Fate/alter Seven Sight ――the First Sight――   作:どっこちゃん

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三章ー2

(月曜日・夜更け)

 

 

「いやぁ、あぶなかったな。フフン。もう少しで手柄を奴に持っていかれるところであったわ!」

 

 青天に変じた空の下、ゆうゆうと「舞台」に躍り出たライダーは嬉々として歓声を上げた。

 

 いまだにプレハブ小屋の屋根に身を隠したままの私に向けてである。

 どうやら私は勘違いをしていたらしい。ライダーははじめからこれっぽっちも私の危惧に同意などしていなかったのだ。私はまだこのサーヴァントの馬鹿さ加減を侮っていたのだ。

 

「……、…………」

 

 私はこのまま帰ることが出来ないものだろうかと真剣に考えてみたのだが、どうにもそうは行かないらしい。仕方なく私はライダーの脇に降り立った。

 

 先ほど、一瞬にしてこの廃工場の敷地の総てを包み込むまでに拡大した光の膜が光陵を窄め、深い青寒色の球の中に潰えると、青天を仰ぐ白昼であった筈の光景は見る間に消え去り、辺りはまた冷たい雨の降りしきる暗夜に戻っていた。

 

 そこで私はようやく、あの光の膜に映し出されていたものを思い出した。

 

 そうだ、あれは幾多の星座ではないか。そう、あの宝球はプラネタリウムの核となる球形または半球形の投影機部、「恒星球」に酷似している。

 

 あの宝具は光によって、キャスターの周囲に立体映像の如き天球図を出現させていたのだ。

 

「驚きましたね。今宵はそのままお引取り下さるかと思っていましたが……。ふむ、これはこれで興味深い展開だ」

 

 しかも、覗いていたことは最初から知られていたらしい。考えてもみれば当然のことかもしれない。どうにも私の見積もりはいろいろと甘きに失していたようだ。

 

「馬鹿め。目の前にいる敵を仕留めずに引くことなどあるわけなかろうが!」

 

 馬鹿が何か言っている。――そうか。そういえばこいつ、歴史に名を刻むレベルの馬鹿なんだったっけ。

 ――いや、もはや何も言うまい。それについての思索は切り離すしかない。と、意識を切り替えようと努力していると、不意に視線を感じた。

 

 見れば、半ば諦めの境地に至って俯くしかない私に、対峙するキャスターの明らかに冷やかな視線が注がれていたのだ。

 

「それにしても……はしたない格好のお嬢さんだ」

 

 どうやら、見るからに育ちのよさそうなキャスターは私の格好に一言あるらしい。だが、そこで恥じ入る必要などありはしない。これは私の魔女としての矜持でもあるのだ。

 今の侮蔑はある意味で褒め言葉として受け取るものであり、憤慨するにはあたらない。

 

「うむ。まったく持ってケシカランことこの上ないが、なにやら仕様らしいぞ? フフン。そういう貴様はなんだ? 坊主か? 道士か? それとも西洋では聖職者とかいうアレか? まぁ、なんにしろ、それならさぞかし眼福であろう。ほれ、もっと寄って見てみるか?」

 

 もっとも、それはコイツが横にいない場合にかぎる。

 

「下劣な」

 

 そう言って目を汚らわしいとばかりに伏せたキャスターの意識は間違うことなく、私とライダーをまとめてひとつのものとしてみなしている。

 

 どうやらキャスターからすると私はこの馬鹿と同じ部類の「下劣」に含まれるらしい。

 

 私はこれまでの人生において、味わったことの無いような羞恥と屈辱感に泣きそうになっていた。

 

 悪いのはこの馬鹿である。

 

 こいつが横にいなければ、まだ魔女として毅然と対応も出来ようというものなのだ。

 

 しかし、こいつと一まとめにされるともう、何の言い訳も出来なくなってしまうではないか。

 

 もういい。私は滲んできた涙を拭って前向きに考えることにした。

 

 確かにこの先キャスターの工房に真正面から踏みこめる機会があるかどうかは疑問だ。

 

 考えようによっては、これは絶好のチャンスだともいえる。準備不足は否めないが、この際力押しでいけるところまで行くしかない。

 

 私は無言のままキャスターを見据え、多めに軟膏を取って練り合わせ、剥き出しになっている腿から胸元、肘先にまで手早くラインを書き込んだ。

 

 最後に、唇に塗った真紅の軟膏は火照った体温に煽られてすぐに揮発した。その火のような吸気を肺に留め、私は一気に呪文(スペル)を紡ぎ上げた。

 

「……Bastet mau bastet.(我は 求め 訴えたり)dancing insubordinate (躍動せし 不従順なる 者達の)in silent feast(音無しの 饗宴にて). |I instill energy Like (我を 月明かりの 不寝番の 如く)moonlit wake(賦活 させたまえ).Bastet maw bastet(我は 求め 訴えたり)……」

 

 すると首から肩にかけての連環帯の装飾具(ウセフ)の端から無数に伸びていた黒のリボンが意志でも持っているかのように生動し始め、私の体に巻きついていく。

 

次第に溶け合うように交じり合った魔帯の群は、ボディスーツのように私の顔以外の部分を余すことなく覆った。

 

 被っていた帽子からは三角形の大きな耳が突き出し、その鍔は風呂敷のように後方に伸び、私の背中に柔らかな体毛を波立たせた。

 

 四肢の先にはナイフのような爪が伸び、全身の筋肉が賦活化して体中の関節が位置を変えた。

 

 私は――――すでに二本の足で立つことをやめていた。

 

「これはウィッチクラフト。……なるほど、意外と本格的な魔女のようだ。興味深いーーが、しかしさすがにあのバーサーカーの後では見劣りしますな。さしずめ、かわいい子猫といったところだ」

 

 余裕の声を上げるキャスターの前で、私は一匹の大きな黒猫に変わっていた。

 

 これが私の攻撃用の魔術だ。猫に擬態して獣の戦闘力を自身に付加すること、それが私の持つ唯一の戦闘術なのだ。

 

 もっとも、確かに先のバーサーカーのように完全に獣に変容出切るわけではなく、戦力としてもそれこそ子猫と重戦車ぐらいの差はあるだろう。

 

「それもそうだな。……獣に扮した女体というのも、なかなかどうして艶めかしい。フフン。わるくはない。わるくはないが、確かにあの犬っころの後では珍しくもなんとも無いのう。主よ、少々芸が足らんぞ」

 

「……なんで呑気に見物してるの。……さっさとやることをやりなさい」

 

 勝手に独断先行したくせに、今度はのんびりと私の方を眺めている。コイツの考えていることはホントに理解しようがない。

 

「うむ、それもそう、……なのだが、どうにもなあ。改めて考えてみると、こんな優男相手ではオレ様が本気を出すのも、ちと大人気なかろう?」

 

 こいつはさっきバーサーカーがやられたのを見ていないのだろうか? それともすでにその事実が頭から抜け落ちているのか? 

 

 敵の能力がわからない以上、それはどうあっても圧倒的に不利な状況を意味する。そして、キャスターはおそらく今のわずかの立ち回りからすでにライダーの能力を殆ど看破してしまっているだろう。

 

 この状況はとても余裕を持て余すようなものではない。

 

「……何言ってるの。ここで手を抜く必要なんて……」

 

 焦燥を露にする私に対するライダーはなんとも気が抜けているように見えた。――少なくともこのときまでは。

 

「フン。全力になる必要もないではないか。まあ、安心しておけ。だれもやらないとは――」

 

「興味深いですねぇ、これはずいぶんと…………!?」

 

 この場にそぐわぬ私達の会話に割って入ろうとしたキャスターは、そこで何かを悟ったように底で言葉を切って、またあの球を操作し光の膜を形作った。

 

 悠然と戟を担いだライダーがその実、――すでに攻撃の用意を追えていることにようやく気が付いたのだ。

 

「――言っておらんわ!」

 

 次の瞬間にはライダーの持つ戟の曲刃がキャスターの細い首に掛けられていた。反射神経を大幅に増強していたおかげで、今度は私も何とかライダーの動きの軌跡を見つけることが出来た。

 

 とんでもない速度だった。やはり、こいつは馬鹿ではあるが戦闘においては常に正解を選択している。

 先手を取るなら、敵がやりたいことをやる前に勝負を決するのが鉄則だ。

 

 殺し合いの大半は第一撃(ファースト・コンタクト)で決着が付く。それはその瞬間がもっとも有効にして危険な「機」だからに他ならない。

 

 そのためにライダーはあえて「機」を外して相手の気勢を削いだのだ。この男、やはり戦闘においては微塵の隙もありはしない。

 

 しかし――先を取ることはかなわなかった。刃は止まっていたのだ。

 

 訝るべきは、この場合、何にであろうか。ライダーの攻撃が防がれたことだろうか?

