Fate/alter Seven Sight ――the First Sight――   作:どっこちゃん

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 あとがきのキャラクタープロフィール、ごちゃごちゃだったんで、見やすいようになおしてみました。



一章-1

 ――まず、思ったのだ。

 

 それが、自分にとっての正しい道なのだと。どうしてそう思ったのかは解らずとも、そのときの私には確信できたのだ。

 

 『そうすることが、どうして正しいのかを説明することは出来ない。しかしそれが正しいのだということは解るのです』――かつて世界で最も高名な科学者の一人が言った、しかし科学者らしからぬ言葉だ。

 

 

 人は時としてあらゆる理論と過程とを飛び越えて、事の是非を識ることがあるのだ。

 たとえ何処に向かうのかが解らなくても、その道が正しい事を知っていれば、それを信じて歩いていける。

 

 そうして決定された己の未来には間違いというものがない。少なくとも私はそう思うし、信じている。なぜ思うのかは説明できない。

 

 する必要もないと、――私は思うのだ。

 

 

 師は念を押して訊いて来たが、私は自分の意志を通した。

 

 私はこれまで十年ほどの間、公私ともに世話になってきた恩師に、はれて敵対する意を表明したのである。

 

 最もそれは私達の間柄を客観的に照らし合わせるなら、何も不可思議な事ではないのだ。

 

 利害関係の不一致によりそれまで師と弟子であったはずの者達が当然のように命を賭した争いを始めるということが、私達の通念においては当然のようにまかり通る。

 

 

 それでも、師は最後まで得心が行かないように首を傾げていた。確かに私が師に立て付いた所で利得などなにもない。

 

 此度の争いの原因となる「万能の願望機」なる宝具も正直なところ、私には無用のものだ。

 

 私にはこれといって急を要する大望などなにもないのだから、それも当然である。

故に師は私の行動を訝っていたのであろう。

 

 正面きって喧嘩を売る以上、師も手加減はすまい。互いに命を掛けた闘争なのだ。謝れば許してもらえるということもありえない。負ければ当然のように死が待っている。

 

 第一、未だ見習いの域を出ていない私がもしも師と戦うような事になったら、万が一にも私に勝ち目はないだろう。

 

 文字通りそれは像と蟻との一対一の喧嘩に等しい。

 

 ――と、以上の理由から推し量るなら、確かに私がこの儀式の正式な参加者として参戦する意味はないように思える。

 

 それでも、私はそれが自分にとって正しい道なのだと感じたのだ。それ以外に――理由はない。

 

 与えられた機会を無駄にしたくなかったのかもしれない。

 

 それは、一人前の魔女の証のようにも思えたのだ。あの日、私の左手の甲に確かに刻まれていた三画の聖痕を目にしたとき、そうする事が正しいのだと、考えるより先に感じたのだ。

 

 だから、そう決めた時、もう迷いはなかった。

 

 

 

(日曜日・深夜)

 

 

 ――夜景が見える。

 

 私達が住むこの○○県笹ヶ谷市は、市の東側から南北にかけて囲い込むような形で連峰に囲まれており、逆に西側には広くなだらかな平地が広がる地形になっている。

 

 東西を真っ直ぐに貫く一本の広い国道と、南北にゆるくS字を描く太い線路とで、この都市は大体四つの区域にに分断されている。

 

 もっとも、それは明確な区分というわけでもなく、言うほど隔てられているということでもないのだが、それでもなぜか住民たちはそれとなくその区分を意識せざるを得ないのだ。

 

 まるでそう意識するように意図的につくりこまれているような感覚さえ、この街は蜂起させる。そんな、何処にでもありそうで、しかしどこかが特異な印象を拭えない。それがこの街だ。

 

 ここはその二つのラインの交差部だった。

 

 だからというわけでもないのだろうが、ここは住民たちにも街の中心部として認識されており、自然と駅や大型のショッピングモールなどが入っている高層ビルが巨城もかくやと軒を連ねている。

 

 まるでここが街の中心なのだと、無言のうちに主張しているかのようだ。

 

 今、私はその中でも一際高い、まるで異国の塔のようにさえ見えるビルの屋上の縁に立って街の灯りを見下ろしていた。

 

 ここからなら、この街の全景を見渡す事も出来るだろう。まさかこの星々の煌めきのような人々の営みの灯の裏で、悪辣なる外法の徒が縦横闊歩していようとはとても思われない。

 

 だが、いる。確かに、いるのだ。

 

 私は昨夜、身をもってその怪異を確認する事となったのだから……。

 

「ううむ……」

 

 しかし、それについては反省を要することが多すぎる。

 

 あれは二重の意味で運が良かっただけだ。何の労もなく敵に行き着いた幸運と、何の準備もできていなかったにもかかわらず、生き延びられた幸運。

 

 今後はもっと慎重に行動しなければならない。あんな行き当たりばったりを続けていたら、それこそいくら命があっても足りないというものだ。

 

「うううむ……」

 

 やはりもっと諜報に力を入れるべきだったのだ。

 

 先だってのように、適当に行き当たった敵と適当に戦闘を繰り返していたのでは、どんな強者でも最後には消耗してしまう。

 

 これはトーナメントではなくサバイバルなのだ。そんなことを繰り返していたら、早々に漁夫の利を拾われて敗北してしまう。

 

 そして、その敗北は高い確率で死を伴うことになるだろう。これは決して遊びでも余興でも、ましてやスポーツでもないのだ。

 

「ううううむ……」

 

