Fate/alter Seven Sight ――the First Sight――   作:どっこちゃん

10 / 14
章を二分割だと、長ったらしいかと思い、さらに小分けにしてみました。
以下戦闘パートです。



四章ー3

(木曜日・夜)

 

 

 気がついたときには私達は冷えたアスファルトの上に投げ出されていた。令呪によるサーヴァントの強制指令と、空間転位である。

 

 一連の動作ゆえに一つの令呪ですべてを決することが出来たようだ。

 

 しかし拙い事をしたかもしれない。身の安全を確認しつつ、思案する。こんなところで令呪を使ってしまうとは思わなかった。

 

 私一人なら、ライダーに守られながらあの超高圧と低音の嵐から逃れることも出来たのかもしれない。

 

 もっとも、その是非を問う暇が無かったというのが本音なのだが。――

 

「令呪とやらを使ったか。フンッ。良い判断だ。あのまま飛び出しても、無事で澄んだ保証は無いからな」

 

 珍しくこっちの思考を見越したような事をライダーが言う。

 ……否、そうではない。ライダーをしてそれほどまでに危機的であったと言わしめるほど、今の不意打ちは致命的であったということなのか。

 

 ならば令呪一つで身を護れた事を良しとしなくてならないかもしれない。

 

 私は身震いしていた。それほどの敵が、今までの敵とは比較にならぬ凶気が、今私達に向けられているのだ!

 

 私は努めて自分を抑え、ライダーと使い魔達には周囲の警戒を指示し、気を失っている耀子の容態を調べた。

 手足に多少の凍傷と、首に痣が出来ている。ムチウチくらいにはなっているかもしれないが、いまのところ命に別状はなさそうだ。

 

 私は彼女を安静に路肩に寝かせ、自分の着ていた上着をかけた。だがその口腔から弱々しく漏れる息が白く煙っている。

 

 私の指先も、あまりの低温ゆえに感覚が戻っていない。かなりの距離を空間転位したにも関わらず、あの霧とそれに伴う異常な冷気の余波からは逃れられていないようだった。

 車体を瞬時に凍結させてしまうほどの冷気は、その周囲一帯にまで影響を及ぼしているらしかった。

 

 もっと遠くまで跳ぶべきだったと今更ながらに後悔の念が湧き起こるが、今更考えても詮無いことだ。だが、問題なのはこれほどの規模の魔術を、いったい何者が引き起こしているのか、ということだ。

 

 キャスターのサーヴァントはすでに倒した。これが残りのサーヴァントの能力か何かで無いなら、それをやってのけたのはそのマスターだということになる。

 

 もしもその懸念が当たっているというのならば、その魔術師は、一体どれほどのバケモノだというのだろうか。

 

 兎角、このままでは耀子は凍死してしまうだろう。私は服を脱ぎさって、まず鞄に化けさせていた使い魔をいつもの帽子に変化させた。

 

 それを被ると、帽子の淵からさわさわとした手触りのいいものが降りてきて、グローブやウセフといったいつもの魔術礼装に変化した。同時にそれらからは雅な香りの漂う香油が滲み出して、私の身体を覆い、冷気から遮断した。

 

「フン? なんとまぁ、用意のいいことだな」

 

 一息間に行われた私の「変身」をしげしげと眺め、感心するような声を上げるライダーに余所見をするなと激を飛ばしつつ、私は作業を続けた。

 

 とはいえ、如何に呑気な声を出していても戦時下で気を抜くような男ではないことはわかっている。

 

 私は自分の礼装の用意が済むと、今度は帽子に手を掛け、大体の当たりをつけて半分に裂いた。

 

 半分はそのままサイズダウンした帽子になって私の頭上に留まり、残りの引っぺがした方は変化の魔術が解け、元の姿に戻った。一見すると一抱えもありそうな黒い毛玉なのだが、それを地面に放ると四足でスタリと着地して「ニャー」と鳴いた。 

 

 多少オーバーサイズな感はあるが見てのとおりの猫である。ただでさえでかいうえに、長毛種なのも手伝って猫であることを疑われて久しい愛すべき我が家の大食漢である。名前はレオだ。

 

 指示をすると、ただでさえ大きなレオの体は更に、更に大きく引き伸ばされ、一枚の毛布のようになって耀子の身体を丸く包み込んだ。

 

 ちょうど寝袋のような状態だ。これで彼女は凍死しなくて澄むことだろう。

 

「レオ。耀子先生をお願いね」

 

 

 そう言うと、巨大になった毛玉の何処から出ているのか解らないが、とにかく「ニャー」という威勢のいい返事が出た。私はすぐさま帽子に手を突っ込んで携帯電話を取り出した。

 

 コールしている間、なぜかライダーはなんともいえないような目で私を見下ろしてくる。

 

「――ふん。なんというか、足下の扱う妖術というのはかわっとるなぁ、……俺様とて詳しいわけではないが、魔術妖術の類とはもっとおどろおどろしいものではないのかのぅ」

 

「……何? ライダー、ぶつぶつ言ってないでちゃんと見張って、救急車の手配はしたから」

 

 だめもとでやってみたのだが、携帯はしっかり通じた。どうやら、敵は魔術の隠匿にはそれほど気を裂いていないらしい。兎角、これで耀子の安否については目星が立った。

 

 後は私達がこの場を立ち去ればいい。

 

「ふむ? そんなものを呼んでもここまで来られるものか?」

 

「……まずはここから離脱して、ライダー」

 

「うむ」

 

 言うが早いか、ライダーの戟が閃き、気がついたときには私達は疾走する真紅の馬体の上に居た。

 

「……この結界がなくなれば助けはすぐに来る。今のは確実に私達を狙っていた。なら、まずは私たちから耀子先生を遠ざけるのが重要」

 

「フン。なるほどな。して、この後の策は如何とする」

 

 私は少し思案してから応えた。

 

