仏の口にも刃   作:こたつでみかんを食べる

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原点を胸に

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Side:一之瀬 帆波  

 

 

 先生が教室を出ていったあとも、しばらく誰も席を立とうとはしなかった。それだけ、今聞かされた話が衝撃的だったんだと思う。みんな、それぞれ思うところがあるみたいだった。私も、考えなくちゃいけないことがたくさんある。

 

 そして――。

 

「……2000万ってマジかよ」

「そんなの、どうやって貯めるんだ?」

「でも、Aクラスに上がれるなら……」

「いやいや、そもそもそんなポイント持てるのか?」

 

 さっきまで静まり返っていた教室が、一気にざわつき始めた。誰もが突然知らされた現実に戸惑っていて、心の中にある不安を誰かと分かち合いたい、そんな風にも見える。

 

 私だって、誰かと話して少しでも安心したい気持ちはある。でも――ふと時計を見る。次の授業まで、もうあまり時間がない。

 

「ねえ、みんな」

 

 私は立ち上がって呼びかける。すると、ざわついていた教室が少しずつ静かになり、みんなが私の言葉を待つようにこちらを見る。

 

……うん。期待してくれているなら、それには応えないと。

 

「このまま話し合いたい気持ちは分かるけど、次の授業まであまり時間がないから、一度ここで区切らない?」

 

「……確かにそうだな。今ま話し合ったところで、得られるものも少ないだろうしな」

 

 神崎くんも時計を見る。残された時間はもう十分もない。これだけ慌てている状況で話し合ったところで、まともな結論が出るとは思えない。神崎くんも同じように考えたみたいで、こういうと冷静なところは本当に頼りになる。

 

「だったら、放課後にもう一度集まって話し合うのがいいんじゃないかな?」

 

 浜口くんが提案してくれる、私が言いたかったことを先に言ってくれた。

 

「うん! 今日聞いたことも、いったんみんなで考えてみようよ。Aクラスを目指すのか、それならどうするのか。ポイントのこととか……」

 

 そこまで言ってから、私は少しだけ付け加える。

 

「急いで決めなくてもいいから、放課後までにそれぞれ考えておいてほしいな」

 

「帆波ちゃん、わ、私も何か考えてくるね……」

「俺も考えとく」

「うーん、いいアイデアが出るといいんだけどなー」

 

 千尋ちゃんを筆頭に、みんなが前向きに賛成してくれる。その様子を見て、少しだけ安心した。まだ何も決まっていない。それでも、みんなが一緒に考えようとしてくれている。それだけで、今は十分心強かった。

 

「よし! じゃあ、放課後にここに集まろう!」

 

 そうして、一度この場は解散になった。それぞれが自分の席へ戻り、次の授業の準備を始める。私も教科書を取り出しながら、今日聞いた話を頭の中で整理していた。

 

 ……Aクラスの特典、プライベートポイントとクラスポイント、そしてすぐそこまで迫る中間テスト。それに、退学回避のための2000万ポイント。考えることは山積みだけど、それでもぼーっとはしていられない。放課後までに、私もちゃんと考えておかないと。

 

 

 

 

 

    ◆

 

 

 

 そして放課後になった。

 

 私は教壇に立ち、教室を見渡す、神崎くんも、浜口くんも、千尋ちゃんも、麻子ちゃんも、柴田くんも、そして――日向くんも。

 

 幸い誰一人として帰ってはいない、普段ならもう帰る準備をしている時間なのに、今日はみんな席に残っている。

 

 それだけ、今日の話を軽く考えている人はいないんだと思う、とはいえ部活動がある子もいるから、うかうかはしていられない。

 

 私は一度だけ深呼吸をしてから、口を開いた。これから、私たちのクラスがどうしていくのか、みんなで決めるために。

 

「……じゃあ、始めようか!」

 

 私は笑顔でそう告げた。みんなを不安にさせたくはないから、できるだけいつも通りの明るい声を出すように意識する。

 

 とはいえ、私だって不安がないわけじゃない。今日一日で、この学校が思っていた以上に厳しい場所だということを知ってしまったのだから。

 

 それでも、こうしてクラスのみんなが集まってくれた以上、私が暗い顔をしていたら余計に不安にさせてしまうと思った。

 

 誰かが頷き、私も頷き返した。

 

「まず、私から話してもいいかな?」

 

 そう尋ねると、教室にいたみんなが静かにこちらを見る。さっきまで聞こえていた小さな話し声も止まり、自然と私に視線が集まっていく。

 