 そこで今宵、私達は街に何らかの魔術や敵サーヴァントの残した痕跡がないのかを探すために夜の街を散策していたのである。

 

 しかし、やはり昨日の事はただ幸運だったということらしい。あてどなく散策しただけでは何の成果も上がらない。

 

 目下、私は我ながら細すぎて頼りないと思える腕を抱えて延々と考えをめぐらせていた。

 ここは一つ、長年にわたって労を費やしていた用意していた諜報用の秘策に訴えてみるべきだろうか……。

 

「うううううむ!」

 

 ……とはいえ、何の手がかりもないのではそれも空振りに終わってしまうかもしれない。

 

 ()に何を探すのかを明確に伝えなければ探索の範囲が広すぎるだろうし、……何より街の全域に配置した使い魔たちと感覚を繋ぐのは、私程度の術者にとってはかなりの重労働なのだ。

 

 さて、此処に至って己の優柔不断が怨めしい。だがやはり、まずは今夜の散策で何らかの手掛かりを――――って、

 

「…………ちょっと、」

 

 私は、さっきから人の背後で唸り声ばかり上げている「役立たず」に声をかけた。きりがないので先ほどから無視してはいたのだが、さすがに我慢の現界だ。

 

 いい加減にして欲しい。こんな恰好(・・・・・)をしておいてなんだが、私にも羞恥心というものはあるのだ。

 

「……おい」

 

「むううう、」

 

「……こら」

 

「ううううむッ!」

 

 そうだ、何よりも反省すべきはまずこいつを引き当ててしまった己の悪運についてであろう。いや、呪うべきは、であろうか。

 

 こいつが強いのはわかった。たしかに強力ではある。しかし、その反面あまりにも手に余るサーヴァントを選んでしまった。

 

 この件に関していえば、めったに感じる事の無い後悔というものが売り飛ばすほどに後から後から喉の奥からせりあがってくる。

 

「……聞けってば!」

 

「うむ、聞いとるぞ」

 

 ようやく生返事はしたものの、依然としてこちらの顔すらみようとしない、さっきからその視線は一箇所に固定されたままだ。一向に目を逸らそうともしない。

 

 諜報の一環として不審なものがないか街を巡って探せと言っていたのに、まったくいうことを聞く気がないらしい。

 

 ……さりとて、当然だがこんな事で三度しか使えない強制命令権を使うわけにも行かない。

 

「……はあ、……」

 

 私は鉄の輪で締め付けられたかのように痛む眉間を抑えながら大きく溜息をついた。我が事ながらこれはたいそう珍しいことだ。

 

 ああ、やはりこれは日頃から神を冒涜する事に努めてきた罰なのだろうか? 

 

 しかしそれも魔女の嗜みとしての必要に駆られての事である。悔い改めるわけにも行かず、こうなってしまった以上、この境遇に甘んじる他ないのだろうか、しかしいくらなんでもこんなものを押し付ける事はないのではないだろうか? これではあんまりである。

 

 溜息の一つも出ようというものだ。

 

 

 

 ――この「聖杯戦争」という外法の儀式の肝は、本来ならば最高クラスの魔術師にも御する事のかなわない「英霊」と呼ばれる存在をこの現世に呼び出し、七つのクラスーーそれぞれの特性を持つ、固定された『形』――に物質化させ、儀式に参加する七人の魔術師達へ与えるという点にあるのだという。

 

 当然、どのクラスのどのようなサーヴァントを召喚するかは基本的に召喚してみるまでわからない。

 

 あらかじめ選べるクラスがあったり、その英霊ゆかりの依代、聖遺物のようなものを召喚の儀式に組み込む事が出来れば、目当ての英霊を呼び出すことも出来るのだという。

 

 そうしなかった場合は召喚者である私達マスターに近い属性を持った英霊が呼ばれる可能性が高い、とのことだ。

 

 それが師から簡潔に教えられたサモン・サーヴァント、英霊召喚についての概要である。

 

 できる事なら、私とて真っ当な聖異物を用意して目当ての強力で誠実、あるいは儀に厚い英霊を呼び出したいところであったが、そんな英霊ゆかりの聖遺物など、私のような見習いの魔女に用意できるはずもない。

 

 かといって最初からクラスを選択できるサーヴァントはいわば大穴のようなクラスであり、できれば回避したいところであった。

 

 師のように魔術師としての名声と実力、そして権力と影響力を兼ね備える実力者ならば、目当ての聖遺物を取り寄せる事もできるのだろうが、さすがに正面切って敵に回した筈の師に泣きつくわけにも行かない。

 

 第一、それではこちらのサーヴァントの真名は師に筒抜けとなる。

 

 これは致命的だ。サーヴァントはその真名を厳重に包み隠さなければならないのである。

 

 なぜなら、その真名が敵方に知られれば、その英霊にどのような弱点があるのかということや、どのような場面でなら活躍でき、逆にどのような局面では役に立たないのか、というこまで詳しく知られてしまうのだ。

 

 ちなみに、私は昨夜戦った十文字型の槍を持った老僧――ランサーと思しき槍兵の真名にも大方のあたりをつけている。

 

 あの怪奇にして壮麗なる槍の摂理を伝承に垂らし合わせれば、あのランサーの真名もおのずと見えてくるのだ。

 

 もっとも、――だからといって簡単に攻略できる手合いかといえばそうでもないのだが。

 

 それでも、その伝承から特性なり何なりを推察することは可能なのだ。これは今後の展開によっては大きなアドバンテージになりうる。

 

 そして――私のサーヴァントで言えば、事態はより深刻となる。

 