「……とにかくこの結界を何とかしなくちゃならない。……この状況での対策は二つ。ひとつは逃げること」

 

「ふむ」

 

 このまま騎兵としての脚力に任せて離脱をはかる、私達が結界の外に出ようとすれば、結界ごと私達を追うか、新しく張りなおさなければならない。

 

「……もうひとつはこちららから敵を迎え撃って速攻で倒すこと」

 

 元凶である敵を討ってしまえば当然結界は消える。それを聞くと、ライダーは即答した。

 

「当然、後者であろう」

 

「……私もそう思う」

 

 たとえ逃げてみても、この結界がその径を広げられる可能性もなくはないし、そして私達を素通りして耀子を狙うことも絶対にないとは言い切れない。やはり危険の元は根本から断ってしまうのが一番の策なのだ。

 

「フン。なんだ、たまには意見が合うではないか。で、どうするのだ? 敵の位置はわかるのか」

 

 大体からして、コイツが逃げるという提案をすんなり受けるとは思えない。

 

「……ライダー、四方に殺気を放ってどのくらいの範囲を探れる?」

 

「せいぜい四半里といったところだ。しかしこちらの位置も敵に知れるぞ?」

 

「……やって。そのほうがあんたもがやりやすいでしょ」

 

「フフン。――心得た!」

 

 ライダーが嬉々として吼えると同時に、凄まじい波動が解き放たれたのが彼の懐にいた私にも解った。 

 

 敵が誰なのか、この時点ではまったくわからなかった。しかし、奇妙な感覚があった。もとめていたものが自分から向かってきてくれたような感覚だ。

 

 不意に紅の騎馬が足を止めた。

 

「……ライダー」

 

「うむ、居るな。フフン。特大の殺気の持ち主が応えおったぞ。正面だ」

 

 言われてその方に目を凝らすと、まるで靄のように霞む人影がおぼろげに見えたような気がした。

 

 それが矢庭に輪郭を際立たせ、瞬く間に実体を得て、いつの間にか眼前には目を逸らすことさえかなわないような存在感を放つ一人の益荒男の姿が浮き上がってきた。  

 

 この結界の中で悠然と佇んでいる以上、それはこの霧を私達に仕掛けた本人か、またはその従僕でしかありえない。

 

 いかにも無骨な西洋のものと思われるカブトとチェーンメイルを纏った巨漢だった。まず見るものの目を引き付けるのは、鳩尾のあたりまで伸びている立派な髭だろう。むしろひげの中に顔が埋まっているような感さえある。ずんぐりした樽のような恰幅のいい巨体。

 

 身長2メートルをゆうに超えるライダーに比べれば上背こそ僅かに譲るものの、その重厚な装備の上からでも容易に窺える筋肉の隆々たる起こりを見れば、その膂力が決してライダーに引けを取らぬであろうことは想像に難くなかった。

 

 と思う暇こそあらず、まずは巨漢が真っ直ぐにこちらに向かってきた。その大樽のような巨体からは想像もできぬほどの足捌きであり、スピードだった。

 

「フン! 面白い!」

 

 言うや否や、ライダーは私を騎馬の上に残し、単身地に降り立って、こちらに向かってくる髭の男に向き直った。ライダーは真正面から受けてたつつもりなのだ。私もあえてそれを止めようとは思わなかった。

 

「……ライダー!」

 

 掛けた声に制止の意味ではなく、むしろその行為を容認してのことだった。

 

「せいぜい安心してそこに居れぃ!」

 

 樽のような漢は美しい模様の浮かぶ幅広の片手剣を振るって迫る。見たところ、あれはヴァイキング・ソードというものだろうか?

 

「フン。――こぉおおおおおッ!」

 

 ライダーは大上段に掲げ上げた戟を、まるで大斧のように掲げて眼前の漢にたたきつけた。

 

 髭の男は避けなかった。ただ剣を頭上に掲げ、まるで駒のようにその丸い身体を回転させ、ギロチンの刃よろしく落下してくるその分厚い刃をいなしたのだ。

 

 男の動きはそこで止まらなかった。男の武器はそれなりの長さを持つ片手剣だが、対して男よりさらに上背のあるライダーが手にするのは三メートルほどもあろうかという長大な戟だ。

 

 本来、馬上で使われるものなのだから当然なのだが、やはり懐に入られるとライダーの方の分が悪い。

 

 当然の選択として、長剣の男は剣の間合い、ショートレンジでの戦闘を挑んだのだ。

 

「――猪口才な!」

 

 といって、胴を狙ってきた刃をライダーは戟の柄で受けようとしたのだが、セイバーの剣筋がそこで矢庭に変化した。

 

 強靭な手首の反しによる片手剣独特のトリッキーな軌道変化である。

 

「――フン!」

 

 浅い、感嘆とも取れる呻きを上げて、ライダーはそれを紙一重で躱す。

 

 髭の戦士の縦横無尽の斬撃は止まらない。

 

 それが凄まじい速度と重さで、しかも断間なく繰り出されてくる。

 

 その野太い腕に見合いの腕力で、打ちおろされたと見えた剣筋が咄嗟に横薙ぎに変化し、横薙ぎに払われたかと思えば、今度は勢いも殺さぬままに剣先が旋転して鋭利な突きを放ってくるのである。

 

 これにはさしものライダーも舌を巻いたと見えて、すぐさま戟の間合いを生かすべく距離をあけようとした。

 

 無論、それを安易に許す相手ではなかったが、ライダーは咄嗟に物理的干渉力を内包した念意である「覇刃」をばら撒いて、強引に間合いをミドルレンジ、長柄の間合いまで押し返した。

 

 反射神経を増強していたおかげで、私にも何とかその闘争の詳細が確認できたのだが、それ以上のこととなるとお手上げであった。

 

 おそらくだが、私にはとても知覚しきれないほどの攻防が繰り広げられていることは想像に難くなかった。

 