 

 刃に晒されたキャスターが微動だにしなかったことだろうか? それとも――刃を止めていたのがほかでもない、宙空に制止した雨粒だったからであろうか。

 

「な――ぬッ?」

 

 さしものライダーも、これにはさすがに瞠目して咄嗟に刃を引いた。

 

 私はその事実にこそ驚かなくてはならなかった。それが本当に小手調べなら迷わず連続攻撃を仕掛けていたことだろう。

 

 思わず引いたということは、つまりいまの一撃が全力だったということに他ならないのだ。

 

 ライダーの全力の一撃といえば、それは迫撃砲にも等しい衝撃の筈だ。それをいとも簡単に弾いて見せたということは、それが尋常な防御とは一線を画すということである。

 

 それほどの怪異。さすがにライダーも退がらないわけにはいかなかったのだろう。

両者の距離が開くと、すぐに雨は制止を止め、万有引力に逆らうことなく地に降り注いだ。

 

 するとキャスターは足も動かさずにそのまま宙を浮くように後方にさがった。それについては魔術師ならば驚くには値しない芸当だ。やはり問題はいまキャスターが起こした現象の方なのだ。

 

「……今、何が……」

 

 私はライダーの側に寄って疑問を問うた。私だけではあの宝具がなにをしたのか、皆目検討がつかなかった。

 

「フン、そういうことか」

 

「……解かるの? ライダー」

 

「どうやら、奴の宝具は『雨』を操るもののようだな。先ほどあの犬の体を抉ったのも、勢いを増した雨礫であったわ」

 

 ライダーにはそれが目視できたらしい。雨を空間に留めるだけでなく、加速することもできるということか。しかし……

 

「……夜を一気に昼に変えたのは?」

 

「それは幻覚かなにかだろう。そういうのが、ほれ、魔術師の得意なんだろう?」

 

「……」

 

 なおも余裕で私に振り返って応答するライダーを余所に、私はキャスターの動静から目が離せなかった。

 

 そんな単純なものではない。今キャスターが行っていたのは、そんなものではないはずなのだ。

 

 私にもまだ判じ切れないが、あのキャスター、というよりはその宝具にはまだただならぬ秘密があるように思えてならない。

 

 キャスターのほうも今のライダーの踏み込みにはさすがに肝を冷やしたと見えて、油断の無い顔でまた空中の球を空転させた。

 

 またもや光の膜が広がり、今度は一気にこの廃工場の敷地そのものを包み込んだ。

 

 今度は雨が止むことは無かった。

 

「……で、ライダー。その推測が正しいとして、この雨の中でどう攻めるの」

 

「フン。決まっておろうが、敵が小細工を弄する前に――」

 

 緩急。ライダーの前進の速度は今度こそその軌道すらうかがわせなかった。――が、

 

「――たたっ斬るのよ!!」

 

 それはもうやったではないか。と、私がそれを言葉にするより先に、憤然とキャスターに迫っていたライダーはやおら急停止し、こちらに振り返った。

 

 それでようやく、私はキャスターの冷然とした目から注がれる視線が、自分を捉えているのだと気が付いた。

 

「たわけェ! 後ろだ!!」

 

 そのおかげで、私はライダーの叱咤に先んじて動くことが出来た。

 

 声を聞いてから反応したのではもう遅かっただろう。私は背面から襲ってきた無数の刃から逃れるように跳躍して、間一髪飛び退いた。

 

 見れば、私が立っていた場所には先ほどライダーに両断されたはずの自動人形達が各々の刃を携えて群がっていた。

 

「どうなっとる。こいつら不死身か?」

 

 いや、それはない。

 

 例えこの自動人形たちに自己修復機能があったのだとしても、サーヴァントたるライダーの攻撃で破壊されたのなら、それは外部構造の破壊だけでなく、内部の魔的機構術式の壊滅的な破損を意味するはず。

 

 それこそ、この人形達自体が宝具でもない限り不可能な話だ。――ならばやはりあのキャスターの手中にある宝珠こそが怪しい。

 

 自動人形たちはわらわらと私達を取り囲もうとしてくる。

 

「……ライダーッ、私の盾に」

 

「チィッ、――致し方なし!」

 

 一気呵成に波状攻撃を仕掛けてきた七体の自動人形を、ライダーはそれこそ一振りで薙ぎ払う。

 

 しかしその度にオートマタたちはまるで映像を巻き戻す(・・・・)かのように破損箇所を復元して再び攻撃を開始してくるのだ。

 

 同じような攻防を幾度と無く繰り返すうち、ライダーの手を逃れるものが出てきた。

 

 ライダーは一人で千人の敵に対して攻めを打つことのできる男だが、しかしその反面、何かの防衛、つまりは何かを守りながらの闘いにはまるで向かないようであった。

 

 今も一挙一動が強力無比であることは違いないが、どこか攻め手に立っているときのような精彩さが感じられないのだ。

 

 熊の毛皮のような被り物を模した外装の人形が、ライダーの剣域を抜けて私に迫る。

 

 何本もの折れた短剣や欠けた槍の穂先を、箒のように束ねた奇怪な得物を出鱈目に振り回してくる。

 

 私は逃げずに前進した。敵の凶刃を潜り抜けて両手の爪を敵の懐に連続で叩きつけた。

 

 猫を模倣した今の私の反射神経と速度なら、雑作もないことだ。

 

 ――が、文字通りまるで歯が立たない。

 

 私の爪はその気になれば人の身体を両断するくらいは出来る代物なのだが、如何せん、爪がいくら鋭くても「重さ」が足りずにこのような機械仕掛けの身体を破壊できないのだ。

 

 こういう金属製――か、あるいは分厚い強化セラミックか何か――の頑丈なカラクリを壊す時は鋭いナイフよりも、ハンマーやツルハシを使うのが正しい。

 

 そのとき私の肩口を一本の矢が掠った。弓を持ったオートマタが粉砕されながらもライダーの脇を抜いたのだ。火のような熱さに身を捩った私を奇怪な箒を持った人形が組み伏せた。

 

 私はどうしようもなくなって身を強張らせたが、次の瞬間、ツルハシどころが、ビルでも貫通できそうな削岩機の如き一撃が私の上にいた人形を薙ぎ払い、粉砕した。

 

 そのままクレーンのような野太い腕が下りてきて、子猫でも持つかのような手つきで私の首根っこを捕まえてひょいとつまみあげた。

 

「フン。なんだ、格好ばかり変わっても、ものの役にたたんではないか」

 

「……そうじゃなくて、盾になれっていたでしょ……」

 

 そうは言っても、内心わかってはいたのだ。やはりライダーは盾には向かないサーヴァントだ。

 

 後ろに味方がいても、攻撃がきたなら反射的に避けてしまう。なまじ戦闘に頭を使わずとも勝ててしまうものだから、そう不得手が生まれたのだろう。

 

 粉みじんに粉砕されたはずのオートマタたちは、またもや修復を終えて立ち上がってくる。

 

 ライダーは私をつまみあげたまま、手にしていた戟を振りかざした。

 

「フン、いつまでもいい気にさせておくものか!」

 

 先ほど私達が身を隠していたプレハブ小屋が、溶鉱炉に入れられた鉄片のように真っ赤に融解し膨れ上がる。

 

 伝説の英馬の騎影が、三度(みたび)雨しぶく現世(うつよ)にその姿をあらわした。

 