 もしもコイツの真名を敵に知られたなら、喧嘩は馬鹿みたいに強いが、その反面考えなしの大ばか者で、忠誠心に欠け、いつ主を裏切るかわからず、簡単な策略にもすぐにはまってしまい、最後には自慢の腕力もむなしく味方に裏切られて命を落とした。

 

 というところまで知られてしまう。

 

 ――本当である。歴史書にも絵巻にも散々この手の事が記してあるのだ。

 

 曰く、武将としては最強だったが、それに見合うだけの中身がなかった、との事である。

 

 もしかしたら、こいつは全英霊の中でも指折りの豪傑であり、また指折りの馬鹿なのかもしれない。

 

 そんな事が敵に知られたら、大問題だ。

 

 ……そして、なぜ私がそんな英霊を引き当てる事になったのかといえば、事の次第はこうである。

 

 

 結局、確実性のある聖遺物を何一つ手に入れられなかった私は、触媒になりそうな、いわゆる呪物(マジック・オブジェクト)、といっても大半がオカルト関連のガラクタであるが、それらを集められる限り集め、後は天に運を任せるつもりで召喚に臨んだのだ。

 

 できる限りのことはしたのだが、なにが出るのかわからないという大博打には変わりなかった。

 

 そしてその賭けに負けたのかどうかは、……今のところ、まだ定かではない。と、思いたい。

 

 それでも召喚当初こそはまだ無邪気に自分の引いたカードの強力さに胸躍らせる余裕もあったのだ。そのときには自分の選択は間違っていなかったのだと、確信的にさえ思ったものだ。

 

 サーヴァントの召喚に成功した術者はマスターと呼ばれ、総てのマスターには目視したサーヴァントの基礎能力を凡その形で数値化する能力が与えられる。

 

 初めて目にした私のサーヴァントの能力はまさしく破格だった。真名を聞いてそれは確固とした勝利への予感へと変わった。

 

 なぜなら、そいつは違いなく「最強」の代名詞として語られる豪勇だったからだ。

 

 そう。そう考えていた時期も確かにあったのだ。

 

 むしろそれがピークだったといっていい。昨夜の暴走までの経緯で、私のこいつに対しての評価はまったく正反対のものへと転化したのである。

 

 思えば、最初から何かがおかしいと感じるべきだったのだ。

 

 

 

 最初の対面でのそりと召喚陣から出てきたそいつは、ただ無言で私を見下ろしていた。

 

 神々しい畏怖さえ覚えながら、私は己の名と召喚の経緯について丁寧に述べ、そしてそれぞれのサーヴァントが持つという望みを問うた。

 

 これがサーヴァント召喚時においての最も留意すべき点である。

 

 本来、人に御せるはずもない英霊を召喚できるのは聖杯がそれの殆どを行うからなのだが、英霊がおとなしくそれに応ずるのは、英霊それ自体にも「万能の願望機」に託す望みがあるからなのだという。

 

 英霊もまた何らかの望みを持っているからそこ、このような分不相応な儀式への協力を承諾しているのだという。

 

 ――この点については、私には当初から多少の考えがあった。

 

 なにも難しいことではない。私自身には切実に聖杯を欲する理由はなにもないのだから、英霊のほうが何を欲しがったとしても、それが世界を滅ぼすようなものでない限り、正直に渡してしまえばいいのだ。

 

 本来の聖杯を欲して儀式に参加した魔術師たちにとって、ここは最初の難関となるのであろうが、私にとってはそれほどの痛痒でもないのだと、……そのときまでは……考えていたのだ。

 

 だからこそ、私は僅かながらの余裕すら持って己が召喚したサーヴァントに問うた。しかし、その見上げるような巨漢の男は私を見下ろすだけで、ただ無言であった。思えばこの辺りから雲行きが怪しくなり始めたのだ。

 

 

「フン。そうさな、オレ様の願いか」

 

 

 第一声がそれであった。言ってすぐにどっかりと床に胡坐をかいた巨漢は暫し考え、こういった。

 

「まずは酒だな。何でもいい、あるだけもってこい」

 

 慮外の応答に、私は暫し唖然としてしまった。

 

 そう言われても、私は未成年だし、ここは師とは別離したために最近越してきたばかりの仮住まいなのだ。

 

 いきなり酒などといわれても……なんて事はなく、しっかりと用意はしてあった。

 

 この手の英雄、豪勇には酒類というのは付き物なのだということは最初から予見して然るべきところあったし、そうでなくとも(おそらく、大概の場合)気難しい(で、あろうと思われる)英霊の機嫌をとるのにもこの手のもてなしの用意は必需であろう。

 

 交渉とは、その席についた瞬間から始まっているものなのである。

 

 大体からして、またしても魔女の嗜みとでもいおうか、そもそも私の専門とする魔術が香油や軟膏などの魔術薬の調合なので、アルコールの類は常備しておかなければならない。

 

 人を惑わす酒類の精製は私が日常的に行ってきた修練でもあったし、師の屋敷には酒造蔵(無論、市政には無許可)もワインセラーも完備されていた。

 

 そして何を隠そう、ここ五年ほどの間、この手の事にひどく手際の悪い師に代わり、屋敷の備品を管理をしてきたのは私である。

 

 ……おそらく、師は今ごろ、どの銘柄のワインやシャンパンが何処にあるのかも分からず四苦八苦しているに違いない。

 

 師が、弟子である私がこの儀式に参加する事を好まなかったのは、おそらく私がいないと屋敷の中がめちゃくちゃになるからだという理由のほうが大きかったのではないだろうか、と半ば本気で私は考えている。