 それはつまり、先のランサー以上にライダーが全力を尽くさねばならない敵だということだ。

 

 不可視の刃でありながら、その殺意の念の、あまりの濃度ゆえに英霊と呼ばれるレベルの相手には用意に察知されてしまうのがこの「覇刃」の難点なのだが、しかし何者であれ、一目見れば驚愕の色の端程度はその顔に上らせるはずの絶技であった。

 

 この髭の戦士がそうならなかったのは、やはりこの敵が最初からあのランサーとライダーとの死闘を観察し、ライダーの絶技が持つ摂理を看破しているが故であろうと思われた。

 

「ほほう、――セイバーと見た。フフン。なるほどここで頂上対決も悪くないではないか」

 

 ライダーは唸るような声で問うた。男は答えない。ただ、掲げられた美しい波紋のなびく剣がその問いを是として煌めいていた。

 

 私の見立てもライダーと同様であった。あれはまさしく宝具に違いない。剣の宝具を持つサーヴァントそれ即ち剣の英霊『セイバー』でしかありえない。

 

 ついぞ無言のまま、不意にセイバーが跳んだ。まるで飛燕の如く跳び退ると、そのまま周囲の霧に剣を振るい、虚空にルーンを刻んだ(・・・・・・・・・)

 

 すばやく奔った切っ先を私は目で追った。それは原初の十八のルーンではなく、より洗練され波及していったという後世のルーン文字のようであった。

 

 この男も魔術を使うのか? ――あらためて考えると不可解ではあった。たった今セイバーだと看破した相手がこうもなれた手つきで魔術を使用するというのが何処かで引っ掛かった。

 

 とはいえ魔法が生きた時代に生きた戦士なら多少なりとも魔術の心得があってもおかしくない。それほど肝を抜かれる話でもないのだが、どこかで引っ掛かりを覚えるのだ。私は何かを見落としているのではないだろうか――?

 

 描かれたのは私の記憶が確かなら、まず勝利(テュール)とイチイ(ユル)。それに氷(イス)豊穣(イング)収穫(ヤラ)のルーン。それらが溶け混じるように周囲の霧を巻き込んで足元の地表の落ち、氷雪の塊のようになった。

 

 そこから見る間に一本の氷の枝が芽吹き、伸長し始めた。それらは次第に確固とした形状を獲得していくようであった。

 

 セイバーが跳び退ってから、ここまでに要した時間はコンマ数秒というところであった。

 

 一時の停滞を挟んで、ライダーは突貫した。後手に回ることのリスクを懸念しての英断――というよりは、やはり他にやり方を知らないだけなのではないかという感も否めないではない。

 

 前進と共にライダーは戟を旋転させ、覇刃を波状にばら撒いた。周囲の霧が切り裂かれ、攪拌されてその刃の存在を私の視覚に教える。

 

 乱れ飛ぶ刃の軌道は、さすがに一本の剣で受けきることは容易でない。波状の刃群だといえる。しかし今度のセイバーは下がらなかった。凝縮し、伸長と成形をなしていた氷枝を空いていたセイバーの野太い左手が掴み取り、執り成したのだ。

 

 すると、それはいつの間にか一振りの重厚な戦斧となっていた。

 

 なんと、セイバーは右手に剛剣、左手には氷斧を執り、双方を交錯、旋転、斬舞させ、無数に跳んでくる覇刃をガードしながら前進を始めたのだ。

 

 自在に扱うのにはそれなりの膂力と手首(リスト)の強さが必要になる反面、片手剣の利点は、もう一方の手に、盾なり斧なり短剣なりを持つことで戦術に幅をつけやすいという点にある。

 

 乱れ飛ぶ覇刃と戟を再び鮮やかな手練によってかいくぐったセイバーが剣の間合いにまで踏み込むと、ライダーは咄嗟に獲物を前にした虎の如く身を伏せ、そして挟み込むように見舞われたセイバーの剣と斧を躱わし、一刹那の後にまるで羽のように虚空へ跳びたった。

 

 間髪入れず、セイバーは抜け目無く左手の斧を宙空のライダーめがけて投擲していた。

 

 旋転する大斧は放たれるやいなや氷の粒へと自ら粉砕、分解して再度凝結し、今度は複数の手斧(ハチェット)となって空中で回避のかなわぬライダーに迫る。

 

 傍から見ていた私にしても、今のライダーにはそれらを覇刃でことごとく打ち落とす以外の防衛手段はないように思われた。

 

 迫り来るのが一振りの大斧だけならいざ知らず、散弾のごとき無数の刃とあっては戟の一振りで防げる道理もない。

 

 しかし次の瞬間、何時の間にか、地表から姿を消していたセイバーが宙空にいるはずのライダーの頭上を取っていたのだ。

 

 セイバーは氷斧の投擲と同時に跳躍していたのだ。

 

 ハチェットの群を迎撃した刹那の間隙を突いて、大上段からライダーに剣を見舞おうと言う意図あってのことだろう。

 

 同じ空中にいるなら、上を取ったほうが絶対的に優位に立つことはいうまでもないことだ。

 

 ライダーの覇刃といえどもその射出は眼制限ではなく、全くの断間なく放つこともできない。

 

 それまでの攻防でセイバーもそれを見ぬいていたのだろう。相手は最良のサーヴァントと呼ばれる剣士のクラス、セイバー。以前に一度技を見られていることを踏まえれば、むしろ当然のことだといわざるを得ない。

 

 しかし、その最良のサーヴァントは宙空で泡を食うこととなった。なぜなら、今まさに頭上を取った筈の敵が、なぜか次の瞬間には己の頭上にいたからである。

 

「フンッ。――その手は食わん!」

 

 呵々と笑いを含んだような、威勢のいい声が弾けた。ほぼ同時に硬い金属音が響いて、僅かな血煙が濃い霧に入り混じった。

 

 当事者のセイバーが今の攻防の意味を理解しているかは定かではないが、第三者である私にはよくわかった。

 