 その荘厳たる佇まいは、やはり赤熱する蒸気機関を思わせて憚らない。自我をも持たぬはずの自動人形たちの足を竦ませるほどに、その威容は圧倒的であった。

 

 私を定位置である自分の腹の前に乗せ、ライダーは一気に騎馬を前進させた。

 

 凄まじい加速のGと馬体から発せられるスチームのような熱気を痛いほど感じながらも、私は思った。

 

 そうか、これならばいける、と。なぜなら、たったそれだけですでに敵雑兵の殲滅が完了していたからである。

 

 文字通りの粉砕だった。オートマタたちは案山子のように蹴散らされ、その刃は私達に届きもしないのだ。

 

 やはり、ライダーの言うように最初から力押しでいったほうがよかったのだろうか。とさえ、思えてしまう。

 

 真紅に燃える馬体は、そのまま単騎となったキャスターに向けて地盤を踏み砕くような荒々しさで駆けていく。

 

 キャスターは逃げるように位置を変えた。光の膜が私達だけを包むように集束し、そしてまた降り注いでいた雨が加速を始めた。

 

 しかし伝説の英馬の馬体を包む灼熱の力場は、弾丸の如き雨粒をあっという間に気化させ、私達騎乗者の身を完全に護りきっている。

 

 そのまま英馬の疾走は、キャスターいる位置まで一気に朱の線を描いた。

 

 苦肉の策なのだろうか、キャスターは先ほどバーサーカーに投擲されてひしゃげていた大型トラックを盾にするようにその後ろに回りこんだ。

 

 それは、文字通り濁流にのまれながら藁しべに縋るかのような拙い抵抗だと、私の目には映った。

 

 当然のように灼熱に燃える巨馬の四肢は、巨大な車体を飴細工のように融解させ、蹴散らしまった。まるで盾どころか衝立にもなっていない。

 

 この猛馬と騎兵を遮ることなど、如何な豪勇にもかなわぬことのように思えた。

 

 このときの私は無駄な抵抗を続ける敵を前に、頭をもたげた勝利への予感を持て余して酔っていたのかもしれない。

 

 それが失態だった。

 

 このときの私は、己を包んでいたあの光球の幕の存在を失念していたのだ。

 

 融解する鉄片を朝露の如く蹴散らし、巨馬は再び怨敵に突撃の狙いを定めて嘶く。

 

 しかしそのとき、私達の頭上に影が現れた。大きな影だ。何事かと思う前に衝撃が私の五感のことごとくを聾した。

 

「ぬぅぅぅぅッ!?」

 

 ライダーが戟を振りかぶり、咄嗟にそれを迎撃したが、衝撃は一度では終わらない。

 

 二度、三度、……幾度と無くそれが降り注ぐ。雨ではない。降ってきたのは巨大な質量の鉄塊。

 

 それは今踏み散らしたのと同規模のトラックの群だったのだ。

 

 ライダーが衝撃から抜け出すように位置を変えたおかげで、ようやく息をつぐことが出来た。

 

 しかし私の頭は混乱の極みに見舞われていた。なぜ? どうしてこんな現象が起るというのだろうか? 

 

 しかも今見れば、十数度にわたって落下してきた筈の車両の群はそこになく、あるのは融解して焼け爛れ、両断された一台分の車両の残骸だけだった。

 

 やはりこれは幻覚か何かなのだろうか? しかし、それは間違いだ。

 

 私の頬に紅い筋が滴っていたのがその証拠であった。私の遥か頭上で致命的な超重量の磊落から私を守ったライダーは頭部から血の筋を引くほどの傷を負っているのだ。

 

「……ライダー、……治癒を……」

 

「構うな。それよりもおとなしくしていろ」

 

 私さえ懐にいなければトラックが降ろうが、鯨が降ろうがジャンボジェットが降ろうが、霊体化できるライダーにはダメージを与えることなどできない。

 

 しかし私の盾になるためには実体化したままそれを遮る必要がでてくる。やはり私がいる状況で闘いを仕掛けるべきではなかった。……それもライダーの自業自得ではあるのだが……。

 

 そのとき、私はようやく己の周りに漂っている光の球立体図に気がついたのだ。私は咄嗟に指示を出した。

 

「……ライダー。この光を抜けて!」

 

「はいやっ!」

 

 巨大な馬体が嘘のような初動をもって加速した。すると光球は私達を追うようなことはせず、一旦立ち消えたあとで間髪を置かず主であるキャスターの周りに出現してゆるゆると拡大と縮小を繰り返しながら停滞していた。

 

 私は雨の向こうで微笑を湛えるキャスターを凝視していた。あいも変わらず、訳のわからない宝具だが、取りあえずあの光の膜の内側にしか効果は現れないのは確かなようだ。

 

 ゆえに光膜の外にいれば何が起ることもない。

 

「……この位置で待機。あの光の中に入らないで」

 

 今のうちに事の概要を整理してあの宝具の性質を見極めなければならない。

 

 そも、あのキャスターの真名はなんなのだろうか? 

 

 ……思い出せ。既に十分なほどにヒントは示されているのだ。

 

 最初にあの宝具を起動する時、キャスターは何かを呟いた筈だ。あれが宝具機動のイグニッションなのだとすれば、あれが宝具の名だということになる。

 

 宝具の大部分はその名を唱えることによって発動するものなのだと教えられた。ならば、あれがあの宝具の真名に違いない。

 

 私は三次元的な肉体の守りをライダーに任せ、青のペーストを自分の額に塗りつけた。己の意識を内面的な意識下に向けて集中させるように切り替えたのだ。

 

 こうしてあの時に感じた五感の感覚を蘇らせることができる。これも簡易的な自己暗示に近いものであり、れっきとした魔術である。

 

 思い出せ。思い出せ。思い出せ…………私の意識は肉体の生死さえ忘却して記憶の再生に専心していく……。

 

 キャスターはあの時、たしかに「メタ・ウニウェルサリス」といっていたはずだ。ウニウェルサリス。どこかで聞いたことがある。

 

 意味はたしか「普遍」「万有」。そして「学科の総括」とも聞いたことがある。……そうだ。

 

 確か史実上にその異名をもって呼ばれた異端極まりない魔術師がいたはず。そう、カトリックの聖人であるとされながら、当時自然科学と未分割であった魔術に積極的に携わり、そして多大なる学問を収めた、その名も「普遍博士(ドクトル・ウニウェルサリス)」。

 

 その真名は、アルベール。――そう、「偉大なるアルベール」…………。

 

「はぁっ!」

 

 突然の衝撃に私の意識は現実引き戻された。

 

 舌を噛みそうになったが、それはキャスターの攻撃によるものではなかった。ライダーが、私の指示を無視して一転、キャスターへ進路を向けたのだ。

 

「……ラ、ライダーッ?!」

 

「いつまでも睨み合いなどしていられるかッ!」

 

 なるほど、「待て」が苦手なわけだ。ライダーの性急さを計算に入れていなかった。

 

 つくづく手間のかかるサーヴァントだ。……などと言っている場合ではない。

 

「……だめッ、この光は」

 

「解っとるわ。この光に触れなければよいのだろう? ならば、こうするまでだ!」

 

 光の境界面に迫ったライダーはそこで留まり、やおら虚空に戟を振るった。一面の雨が切り裂かれて四散した。

 

 だが戟の白刃は届かない。届くのはこの男の殺意の具現。「覇刃」! 

 

 虚空を薙いだ戟の一撃と同じように、雨の一角を切り裂くこの殺意の波道が幾重もの流線形の軌道を雨のキャンバスにありありと描き出した。

 

 それはいわば、超高速のギロチンの刃が水平に降り注いでくるようなものである。雨の描く幾重もの銀線が、その殺戮の軌道を暴きだしていたのだ。

 

 刃がキャスターのゆったりとした衣装の裾を切り裂いた。ヒラヒラと舞うような動きでキャスターはギリギリでそれを躱して行く。

 

 ライダーは騎馬を発進させた。球形を形作る光膜の周りを周回するように回りながら、連続で念意の刃「覇刃」を放っていく。

 

 キャスターはつたない動きで四方から迫り来る覇刃の回避につとめている。

 

 見るからに危うい動きだ。戦闘の心得がないのは一目瞭然。あのキャスターはやはり典型的な魔術師だ。これではいつまでも躱してはいられまい。

 

「どうなっとる……ッ」

 

 いらだつような驚愕混じりのその声に、私はハッとして我に帰った。もっと早く訝るべきだった。

 

 その(・・)キャスターが、幾らサーヴァントだとは言え、ライダーの攻撃を未だかわし続けられているはずが無いではないか!