 

 私は弟子であると同時に、師の屋敷に住み込みで働く使用人でもあるのだ。

 

 もう家事をはじめて十年近くになるので、それらの雑務については結構な腕前だと我ながら思うほどである。

 

 と、いうこともあって、私がこの新居に運び込んだ酒類の数は自作の大樽一個(違法)と蒸留酒やワイン、シャンパン、ビールなども含めて三十本近くになる。

 

 まあ、大ダルのほうは料理酒のようなもので質こそ悪くない出来だが、本来飲むための物ではない。

 

 しかし、なんでもいいというのなら、これでもいいだろう。

 

 開口一番というのは予想外だったが、どんな無理難題が飛び出すのかと内心戦々恐々としていたのだから、これくらいなら想定の範囲内だといえる。

 

 

 と、――このときはまだ、楽観してもいられた。……の、だが、

 

 

 小一時間ほど後、私は自分の考えが根本的に甘かった事を思い知る事になる。

 

 前途のとおり、用意してあった酒類の容器は、そのころには殆ど空になっていたのだ。

 

 それまで一心不乱に自前の雅な杯で酒を煽っていた巨漢はそこでようやく一息ついたのか、ほろ酔い気分といった風でこんな事を言い始めた。

 

「まあ、こんなところだな。フン。後は、そうだな、まずは食い物だ。うまい飯が食いたい。

 

 それと、「女」だ。………………ふむ」

 

 そう言って、己の耳の調子を疑いなら呆然としていた私に、やおら据わった眼光を向けてきたのである。

 

 何事かと思うより先に、冷たい悪寒が体幹を走った。

 

「ふむ。娘、いや、もとい我が主よ。よう見れば、その方もなかなかのものではないか。フフン。まだ若いが、なんとも見目麗しい。どうれ、もうちょいと近こうに……」

 

「……ちょ、……」

 

 なんて事を言い出すんだろうかこいつは! そもそも、仮にもマスターに向かってその方はないだろう。

 

 などと言う暇もあらず、咄嗟に退がろうとしたのだが、ここは人目につかないよう隠匿された地下室だった。

 

 私は退路を失って行き詰ってしまった。ま、まさか私はこのまま自分が召喚したサーヴァントに……!?

 

「あー、いやいや。よく見てみればおぬしはまだちと青いな。まだまだ体の厚みというものが足りん。フフン。実に惜しいがもう少し、後二、三年は待たねばならんなぁ。――うむ、実に惜しい。まだまだ精進がたらんなぁ。主よ」

 

 そこでまた酒杯をあおり、ガハハと大笑して見せた。

 

 ……もしかしなくても私はおちょくられているのだろうか? そのころには段々とこの馬鹿の馬鹿たる由縁がはっきりしてきた。

 

「まあ、女のほうは急がんでもいいぞ。この時代、女はいくらでもいるようだからなぁ。

 うむ、楽しみだ。ぜひとも絶世の美女というやつを拝ませてくれ。取り急ぎ、まずは飯だな。用意がないのならどこかうまいものが食えるところに連れて行け」

 

「……、……」

 

 とりあえず、私は絶句するしかなかった。とだけ言っておこう。

 

 

 

 ――私が召喚を行ったのは、当然の如く夜も深まり始めた頃だった。

 

 しかし時間が時間だからといって、ファミレスになんて連れて行かなくて良かった。目の前の惨状を見ながら、私は冷や汗を拭っていた。

 

 私が選んだのは市の中心地にもほど近い、繁華街にある食べ放題の焼肉店だった。この辺りには深夜までやっているこの手の店も少なくないのだ。

 

 そしてこれは惨状、と読んで差し支えない状態であろう。

 

 本来穏便に、専心して人目を避けるのが魔術師、ひいてはサーヴァントの習いであろう事は想像に難くない。

 

 当然だ。元来超常存在である筈のこいつ等が人目につくような行動をとったなら、――

 

 

 当然、こう(・・)なる。

 

 

 ……席の周りには、遠巻きにではあるがまばらな人だかりが出来、ものめずらしそうに写真を撮るものまでいる始末だ。

 

 正直、私は席についている事さえ億劫だった。できる事ならその場から逃げ出したかった。

 

 にもかかわらず、この巨漢の食欲はとどまる事を知らなかった。

 

 本来、その存在の根幹を霊体に持っているサーヴァントは常人のような物理的、肉体的な制約から解き放たれている。

 

 主からの魔力の供給さえ滞らなければ、食べることも、寝ることも必要も無いのだ。

 

 よって、これは私の供給する魔力では足りないからなのかとも考えたが、どうやらそれを考慮して自主的に魔力の供給を図っている、という殊勝なものでもないらしい。

 

 第一、実体の肉体を維持しているだけでも、私の供給する僅かの魔力は浪費されていくのだ。その意味ではこの暴食には大した意味もない。

 

 にもかかわらず、この巨漢は次から次へと運ばれてくる大盛りの肉を軽く炙っては飲み込むようにして胃に流し込んでいく。

 

 結局、閉店までペースを落とすことなく食べ続けた。その実、子牛一頭分くらいは平らげたのではないだろうか? 