 以前にも述べたが、サーヴァントといえども空を飛ぶ能力は常備されていない。故にセイバーの攻撃を避けて後方に跳び上がったライダーは通常ならそれ以上身動きできず、自由落下に任せて地に着地するしかないはずだった。

 

 故にその時点で拡散して到来するハチェットの群から身を護るには、物理的干渉力を備えた殺気である「覇刃」によってそれらを迎撃するしかないと思われた。

 

 セイバーの狙いもそれだったと思われる。虚空でハチェットを迎撃したライダーの隙を突き、頭上の有利を得て一太刀で勝負を決しようとしたのだ。

 

 しかしそれは失敗に終わった。ライダーはセイバーの攻撃を読んでおり、己が放った覇刃を足がかりとして宙空から更に上方へと移動してそれを回避したのだ。

 

 しかし私がやったように自分の足でやったのではさしものライダーも、無傷ではいられまい。故にライダーはある方法によってこの絶技を成し遂げたのだ。

 

 その方法とは、まず横一文字の覇刃を自らの眼前に放ち、左脇に抱えた戟の枝、直刃の脇に添えられた月牙をその覇刃に引っ掛けたのだ。

 

 そうすると物理的干渉力を持つ覇刃は無論戟を引っ掛けたまま前進することになる。ライダーはその推力を支柱のように利用して己を振り子のように斜め上方へと運んだのだ。

 

 つまりライダーは覇刃で何もない空間に支点を作り、それを利用して逆上がりの要領で己をセイバーの頭上へと運んだということになる。

 

 この場合、月牙が鉄棒を握る胴体、ライダー自身が情報へ駆け上がる足先に相当する。

 

 無論、その状態では戟は攻撃に使えない。よって、ライダーは空いた方の右手で腰の剣を抜き、逆にセイバーの脳天へ打ち下ろした、というわけである。

 

「フフン。賢しいな、この髭達磨め!」

 

 間合いを保って着地したライダーは口角を捻じ曲げて呟いた。実に邪悪で、実に良い笑顔を満面に浮かべている。

 

 言うなれば――メチャクチャに楽しそうだ。こんな展開を心底待ち侘びていたのだと、言下に語らずともそう顔に書いてある。そんな感じだ。

 

 まったく困った奴である。が、しかし――今だけは、それがひどく頼もしくもあるのも事実だ。

 

 同時に危うげなく着地していたセイバーのカブトの縁には、僅かな亀裂が入り、長い髭の先からは僅かながら紅い鮮血が滴っていた。

 

「……」

 

 私には深い髭に埋もれたセイバーの表情は読み取れなかった。

 

 ただその冷やかな眼光から、決して激昂してはいないことが見て取れた。敵は徹底して冷静(クール)な男だ。

 

 その姿が、なぜかますます私の意識外で警鐘を鳴らす、動悸が早鐘をうち、冷たい汗が滲んでくる。

 

 何故? そんなものを感じる必要があるものか! 私はそれを意図的にその危惧打ち払った、事実として、ライダーはその冷厳たる威容を誇るあの最良のサーヴァントに、決して負けていないではないか!

 

 私が己を無理にでも鼓舞しようとした、そのときであった。

 

 ――――セイバー、どうやら今度の敵は手強そうだな――――

 

 まるで私の不安を具現化したかのような声が、地の底から低く轟くようにして私の耳と心胆とに届いた。

 

 まるで背骨を直に鷲づかみにされたかのような感覚に、私の総身は囚われてしまった。

 視線さえ動かすことの出来ない私の眼前、そのはるか先で、奈落のような深い闇の間を掻き分け遊泳するようにして、赤い外套が――一瞬だけ閃いた。

 

 息を呑む間に、周囲の電灯が一斉に弾けた。同時に信号機や道端の自動販売機までもが爆ぜ、灯火としての役を失って沈黙した。

 

 ただでさえ暗かった周囲は、途端に本当の闇そのものに呑まれることになった。私は指先を震わせながら目蓋に軟膏を塗りつけ、暗くなった視界を補填するよう努めた。

 

 そしてそこに、――間違いなく一人の洒脱な紳士の姿を見つけた。

 

 黒のシルクハットを被り、黒檀のような燕尾服に身を包んだ長身。手には漆黒のステッキを持ち、薄墨のようなシルエットを、むしろ白々しく闇間にのぞかせるその威容。

 

 そしてその五体を包むのは、まるで血に染めたかのような、むしろ露骨に過ぎる真赤な外套。

 

 その鮮烈なる赤は、たとえ魔術を使わずとも闇の中に浮かびあがるように見えたかもしれない。

 

 やはりお前だったか! 私は内心で叫んでいた。

 

 予感はあったのだ。今こそ追い求め続けた音的との邂逅の時であった。そう、ヤツこそが赤い外套の悪魔紳士。またの名を、魔術師――夜鳴手錐人。

 

 傍らのセイバーとは違い、控えめに整えられた口ひげの向こうで紳士は優雅な笑いをたたえていた。

 

 私はその威容を見つめながら、それだけで気圧されそうになっていた。さすがは御三家の一角、私などとは魔の密度も年季も桁が違いすぎる。

 

 その瞳が不意に私の視線を吸着した。

 抵抗する間もなく、私はその瞳の奥にあるものを見せ付けられた。

 

 憎悪であろうか、情欲であろうか、兎角、何か原始的な、凶悪な衝動のようなものがぎらぎらと光を放っているようだった。

 

 視線は何の魔も孕んではいなかった。持っていなかったか、使う気が無かったのかは知らないが、もしも彼が高位の魔眼の持ち主であったなら、勝負はここで決まっていただろう。

 

 私は必死に視線を外してライダーを呼んだ。

 

「……ライダー、私を下ろして」

 

 ライダーは何も言おうとせず、ただ戟をふるって英馬を月牙の輝きで包み込んだ。

 

