Fate/alter Seven Sight ――the First Sight――   作:どっこちゃん

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エピローグ

 結局、聖杯は今回も現れることは無かったようだ。

 

 最後にはシュタウフェンと島原のサーヴァントが相打ちになり、サーヴァントがいなくなったために手打ちということになったのだという。霊体である聖杯に触れられるのはサーヴァントだけでなので、サーヴァントが全滅した時点でそれ以上の勝負は意味を失うのだ。

 

 今度は丸々三日ほど浴槽の中で養生したあと、師に事の顛末を聞いた。師はなぜか憑きものの落ちたような顔をしてた。曰く、思いの外清々した、とのことだ。師も個人としてはこの儀式に不満があったらしい。

 

 それはさて置き、私は師の屋敷に戻ることにした。一時は互いの命を狙いあう関係になったわけだが、まあ直接的に殺し合いをしたわけでもないので師も快く聞き入れてくれた。

 

 利害関係さえ一致すれば、一度は殺し合いを誓いあった者達が再び師弟の関係に戻るということも日常的に起るのが魔術師の世界だ。

 

 というか、外様のくせに、いざ終わってみれば過半数のサーヴァントを直々に下していた私に、師はむしろ呆れている風でさえあった。

 

 それでよく生き残ったものだと、久しぶりに掛け値なしの賞賛を貰った。

 

 今回の儀式で、私が得た、もっとお価値のあるものが、結局はそれだということになるのかもしれない。

 

 ――とはいえ、それが失ってしまったものに比肩しうるのかどうかは、考えるまでもないことだ。

 

「ニャーッ」

 

 ――で、今はというと、私は壁に書かれた落書きを消す作業に従事していた。

 

 聖杯戦争自体が終わったと聞いて、それで身体から力が抜けた。それから何をすればいいのかと考えてみて、とりあえずしなければならないことを思い出したのだ。

 

 おそらく教会の持ち物なのだろうが、まあ、きれいにする分には文句もあるまい。それでも見つからないのに越したことはないので、注意は怠らなかった。

 

 まだ暗いうちから始めたので、日が昇りきるまでには大方の作業が終了していた。

 

「ニャー」

 

「……ごめんね。もうちょっとで終わるから」

 

 足元から声が聞こえる。そこには出産を終えたばかりの母猫マーベルがいた。近くの木陰には大きめのバスケットがおいて有り、その中には黒ばかりの子猫が四匹丸くなっている。

 

 聖杯戦争が終わって、すぐに生まれた子猫たちだった。まだ毛も生え揃わず目も開ききっていいないが、四匹ともなかなか個性的だと思う。

 

 名前はレオ、ドナ、ミケ、ラフ。四匹なのでそう決めた。使い魔の候補として皆なかなかに有望だと思う。ちょっと気が早いかもしれない。親バカだろうか?

 

 本来はこんなところまで連れてくるべきではないのだが、まぁ、今回は特例だ。夜のうちから素晴らしく空が晴れ渡っていたので、できれば外に出してあげたかったのだ。

 

 使い魔である母猫マーベルが付いているのなら、危険らしい危険もないだろう。

 

 もうちょっとだと告げながら撫でてやると、マーベルはやれやれとでも言うようにしてバスケットの中に戻った。

 

「あらぁ、綺麗になったわねぇ」

 

 塗りなおした白壁にムラが出ていないかを確認していたところで、不意に声をかけられた。

 

 そこに居たのはひとりの老婆だった。あの時、この壁の前で会った人だ。まさか、また鉢合わせるとは思っていなかった。私は驚きつつも頭を下げた。

 

 そのおばあさんは白い服装をして日傘を刺し、手にはなぜかいくつかの花束を持っていた。とても身奇麗な感じだ。日差しの中に一枚の絵画のようにも見える。

 

「あぁのとき一緒にいた大きな人はぁ?」

  

「……もう、ここにはいないんです。元いたところに帰ってしまって……」

 

「あらそう、残念ねぇ。けどあなたはいい子ねえ。一人でもちゃんと約束守って」

 

「……いえ、そんな」

 

 おばあさんは朗らかに話す。しかしその装いはどうやらちょっと散歩に出るという風ではないように見える。

 

 私の視線から言わんとしているところを察したのか、おばあさんはなんだか照れくさそうに笑った。

 

「じつはねぇ、私も故郷へ変えることになったのよぉ。これから空港へ行くところなのぉ」

 

「……そうでしたか。あの子はどうしました? ピンキーちゃんでしたっけ?」

 

 周囲を見回してみたが、あの小型犬の姿は無かった。

 

「もちろん一緒よぉ。けど、あの子カゴに入れられるのが嫌いでねえ、ぎりぎりまでお庭で遊ばせてあげてるのよぉ」

 

「……わかります。私も猫を飼ってますから」

 

 私はうなづいて木陰のバスケットに視線を移した。

 小首をかしげたおばあさんを促して、私は木陰に歩み寄る。まぁまぁ、とカゴの中を覗き込んだおばあさんは感嘆の声を上げた。

 

「可愛いわねぇ〜」

 

 動物の飼い主と言うのは不思議なもので、自分が褒められるよりもペットが賞賛を受ける方が素直に嬉しいという輩が少なくない。私も存外その気があるようで、もしかしたらこの時はずいぶんと相好を崩していたかもしれない。

