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Side:白波千尋
1年Bクラスには天使と悪魔がいる。
入学式から、一か月が経ち、もう五月一日になる。けれど、まるで一年前からここで過ごしていたかのように、すっかり馴染んだ空気に教室は包まれていた。
「ねえ帆波ちゃん、昨日の夜なにしてたの?」
「えー? 復習と予習した後は動画を見てたかなー。麻子ちゃんは?」
「私? ずっとスマホいじってた。もう、ほんとびっくりしたんだよ!気づいたら2時だったんだから」
「えっ、2時!? 寝るの遅すぎだよー」
「だって止まんなかったんだもん。帆波ちゃんもそういうのあるでしょ?」
「うーん……たまにはあるけど、ちゃんと寝ないと朝つらいよ?」
「はいはい、帆波ちゃんは相変わらず、真面目だなぁ」
「そういえば、ポイントが―――」
麻子ちゃんと帆波ちゃんが楽しそうに話しているのを、私も相槌を打ちながら聞いている。
天使、誰のことかなんて言うまでもない。楽しそうに話している帆波ちゃん、彼女こそがこのクラスの天使だ。
誰に対しても分け隔てなく優しくて、頭もいい。それに、運動だってトップクラスとまではいかないけど、十分にできる。スタイルだっていい、私なんかとは比べものにならないくらい......
優秀で、優しくて、非の打ち所がない、まさに完璧な人って言える。もし欠点があったとしても、それすらきっとチャームポイントになってしまうんだろうな。
......いや、待って。天使って、もしかして過小評価なんじゃないかな。大天使ホナミエル、そう呼びべきかもしれない。うん、なんで聖書には載っていないんだろう?こんなに納得できるのに。
そう考えている間にも、教室のあちこちからも、友達同士で交わす話し声や笑い声が聞こえてくる。やっぱり、一か月も過ごしていると、みんなそれぞれ自然と一緒にいる相手が決まってきたように思う。
そして、私もそんな教室の様子を眺めながら、なんとなく周囲へ視線を向ける。
すると――あの男がいた、いつもの日課とでも言わんばかりに、まるで花に水をやるような感覚でユキちゃんに話しかけている。
「相変わらず、身を隠すのが得意と見える。ナナフシでももう少し周りからの注目を浴びるだろう......比較にもならんか、ぜひ教えてほしいものだ」
「…………」
ユキちゃんは、完全に無視していた、すくなくとも会話にはなっていない。それでもあの男は、まったく気にした様子もなくユキちゃんを眺めている。
それにしても、相変わらず最低な男だ。一方的に悪口をぶつけておいて、恥というものを知らないんじゃないだろうか。
確かに身体能力には優れていたし、水泳だって部活の人と遜色がないほどだった。でも、それがいったい何だというんだろう? だからといって、偉そうにしていい理由にはならない、少なくとも私はそう思う。
……今のは、す、少しだけ、私が水泳の補習になったことへの逆恨みが混ざっていたかもしれないけど。
それにしても、ユキちゃんは本当に大丈夫なんだろうか? 4月の頭くらいに私たちが「何か力になろうか」と言っても......
「……大丈夫だから、放っておいて」
「っぜ......本当に、大丈夫だから」
「これ以上、私に体重を増やさせないで......お願い」
そう言って、断られてきた。
……あいつには悪い噂も多い、『上級生から喧嘩でポイントを巻き上げ、しかもその後献上させ続けている』とか『理事長室に呼び出され、説教された』、『帆波ちゃんを殴って気絶させた』など本当に色々だ。
一番最後の奴は帆波ちゃんが否定してたけど、優しい帆波ちゃんのことだ、あんな奴でも庇ってるのかもしれない。確かに、噂はあくまでも噂だけど、張本人も否定しないんだから、本当なんじゃないか、そう思ってしまう私はおかしいのだろうか......
そんな事情もあってか、ユキちゃんには一回、クラスメイトの女子全員で話を聞いたこともあった。
「一日一回くらいだし、適当に流しとけばいいだけだから大丈夫……それに、雑音って慣れると本当に聞こえなくなるし……」
偏頭痛のせいか、少し気だるそうにそう語るユキちゃん、その目はまるで、長年修行を積んだお坊さんみたいに澄んで――いや、わりと澱みもあったような......
結局、本人がそう言う以上、私たちもそれ以上は言わないことにした。その代わり――ユキちゃんを一人にしないように、できるだけ話しかけたり、遊びに誘ったりしようと、みんなで約束した。
ユキちゃんは「別にそんなことしなくてもいいのに」とでも言いたげな顔をしていたけれど……たぶん、気のせいだと思う。もともと気だるげな雰囲気のあるユキちゃんだから、そう見えたのかな?