 ライダーとて解っているのだろう。ここからは極力魔力を温存しなければならない。この敵はライダーをもってしても、全力でぶつからねば到底勝ち目の無い敵なのだと。

 

 ライダーとセイバーとは距離を開けて対峙したままだった。英馬の守りを失った私は五体を獣化の魔術で変容させ、ライダーの側に移動した。

 

 隙無く斜に構えたままのライダーは、私を横目で舐めてチッと舌打ちを漏らした。足手まといだとでも言いたげだった。

 

「何をしとる。いいからオレ様の背に……お、おい!」

 

 ライダーもまたあの赤い外套の男の脅威を看破していたのだろう。私ではあの男の相手にはならないと目星をつけたのかもしれない。

 

 しかし、私はあえてライダーの前に出た。ここで引き下がっても意味はないのだ。探し待ち望んでいた相手が目の前に現れてくれたのだから。

 

「……どうして私達を?」

 

 かすれたような声で問うた私に紳士も流麗な魔声で応えた。

 

「おかしなことを訊くのだね。可愛らしいお嬢さん。君はそのサーヴァントのマスターであり、私はこのセイバーのマスターだ。

 マスターがマスターを狙い、そして互いに殺しあうのがこの儀式のはずだ。……そしてバーサーカーとキャスターは消滅し、アサシンは私が返り討ちにした。静観を護る島原とシュタウフェンを覗けば残っているのは私と君だけだ。

 

 とりあえず、まずは野にいる君で試運転(・・・)をするのが良いと思っただけのことだよ。アサシンは、あまりにあっけなかったのでね」

 

 聞こえてくる声はよく通って明瞭な響きを含み、さして乱れてもいない己が襟元をも几帳面に正す仕草は一見、この男が、本当に事の貴賎を勝手知る紳士のそれと見えた。

 

「……そのキャスターとバーサーカーをやったのは、私達」

 

「それは驚いた。今代の島原とシュタウフェンは随分と怠慢なようだ。……あるいは、君達が優秀だということかな?」

 

 当然知られているという前提で吐いた虚勢だったのだが、言葉には率直な響きしかない。妙な話だと思えた。コイツはこれまでの儀式の情報を何も持っていないようだった。

 

 どういうことなのだろうか? まるで数日前まで寝ていたかのようなことを言い出すものだ。

 

「……ライダー、距離を詰めて戦って、それから……」

 

 兎角、これ以上の問答は無用と判断した。

 向こうは最初からヤル気なのだ。私は小声で指示を出す。できればこのまま一気に決めたい。長引けば、不利なのはこちらなのだ。

 

 魔術全般にいえることではあるが、魔術を使うというのは得てして間接的な行為である。とりわけ、ルーン魔術はその性質上何らかの物体にルーン文字を刻印することで効果を発揮する。

 

 それ故に、これを戦闘に用いようとするなら、事前に己の魔力を刻印した物品を用意するか、近場にあるものに刻印してそのための媒介に仕立てる必要がある。つまり詠唱を必要とする自然干渉の魔術以上にタイムラグを必要とするのだ。

 

 つまり刹那を争う戦闘の場においては使用しにくい種類の魔術だということになる。

付け入る隙があるとするなら、そこだ。

 

 とにかく、近接戦に持ち込んで、敵が新たにルーン魔術を使用する前にセイバーを制する。そして一気に――そのマスターまで。

 

「……それから、宝具で一気にカタをつけて」 

 

「フン。さて――そう、うまくいくかな」

 

 ライダーもまた、このまま上手く行かないことは察しているようだった。しかし言葉とは裏腹に、その横顔には喜々とした獰猛な愉悦の表情が張り付いていた。

 

「ふむ、これは手段を選んでいる場合ではないようだな、セイバー」

 

 背後からの紳士の声に、ずんぐりとしたセイバーの巨体が応えるように縮んだ。

 そこから発せられる圧力、そしてそこから喚起されるイメージはまるで巨大で強靭なバネの塊がこれから反動をつけて弾けようとするかのようであった。

 

 そして突撃しようとするライダーを前に、しかしそこでセイバーは奇妙な動作をした。

 手にした剣を、まるで突きでもしようとするかのように抱え込んだのだ。そしてあいた左手をその刀身に伸ばし、指をその剣の腹に走らせ始めた。

 

 その奇妙な動作に私はどうしようもない悪寒を感じた。

 

 セイバーの野太い指は、その力強い駆動からは想像もできないほどの繊細さ白刃の上を舞い、――――描きいれられた文字は、またもや「ルーン」だ。そう、これが本来のルーン魔術の使い方なのだ。それは、いい。

 

 だが問題はそこではない。最大の問題は――、

 

「……駄目、ライダー、引いて!」

 

 私はここでようやく己の、あまりにも致命的な考え違い(・・・・)を自覚した。

 

 先ほどの一連の怪異、アレを引き起こしていたのは魔術師であるキリヒトではなく、すべてセイバー単独で行われたことだったのだ。

 

 あれほどの魔術を、剣の英霊であるはずのセイバーが、しかも連続で使用したという事実。

 

 そうだ。これはあまりにも想定外の事態ではないか。

 

 私はライダーの直接的な戦闘力を加味して、たとえセイバーのサーヴァントといえども真正面からなら恐れるに足りずと見ていたのだ。

 

 しかし、それは真正面からの戦闘を前提としての話だ。即ち――私の計算では敵が、それもセイバーのサーヴァントが同時に高位の魔術使い(・・・・・・)であった場合の想定をしていないということだ。

 

 確かにライダーは通常戦闘においては強い、最強の存在だ。しかしその反面、魔術に対する護りは薄い。

 

 つまりキャスターをはじめとする魔術の使い手こそがライダーにとっての鬼門なのだ――ッ!