 

 隣にライダーがいたら、何も言われるかわかったものではなかっただろう。などと考えているのに気づいて、自分がどんな顔をしているのかわからなくなってしまった。

 

 しばし猫たちの名前など紹介して積もる話などしていると、向こうの方で腕時計を見て残念そうな顔をした。

 

「あらぁ〜、悪いんだけど、そろそろいかなくちゃならないわねえ」

 

 ――そういえば、猫と戯れている間に日もずいぶん高くなってきた。私は目を細めた。見上げた空はひどく晴れ渡ってどこまでも蒼かった。

 

 まだまだ猫話は尽きなかったのだが、引き止めるわけにもいかないので、残念です、と告げると、おばあさんは思いついたように持っていた花束を差し出した。

 

「そうだ、よければこれをもらってくれる? 今ご近所さん達に貰ったんだけど、みんなでくれるものだから持ちきれなくて……」

 

「……はあ、ありがとうございます」

 

 と、受け取っては見たが、どうしたものだろうか。花束というのも案外に使い道がないものだ。屋敷に戻ったら飾ろうか? しかし、あの屋敷は師の蛮行のせいでまだまだ片付けも掃除もろくに住んでいない状態なのだが……。

 

 と、そこまで考えて、私は頭を振った。……いや、きっと、そうじゃないんだろう。

 

「あらぁ、もしかしたら迷惑だったぁ?」

 

「……いえ、嬉しいです。……友達に、贈る花が欲しかったところですから」

 

「あら、さっき言ってた大きな人?」

 

「……いえ、別の友達です。ありがとうございます」

 

 無論、それ以上のことは言わなかったが、きっとあの巨漢には、手向けの花なんて必要ないだろう。花を送るべき人は、別にいるはずだ。

 

「そぉ、ならよかったわぁ。あなたも元気でねぇ」

 

「……ええ、あなたもお達者で……あ、そういえばお名前を」

 

 私がおばあさんの背にそう言うと、日傘の影で振り返った別人のような双眸が私を見た。降り注ぐ日差しのせいだろうか?

 

「ユルグよ」

 

「……え?」

 

「ユルグ・ローハン。――それがぁ、私の名前よぉ」

 

 一瞬、聞こえた奇妙に若々しい語調に、少々戸惑ったが、老婆はまたすぐにそれまでと同じようにおっとりとした調子に戻った。私の錯覚か何かだろうか?

 

「……そうですか、私はくろむです。小高森、涅」

 

「そう、色々と(・・・)ありがとうねぇ。くろむちゃん」

 

 そう言って老婆は私の前から去っていった。言うまでもないが、それ以来その老婆を見ることはなかった。

 

 あのライダーと会うことも二度とない。あやめとも、二度と会えない。

 

 それでも、それを悲しいとは思わない。あくまで私の感傷でしかないわけだが、あやめの死も、いつまでも悲しんで居るべきではないのだろう。

 

 仇を討ったから、とは違うだろう。あやめはそんなことを望まなかっただろうし、きっと喜びもしない。どうしてそんな危ないことをしたのだと、怒るかもしれない。

 

 でも、それでもいいと思えるのだ。きっと、私自身の中でケリがついたということなのだろう。

 

 なら、それでいいのだ。私にできることなんて、結局はどうにかして私自身を納得させることぐらいなのだろうし、それ以上の事は、きっと私の手に余ることなのだろう。

 

 先日までの薄ら暗い空気が嘘のように、この山合の街に流れる空気は清々しかった。

 

 私は自家製の、二度と落書きの出来ない魔法の塗料の入った容器とコンプレッサーを担ぎ、猫の入ったバスケットと花束を手にして、踵を返した。

 

 今日は午後からみんなで一緒にお見舞いに行くことになっていたのだが、ちょうどいいので、その前に教会に寄っていこう。思えば、仇など討っておきながら、未だに彼女の墓に手向けの花すら供えていなかったのだ。

 

 少し遅れるかもしれないが、どうせ貴族体質の師は仕度に手間取り、今さらになって見舞い自体を渋ってアズルを困らせていることだろうから、どのみち遅れるのは同じことなのだ。

 

 ならばゆっくり行こうと思い、不意に足を止める。

 

 見上げる日差しは強いが、風が涼やかで、驚くほど、空が蒼く、高い。

 

 その裾に広がる緑の景観に視線を巡らせる。山林、森と、山の斜面を彩る棚田。深い碧に苔むしたような山々、そしてその中心に埋もれるようにして営まれる、人々の生。

 

 彼女が楽しそうに語ってくれた。――たしかに考えても見れば、驚くほど画一的に削り込まれた地形。

 

 きっと古の魔術師達によって造られた、何らかの遺跡。――だが、それでも今は自然の彩りによって驚くほど美しく輝いている。

 

 不意に視線を巡らせると、その景観の端に、長く黒いみつあみが揺れたような気がした。

 

 きっと、気のせいだ。

 

 私は再び歩き出そうとして、また足を止めた。再び見上げた緑の景観に一輪の花を掲げ、黙祷する。

 

 

 ――今は亡き友への、慰みと弔いに代えて。

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