……そう、このクラスの天使が帆波ちゃんなら――悪魔は、日向優慈、あいつのことだ。
いや、やっぱり悪魔なんて生易しいものではないかもしれない。あれは悪魔どころか、その雰囲気と合わせて魔王といった方が適切かもしれない.....
不満点、欠点なんて、挙げていったらきりがない。授業中なんか、何が気に食わないのか分からないけど、いつも妙な圧を出している……殺気ってやつなんだろうか?
そこそこ離れた席にいる私ですら感じるくらいだから、おかげで慣れていなかった最初の頃は、あいつの近くに座っている人が気絶したこともあったらしい。しょ、正直のところ私も気絶しそうだったし、今でもやっぱり怖い。
……あの妙な緊張感のせいで、授業中におしゃべりなんて、とてもじゃないけどできなかった。
それになにより、あいつは周りと合わせようとしない。ご飯の時だって、山菜定食を二人前、いつも一人で食べている、本当に無表情で淡々と食べるのだけはやめてほしかった。
無料だから遠慮してたのに意外といけるんじゃないかと思ってしまう人が続出して、悲しい事件が頻発した。
……私も、その被害者の一人だ、一度くらいなら大丈夫だと思ったのに.....少なくとももう二度と口にしたくはない。
それだけじゃない、何を言っても、とにかく口が悪い.....本当に悪い。一言多いなんてものじゃない。むしろ、余計な一言しか言っていないんじゃないかと思うくらいだ。
しかも、あのプールの一件でさらに調子に乗ったのか、一日に罵倒する人数まで増えていて、もう二週目に入った。私はまだ一回だけど「弱さを自覚しろ、臆病者。恐怖を抱えて生きる、俺にはとても真似できん生き様だ、実に見事と言ってもいい」って本当に信じられない!臆病者だの弱いだの、人が気にしてる事ずばずば言いやがって~!!
帆波ちゃんは、そんなあいつを庇ったり、沈んだ空気を盛り上げたり、みんなのフォローをしたりしている。そして、クラスに馴染めるように毎日のように話しかける。
......嫌な思いをしていないはずがない。それなのに、それでも笑顔で接している。
正直、それが一番、私があの男に怒っている理由だった。
帆波ちゃんがあんなにも気にかけているのに、それを、あいつはいつも無下にする。そのことだけは、どうしても許せなかった。
―――だって、私にとって帆波ちゃんは……。そう考えていると、私を現実へと引き戻した。
「……ちゃん? 千尋ちゃん! 大丈夫?」
「えっ……あ、ご、ごめんなさい! ちょっと考え事しちゃってて」
「もう、急にぼーっとするから心配したよ!」
「あ、あはは……」
帆波ちゃんと麻子ちゃん、二人へと笑いながら、私は慌てて誤魔化した。
……やっぱり、帆波ちゃんは優しい。
―――好き、大好き。私はきっと、帆波ちゃんに恋をしている、女の子同士なのに……やっぱり、変なのかな?