 

 ライダーは確認でもするかのように、光膜の真ん中にいるキャスターへ向けて再度覇刃を放つ。今度こそ私にもはっきりとその異常が見て取れた。

 

 その進行具合は、まるでスローモーションだった。雨を裂いて奔る不可視の刃。光の境界面を過ぎてもその雨粒をも切り裂く鋭さは幾分も変わっていない。

 

 そのまま進めば、キャスターの身体を豆腐のように裂いてすりぬけるだろう。ただ、その速度だけが劇的に変化しているのだ。

 

 刃だけではない。落ちてくる雨粒までもがあの光の中に入った途端、まるで蝸牛のように減速してしまうのだ。先ほどよりも明らかに遅い。しかも降り注ぐ雨がその不可視のはずの刃の軌道を鮮明に示してしまう。

 

 あれなら誰でも迫り来る致命の刃を避けることが出来るだろう。あの光の向こうでのみ、明らかに時間の流れが違っている。

 

 ――――時間? そう、『時間』だ。何かが、つながったような気がした。そうだ、時間だ。あのキャスターの宝具は――ッ。

 

 光球の周りを周回していたライダーがそのとき、いきなりその光の中に突っ込んだ。

 

「……! ライ……」

 

「ぬうううううッ!」

 

 不本意ながら、ライダーが何をしようとしているのか、私には咄嗟に理解できてしまった。

 

 進退窮まったとなれば、最後は自分の「武」に総てをかけて突貫する。この男の常套手段なのだ。勝算云々の計算はまるで頭の中にないらしい。

 

 光の中に入っても、私達の体感速度が遅くなるということはなかった。ただ、雨や空気の感触が以前とは違うようだった。

 

 ただの水滴に不可解な重さを感じる。まるで強風の中にいるような空気の抵抗を感じた。

 

 やはり、この光の中では周囲の環境と私達の時間の流れとの間に明らかな齟齬が発生しているようであった。

 

 兎角――この程度の抵抗はライダーの前には何の痛痒にもならない。いきなり方向転換した私達へ、キャスターは呆気にとられたような、そして哀れむような、なんともいえない視線を向けてくる。

 

 どうやら、このライダーの選択はキャスターにとっては想像し得ないほどの「愚策」と映ったらしい。

 

 案の定、それを見たライダーの憤怒は臨界に達していたようだ。別に私の真上にあるライダーの顔をわざわざ見たわけではない。頭上から聞きたくもない歯軋りの地鳴りが聞こえてきただけのことだ。

 

 不意に周囲の空気が軽くなった。私はすばやく視線を巡らせて私達を包み込んでいる光の膜の様子に注視した。案の定、その光の境界面に映し出されていた点光がゆっくりと位置を変えている。

 

 四季によって様相を変える、天球図に瞬く星々のように、だ。

 

 間違いない。あれは占星術を応用して操作されているのだ。占星術。自動人形。天候の操作。天文遁甲……。やはりキャスターの真名は偉大なるあの男に違いない。

 

 光は一変、私達の周囲だけを包み込んだ。光はゆらゆらとぼやけて動き、かわすことが出来ない。

 

 だがすでにキャスターは目の前だ。この距離なら届く! しかし、その期待を裏切るように、それまで一心に前だけを見てキャスターに狙いを定めていたライダーが、そこで振り返って防御の姿勢をとった。攻撃は、キャスターの迎撃は後ろから(・・・・・・)来たのだ。私にでも感じられる圧倒的な殺気を纏った不可視の攻撃が、背後から襲っくる。

 

 そのときのライダーの思いは、そして驚愕は私と同じだったことだろう。馬鹿な、これではまるで……。

 

 想うまもなく、追撃は四方から襲ってきた。巨馬と巨漢の身体から熱い飛沫が舞い上がる。ライダーは仕方がなく飛んでくる攻撃と同じ攻撃をぶつけて相殺しなければならなかった。

 

 そう、ライダーは己が秘中の秘とする「覇刃」による防衛網によって足止めを喰らっていたのだ。これにはライダーもたまらず、己の憤怒を棚上げして困惑の言葉を吐いた。

 

「なんだこれは!? どうなっとる!?」

 

「……だから、それを調べてからって思ってたのに……」

 

 私も私で臍を噛まざるを得なかった。予感したとおりの、そして最悪の展開だ。

 ライダーがキャスターよりも弱いわけではない。どうしようもなく相性が悪いのだ。ライダーのように真正面からの力押しを得手とするサーヴァントにとって、あのキャスターのような得体の知れない特異な能力の持ち主は鬼門なのだ。如何に強大な攻撃力も当たらないのでは意味がない。

 

「フン! 過ぎたことをいつまでものたまうな。問題はこれからどうするかだ!」

 

「……確かにそうなんだけど……」

 

 お前が言うなと、ぜひとも一言いっておきたいところだが、確かに今はそんな暇がない。

 

 何より最大の不利は敵のマスターが姿をあらわしていないということだ。対して、こちらはどうしようもなく敵前に「最大の弱点」を晒してしまっている。やはり、この時点で攻め手に打って出るべきではなかった。

 

 ……後悔は意味を成さない。何とかしてキャスター打開の糸口を見つけなければならない。真名の当たりはついた。キャスタ―自身の弱点は見えているのだ。後はどうやってそれを突くか、そして、この宝具をどうやって攻略するか。その策が重要なのだ。

 

 少しでいい。考える時間が欲しかった。

 

「……なら、まずは退いて」

 

「馬鹿をいうな。それではまるで負け戦ではないか!」

 

「……本当に負けたいの?」

 

「クソッ!」

 

 私の言葉に奥歯を軋らせて、ライダーは進路を一転して後退した。そして光球の効果範囲内から抜け出し、廃工場の敷地外に向けて一路、滑走するかのように加速した。

 

 この場合、敗走は何も恥じることではない。こちらの戦力も知られたことだろうが、たいして隠すこともないライダーの戦法は知られても致命の要因にはならない。

 

 内情を知られて困るのは向こうのほうだろう。謎であることがあのキャスターのような手合いの強みの一つなのだ。ここでの仕切り直しはこちらの有利に働く。

 

 しかし、風を置き去りにするかのような紅の騎影の眼前に、光の膜が出現した。しまったと思った瞬間。私達はまるでガラスに閉じ込められたかのようにその場に固定されてしまった。

 

 身動き一つ。目蓋を動かすことさえ出来ない。無論、呼吸もである。

 

『これはなんだ? 一体どうなっとる?』

 

 言葉ではなく、パスを通じての念意が私の脳裏に直接届いてくる。どうやらライダーの同じ状況に陥っているようだ。

 

 単に魔力を使った力技で空間を固定しているなら、ライダーは簡単にその拘束を破ってしまうだろう。

 

 対魔力こそ微弱ではあるが、ライダーの膂力を完全に拘束することは並大抵の魔術では難しい。そのライダーが微動だに出来ないと言うことは、つまり、これは空間に作用する魔術ではないとうことだ。

 

 呼吸が止まり、思考が滞ってきた。兎角、このままではいくら魔術師とはいえ確実に死ぬ。いまはここから抜け出すことを考えなければ。

 

『ぅおのれぇぇぇえ!!』

 

 念意であることを忘れそうなほどに騒々しいライダーの気合が私の頭の中に轟いた。

 

 おそらく拘束されるのが大嫌いなことは想像に難くないライダーは、それでもなお全身の強力を持ってこの固定された空間に挑んでいるようであった。

 