 

 剣の腹に完成されたルーン文字に爆発的な魔力が循環して満ちていく。

 

 魔術を使う気なのだ。そして、おそらくあれがあのセイバーの宝具なのだろうと察せられた、その効果は――あの刀身にルーン魔術の効果を付属することだろうか? 

 

 それなら、それだけなら、まだ勝機はあるはず。――

 

 しかし突っ込んできたセイバーの剣と刃を合わせた瞬間、ライダーの巨体は、私の希望的観測と共に木っ端の如く吹き飛ばされた。

 

 ライダーの対魔力は最低限のEランク相当だが、それでも多少は魔術の威力を緩和できる筈だ。そして身体の頑強さも類を見ないであろう。

 

 それがこうもあっけなく、レジストすらままならずに打倒されるとは。考えたくはないが、そうとしか結論づけられない。

 

 セイバーのふるう魔術は、明らかにAランクを超えていた。

 

 状況は最悪に近い。あの剣の持つ魔術的哲理・能力は明らかだった。すぐに分かってしまった。

 

 簡潔で、それ故に手に負えないほどの汎用性をもつ利器としての宝具。あの宝具は刀身に書き込まれたルーン魔術を最大レベルまで増幅して打ち出しているのだ。魔力、そして魔術の増幅機としての効果があるに違いない。

 

 もっと早く気が付くべきだった。セイバーのクラスが魔術を使えるのはともかく、それがなべてAランク以上、しかもこれほど連発できるとは、たとえキャスターのサーヴァントでも限られた英霊だけだろう。

 

 それを、サーヴァント中最優と言われるセイバーが行っているのだ。道理にかなわないわけだ。ライダーとあのセイバーとでは、キャスターを相手取る以上に相性が悪いのだ。

 

「フン! まだまだぁッ!」

 

 先ほど吹き飛ばされていたライダーは、今のでさらに頭に血が上ったと見えて、私が止める間もなく形振りかなわずにセイバーに向けて奔った。

 

 ……これしか、手はないのかもしれない。セイバーの宝具が剣にルーン魔術を書き込むという動作を必要とするのは通常のルーン魔術と同様だ。

 

 ならば、その動作を起こさせなければ、あの致命的な宝具を封じることができるはず。ならば段間すら置かない接近戦にこそ勝機が――ッ。

 

 しかし、その時突貫するライダーの目の前に割って入ったのは、セイバーのマスターである夜鳴手錐人本人であった。

 

 私はさすがに己が目を疑った。これは向こうにとって自殺行為のはず。

 

 しかしキリヒトは手にしたステッキでライダーの戟を受け止めると、逆にライダーを殴り返したのだ。

 

「――んがッ!?」

 

 モロに入った。

 

 ライダーの前進は止められ、頓狂な声が上がった。ライダーとしても慮外のことだったのだろう。

 

 声にはダメージよりもむしろ驚きの色が強い。当然だ。サーヴァントが魔術師に殴り飛ばされるなど、これを怪異といわずしてなんと言おう?

 

 それでも魔術師の拳打など物の数ではないのか、ライダーは額に青筋を浮かべて反撃しようとする。

 

 しかし、そこで「充填」を完了した剣を携えたセイバーがするりとキリヒトと位置を入れ替えライダーの眼前に躍り出た。

 

 今度は下段から跳ね上がった剣が、爆ぜたかのように湧き起こり、隆起した大量の土砂を伴ってライダーを襲った。

 

 剣を危うげなく受け止めたライダーだが、その身体が見る見るうちに何十tあるのかも定かでない土砂の壁に埋め込まれてしまった。

 

 だがそこはライダーも唯の馬鹿ではない。今や隆起を止めた土塁は永久凍土の如く強靭に凝結し中のライダーを捕縛していたが、ライダーは覇刃によって事前に切れ目を入れていたらしい。

 

 ライダーは拘束を力任せに粉砕し、巨岩の封印から晴れて自由になった岩猿よろしく土塁からの脱出を果たした。

 

 それを見たセイバーが迫る。此度は常なる斬撃。ライダーはそれを受ける。しかし今度はセイバーの影から姿を現した魔術師、キリヒトが奇妙な色の光に濡れ光るステッキを振るう。

 

 ライダーは更に念意の刃によってそれを迎撃するが、連続する二者の猛攻に曝される。

 

 再び刀身に刻印を刻もうとしたセイバーに、ライダーは反応せざるを得ない。

 

 セイバーの剣を弾き、致死の剣戟を防いだはいいが、しかし露になったのはこれ以上ない、隙。

 

 死に体となったライダーの脇腹に向けて、赤い外套から覗いたイブニングコートの羅紗地が、夜に更なる漆黒のラインを引いた。

 

 前言撤回だ。キリヒトは、あの魔術師は、打突によってライダーの巨体を、今度こそその背後にあった巨大な土塁ごと吹き飛ばし、道の反対側にあったビルに叩き込んだのだ。

 

 サーヴァントにも勝るとも劣らない、規格外の膂力だ。いくらライダーでもアレで無傷と嘯くことは出来まい。

 

 それからも苛烈にライダーを攻め立てるセイバーとそのマスターは前衛と後衛、動かぬ筈の位置関係を常に入れ替えながら、通常ならばありえない変則攻撃を仕掛けてくる。

 

 確かにその魔術師としても異常な戦闘力は不可解だ。確かに異常だ。しかし、ひとりこうして戦線を蚊帳の外から検分するに至って、真に訝るべき事柄は別に無くてはならない。

 

 激しさを増す剣閃のさなか、ライダーの発する威があろうことか後退を始めた。それは膂力や威力によってのものではない。

 

 その身体の、現行の世界への干渉力の低下によるものなのだ。

 

 いくらサーヴァントといえども、全力で戦闘を続ければ否応なく消耗は避けられない。何より、果敢に戟を振るうライダーが切らす息よりも、私が行う吸気の精度こそが、危うい。

 