.....それでもこの思いは止められない。
楽しそうに笑っている姿を見ると、それだけで胸が高鳴って、もっと近くで見ていたいと思ってしまう。
ただ話しかけてもらえただけで嬉しくなるし、名前を呼ばれただけで、どうしてこんなにも幸せな気持ちになるんだろう。
帆波ちゃんが誰かに優しくしているのを見るのも好きだった、その優しさを向けられている人が羨ましいと思ってしまうくらいに。
気持ち悪いって拒絶されるかもしれない、今の関係性にもう戻らないかもしれない、そう考えると、とても怖い。それでもいつか、この本当の想いを帆波ちゃんに伝えたい、そう思ってしまう。
でも、私はいつも弱気だ。あの男にだって、心の中では言いたいことが山ほどある。「それは違うでしょ」とか、「もう少し周りのこと考えてよ」とか。
いくらでも言えることはあるはずなのに――いざ本人を目の前にすると、怖くなってしまう。目を合わせることすらできなくなって、結局、何も言えない。
……でも、そんな自分を変えたい、変わりたい。少なくとも告白はできるくらいの勇気が欲しい。
――いつか、じゃないよね、それじゃ変われないままだ。
.....1ヶ月いや少なくとも2か月以内には必ず告白する、そう私は決意した。
だから、今だけは.....今だけはこの気持ちを胸の奥へしまって、ただの友達でいたい。
そうして、私が決意を固めたころに、星乃宮先生が手にポスターを持ち嬉しそうに教室へ入ってくる。
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Side:浜口 哲也
あのプールの件は、本当に残念というしかなかったね。
傍から見ていても、日向くんが明らかに一つ抜けていた。神崎くんや柴田くんも、僕なんかと比べるのも恥ずかしいほどの成績だったというのに。
僕にできたことなんて、さすがに少し堪えていた二人を励ますことくらいだった。僕のおかげというわけじゃないだろうけど、最近は二人とも元気になったように思える。
そんなことを考えていると、教壇に立った星之宮先生が手を叩いた。
「は~い、今日は大事な話をするから、よーく聞いててね。少し長くなるかもしれないけど、聞き逃したりしちゃだめよ♡」
―――いけない、いけない。少し意識がそれていたようだ、気を付けないと。
僕は姿勢を正し、先生へと視線を向けた。
「先生ー、今日のポイント、10万ポイント振り込まれてなかったんですけど? ミスじゃないんですか?」
渡辺くんがそう質問すると、同じようなことを思っていた生徒たちが、次々と声を上げ始めた。
「そういえば俺も……」
「私も10万じゃなかったよ」
「どういうことなんですか?」
教室のあちこちから疑問の声が飛び交う、僕はそんなクラスメイトたちの様子を眺めながら、今朝のことを思い返していた。
彼の言う通り、今朝振り込まれていたのは7万6000ポイント、勿論10万ポイントには届いていない。単純な振り込みミスという可能性も考えられる。けれど、それにしては妙に中途半端な数字だ。
だがそれよりも、もっと気になることがある。僕は以前、一之瀬さんや神崎くんとポイントについて話したことを思い出す。そのときにも、僕たちは一つの可能性について話していた。
もし、このポイントが単純に毎月与えられるものではなかったとしたら、もし――何らかの条件によって、与えられるポイントそのものが変動するのだとしたら。
……どうやら、一之瀬さんや神崎くんと話していたときに出ていた、あの嫌な予想が――当たってしまったようだね。
「うふふ、気になることは色々あると思うんだけどね。一旦、説明を聞いてほしいかな? ひとつ言っておくと、ポイントの数字は間違いじゃないよ~」
星之宮先生は、いつもの調子で笑いながらそう告げた。
けれど、その笑顔とは裏腹に、声にはどこか普段とは違うものが混じっているように感じられた。
「……」
さっきまであちこちから飛び交っていた声が、ぴたりと止まる。誰もが先生の次の言葉を待っていた。
「流石はBクラスに選ばれただけあって、いい子たちね。その切り替えは、今後も大事にした方がいいかも~?」
先生はそう言って、満足そうに教室を見渡した。
そして、一度だけ間を置いてから口を開く。
「は~い。というわけで、気づいていた子、疑ってた子もそれなりにいたと思うけど……ここではっきり明言するわね」
教室の空気が、さらに引き締まる。
「この学校では、クラスの成績があなたたちに与えられるポイントに直結していま~す。黙ってて、ごめんね~」
―――個人ではなく、クラスの方だったか。
クラスの成績が、僕たちのポイントに直結する。まあ、毎月10万ポイントなんていう大金を、全生徒に無条件で配るわけがない。ある程度は予想していたことでもあった。
それでも、実際にこうして答えを聞かされると、流石に驚きを隠せない。
ただこれで、今朝の7万6000ポイントという数字にも納得がいく。
……実のところ、いきなり0ポイントじゃなかっただけ、まだマシなのかもしれない。もちろん、その可能性が高いとは思っていなかったけれど――全くありえないとも考えていなかったからね。
教室の半分くらいは、まったく予想していなかったのか、先生の説明を聞いて少しざわついている。僕も、一之瀬さんたちと話していたことを思い出す。