 おそらく、押しても開かない扉があった場合、押してだめならもっと押せ。という感じの思考で生きているんだろうなぁ、こいつは。

 

『……無駄なことはやめてライダー』

 

 私は念話でライダーに呼びかけた。これ程近い距離なら髪などの触媒を使わずともパスを使って即席で会話をすることくらいは可能だ。

 

『無駄とはなんだ。このままでは終わりだぞ? せっかくの二度目の命。こんなことで死ぬのはごめんだ! ぬううううっ!』

 

 一度死んでるくせに生き汚い奴だ。英霊というのはもっと潔いものなのでは……まぁ、この際、その生き汚さも頼もしいと言っていい。

 

 まだまだ気力はなえていないことの証だ。

 

『……霊体化しなさい。ライダー。それでこの光球を抜けられたら、一気にキャスターを討って』

 

『なぬ? ……ふむ、よし』

 

 見なくともライダーとその騎馬の重厚な気配が消えたのは感じられた。そのまま凄まじい光陵の点となったライダーの動きはまるで見えるように知覚できた。

 

 そのままキャスターのほうへ向けて移動していく。

 

 どうやら、このキャスターの宝具の法則が見えてきたようだ。

 

 ライダーの霊体化から間を置かず、私は解けた空間に解放されていた。

 

 止まっていた吸気が再開され、吐き出そうとした息に詰って、えづき、雨だまりの砂利に伏せてしばらくあえいでいた。

 

 肺や喉が焼けるようだった。僅かな間だと思っていたが、現界以上に呼吸を止められていたらしい。

 

 魔女とはいっても、私の体は常人に毛の生えたようなものなのでこの程度の負荷ですぐにへばってしまう。

 

 魔術の教練のことを思い出す。これもいつものことだった。私はひどい劣等生で、よく師に才が無いと嘆かれたものだった。

 

 それでも、一度も魔術をやめようと思ったことは無いのだ。それは、どうしてなのだろう。どうして私はこんなところにいるのだろうか……。

 

 そのとき、私の腕や足から紅い痛みが迸った。雨が、また加速していたのだ。しかも先ほどよりも明らかに威力が強い。私の全身を包んでいた黒のリボン、私の魔力によって余れた防護膜であるはずのそれらが唯の雨粒にいとも簡単に貫かれていくのだ。

 

 逃げようが無かった。雨は次から次へと降り注ぐ。それも当然だ。緩急をつけて降ってくる雨などあるはずも無い。全身に打ち付けてくる雨から急所を庇いながら私は身動きも出来なかった。

 

 動くことも出来ないのだ。しかもあろう事か、今やこの雨の原因であろう光球はこの廃工場の敷地全体を包みこめるほどの範囲を覆っているのだ。逃げ場など絶無だ。

 

 打つ手が無かった。しかし思考だけが不可解な引っ掛かりを覚えていた。何かがおかしかった。そう感じたのだ。そんなことをしたらこの施設そのものがあぶない。私の防護幕をこれほど簡単に貫くのだ。並みの家屋などあっという間に蜂の巣であろう。

 

 視線だけを動かして周囲の建物に視線を走らせる。やはり、それらにはこの雨の影響は見られない。

 

 だがそこまでだ。何か、攻略の糸口が見えたような気がしたのだが、これ以上は私の体のほうが耐えられない。雨に身体を削られるなんて、まるで自分が砂の像にでもなったかのようだ。

 

 すると超重量の枷の如き重圧が止んだ。何かが雨を遮ったのだ。

 

 無論、それはライダーだった。ライダーはそのまま私を脇に抱えて愛馬を走らせた。しかし何処へいっても雨は打ちつけてくる。逃げようとすればまた空間を固定されるだろう。ライダーは動けても残された私はやられてしまう。堂々巡りだ。

 

 ライダーもそれを承知しているのだろう。イラただしげに声を荒げた。

 

「くそっ、足手まといな」

 

「……だから誰のせいで……」

 

 我ながら今にも息の潰えそうなか細い声だった。キャスターの能力がこれほど広範囲に及ぶというのが解かっていたなら、誰もむざむざ出てきたりはしないのだ。だから一度出なおしてライダー単体で向かわせるつもりだったというのに……。

 

 だが今はそんな場合ではなかった。雨は依然として勢いを増している。一刻の猶予も無い。

 

「……ライダーッ、あの中に……」

 

 私は弾丸のような雨粒に苦心しながらも、敷地内で一番大きな建物を指して指示を出した。

 

「何を言うかっ! この雨の中では屋根など物の役に立たんぞ。ええい、もう黙っておれ!」

 

 進退窮まったライダーはそれどころではないといった様子で耳を貸そうともしなかったが、それでも私はライダーの首を捕まえて、というか太い木の幹のような首に掴まって耳元で声を上げた。

 

「……勝ちたかったら言うことを聞いて! ……解かったことがあるの!」

 

「チッ、……フン。ほかに手もなし」

 

 ぼやきながらも心底手詰まりだったのだろう。それともこの雨のせいで多少は頭が冷えたのか、あるいはその逆でやけくそだったのかも知れないが、とにかくライダーは私の指示通りに敷地内の一番大きな建物に向けて進路をとった。

 

 真紅の騎影はその身を砲弾と成し、厳重に封鎖されたシャッターを粉砕して家屋内に飛び込んだ。

 

 しかし、そこで私は予期せぬ奇妙な感覚にとらわれて呆然とした。

 

 そこには廃工場などなかったのだ。そこは確かに封鎖された廃工場だったはずなのだ。それは間違いない。私は一瞬また己が怪異なる現象に見舞われ、どこか別の場所に瞬間移動でもしたのかと訝ることになった。

 

 私達が飛び込んだ建物の内部は外とはまるきり違っていたのだ。その内部が事のほか清潔に保たれていたことはもとより、まさしく工場以外の何物でもないものと見受けられたはずの建物の内装はしかし、とても工場といえるものではなかったのだ。

 

 そこにあったのは礼拝堂であった。それも、そこいらの教会にあるような物ではなく、かなりの広さのある荘厳な拵えのものだった。

 

「なんだぁ、こりゃあ?」

 

 さすがにライダーもその異質さには違和感を覚えたようであった。つまりは納屋の中に宮殿の一室が広がっているようなものだ。その異質さは誰の目にも明らかであった。

 

「……もしかしたら、ここはただの廃工場じゃないのかもしれない。知らずに拙いところに入り込んだのかも……」

 

 この廃工場跡と見受けられるこの場所はその実、秘匿された教会だったのだ。問題なのはなぜこんなところに教会があったのかということではなく、どうしてそんなものを偽装する必要があったのかということだ。

 

 それは、――表向きの信者ではなく裏の信者。つまり魔と、教会の敵と戦うための教徒が利用する場所だったことを意味する。つまり、我々魔女や魔術師を狩ることを生業とする狂信者どもの巣なのだ。

 

 ようやく私の中のキャスターへの懐疑が確信へと変化しようとしていた。私の推察が正しければ、あの男は魔術師が呼び出すのにはふさわしくない性質の英霊だ。いや、その実、その存在は英霊とは一線を画すものである。

 

 もしかしたら、ヤツは教会が用意したサーヴァントなのではないか? 

 

 私の疑念はそこで一気に集束して結実した。それならばあの男がキャスターのクラスとして呼ばれたことにも得心がいく。なぜなら、あの男は生前、聖人であるとされながら同時に魔術師としての伝説をも持ち合わせていた破格の偉人なのだから。

 

 しかし、なればこそ拙いことになったかもしれない。聖堂教会はこの儀式を監督する立場にあるのだ。その教会と敵対してよいものだろうか? 