 

 とても元人間とは思えなかった。たとえ英霊だからといっても、これはあまりに異常だと思えた。

 

 私も別に食の細い方ではないが、これはさすがに正視に耐えなかったほどだ。

 

 その後で私は、兎角、何とかして、気を取り直し戦略についての話をしようとしたのだが、するとこいつはさらりとこんな事を言ったのである。

 

「まだ、足りんな。おい、次の店は何処だ。フン。今度はもうちょっといい肉が食えるところにしろよ」

 

「…………、…………」

 

 結局、その日はそれ以上交渉を続ける事もままならず、数年間にわたり大事に貯蓄してきた一人立ちのための軍資金の何割かをただサーヴァントの食事に費やすという冗談のような成果が上がったのだった。

 

 そして翌日まで、とらなくてもいいはずの睡眠をたっぷりととり、夜中に起き出してはまた酒盛りをしようとするこいつを連れだして巡回に出たのが、昨夜のことである。

 

 

 

 そこでランサーと思しき相手に行き当たった。というのが、正直泣きたくなる様なこれまでの経過であった。

 

 そして今夜。ぐちぐちと文句をたれながらついてきた巨漢――ライダーのサーヴァントは、探索に協力しろという指示を完全に無視し、目下、私の体の一部を凝視し続けているのであった。

 

「……いい加減にしてッ」

 

 私は吐き捨てるように言った。

 

 先ほどからこの男がしげしげと眺めている箇所、それは私の臀部であった。いわゆるお尻のことである。

 

 ビルの屋上から夜景を見下ろす私の真後ろに陣取って胡坐をかき、今まで飽きもせずに、酒杯片手に見つめ続けていたのだ。

 

「むむ、どうした? 隠すでない。フフン。見せるためにそうしているのだと己で言ったではないか」

 

 だから見ているのだ、と言わんばかりの態度だ。

 

「……たとえそうでも、別に見せたいわけじゃないの。魔女の嗜みだからって説明したでしょ。……これは仕様なんだってば」

 

 そもそも、私は好きこのんでこんな格好をしているわけではないだ。

 

 今の私は、己の魔女としての礼装を纏っている状態である。イメージとしては黒い三角帽を被り、黒猫を連れて箒を持っているという風で構わない。

 

 ただし、私が身につけているのはこれとは少々異なる。

 

 まず、猫の使い魔はいるが箒は無しである。

 

 そして黒くふさふさとした鍔広の帽子と膝までの黒いレース地のブーツに、肘までの薄手のグローブ、後は首から胸元にかけての、煌めく夜のような黒いウセフ(エジプト由来の連環帯の首飾り)と、腰には黒皮のベルト、――以上である。

 

 自分で言うのもなんなのだが、他には何も身につけていないのであった。

 

 端的にいうと、凡そ隠すべき部分が丸出しになっている状態である。

 

 ただ、大きな三角帽が創る影と、首から肩までを覆うウセフの裾からクラゲの足のように無数に伸びている黒のリボンだけが辛うじて私の身体を覆い隠している程度だ。

 

 当然の事ながら、至近距離から見つめられたら何もかも丸見えになってしまう。

 

 しかし、これは私的な生理的趣向から斯様な装束を選んでいるわけでは、断じてない。

 

 そも、魔女とはその属性の一つとして「姦淫」を司るものなのである。そして魔女や魔術師という人種は常人とは一線を画す秘跡を求める、いわば魔の探求者である。

 

 故に人から乖離した存在となるために、日夜修練を積むわけなのだが、その道程というのはよほどの天才でもない限り人間一代の時間では足らないのだ。

 

 故に魔術師という人種は己の生涯の魔術の成果を後継者に託す事で、悠久の時を神秘への探求に当てるのである。

 

 そのため、後継者となるべくして生まれてくる子息は当然の事ながらより魔術師として高い適正を持つように最初から仕組まれている。

 

 生まれる前から魔術的な施術を施したり、より濃い血を持つものを配偶者として選んだりという事を何世代にもわたって繰り返すのだ。

 

 故に、よほどの例外でもない限り魔術師としての能力は先天的な資質に左右されざるをえないのである。

 そのような経緯もあって通常、魔術の世界では代を重ねていたほうが優秀なのだ。

 

 

 そこで私の話になるが、私の場合は少し難しい。

 

 とりあえず、私の魔女としての血統は二代目にあたる。

 

 つまり、事の始まりはただの一般人でしかなかった母が魔道の世界に足を踏み入れた事から始まるのである。

 

 言葉どおりに受け取ってしまうと私は一般人に毛の生えた程度の魔女もどきという事になる。だが、厳密にいえば……それも少し、違うのだ。

 

 私達の先祖には確かに魔女がいたらしいのである。

 

 らしい、というのは確たる証拠がないからだ。そのために母は生涯をかけて己のルーツを探っていたのである。

 

 自分の先祖には人ならざる魔道の業を持つものがおり、自分はその血を引いているのではないか、という疑いと期待を抱いた母は、ありったけの財産と時間をつぎ込み、独自に魔術師の事を調べ上げ、そして遂に、当初お家の事情で日本に来日したばかりだった師を見つけ出して協力を取り付け、生涯を魔女の研究に打ち込んだのだ。

 

 その成果として生まれたのが私、というわけである。

 

 そういうことなので、師に言わせると私の魔術師としての位は(贔屓目に言って)下の中か上といったところなのだそうだ。

 

 故に、私はこうして後付の装置によって己の魔女としての純度を高めなければならないのである。

 

 内側が魔女になりきれていないために、強く外側を固めなければならないのだ。

 

 実際、力の無い魔術師ほど外装を不自然につくろうために異様な外形を模すものだ、とも師はいっていた。

 