やっぱり、神崎くんの言う通り、事前にみんなへ話しておいた方がよかったのだろうか。
……いや、あの時点では、あくまで推測に過ぎなかった。確証もない話をして、みんなを不安にさせるわけにはいかなかったし、それに、幸いなことにポイントを無駄遣いしている人も、今のところ見かけてはいなかった。
何より――7万6000ポイント、10万には届かなかったとはいえ、十分すぎるほどの金額だ。普通に生活するだけなら困ることはないだろうし、多少は娯楽に使える余裕だってある。
だから、今の段階で慌てる必要はない。
……とはいえ、この学校の仕組みが、僕たちが思っていた以上に複雑なものであることは間違いなさそうだ。
僕はそう考えながら、再び教壇へ視線を向ける。そして、先生の説明は続いていった。
「は~い、じゃあいったんこれを見てねー」
そう言って、星之宮先生は一枚の紙をホワイトボードに張り出した、そこには、クラスごとに数字が並んでいた。
Aクラス 940cl
Bクラス 760cl
Cクラス 490cl
Dクラス 0cl
「……cl?」
クラスのあちこちから、小さな声が漏れる、各クラスの横に記された、見慣れない文字、何を意味しているのかは、まだ分からない。
けれど――
今朝、僕たちBクラスに振り込まれていたポイントは7万6000ポイント、そして、ここに書かれているBクラスの数字は760cl。
……たぶんそうだろうね、僕は二つの数字を頭の中で並べてみる。
「は~い、気になっている人もいると思うけど、まずこの学校、実は2種類のポイントが存在しまーす」
星之宮先生は、僕たちの反応を楽しむように続ける。
「1つが、今まで君たちがもらっていたプライベートポイント。prとも言って、完全に個人で利用できるポイントになるわね」
そこまでは、僕たちもよく知っている、だから問題はもう一つの方だ。
「じゃあ、もう一つは何なの? って、当然気になるわよね?」
教室を見渡しながら、先生が尋ねる、けれど、誰も答えない。
どちらかというと、『当たり前だろ』とでも言いたげな顔が、教室中に並んでおり、その視線は、心なしか冷ややかだった。
……先生、さすがに、ここで焦らす必要はないんじゃないかな?
「もう、そんな怖い顔しないで~。先生、泣いちゃうよ?」
星之宮先生は冗談めかして笑いながら、少しだけ肩をすくめた。
「それはさておき、そのもう一つのポイントが、このcl――クラスポイントになっています」
「けど、このclは何かを購入したりはできませ~ん。このポイント1につき100pr、毎月そのクラスに振り込まれます。そして、このクラスポイントはクラスの評価によって変動するから、このクラスの実力を示す一つの指標と言えるかもしれないわね」
……なるほど、やっぱり、今朝の7万6000ポイントは、Bクラスの760clに対応していたわけだ。
ただ、ここで一つ気になることがある、Aからアルファベット順にあまりにも綺麗に、クラスごとに差がついている。
普通に考えれば、もう少しくらい結果にばらつきが出てもおかしくないはずだ。……各クラスの様子を含めて考えるなら意図的に調整されていると見ていいのかな?
そんな疑問を抱いていると、星之宮先生がさらに説明を続けた。
「実は、それぞれのクラスには、まず1000クラスポイントが配られていてね。最初に10万プライベートポイントもらえていたのは、そういうことだよ。その上で、日常の生活態度――要するに、授業への遅刻や欠席、授業中の態度、提出物をちゃんと出したかどうか……そういうものを基準にして、clが減っていってました~」
入学した時点では、全クラスが同じ1000クラスポイント、そこから、日々の行動によって少しずつ差が生まれていったということなのか。
「注意点としては、これからもそれは続いていくからね。今年のAクラスがおかしいだけで、クラスポイントが760っていうの十分優秀だから、そこは安心してね~。まあ、先生もDクラスの0ポイントには驚いちゃったけどね」
0ポイント確かに、すごい、何をしたんだろうか?
けれど僕は、それよりも別のところが気になっていた。そう授業中の態度、その言葉を聞いた瞬間、僕だけではなく、何人もの、かなりの数の視線が同じ方向へ向いた。
――日向くん。
「……」
日向くん自身は、いつものように静かに座っている。
クラス中から向けられる視線にも、特に反応する様子はない。そして、みんなの表情にはなんとも言えないものが浮かんでいた。
(「「「あいつのおかげとは、間違っても言いたくない!」」」)
と、全員の考えていることがそのまま顔に出ているようだった。
……まあ、気持ちは分からなくもないけどね。
結果として、僕たちのクラスポイントが減少が少なく済んだのだとしても、それを日向くんのおかげだと認めるのは素直にしにくいかな。なにしろあの圧力の中で授業を受けていたからね。気絶していた人もいたからどうなんだろうね。
ただ――本当に、偶然だったのだろうか?
僕は改めて、これまでの日向くんの行動を思い返した、あれは単なる性格の問題だと思っていたけれど……。
もし、このシステムに気づいていたのだとしたら……いや、間違いなく、気づいていたんじゃないだろうか。
そう考えると、今までの言動のいくつかが違って見えてくる......いやだとしても、彼の口と性格が悪いというのは変わらないとは思うけれど......