 

 いや、そもそも教会がサーヴァントを呼ぶことがルール違反なのだ。その点に関して責められるいわれはない。……だが相手はそういう理屈の通じる手合いでないこともまた事実……。

 

「しかし、この中が大丈夫だとどうして解かった?」

 

 いまだに無事な天井を見上げるライダーの訝しげな声が聞こえて、私は我に帰った。

 

 そうだ、今は後のことを考えている場合ではない。ようやくキャスターの宝具の持つ法則が見えてきたのだ。今はそれを攻略するために尽力することこそ至上命題だ。

 

「……ライダー、この中じゃ騎馬の機動力は殺される。それに、私のほうが二人分の維持に耐えられないかもしれない」

 

「む? そうか。よし、よくやってくれた。戻ってくれ」

 

 私ともども馬上から降り立ったライダーは月牙の光で巨馬を包み、その身を時空の彼方へ送り届けた。

 

 実際、手傷よりも疲労のほうがしんどかったのは本当だ。ライダーがあの愛馬を呼ぶと、私が供給する魔力は一時的に倍化してしまうのだ。本来ひとりしか呼べない英霊を二人呼んでいるようなものだからそれも当然だろう。

 

 強力な反面、やはり使いどころが難しい宝具である。……だから許可もなくむやみに使わないで欲しいのだが……。

 

「……敵は雨を加速して私達を攻撃して来た。でも、ここなら安全。この建物も雨と一緒に加速しているから、屋根が抜けるようなことは無い」

 

 音と気配で建物の外の様子を鑑みながら、私は言った。

 

「それは、どういう……」

 

 解からないということを全身で表すように憮然と立つ巨漢を見上げ、私は言った。

 

「……あの宝具の持つルールがわかってきたってこと」

 

「ほう?」

 

「……言うことを聞く気になった? ライダー」

 

「言っとる場合か。さっさと教えろ」

 

 ライダーは急かすように言ったが、私はゆっくりとした語調を保った。

 

「……ライダー。少なくとも私はここで負けるつもりは無いの。そのためには私の指示に従ってもらわなくちゃならない。今も、これからも」 

 

 暫し渋面を作っていたライダーは威圧するように無言で私を見下ろしてきたが、私はそれを真っ直ぐに見つめ返していた。

 

 ここで引き下がったら、たとえこのライダー相手ではなくとも、英霊を統べるマスターには値しないだろう。たとえ何をされても、ライダーには私が主であると認めさせなければならない。

 今夜の苦戦はそもそもそれが原因なのだ。これを改善しない限り、今日を生き延びても、次は無い。だから、私はこの稀代の純粋なる闘争の具現たる巨漢を見据えていた。それは命を掛けるに値することだ。それが英霊を統べるという魔術の理なのだ。

 

「フン! ええい、仕方がない! ――いいだろう、今日の所は言うことを聞いてやる。さあ、どうすればいいのだ!?」

 

 すると、以外にも簡単に折れたので私は拍子抜けしてしまった。

 

「……ほんとに聞くの?」

 

 確認してみる。

 

「くどいぞ。俺とて、ここで負けるつもりなどないのだ!」

 

「……わかった」

 

「フンッ! では、どうすればいい?」

 

「……よく聞いて」

 

 私は敵の能力の解説とこれから取るべき戦術を簡潔に説いた。

 

 指示が終わると、待っていたかのように建物の正面に動きがあった。ライダーが開けた大穴から入ってきたのはまたもや自動人形(オートマタ)だった。しかし、今度は一体だけだ。

 

 どうやら七体分の無事なパーツだけを集めて一体分の身体をでっち上げたらしい。ごちゃごちゃと歪な造詣の手足を使って歩きにくそうにこちらに向かってくる。

 

「……ライダー、指示通りに」

 

 私はライダーの前に出て、オートマタに向き直った。

 

「いいだろう、この命あずけよう。――フフン、小賢しいだけの娘かとおもっとったが、なかなか骨があるではないか」

 

「……余計なことは言わなくていい」

 

 オートマタは据え付けられている座席を蹴散らして前進してくる。キャスターの姿は無い。つまり、今あの光球の宝具は使われていないということだ。

 

 これが、あの宝具の特性の第一だ。あの宝珠は常にマニュアル操作しなければならないのだという推察は、これで証明された。あの宝具を使用している間、キャスターはそれ以外の行動がほとんど制限されてしまうのだろう。おそらくすさまじく精密な操作を要求される魔導器に違いない。

 

 そして宝具を使用していないというなら、今キャスターは別の作業を行なっているということだ。

 

 どこから来る? キャスターはからならず自身で詰めを打ちにこの場に現れるはずだ。

 

 その時、オートマタの前進と同時に私達のちょうど真上の天井が破砕され、そこから雨と共に後光を纏う天の御使いの如き貴姿が現れた。キャスターは上から来たのだ。

 

 光が溢れ、あの宝具を使用しているのがすぐに分かった。おそらく、屋根の一部の時間を超加速させて脆くしたのだろう。あの宝具は、万象の時間を高次的な視点から操作しているのだ。

 

 要するにタイム・コントローラーのようなものだと言える。いざ対峙してみれば、これほど厄介な代物はないと思い知らされる。

 

 あの宝具にかかっては、あらゆる凡百な物質も無敵の盾となり、いかに強固な物質も無常の風化を免れない。時間に侵食されない物質は無く。時間の停滞にとらわれた物質はいかなる変化も寄せ付けないからだ。

 

 ライダーは天の御使いの如きその貴影に覇刃を連射した。しかしそれらはキャスターの身体を包む光の膜に阻まれ、空を切った念意の刃だけがむなしくも豪快な破砕音とともに天井を切り裂くばかりだ。

 

 それを微笑と共に見送ったキャスターは計ったように私とライダーの間に(・・・・・・・・・)舞い降りた。

 

 私達の分断にかかったのだ。

 

 今度は光球が拡大してライダーを絡めとろうとする。さしもの猛将もこれには後退を余儀なくされるが、それでもライダーは無謀とも見て取れる覇刃の連射を繰り返す。

 

 私は私で、一体のオートマタ相手に防戦必死だった。六本の腕にそれぞれ別の武器を持ったオートマタはそれらを出鱈目に振り回して逃げる私を追いまわす。

 

 キャスターの戦略はおそらくこうだろう。天井から私達の間に降り立って私達を分断し、自分があの宝具でライダーを押さえ込んでいる間にオートマタがマスターである私を討つ。最も確実な戦法だろう。――そしてそれゆえに読みやすい。

 

 一見、絡め手で闘いを優位に進めているように見えて、キャスターがライダーを倒すことは難しい。あの宝具は間接的にしか敵に干渉出来ないからだ。

 

 私が推察したあの宝具の特性その二は、あの光膜内の時間操作の効力が、なぜか人間――及びそれに準ずるものにだけは及ばないということである。おかげで直接時間を操られて胎児にまで戻されたり、死ぬまで時間を加速されたりはしないが、周囲の時間が加速・停止・逆行する間、自分だけがそこから取り残されることになる。

 

 すると、それらとの齟齬によってダメージを受けてしまうことになるのだ。もちろん、いくら周囲の物質の時間を操っても、霊体化したサーヴァントには意味の無いことである。

 

 つまり、敵の時間に直接作用できないことが強みであり同時に弱みでもあるということになる。無論、キャスターはこのことを誰よりも熟知しているだろう。狙うとしたら、やはり弱点である脆弱なマスター、つまりは私だろう。ならば――私達はそれを逆に利用してやればいいのだ。

 

 私は機を求めて壁や天井を縦横無尽に飛び回った。こういう室内でこそ猫のはしっこさというのは有用なのだ。防御に徹していればこのオートマタの攻撃をかわし続けることはそれほど難しくはない。

 

 だが私はあえて大仰に飛び跳ねて逃げ回った。まるで焦燥と恐怖に駆られているかのように。

 

 場は暫し膠着した。埒が明かないことに憤慨したと見えたライダーは、霊体化して光球の中に侵入した。実はこれも私の指示したことだ。私はオートマタと距離をおきながらそれをつぶさに霊視して観察していた。今の私の視力は二重の意味で猫のそれに順ずるのだ。

 

 案の定、ライダーは光の幕に邪魔されることなく私のほうへ来ようとしたのだが、しかし同時に霊体化したキャスターによってその途上で何かに進行を阻まれ、まるで弾かれるように押し戻されたのだ。

 

 霊体同士で押し合いをした? ――否。というよりは、何らかの磁場によって霊体のライダーが一方的に弾かれた、という感じだった。

 