 純度の高い、生まれながらの魔術師ほど、無理の無い自然な姿で生きており、それだけで十分に魔なる存在なのだ、と教えられたのだ。

 

 ……まあ、その点について嘆くつもりはない。すでに変えようの無い事ならば、後は運用の仕方で何とか誤魔化していくしかないのだ。

 

 ちなみに私の師は九代目という大層な名門の出だという。

 

 そしてその師の後継者として育てられていた師の長子は私と同い年の少女で、時を同じくして魔道を学んだ仲になるのだが、何せ向こうは由緒正しき魔道の大家の十代目となる計算だったわけで、素養の上ではもはや勝負にならないという事を私は長年にわたって思い知らされてきたものである。

 

 

 

 ――とまあ、長くなったが、そういう次第で私は別に裸で出歩く事に興奮するわけでもないし、人に見せて喜ぶわけでもない。それほど自信過剰なわけでも勿論ないのだ。

 

 これは魔女としての礼装であり、至らぬ己の実力を補うためのものでもある。

 

 それに、これは私の魔術を使用する上でも必要な処置でもあるのだ。故に裸体を見られたくらいで一々おたついてはいられない。

 

 ――はずなのだが、さすがにこう至近距離から、しかも使い魔とはいえ間違う事なき異性に凝視されては敵わない。

 

 じっと見られていると思うとさすがに耐え難い羞恥がこみ上げてくる。私としても魔女だてらに人の子なのだ。

 

 しかしいくらそう告げてもこの巨馬鹿ときたら……

 

「はて、そうだったか?」

 

 この調子である。どうやらこの男の耳は己の都合のいい情報しか聞き取らないようにできているらしい。

 

「フン。いやいや、恥ずかしがる必要はないぞ、我が主よ。なかなかに立派な尻だ。これにはさしものオレ様も前言を撤回すべきだったと思い直しとったところなのだぞ。いや、先日は無礼を申した。

 斯様に結構なものを見せ付けられてはまだまだ青いだの、厚みが足らんだなどとは、もはや言えぬわなぁ、うぅむ。――フフン。それにしてもいい尻だ。いや、見事、見事!」

 

 一時は本当に神妙そうな顔で慇懃に頭を下げたこの巨漢の男は、そこでまた痛快そうな高笑いをして見せた。

 

 言うまでもないが、私は言葉もない。

 

「……ちゃんと周囲に気を配れっていったでしょ」

 

 お尻を見られたくないからといって、しかしまさか正面を向けて立つわけにも行かない。

 

 何度言っても凝視というセクハラをやめないので私は後ろ手に要所を隠しながら、指示した筈の内容を反復する。私は周囲を見張れ、と言ったのだ。

 

 するとライダーは、うって変わって悄然と肩を落とした。

 

「仕方あるまい。いくら目を凝らしてもこれでは……」

 

「……ッ」

 

 馬鹿のくせに痛いところをついてくる。

 

 確かにこう成果が出ないのでは、ただ見張るというのも辛いものがある。

 

 やはり何か策を講ずる必要があるか……というか、最初から見てもいないのかと思っていたが、飽きっぽいのはともかくちゃんと言う事を聞いていたとは以外だ。

 

「フン。いくら目を皿のようにして往来を眺めてみても。ほれ、見てのとおりだ。ろくな女がおらんではないか! まったく嘆かわしい。どいつもこいつも見るに耐えぬ醜女(しこめ)ばかりだ。

 

 こうなれば間近にある白い丸尻に目が行くのも、フフン。男ならば当然という言うものだ。

 主よ。姦淫だ、魔女だのと大層な事を言いながら、まぁだまだ男のなんたるかがわかっておらんようだなぁ、男を知らんのが丸わかりではないか。ヌゥハハハッ それ、隠すでない」

 

「………………ッ」

 

 前言撤回である。いい得ているだけに余計に腹立たしい。

 

 確かに姦淫を司る魔女だなどと言ってはみたものの、私はその辺りの経験にとんと乏しい………………否! そうではない! 

 

 やっぱりこいつは人の話なんざ聞いちゃいなかったのだ! しかもあいかわらず何処から物を言っているのかというほど傲慢な物言いではないか!

 

「……じゃなくて、探れって言ったのは敵の魔術師の痕跡とかサーヴァントの気配だってば!」

 

「何だ、俺の要求した極上の女というのを探していたのではないのか」

 

「……違う。そんな事、最初から、ひとっことも言ってない。……見るなってばっ」

 

「ほれほれ、隠すなというに。……フン。だいたい、無茶を言うな。俺には魔術だのなんだのの気配を探るなんて面妖な真似は出来んぞ。近くで殺気だっている奴が要れば、話は別だがな」

 

 なるほど、これがこいつの特性ということらしい。つまり戦闘では馬鹿強いが、それ以外には完全、全く、本気で役に立たない。ということか。

 

 ――――うん、少し落ち着こう。いい加減にしないと早々にこっちの心が砕ける。

 

 大した進展があったわけでもないのに、この数日で私はひどく疲弊していた。

 

 こいつと付き合っていくだけでも凄まじく磨耗していく気分だ。それともサーヴァントというものは多かれ少なかれ皆こんなものなのだろうか?