ふむ、もしかすると――あの圧も、僕たちへの忠告だったのかもしれない。まぁ忠告だとしたら、口で言ってほしかった、というのは我儘だろうか?
「はい、それと――実はクラス分けというのは、ランダムじゃないのよね~」
星之宮先生は、そう言って教室を見渡した。
「結果を見れば分かるかもしれないけど、意図的に優秀な生徒が上位のクラスに当てられているのよね。優秀であればAクラスへ。そうではないと判断された生徒はDクラスへ振り分けられて。一部の塾では同じような方法を取っているから、それと同じようなものよね」
……これは、予想通りだね。とはいえ、学校側からはっきりと明言されると、改めてこの学校の仕組みが普通ではないことを思い知らされる。
すると――
「先生、それって、バカな奴が下のクラスに集まってるってことですか?」
柴田くんが、思ったことをそのまま口にした。
「柴田くん! もう、そんなこと言っちゃダメだよ!」
一之瀬さんが、珍しく強い口調で注意する。
「……あ、あぁ。悪ぃな、一之瀬」
柴田くんも、すぐに謝った。
一之瀬さんは普段、誰かを強く叱るようなことはほとんどない、だからこそ、その反応には僕も少し驚いた。
……でも、考えてみれば当然なのかもしれない。一之瀬さんは他のクラスにも知り合いが多いと聞いている。
何より、クラスが違うだけで人間そのものの価値まで決められてしまうような言い方を、彼女が気持ちよく思うはずがない。
たとえ冗談だったとしても――今の言葉だけは、聞き流せなかったのだろう。
「もうっ、質問は待ってね、って言ったのに~。でも、いい質問だったのでお答えしましょう」
星之宮先生は、少し困ったように笑ってから続けた。
「実は、学力や素行だけでクラスを決めているわけではありません。その二つももちろん重要だけどね。ただ、他にも身体能力や協調性など、様々な能力を含めた総合的な能力で判断していま~す」
なるほど、単純に勉強ができるかどうかだけで、クラスを分けているわけではないらしい。
「だから、Bクラスだからって油断していると、学力だけなら下位のクラスに負けてるってことも十分あるから、気を付けてね~」
それは確かにありそうだ。例えば、素行に大きな問題があっても学力や身体能力が極端に高い生徒、あるいは、その逆に、協調性はあっても身体能力や学力に大きな問題を抱えている生徒。
そういった一つの能力だけでは判断できない生徒も、総合的に評価された上でクラス分けされているのだろう。
……つまり、僕たちBクラスにいるからといって、全員があらゆる面で上位わけではないということは、覚えておいた方がよさそうだ。
そして――先生は、少しだけ表情を変えた。
「そして、ここからが一番重要なことです」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気が、ほんの少しだけ薄れる。
「この学校が高い進学率と就職率を誇っているのは、知っているわよね? 希望する将来の職業や、進学したい学校に行ける――なんて聞いたことが決め手になった子も、一人や二人じゃないはず」
確かに、僕も入学前にそう聞いていた、この学校を卒業すれば、将来の進路にはかなり有利になる。だからこそ、僕たちはここを選んだのだ。
でも――。
「ただし、この学校は実力主義。口を開けてただ待っているだけの人には、何も与えません」
先生の声から、冗談めいた調子が完全に消えた。
「つまり、その実力を示した――」
一拍置いて、先生ははっきりと言った。
「最も優秀であるAクラスだけが、その恩恵を享受できます」
「……!」
教室から、息を呑むような音が聞こえた。
僕も言葉を失う、それは、この学校について僕たちがこれまで聞かされていた話を、大きく覆すものだった。
「……聞いてない」
「えっ、ほんとに?」
「じゃあ、Aクラスじゃないとダメってこと……?」
先ほどまでとは比べものにならないほど、教室がざわつき始めた、驚きや戸惑いを隠せない声が、あちこちから聞こえてくる。
かくいう僕も、流石にこれは予想できなかったかな。Aクラスが優遇されていること自体は、なんとなく想像できていた。けれど、まさか進学や就職といった将来にまで関わってくるとは思っていなかった。
そんな僕たちの様子を見て、星之宮先生は慌てる様子もなく、いつもの調子で話を続ける。
「当然、学校側も鬼じゃないよ~。ちゃんと下剋上はできるようになってるからね」
下剋上、その言葉に、何人かが顔を上げる。
「その方法とはズバリ、クラスポイントで他のクラスを上回ることです。そうすることでクラスが変動しま~す! なので、今のポイントで考えるなら、Bクラスのポイントが941clになれば、その時点でAクラスとして扱われます。当然、その逆も考えないといけないけどね~」
先生は楽しそうに説明を続けた。