 おそらくはキャスターの持つスキルか何かだろう。もとより予見していたことだが、「霊体に干渉できない宝具」を持つキャスターが、敵の霊体からの干渉、さらには呪いや呪術の類の脅威に対して何の対策も持っていないはずがない。

 

 聖言か、それとも聖人としての高位からの加護の類であろうか? とにかくキャスターには霊体のままにもかかわらず、外部からの干渉を阻害する何らかの防護があるのは間違いない。それも霊体化した他のサーヴァントを完全に押し留め、拘束してしまうほどの強力な代物だ。

 

 ライダーが再び実体化すると、キャスターもまた実体化し、先ほどと同じように対峙した。嘲るような声をキャスターは静かに発した。

 

「――興味深い状況ですねぇ。貴方がこんなところで手詰まりとは。三国最強の雄よ、あなたは確かに最強の武人だ。しかしけして勝利者にはなれない。このような現に出てきてもまた苦い思いをするだけなのではないですかな?」

 

「――フン」

 

 敵の激昂を煽るための計算ずくの揶揄であろう事は想像に難くない。これまでのキャスターの印象からはらしくない挑発だといえた。つまり、彼もまた極限の闘争に追い詰められているのだ。疲弊しているのはこちらだけではない。

 

 ライダーの様な敵には何よりも効果的なはずのそれに、しかしライダーは反応しなかった。

 

 珍しく表情を欠いたライダーの対応にキャスターはその意を判じかねたことであろう。

 

 ライダーの不可解なまでの専心が、キャスターの意識に僅かながらの空白をもたらしたのかもしれない。

 

 そのときであった。

 

 不意に、誰もが予想さえしなかった彼方から、乾いたような一つの銃声が聞こえたのだ。

 

 音は屋外から、しかしそう遠くはない場所から聞こえてきたようだった。これは私にとっても慮外のことだ。当然それに気をとられはしたのだが、それでもキャスターから意識を切らすことは無かった。キャスターは一瞬、動きを止め彼方に視線を泳がせた。

 

 その後姿に、私は最良の「機」を見て取った。

 

 今しかない!

 

「ライダーッ!」

 

「こおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」

 

 私の声に寸分の暇さえなく反応して、ライダーは高く跳躍した。そしてキャスターの頭上から広範囲へ向けての覇刃の乱れ打ちを放ったのだ。

 

 キャスターは咄嗟に自分の眼前の空間を固定して覇刃を防いだ。先ほどの一瞬の停滞が、それ以上光膜を広げる暇を奪ったのだ。今、あの宝具の効果はキャスターの周囲の僅かな領域にしか影響しない。

 

 無論、覇刃はキャスターには届かなかった。――もとより、狙いはキャスター自身ではない。なぜなら、その念意の刃が切り裂いたのは、私の眼前に、そう、キャスターの背後、すぐ近くに誘導され(・・・・・・・)、立ち塞がっていた自動人形だったのだから。

 

 背後を振り仰いだキャスターの双眸が、己の失策を悟ってやにわに歪む。

 

 それからは一連の事がまるで時間がコマ送りになったかのように凝縮されて展開した。

 

 同時であった。ライダーの着地。キャスターが私の策を見抜いた事。私が破砕されたオートマタを踏み台にしてキャスターへ突進したこと。すべてが同時だった。

 

 挟撃。それが、私がライダーに提示した策だ。

 

 安易な策だが、こういう策は簡潔なほうがやりやすい。それにライダーにあまり難解な指示を出してもそれは無駄に終わってしまうかもしれないし、時間もなかった。

 

 キャスターの持つ宝具の法則の三つ目。それが光膜による時間操作の範囲指定だ。あれは物を指定して時間を操作しているのではなく、自分で指定した範囲、つまりあの光膜の内側の空間しか操作することができないということなのだ。

 

 つまりこうして挟み撃ちを仕掛けられたならば、私とライダーの両方に対処するには、その中間にいる自分ごと範囲指定をしなくてはならない。

 

 しかしキャスターにはそれが出来ない。空間の加速も停止も、その効果範囲に自分を含んでしまったのでは宝具そのものの操作に支障をきたしてしまうのだ。

 

 そして、私の意は真っ直ぐにキャスターの首へ注がれている。

 

 私は、熱病のような高揚と共に内心でほくそえんでいた。

 

 これが拙いのだろう、キャスター? これこそがあなたの最大の弱点だ。

 

 体術を全く心得ない魔術師であり、そしてオートマタに戦闘の総てを任せるというエンチャンターとしての魔術師のスタイルが、あなた自身の物理的脅威に対する脆弱さを物語っている。

 

 つまり、この絶対的な宝具の防御を突破したなら、私の魔爪でもあなたを殺傷しうるということだ。

 

 私は加速する。ライダーもまたキャスターへ向けて迫る。もう逃れることは出来ない。さあ、どうする? キャスター。

 

 しかし、そこでキャスターがとった行動は、私の予想を上回っていた。

 

 キャスターはこの状態で時間を加速するのでなく、停止するのでもなく、――巻き戻し(・・・・)たのだ。

 

 光球は最大限元にまで縮小し、キャスター自身の足元だけを包みこんでいた。そこには、先ほど破壊された天井の破片があったのだ。

 

 おそらく最初のライダーの攻撃で天井から落ちてきたものだろう。時間逆行によって上方に昇っていくそれに乗って、キャスターはこの場を離脱しようとしているのだ。

 

 その精神力に、私は感服せざるを得ない。

 

 この絶望的状況下を一手で覆してしまった。敵の策に陥ったことを悟りながら、それでもなお敵の思考を上回る手を弄せる。頭の回転以上に、その胆力こそが特筆すべきものであった。

 

 わずかに遅い。わずかに遠い。キャスターは既に私の手が届かないところにいた。だが、私もまた怯まなかった。この程度のことで精神的後退をするわけにはいかない。

 

 今、重要ななのは、策を破られてしまったことではない。その事実に、精神的に屈してしまわないことなのだ!

 

 この挟撃に二度目はない! ここが局面なのだ。ここで決めるしか、ない!

 

「ライダーッ!」

 

 私は再び叫んでいた。ライダーは宙空を昇っていくキャスターへ向けて再び覇刃を見舞う。

 

 しかしキャスターを載せた光球がそれを見越していたかのように肥大化し、下方からのそれを逆行させてしまった。先程の光景の再現だ。幾度となく証明されている。

 

 ライダーの放つ念意の刃は、それ自体がライダー本人から乖離した物理的破壊現象となってしまったために、キャスターの宝具『高次式普遍天移象球儀(メタ・ウニエェリサリス)』の時間操作の影響を受けざるをえないのだ。

 

 キャスターは目を細めた。それが唯の悪あがきであると嘲るかのように。

 

 だが次の瞬間、その目は驚愕と懐疑に見開かれたことであろう。眼下に見下ろしていたライダーの顔に満ちた、勝利の確信を見たが故に。

 

 そのとき、私はキャスターの上にいた。

 

 この高い礼拝堂の天井すれすれまで、私は飛び上がっていたのだ。

 

 無論、キャスターの観察眼の前では、私の跳躍力ではそんなことが出来ないことはとっくに看破されていたことだろう。

 

 だからこそ、この隙が生まれたのだ。あの一瞬で私が上昇を続けるキャスターの頭上を取ることは理論上不可能だった。

 

 だが、それはあくまで私の「独力」では無理だということに他ならない。ならば、誰かの助けを借りればいいだけのことだ。

 

 驚愕に見開かれた目が背後の私に振り返り、呆けたような視線が私に注がれた。そのときすでに私の魔爪はキャスターの白い首を抉っていた。

 

 私は、ライダーがキャスターに届かぬことを承知で放った「覇刃」の刃を足場にしてここまで駆け上がったのだ。

 

 血潮を撒き散らして落下するキャスターは、地に着く前に霊体化してその実体をかき消した。

 

 私も同様に自由を失って落下したが、下にいたライダーが受け止めてくれた。

 