 

 だとしたら、この聖杯戦争という儀式はろくでもないものなのではあるまいか。英霊を御すというだけでもその労力は計り知れない物がある。

 

「むう!? ――で、では、我が主よ!」

 

「……なに?」

 

 何かに思い至ったかのように、巨漢は真面目な顔で声を上げた。

 

「それでは、俺の所望した女のほうの用意は何もできていないとでもいうのではないだろうな!?」

 

「…………自分が何をしに出てきたかわかってる?」

 

「何だ、何も言わずとも敵が出て来たなら戦ってやる。

 だが、それには必要なものがあるだろう。フフン。褒美だ。何の対価もなしに見ず知らずの英霊なんぞと喧嘩などしておれんのでな」

 

「……そういえば聞きそびれてた。結局、あなたの願いってなんなの」

 

 私は保留されてそのままになってしまいそうだった問いを再度尋ねた。

 こういうときでもないと生返事しかしないヤツなのだ。するとライダーは素っ気無く言った。

 

「フン。なにをいまさら。先ほどから言っているではなないか、己が望むのは褒美だ。美酒、美食に美女だ。それさえよこせば、とりあえずは戦ってやる」

 

 そして口角を弓なりに歪めた。

 

 不意にその巌のようだった座り姿が、一枚の巨大な刃のように変質したようだった。まるでビルを跨ぐような巨人の持つ大斧を想わせる偉容だ。

 

「……それが聖杯に望む事? あなた本当に英霊なの?」

 

 その濡れ光る分厚い刃のような威容にこそ息を呑んだが、しかし私は同時に鼻白む思いだった。

 

 そんな即物的な物欲が、英霊とまで呼ばれる存在が二度目の生に託す願望なのだろうか?

 

「フン。オレ様に言わせれば一度死して英霊になってまでごちゃごちゃと屁理屈を捏ね回しとる連中のほうがおかしいのだ」

 

 さすがに唖然とするしかなかった。

 

 それほど幻想を持っていたつもりもないが、さすがに英霊というものはもっと高潔なものなのだろうと、私も心のどこかで思っていたのだ。

 

 現物がこうも俗物的だとさすがに幻滅してしまう。しかし、この状況でそれを嘆いてばかりいても始まらない。

 

 

 

「……とにかく、褒美があればいう事を聞くって事?」

 

 私は気を取り直してそう言った。

 

「ほう? そうだその通りだ。フフン。なんだ意外と話がわかるではないか、主よ」

 

「……じゃあ、今日中になにか成果を挙げたら、私が知る限り一番の美人と引き合わせてあげる」

 

 今更何を言ったところで聖杯戦争は始まっているのだし、このサーヴァントを取り替えることもできない。多分、聖杯にクーリング・オフの機能はないだろう。

 

 ならば後は出来る限りの最善を尽くすのみである。それに今の言動からわかったのは悪いことばかりでもない。

 

 俗物的であるということは、逆に言えば扱いやすいということでもある。向こうに合わせてやれば自分から喜び勇んで動いてくれるという展開も有るかも知れない。

 

「なぬ?」

 

 聞いたとたん。案の定ライダーは前のめりになって食いついてきた。なんともわかりやすい奴だ。

 

「フン。――美女といったな、どの程度だ? 歳は? 背格好はどうだ?」

 

「……ただし、条件は守ってもらう。……いい?」

 

 私はぴしゃりと言った。向こうが話に乗ってきたのだ。ここで一気にこちらの用意したテーブルについてもらおう。ようやく、交渉の始まりだ。

 

「うむ、心に留めよう。して、その条件とは如何に」

 

 巨漢は今度こそ居住まいまで直して真摯な顔を向けてきた。ちょっと感動ものである。どうして最初からこうできないのだろうかコイツは。

 

「……私は会わせるだけ、魔術で操ったり、もちろん腕力で言うことを聞かせるのももっての外……守れる?」

 

 それをきいて、巨漢のサーヴァントは一瞬太い眉を上げて考え込むように首を捻った。

 

「ううむ、自分で口説き落とさねばならぬということか……。フフン。いや、嫌いではない。嫌いではないぞ。うむ、心躍るではないか」

 

 と思うと、一気に顔に喜色を浮かべてぶつぶつと言っていたのだが、しかし不意にそれを一転させ、私に懐疑的な目を向けてきた。

 

「フン。しぃかし、な。……それはよほどの、その、なんだ。……美女でないとなぁ。見目麗しく、内実の伴った、まさしく天女のような。そういう女でなければな~~」

 

 そう言って今度は首を捻ったまま此方にちらちらと視線を向けてくる。

 

 期待と懐疑が複雑に入り混じったような、非常に気持ちの悪い顔でこっちを見てくる。

 

 私はこんなのに友人を引き合わせようとしている事にひどく重苦しい罪悪感を抱いた。

 

 しかし背に腹は代えられない。獲物は餌に食いついたのだ。ここは一気に行くしかない。

 

「……身長は私より二十センチくらい……まぁ二回りくらい高い」

 

「ふむ……」

 

 チラ見していた視線が私に固定された。与えられる情報を目の前の私を基準にして想い描いているらしい。

 

「……あんたのいう身体の厚みもばっちり」

 

「ほう……」

 

 眼を見開いて、顔を真っ直ぐにこちらに向けてきた。

 

「……顔のほうは、街ですれ違えばほぼ間違いなく男は振り向く」

 

「なんと……」

 

 今度は顔だけではなく、胡坐をかいた体までもがこちらに向けられた

 

「……去年私の、……学舎で一番の美女を選ぶ大会をやった時はぶっちぎりで一番になった」

 

「フン? ちなみに、おぬしは何番だった」

 

「…………わ、私? ……は七番、だけど。……でもこれは別に自分で出たいって言ったわけじゃ」

 

「なんと!」

 

 盛大に前のめりになって訊いてきたそのままの格好で、今度はまるで石になったかのように動かなくなった。

 

 暫しの時がそのまま流れた。

 

 巨馬鹿の動きが静止して久しい。何を考えてるのかは想像に難くない。そして想像したくない。

 

「フ、フンッ。いやいや、しかしな。いくら美女だといっても、中身のほうがついてこないのではなぁ」

 

 不意に動きを再開した石像は、今度は正面を向いていた身体を再度捻り上げてそんなことを言い出した。

 

 めんどくさいなコイツ、と私は思いながら、ふとなぜこいつはこんなにも上から物をいえるのだろうか? と疑問を再三抱いていた。英霊ってみんなそうなのだろうか?