 考えてもみれば、あのランサーとの戦闘も、バーサーカーとの闘いも、ライダーは全力ではなかった。

 

 キャスターが相手のときは、そもそも正面から戦えなかった。私がライダーの「本気」の魔力消費にさらされるのはこれが初めての経験なのだ。

 

 どんどん魔力がライダーに吸い上げられていくせいで、私の魔力は枯渇しかかっていたのだ。ライダーが真に全力で戦うには、私が供給する魔力ではまるで足りていないのだ。

 

 立っているだけの私が、一番消耗している。

 

 しかしそれはもとより承知のことだ。ライダーがいくら強力でもそれは充分な魔力が供給されているという前提があってのこと。

 

 その起点が私である以上、このような事態は予想して然るべきものである。にもかかわらず、私がこうまで動揺せねばならないのは――、

 

 この戦場において消耗しているのが、私たちだけだという事実故にである。

 

 あのセイバーも、そして魔術師であるキリヒトすらもが、あのライダーとこうまで打ち合っていながら、まるで消耗していないのだ。

 

 魔術師であるキリヒトがサーヴァントであるライダーと打ち合えるのかは、ある程度察しがついている。これはカラクリと言うほどのことでもない。

 

 あの悪魔紳士の五体が、まるで人体の稼動現界を嘲笑うかのように駆動するたびに、その悪夢のような体躯の端々からは、なにか得体の知れぬ、液体とも気体とも、霊体とも物体とも付かない青、黄色、緑の混じったような、ようとして詳細の知れぬ靄のような光が濡れそぼりながら滲み出してくるのだ。

 

 その性質までは計り知れないが、あれは間違いなく高密度の魔力で編まれたものに違いない。

 

 それが常に視覚に訴えるほどに放出されているということは、つまりあの紅い外套の魔術師は総身から常に凄まじい魔力を放出しつづけているということだ。

 

 そうでもしなければ、何者であろうとも生身のままサーヴァントと肉弾戦を行うことなど出来はしない。

 

 不可解なのは、にもかかわらず現時点でのキリヒトにまるで消耗がみられないということだ。魔力の貯蔵にそれほど自身があるということなのか。それともこの怪異には何らかの理由があるということなのだろうか。

 

 この不条理を押し通してしまうような、何らかの要因が。

 

 だが、現状でそれを看破している暇はない。このままではジリ貧だ。どうあってもこちらのスタミナ切れで勝負がついてしまう。

 

 兎角、このまま二体一ではライダーに勝ち目はない。敵のコンビネーションだけでも崩せれば――。

 

 すでに消耗の激しい私には直接の戦闘は荷が勝ちすぎるだろうが、この身を囮にすれば多少の陽動くらいにはなるはずだ。

 

 そう思い、一定の距離を持っていた場所から戦闘の渦中に近づこうと四足にて前に踏み出した――刹那。

 

 そのときキリヒトの持っているステッキから、なにか、発光性の流体のようなものが溢れだし、それが振るわれると光が波状になって十メートル以上距離を取っていた私を吹き飛ばした。

 

 辛うじて重篤な負傷こそ免れたが、直撃していたなら終わっていたことだろう。私の代わりにその光の鞭の標的となった軽自動車が真っ二つに切り裂かれていたのだから。

 

 近づくことすらままならないのか――

 

 私は臍を噛んで更に後退した。確かにサーヴァントと肉弾戦を行うような輩に対して些か思慮が無さ過ぎた。

 

 だが、それでも一瞬とはいえキリヒトの注意がこちらに向くことには違いが無い。そうすればライダーが突破口を開く糸口にはなるかも知れない。

 

 私が再三近づこうとすると、すると、キリヒトは一時セイバーにライダーの相手を任せ、こちらに向き直り、左手を掲げ上げた。

 

 すると、近くの駐車場に停められていた大量の車に向かってその五体から滲み出す光る流体の筋が延びた。

 

 まるで光る巨大な蜘蛛の巣を見ているようであった。すると途端にそれらの車が息を吹き返したかのように走り始めたではないか。

 

 それらは縦横無尽に走り回り、私を追い回し始めたのだ。これでは牽制も囮もままならない。わが身を護るだけで精一杯だった。

 

 それを見たライダーが吼える。

 

「余計な事はするな! ええい、こうなればすぐにでも――終わらせてくれるわッ!」

 

 ライダーは今度こそ進退窮まったのか戟を振り乱し、再度時空の彼方から真紅の愛馬を呼びだす。

 

 見覚えのある紅い光が昏い虚空に湧き起こり、私を追いまわしていた車両群を軒並み粉砕してその威容を現した。

 

 烈火の香気に濡れ光る双眸を滾らせ、英馬は近場にいたセイバーに向けて、「あな怨敵や、いざ轢殺せん」とばかりに嘶き、加速する。

 

 伝説の英馬の出現に際してキリヒトは赤い外套を翻して姿を消し、セイバーもライダーと距離を取って英馬に向き直る。――が、さしもの最良のサーヴァントも、伝説の巨馬相手の肉弾戦は分が悪い。

 

 咄嗟に巨大な氷壁を作り出すと、身を翻していつの間にか闇の中に逃げ込んでいたマスターの元まで後退した。

 

「どうしたァ? フフン。敵の頭数が揃ったら随分と意気地がなくなったな」

 

 いかなる火気をもってしても融解までに半日は掛かりそうと思える巨大な氷塊を、しかしまるで有って無きが如く踏み砕き、果ては一瞬で気化させて悠然と歩み出る巨馬は、傍らで嘯くライダーと共に不敵な嘶きを漏らす。

 

 その凄まじい威容に例えようも無い誇らしささえ感じて、私にも暗雲を切り裂くような光明が見えた。

 

 ようやく冷えて凝り固まった胸の奥に安堵のようなものが沸きあがってきた。もはや人馬揃った状態のライダーに勝てる英霊など居ようとは思われなかった。

 

 そうだ、何も最初から悩む事など無かったのではないか。最初からこうしていれば――――しかしそのとき、意図せぬ呻きのようなものが私の口から漏れた。

 

「……? ――――ッ!」

 

 そこで、唐突に、私の時間は終わってしまった。

 

 私の体は強制的に外装を解かれ、冷たい路上に跪いてしまった。

 

 ライダーがここに来て全力の、更に全力での戦闘にうって出たために私のほうがまともに動くことも出来ないほどに消耗してしまったのだ。

 

 迂闊だった。自分の状態さえ把握できていなかっただなんて…………

 

「どうしたぁ!?」

 

 ライダーが私を見て吼えた。――バカ! 黙っていれば奴らにはまだ気付かれなかったものを……!