「――フンッ、無茶をしたものだな」

 

「……咄嗟に合わせてくれたのは、よかったけど。けど……」

 

 キャスターがああいう逃げ方をするのは、正直予想していなかった。

 

 咄嗟にライダーが私の意を読んでくれなかったら、今頃キャスターを逃していたかもしれない。その点については何の文句も無い。よくやってくれたと喝采を送りたいくらいだ。だが、しかし……

 

「……もうちょっと加減してくれてもよかったんじゃない? 骨まではいってないけど、これじゃ攻撃されたのと変わんない……」

 

 私の足からは赤い血が糸を引くほどに滴っていた。

 

 ライダーの覇刃が、私の足を押し上げてくれたおかげで私はキャスターを捉えることが出来たのだが、その足場にした刃の切れ味のせいで私の足は見るも無残に切り裂かれてしまっていたのだ。これでは歩くこともままならない。

 

「馬鹿を言うな。加減せなんだら、その細足は今頃身体に繋がっとらんぞ」

 

 あれでも加減していたらしい。溜息をついて、降ろしてもらい私は自分の足の止血を始めた。

 

「……キャスターは」

 

「霊体化したようだが、首は我らサーヴァントにとっても急所だ。あの様子では幾らも持つまい。フフン。我が方の勝利だ!」

 

「…………」

 

 勝利、か。なんだか実感が湧かないが、取り敢えずは勝利の凱歌よりは撤収のほうが先決だ。

 

 私は簡易的な足の治療を終えると、ライダーを促して外に出た。見れば雨は止み、東の空はすでに白み始めていた。

 

 残りの家屋を探索すると、黒こげになったひとりの人間の亡骸を見つけた。こいつがキャスターのマスターだろうか? 幾重にも重ねられた防護結界の中で戦う私たちの動向をうかがっていたらしい。

 

 おそらくは今の勝負を分けた一瞬の転機となっ、たあのときの銃声によって殺されたのだろう。

 

 しかし、この死にかたは異様であった。骨まで完全に焼き尽くされてしまっているので死因も何も分からない。むしろ、そうするために念入りに焼き尽くしたというほうがふさわしいだろう。

 

 床や周囲のものには焼けた跡がないので、何らかの証拠隠滅のための魔術を使用したのだと思われる。おそらく霊体や魂までもが滅却されているはずだ。つまりはこの死骸からはどんな魔術を使っても情報も得ることができないということだ。

 

 しかし、誰がこいつを仕留めたのだろうか? こんな手の込んだことまでして……。

 

 まさしく漁夫の利を拾われた訳だが、途中から介入するものがいれば、私達はともかくキャスターが気づかないはずはないのだ。そのキャスターが己のマスターを殺されるまで気がつかなかったというのは、どうにも不可解な話だ。

 

 いったい、誰が、どうやって――?

 

 結局予期せぬ激闘から生還した私は、そんなことを思案しながら、上機嫌のライダーに連れられ街の反対側にある隠れ家に帰路を取った。

 

 しかし予期せぬ戦闘だったために疲労も凄まじいものがある。明日……ではなく、今日の学校は休むしか無いかもしれない。揺れる巨馬の背でまどろみながら、私は最後にそんなことを考えていた。

 




 キャスター攻略編でした。
 マイナーな奴ですいません。詳細は下に。
 宝具はちょっとわかりにくかったかもしれませんね。

 ただ、筆者は宝具に限らず、この手の特殊能力というのは、
「ものすごくシンプルで強力、応用も利く、しかしどこか器用貧乏で必勝パターンは持たない」
 タイプと、
「ものすごくわかりにくくて、特定のことにしか使えず、応用が利かない、しかし特定のパターンに持ち込めば必勝を期せる」
 タイプとで区別するべきだと、ちょっと考えてるわけです。

 特殊能力って、中途半端なのが一番よくないと思うのですよ。
 
 で、このキャスターの宝具は後者として意識的にデザインしてみたわけなのです。どうだったでしょうかね?

 ライダーの「殺気の刃」とかバーサーカーの「獣化」とかは、とてもシンプルで、一見してすぐに内容を理解できるけど、キャスターの「時間操作」は一見しただけでは何をどうしているのかわからないですよね。

 これを利点にして戦闘するキャスターの戦い方は結構好きなのです。
 



以下、ステータス更新

キャスター

真名:アルベルトゥス・マグヌス 

筋力E 耐久E 敏捷D 魔力A 幸運A 宝具C

性別:男性

身長・体重 176㎝ 60㎏

属性:秩序・善

クラススキル

陣地作成:B
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。“工房”の形成が可能。

道具作成:A
 魔力を帯びた器具を作成できる。
 高位の錬金術師としてあらゆる魔道機の作成、もしくは複製が可能。条件さえ合えば宝具のレプリカすら用意できる。

保有スキル
 
仰観俯察:A 
 万象に対する観察眼。
 観測・鑑定を行うことで天文・気象から地勢・植生、果ては魔具・魔術式まで、あらゆるものの識別・分析を可能とする能力。どんな些細な情報からでも事象の内実を推察できる。

聖域の守護者:B  
 聖人の列に名を連ねることより、霊的守護を宿す。
 霊体化している間のみ発動する特異スキルで、キャスター自身の霊体を媒介に、聖霊の加護たる「聖域」を形成する。これは呪詛や憑依、祟りといったあらゆる霊的干渉を跳ね除ける絶対定期な霊的防御であり、これがあるだけで盆百の魔術師には手も足も出ない。
 変化応用によって、逆に霊的な対象を拘束・制圧することも可能である。


宝具:『高次式普遍天移象球儀(メタ・ウニウェルサリス)』種別:結界宝具 ランク:C

 プラネタリウムの光点投影機「恒星球」のような機能を持った球体。
 天体に見立てた盤上の星の運行を操作して使用する。丸いバリアのように自分を包み込む天球、それが光学立体型のプラネタリウム。

 天球に等しい光の結界の内部を現実の空間から引き離し、その空間における万象の時間を操作する。

 要は時空間コントローラーであり、時間停止による空間の固定や、時間の早送り、巻き戻しなども可能。

 しかしその結界内で改竄された時空間は、時間操作をやめた時点で元の状態に戻ってしまう。

 それ単体では敵を倒せず、何一つ結果を残せない宝具である。あくまで観測を行うための宝具なのである。

 ただし、生きた人間やサーヴァントなど、魂を持つ人間や、それに順ずるモノの霊体には干渉できないという特性がある。

 この時間変動との齟齬によって敵を死傷させることは可能。

 これは、この宝具がそもそも戦闘のためのものではなく、自然物の変化を観測し、その可能性を幾重にもシミュレートするための装置である為である。

 一度「天文遁甲」即ちマクロコスモスに働きかけ、その変動を己が指定した空間内、即ち限定的なミクロコスモスに伝道することによって高次的視点から「時間」を操作するという間接的なアプローチを要する。

 そのため「自然世界」から乖離してしまっている人間やそれに準ずる者までを時間変動の対象に含めてしまうとシステムがうまく発動しないからである。


人物詳細
 十三世紀、ドイツのキリスト教神学者。修道士、聖人、であり、同時に錬金術師としても著名な人物。
 ありとあらゆる学問に精通していたことから、「普遍(全科)の博士」(ドクトル・ウニウェルサリス)と呼ばれた。
 「自由に動く機械人形を作成した」「雪の降る庭を、あっという間に花咲き乱れ、小鳥の唄う春のそれに変えてしまった」等の伝説が残っており、ガチで魔術師だと思われることもあったようだ。
 ※宝具は後者の伝説をもとにデザインしました。「メタ」とついてますが、「三次元から二次元」みたいな意味ではなく、は高次からの干渉=時間操作ぐらいの意味しかないです。
 しかし、基本的には多くの学術的な著書を残した偉大な学者で通っているようである。
 ちなみに「マグヌス」は「偉大な者」を意味する尊称である。

 禁書のステイル・マグヌスの元ネタだったりするのかな?

 本質的には戦うような人ではなく、あくまでも学者である。
 割に頑張ってた方だと思われる。
 
 
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