ!」
二人の動きが完全に固まった。
レオが手を止めて、やべー奴を見るかのような眼差しを送ってくる。
……な、なんかぁ、反応が欲しいな。ボクがすべったみたいじゃん?これじゃあ。
…………ねえ、すっごいフリーズしてるんだけどぉ!?
いや確かに返答には困るけど!ボクもなんで言ったのかよくわかってないんだけど!
クラウスはともかくさぁ、レオはなんか言って欲しいかなぁ!いつものキレキレのツッコミはどうした!?怖い、怖いよぉ!
なんて少しおちゃらけてしまったのは、彼らが来てくれたことに対する安堵があったからだろうか。
確かに、彼らならこんなクソみたいな状況も何とかしてくれるんじゃないかって思って
——————そして、現実はそれほど甘くはない。
「承った。では少々話を聞——」
先に動いたのはクラウスだった。壁に寄りかかるボクに対して目線を合わせるように膝を下げる。さすがは紳士、
様子がおかしくなったのは、レオの方だった。
「あっ、ぅあっ……」
彼は手に持っていたメモ帳を落とす。
「?……どうした、レオナルド君」
いつもの元気な彼とは違う。明らかに様子がおかしかった。
目を見開き、焦点が合わなくなっていっている。
薄い目の間から神々の義眼が露出させたまま、胸を強く抑えて倒れ込み、彼はとても苦しそうに悶え始めた。
「ぐっ……あ"あ"っ!がぁぁぁあ"あ"!?」
「レオナルド!?」
突拍子もなく倒れ伏し苦しみ始めたレオの様子に、クラウスは珍しく動揺を見せ彼の様子を慌てて診始める。
ボクはそれをただ黙って見ることしかできない。
「ぐぁあ"あ"っ!?」
「堪えるのだ、レオナルド!!」
えっ?
な、何で、何でレオが倒れてるの?
クラウスがほんの一瞬だけ、ボクを一瞥した。
それだけだった。それだけで、ボクはなにも考えられなくなった。
「なんで?な、何で何で何で何で何で何で!?なにも……なにもしてない!ボクはっ、ボクはほんとに、何にもやってない!」
何度も、何度も何度も何度も、髪をかきむしり続ける。掻きすぎて。血が出るがそんなことは知ったこっちゃない。
違う。こんなの知らない。
ボクは、何で?何で、どうして?
なんでレオが苦しんでる?
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
ボクのせいなのか?でもどうして?何で?少なくとも今までの不幸や災いは全部ボクの元に来た。その全ては外的要因で物理的なものだった。
でも、これは違う。これは明らかにボクが原因だ。ボクを間近で見て名前を書き始めたあたりから様子はおかしくなった。
メモ?忌名……名前は弱点……
名前……まさか。まさか!
ボクはメモ用紙の切れ端を掴んで見る。そこに書いてあるのはボクの名前だ。
ボクの本名、[編集済み]が書かれている。これか?これが原因なのか?
何故と考えるより早く、ボクは紙を破り捨てた。
「…………やっぱ、死んだ方がいいのか、ボクは」
なんてことを呟いて、運命の女神はまたボクに微笑んだ。
足元が突然、崩れ始める。ちょうど、ボクと彼らを境目にして。
理由なんてどうでもいい。ボクは、またこうやって死に損なうのだ。
行き先はどこだろうか。奈落だとちょっぴり嬉しいかな。
レオの様子を見ていたクラウスが少し遅れて、ボクの足元が崩れていくことに気づいた。
何か言っているけれど、瓦礫の崩れる音と爆発音でよく聞こえない。
ボクを見ないでくれ。ボクなんか見ないで、彼を見守っててくれ。
だから、だからどうか。
「助け————」
次に眼に入ってきたのは鼻が捻じ曲がるような臭いをもつ汚水だった。
どうやら崩れ落ちてきた先は、下水道だったらしい。
勢いを増した下水が津波のように押し寄せて、ボクを飲み込みどこかへ運んでいく。
ゆりかごのように揺れる振動と、無駄に生ぬるい温度が心地いい。
もう、寝よう。このままずっと、お前は起きなくていいからさ。
「少年!!」
「クラ……ウ、スさん……」
「レオナルド!無事だったのか!」
「そん、なとより、あ、子を……急いであの子を……!」
「しかし………………いや、了解した。彼を保護したらすぐに戻る。ソニック、彼を頼んだ」