差は181cl、どれほどクラスポイントが入手できるのかはわからないけれど、不可能ではないはずだ。それを理解したのか、さっきまで驚きに固まっていた何人かの表情に、少しずつ変化が見え始めた。
目に、明らかなやる気が戻っている。
……実力主義、か。ここまで徹底していると、いっそ清々しいくらいだ。それに、比べるのはよくないけれど、僕たちBクラスは上から二番目、最初から大きく引き離されているわけではない。
だからこそ、慌てていた生徒たちも、今は少しずつ冷静さを取り戻しているのだろう。
――まだ、十分に可能性はある、そう思えるだけでも、先ほどまでとは空気がまるで違っていた。
「さて、大体説明できたかな? 何か質問ある人~?」
先生がそう尋ねると、僕を含めかなりの数の生徒が一斉に手を挙げた。さっきまで驚いていたクラスメイトたちも、今ではそれぞれ疑問に思ったことを整理し始めているらしい。
「わぁ、みんなやる気いっぱいね。じゃあ、まずは神崎くん!」
指名された神崎くんが、すっと立ち上がる。
「はい。実力によって組み分けされるそうですが、その査定及びクラスポイント減少の詳細について教えていただけますか」
……確かに、それは気になるよね、どんな基準で僕たちを評価しているのか、そして、何をすればどのくらいクラスポイントが減ってしまうのか。
そこが分からなければ、対策の立てようもない。
けれど――。
「個人的には、可愛い生徒たちだから教えてあげたいのだけど……ごめんなさいね~。どちらも答えられないの。学校のルールで決まったことだから、許してね♡」
先生は申し訳なさそうにしながらも、けれどもあっさりと断った。
「まあ、将来会社なんかで働くときも、評価の細かい内容まで教えてもらえることは少ないから、その予行演習だと考えてみたらいいんじゃないかな」
確かに、会社で働くようになったとして、人事評価の細かな基準をすべて本人に公開するとは限らない。むしろ、何を基準に評価されているのか分からない状況で、自分なりに考えて行動することを求められる場合もあるだろう。
この学校が掲げているのは、実力主義。そして、社会で通用する人材の育成。ここまでの説明を聞いていると、その方針は一貫しているように思える。
……どうやら僕たちは、ただ勉強をするためにここへ来たわけではないらしい、この学校そのものが、僕たちにとっての一つの社会になるのかもしれないね。
「はい、じゃあ次は浜口くん」
……僕のようだ。
「クラスポイントが減る方法しか提示されていませんが、増やす方法はありますか?」
これは、さっきから気になっていたことの一つだった。
減る方法だけが存在するのなら、時間が経つほどクラスポイントは下がっていく一方だ。そうなれば、クラス同士の差は広がっていくばかりになる。だから――増やす方法も、間違いなく存在するはずだ。
……というより、存在してくれないと困る。
「もちろん、存在するよ。ただ、こちらも詳細はまだ話せないの~。もう、ほんと秘密主義で嫌になるよね、この学校」
本当にそうかさておき、先生は困ったように笑う。
「ひとつ言うと、生活態度による審査は減点式だから、もし完璧にしてもcpが増えることはないから、そこは注意してね」
つまり、遅刻も欠席もせず、授業態度も良好で、提出物もすべて出したとしても、それによってクラスポイントが増えるわけではない。ある意味、罰金のようなものかもしれないね。
「まあ、正直なところ、そんなことやって当然って学校は考えてるの。だから、先に減点されることを伝えたりもしなかったのよね」
まぁ、よくよく考えてみれば、遅刻や欠席をしない、授業中は真面目にする、提出物をきちんと出す。そんなことを、高校生にもなっていちいち「これをすればポイントが増えますよ」と教えられなければできない、というのもおかしな話だ。
むしろ学校としては、当然できるものとして扱っていたのだろう、そう考えると、今回の説明も少し納得できる。
その後もいくつか質問が飛ぶが、答えらえれなかったり、重要そうな情報は得られなかった。
「う~ん、だいたいみんな、今のことを聞きたかったみたいかな」
星之宮先生が教室を見渡す。
「いや~、理解力が高くて先生助かっちゃう」
そう言って、先生はいつものように笑った。
「とはいえ、実はまだ伝えることがあるのよね。というわけで――ド~ン!」
そう言いながら、先生は新しい紙をホワイトボードへ貼り付けた。
今度は何だろう? 貼り出された紙を見て、僕はすぐに内容を理解した。どうやら、先日行われたテストの成績らしい。上から点数順に並べられているようだ。
あの小テストも、なかなか不可思議なものだった。各教科4問の計20問×5点のテスト。問題そのものは、入学試験と比べればほとんどが簡単だった。だからこそ、大半の生徒が85点前後に集中している。
ただし――最後の三問あれだけは別だった。普通に考えれば最初から解かせるつもりがなかったとしか思えない。