 

「……性格はいいと思うけど。おとなしいし、あんまり怒ったりもしないし、あと成績もぶっちぎりで一番だし」

 

「なに? 美女な上に博学の才女、そして機知にも富むというのか。そして物腰柔らかいということだな。そうだなぁ。フフン。――フンフン。いかに見目麗しくとも、やたらと姦しい女はいただけんからなぁ……うううむ。す、すばらしい!」

 

 そこまでは言っていないのだが、どうやらこいつは得た情報を都合のいいように変換し始めているらしい。頭の中には理想の女性像が出来上がっていることだろう。

 

 まあ、それについての訂正はしなかった。

 

 実際、私の友人は決してその言に劣らない女神のような人物だったからだ。――だからこそこんな奴の目にかけるのは憚れるのだが……。

 

 するとこの馬鹿は事のほか勢いよく立ち上がった。おかげで足場にしていたビルが微震に見舞われたように揺さぶられた。

 

 私は肝を冷やした。この街の中心街は深夜まで人の気配が絶えない場所だ。下手すると周囲の人間たちに気付かれてしまう。

 

「ならば話は決まった! フフン。さあ、行こうぞ我が主よ。俺についてくればその辺の英霊などは紙も同然よ! 大船に乗った気でおれい!」

 

「…………」

 

 私はあまり人に対してネガティブな事は言わないのだが、こいつに対しては心の底からうざったいと思う。こんな事は初めてかもしれない。

 

「……で、具体的にはどうするつもりなの」

 

「フン。いやいやその前に確認だ主よ。今宵成果を挙げればといったな。その成果とは如何ばかりなものか」

 

「……いかばかりって……」

 

 なるほど、これは考え物だ。すぐにこいつを普通の人間だと偽って友人に引き合わせてばっさりと袖にされたら、こいつはまたヤル気を失うだろう。

 

 こういう場合、吹っ掛けて見るのもいいのかもしれない。経過はどうあれ、こいつは今嬉々として交渉の席にいるのだ。何とかうまくことを運ばないといけない。

 

 考え込みながら横目で見ると、今度はライダーが私にとぼけたような声をかけてきた。

 

「フン。あー、主よ。焦る事はないが、急いだほうがいいかもしれんぞ」

 

「……なにそれ、どういう意味? ……まあいいや。すぐに会いたいなら今日中にサーヴァントを一騎打ちとること」

 

「ほう」

 

 法外な要求だったかもしれないが、ライダーは動じる様子もなく眉を上げた。

 

 ここで気を抜いてはいけない。コイツは馬鹿だが、並の馬鹿なら英霊としてここに立ってはいないはずだ。私は自分で交渉を主導するように、更に先を進めた。

 

「……とりあえず、今日でなくともサーヴァントを倒したところであわせてあげる。そうでなくても今日中に何かの痕跡を見つけられたら、相手の実物を見せてあげる。会うのはだめ、見るだけね」

 

「フン! いいだろう」

 

「……あれ?」

 

 もっと渋るかと思って気を張っていたのだが。あっさりと承諾がかえってきた。まずはサーヴァントを一人討ち取れとは、さすがに渋るかと思った条件だったのだが、これは予想外だった。

 

 何か変だと思った矢先に、ライダーは間を置かずに釘を刺すように念を押してきた。

 

「フン。では、今宵敵を見つければ、その者の姿を見せる。討ち倒したなら引き合わせるということで、よいな?」

 

「……いや、別に敵を見つけなくても、痕跡を見つけられれば……」

 

「よいな!」

 

「……い、いや、……うん」

 

 気圧されて生返事をすると、そこでライダーはしてやったりといわんばかりのムカつく顔で、ある方向を指差した。

 

「では――フフン。これでまず一目見るのは確定だな」

 

 指されたのは私の背後の闇だった。

 

 

 

 

 




 
主要キャラクターの簡単なプロフィール。

氏名:小高森涅 (こだかもり くろむ)
性別:女
身長:151cm
体重:46㎏
好きな物:猫および動物全般・アメリカンコーヒー
趣味:一人カラオケ・猫の世話
悩み:身長が低いこと・魔術の才能がないこと
魔術属性:大分は水と土。詳細は土塊の偶像(アイドル)。
魔術特性:『崇拝』
備考:魔術系統は魔女術・自然崇拝(アミニズム)で、それら複数の魔術を独自に編み上げたもの。
 ライダーを召喚した魔女見習い少女。高校二年生。
 礼装がとんでもない恰好になってますが。それは魔術師としての能力を補うためもの――だったのですが――実はタイプムーンの伝統「はいてない」を意識した結果だったんだけど、どうでしょうねぇ?

魔術:解説
 ちなみにウセフ(ウェセクとも)というのは、古代エジプトの装飾品で、幅の広いエリみたいになってるアレのことです。
 くろむがなぜエジプト由来の魔術を使うのかは後でわかります。

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