 

 私は地面に向けて荒い息を吐きながらそんなことを考えていた。意識はしっかりしていた。ただ、身体にはまったく余力が残っておらず、身震いすることしかできなかった。

 

 敵が、キリヒトとセイバーがどう動くのかを確認することさえ今の私は出来ない。しかし――例え相手が誰であれ、この好機を逃すものなどあろうはずもない。

 

 私の手の甲からは二画目の令呪が失われた。私にできることはもう、これしか残っていなかった。

 

「――ぬぅ?!」

 

 ライダーとその騎馬たる巨馬の五体には強制力が働いたはずだ。

 

 もはや指示をすることさえおぼつかない私は、令呪の強制力によって己の意思を示すしかない。私を連れて全速力で逃げろ、と聞くまでも無くライダーがわかってくれればいいのだが。――

 

 しかし、懸念は杞憂に終わり、次の瞬間には私の体は真紅の馬上にいた。

 

「おのれ、余計な真似を!」

 

 案の定そんな事をいいながらも、ライダーの行動は迅速で正確だった。

 

 さしものライダーも令呪の強制力はそれに抗うことを許されなかった。――というよりは、尋常でない状態の私を見て、これではもはやこれ以上の戦闘が無理だと判断せざるを得なかったのかもしれない。

 

 たとえ令呪によってであろうと、己が意に違う命令には抗うのがコイツの流儀だろうから。

 

 兎角、その疾走力は凄まじいものだった。私達はあっという間にセイバーとキリヒトを置き去りにした。

 

 もう目が上手く機能しないが私も体感でスピードを感じていた。良かった、これなら何とか逃げ遂せる――

 

「な、なんだぁッ!?」

 

 ――はず、だった。ライダーが似合わぬような頓狂な声を上げたのが耳にだけ届いた。

 

 それで、蹲ることしか出来ない私にも状況を察することが出来た。霧の結界から抜け出したのにもかかわらず、キリヒトが前に居るのだ。

 

 無論、傍らにはセイバーもいるはずだ。いかな英霊であれ、魔術師であれ、この伝説の英馬を追い越せるものが居ようとは思えない。

 

 セイバーだけなら霊体化するという手もあるはずだが、それならライダーが驚愕する筈は無い。しかしマスターである錐人までもが前に居るということにはまったくもって理解できない展開だ。 

 

 ライダーはさらに方向転換をしてさらに疾走させるが、その度に、またもや同じ展開の繰り返しだった。

 

「――ちぃぃぃぃッ、どういうことだ!」

 

 私には解かった。ライダーは進退窮まって令呪すら無視して突貫を想っている。――駄目だ! それだけは。

 

「……ァ、め…………ラ、……ィ、ー…………り、……に………………」

 

 薄れ行く意識の中で、私は確実かどうかも定かではない指示を出していた。

 

 それが私に出来たすべてだった。それが聞こえているのかどうかも確認しようが無いが、それでも――それでも私はライダーのマスターだ。

 

 出来る事をしなければならない。成なさねばならぬことを、手放してならない。

 

 考え続けていた、奴らの異常なスタミナへの疑問、対策、まだ結論さえ出ていない虚ろな思考を辿るようにして、蚊の泣くような、寝言のような呻きを吐き漏らし続けていた。

 

 それがライダーの耳に届いたのか、そしてそれを聞き留めてくれたのか、それすら知る術もなく、私の意識はそこで暗転し始める。

 

 嗚呼、もしもこのまま目覚めることが無ければ、これで、終わりなのか。

 

 これで、こんな終わり方で――――それが、認識できた私の最後の思考だった。

 




 キャラクタープロフィール

名前:夜鳴手錐人
一人称:私
性別:男
身長:196㎝
体重:87㎏
好きな物:狩猟
趣味:■■■
悩み:?
魔術属性・特性:?
備考:ついに現れた「魔人」いかなる手段なのか、不死身の肉体と無限の魔力を使用できるようです。明らかな不正、チート! くろむはそのカラクリを見抜けるのか?!
 というわけでラストバトルにご期待ください。 




ステータス更新
セイバー
真名:

性別:男性

身長・体重:188㎝ 140㎏

属性:秩序・中庸

筋力B 耐久A 敏捷C 魔力C+ 幸運C 宝具B

クラススキル

対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。 大魔術、儀礼呪法等を以っしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。特に船舶の操作に優れる。

保有スキル

勇猛:B
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

呪歌:A
 原初の声、オトノマピア。詩歌の詠唱、作詞等についての才能であり、声そのものに魔的な効果が宿る。韻を踏み歌うことで魔術と同等の効果を発生させることが可能。

ルーン:C
 北欧の魔術刻印・ルーンの所持。

狼の紋章:D
 不死身の因子。
 人狼、或いは神狼や魔狼にまつわる逸話を持つ英霊にのみ与えられる特異スキル。

宝具:


セイバー、強襲!

 ルーン使いのバイキング!
 バイキングのサーヴァントも一度は書いてみたいネタでした。
 筆者の「ヴィンランド・サガ」補正により、従来のバイキングの十倍ぐらい強力になってます。
 ライダーは、そしてくろむはこのセイバーを相手にどう戦うのか!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。