時間を考えても、問題の難度を考えても、すべてを解こうとすれば他の問題に割く時間がなくなってしまう。だから僕は、途中で見切りをつけた。
結果は――90点。
……運が良かっただけだね。たまたまその難問の一つが勉強していた範囲が出題されていたこと。そして、他の2問を捨ててその問題を確実に取る判断が上手く噛み合ったこと、その二つが重なっただけだ。
もう一度やってと言われてできることでもないからかな、決して、自分の実力だけで取った点数だとは思っていない。
そして、もう一人。
「一之瀬さんも90点……」
思わず、小さく声が漏れる。
やっぱり凄いな。普段の様子を見ていても分かっていたけれど、こうして数字で並べられると改めて実感する。
……ただ、このテストの結果がここで発表されるということは、まだ何か、この点数に関係する話があるのかもしれない。
僕はそう考えながら、もう一度ホワイトボードへ目を向けた。
「いや~、何回も言っちゃうけど、本当にみんな優秀だね~。ただ、油断は禁物だよ」
先生は笑顔のまま、さらりと続けた。
「三週間後にある中間テストとか、その後の期末テストなんかの定期試験では、何か一科目でも赤点を取ったら、残念だけど退学になっちゃうからね」
「……」
あまりにもさらりと言われた、とんでもない事実に、教室が一瞬で静まり返り、空気が一気に重くなる。
「先生、退学って……本当ですか?冗談......ですよね?」
一之瀬さんが、真剣な表情で尋ねる。
「冗談だったらよかったんだけどね~。全部本当だよ。先生、可愛い生徒たちに嘘なんてつかないんだから~」
先生は相変わらず軽い調子だった。
「ちなみに赤点は、平均点を2で割った数の小数点第一位を四捨五入した数字になるからね。今回の小テストは赤点はいなかったけど、平均点が83.3点。それを2で割って41.6点、四捨五入して42点未満が赤点ラインだったかな」
赤点のラインが分かったのは大きいかな......
「まあ、小テストの前にも言ったけど、これは成績には含まれないから、赤点を取ったとしても退学にはならなかったけどね~」
そう言って、先生は笑う。
けれど、僕たちは笑えなかった、教室中の空気が、明らかに変わっている。
……定期試験で、一科目でも赤点を取れば退学。つまり、どれだけ他の教科で良い点を取ったとしても、一つの失敗ですべてを失う可能性があるということだ。
50点以上を取っていれば、赤点の計算方式を考えるに大丈夫だ。でも――それでも安心はできない、何たって、勉強が得意な人ばかりがこのクラスにいるわけではないんだから。
周囲を見渡す、さっきまでやる気に満ちていたクラスメイトたちも、今は真剣な顔をしている。
当然だ、この学校では、テストで一度つまずいただけで、退学という現実的な危機に直面する……思っていた以上に、この学校は厳しいようだ。
僕はそう実感しながら、先生の次の言葉を待った。
「う~ん、ただ、退学になっても何とかする方法はあるのよね~」
「ほ、本当ですか!」
その言葉を聞いた瞬間、一之瀬さんを中心に、クラスの空気が一気に明るくなった、さっきまで沈んでいた表情にも、わずかながら希望が戻っていく。
……気持ちは分かる。退学を避ける方法があるかもしれない、それだけで、随分と心強く感じるものだろう。
「でも、それを説明するのは、私じゃない方がいいかもね」
星之宮先生はそう言って、教室を見渡す。
そして――。
「日向くん? お願いできる?」
「……え?」
思わず、僕も日向くんを見る、教室中の視線が、一斉に彼へ集まった。驚愕や困惑、そんな表情が、みんなの顔にはっきりと浮かんでいた。
僕も同じだ、日向くんが、この学校のシステムに気づいていたことは何となく分かっていた。とはいえ、そんなところまで把握していたのか。
日向くんは、いつもと何も変わらない無表情のまま、少しだけ先生を見る。
「……承知した」
そして、淡々と口を開いた。
「理解に苦しむが、答えよう。2000万プライベートポイントで退学を回避、或いは退学させることも可能だ」
一瞬、教室の空気が止まった。
2000万pr……僕には、あまりにも現実離れした数字に聞こえる。
「おそらく、個人でAクラスに上がる場合のポイントも同額だろう。違うか?」
最後まで、彼の口調そして表情は変わらなかった、まるで、当たり前のことを確認しているだけのようだ。
……結構、とんでもないことを言っていると思うんだけどね。
「う、うんうん、あってはいるよ~。個人でAクラスに上がる場合も、2000万prが必要だね! いや~、本当に凄いね、日向くん。でも先生としては、個人でどうこうするより、クラス一丸となって頑張ってほしいかなぁ~」
……褒めてはいる。一応、褒めているはずなんだけど。どうにも先生の表情が、少し引きつっているように見える。
……気のせいだろうか?
しかし2000万pr、集められるのだろうか?ただ集められるなら......
退学を回避することもできるし、個人でAクラスへ上がることさえできる。
つまり――この学校におけるprは、僕たちが思っていた以上に重要なものなのだ。これまで僕たちは、prを食事や買い物、娯楽に使える便利なポイント程度に考えていた。
でも、それだけじゃない、場合によっては、自分の進退そのものを左右するほどの価値がある。
……なるほど。そう考えると、今までのように簡単に使っていいものではないのかもしれない。
「さて、質問は~……もうなさそうかな?」
先生は教室を見渡す。
「答えられることなら、いつでも教えるからね♡、気軽に会いに来ていいよ~。それじゃあ皆、テスト頑張ってね~」
そう言い残して、星之宮先生は教室を出ていった。
これから、おそらくこのクラスの方針を決めることになるんだろうね、一体どうなることやら......
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Side:日向 優慈
コミュニケーション能力が上がったというのは、オレの勘違いだったのだろうか、あれから3週間、声を掛ける人数も増やしてみたが、一ノ瀬以外に話しかけてくるものはいない。神崎もオレのことを避けているようだ、なにかまた間違えてしまったのだろうか?
「サルでもできるコミュニケーション~実践編~」ではとりあえず褒めるのが大事とあったので、とりあえず褒めているのだが......やはり実践編は早かったのか?
皆素晴らしい者たちばかりで褒めることには困らないが、あっているのかどうかわからないと、少しだけ不安になってしまう。
とはいえ、ひとまず全員と話すことはできたのは良かった。やはり皆、素晴らしい人たちだった。中でも白波は、俺には真似のできない強さを持っている。恐怖を抱えながら、それでも歩みを止めない。それがどれほどの苦痛を伴うものなのか、恐怖とは無縁の俺には想像することすら難しい。
だからこそ、思う。真に強い者とは、ああいう者のことをいうのだろうな……彼女の恋が実ることを祈ろう。難しい恋なのかもしれない。だが、その在り方そのものは――とても尊いものだ。
それに彼女を筆頭に目立たずとも優秀なものは多い。学校の仕組みも明かされ、本格的に競争が始まるが彼らなら信頼できる。無論、敵になってしまう他のクラスの者たちも素晴らしい者が多い、一筋縄ではいかないだろう。
一応、一ノ瀬が気づいているにもかかわらず、黙っていたのでオレもこの学校の仕組みを説明もしていなかったのだがそれでよかったのだろうか?
いや、何でもかんでも説明してしまえば、彼らの貴重な成長機会を奪ってしまうということか、なるほど深いな、オレはすぐ手を貸してしまいそうになる。理事長もそうだがあえて見守るというのも大事なのかもしれん。
実際に、授業態度はとても良好だったな、減点も少なかっただろうからな、本当に俺が特に何かせずともよかったらしい。一ノ瀬の慧眼には恐れ入る。
それにしても授業だが、皆なぜ言ってくれなかったのだろうか? 寝ていると思っていたが気絶していたとは思わなかった。まさか授業に集中するあまり殺気が出ていたとは......途中から気付いて抑えたがそれでも多少は漏れているかもしれんなこれからも気を付けなければならない。
さて、これから作戦会議だな。オレにできることなどあまりないだろうが可能な限り協力はしよう。つまりいつも通りだな。
カルナ語の下に、丁寧語の原文ってほしいですか?冗長になってもいけないと思い省いていたんですが。
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ヤハ【カルナ語検定3級】
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俺は...高円寺でも藤丸でもない!!
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私は好きにした、君も好きにしろ