 少しだけ緊張した、でも、昼間からずっと考えていたことを、今度こそちゃんと伝えようと思った。

 

「私は……Aクラスを目指したい」

 

 昼間にも少しだけ口にした言葉だった。でも、今度はもっとはっきりと言った。

 

「簡単なことじゃないと思う。でも、最初から無理だって諦めたくないの……せっかくBクラスになれたんだからさ、どうせならみんなで頑張って、Aクラスに行きたい!」

 

 言い切ってから、みんなの反応を見る。

 

 反対されるかもしれない、そんな不安が、ほんの少しだけ胸の中にあった。

 

 だけど――。

 

「俺は賛成だ。むしろ、一ノ瀬が言わなければどうしようかと思っていたぞ」

 

 神崎くんが、すぐに答えてくれた。

 

「俺も! 意外と何とかなるだろうしな!」

 

 柴田くんも手を挙げながら笑う。

 

「僕も賛成かな。この学校に、あの特典を目当てにしていない子は少ないだろうしね」

 

 浜口くんも頷いた。

 

「私も賛成!」

 

「わ、私も!」

 

 そこからは、次々と賛成の声が上がっていった、さっきまで胸の中にあった緊張が、少しずつほどけていく。みんなの顔を見渡すと、自然と笑顔になっていた、胸の奥が、少しだけ熱くなる。

 

―――よかった。

 

 みんな同じ気持ちなんだ......そう思えただけで、なんだか心強かった。

 

 

「見るに、Aクラスを目指すこと自体には反対意見はないと考えていいな」

 

 神崎くんがそうまとめる。みんなの反応を見ても、反対する人はいないみたいだった。私自身も、こうしてクラス全員が同じ目標を持ってくれたことが嬉しい。

 

「だが、思いだけで目標は成し遂げられん。具体的な方法を考えるべきだ」

 

「そうだね」

 

 私も頷いた。Aクラスを目指すと決めただけで、そこへ行けるわけじゃない。むしろ、ここからどうするかの方がずっと大切なんだと思う。

 

「まず、定期試験だ。赤点を取れば退学になる以上、ここは絶対に落とせない。何らかの対策が必要だ。小テストの難易度は幸い簡単だったが……定期試験までそうだと楽観視するわけにはいかない」

 

 神崎くんの言葉に、何人かが真剣な顔で頷く。

 

 その通りだ。今日の小テストは比較的簡単だったけれど、先生もわざわざ三週間後に中間テストがあると言っていた。しかも、赤点を取れば退学になる。考えてみれば、今のうちから準備しておくに越したことはない。

 

「だったら……」

 

 浜口くんが手を挙げた。

 

「勉強会をやらない?」

「勉強会?」

「うん。得意な人が苦手な人に教えるんだ。赤点を防ぐだけじゃなくて、クラス全体の成績も上げられると思う。教える側も、人に説明することで勉強になるしね」

 

「うん、うん、いいと思う!」

 

 私はすぐに頷いた、とてもいい案だ、それにこの方法ならテストでの退学者のリスクは可能な限り避けられる......!!

 

「みんなどうかな?」

 

 そう聞くと、周りからも次々と賛成の声が上がった。

 

―――そして。

 

「それなら日程も決めた方がいいな」

「毎日、放課後でいいんじゃない?」

「場所はー? どこにするの?」

「教室でもいいけど、図書館の方が調べるのには向いてるんじゃね?」

「私、部活あるから毎日参加は……」

「よーし! なら隔日で、参加したい人が参加できるようにしたら?」

「ちくわ大明神」

「なら、やる科目も―――」

「誰だ今の」

 

 

……うん、みんな積極的だ。

 

 勉強会の日程や場所、参加できる日、勉強する科目まで、次々と意見が出てくる。誰かが提案すれば別の誰かがそれを補って、少しずつ具体的な形になっていく。

 

 こうしてみんなで一つのことを決めていくのって、なんだか楽しいな。

 

 もちろん、Aクラスを目指すのは簡単じゃないと思う。これから先、今日みたいに上手くいかないことだってきっとある。それでも、こうしてみんなで協力できるなら、もしかしたら本当に届くんじゃないかって、そんな気持ちになってくる。

 

 少なくとも、今朝まで教室に漂っていたような重くて暗い雰囲気は、もう感じられなかった。

 

 だけど――。

 

「ごめんね、みんな。私からもう一つお願いがあるの」

 

 私は少しだけ声を落とした。さっきと同じように、教室にいたみんなの視線がこちらへ集まる。ここから話すことは、さっきまでの明るい話とは少し違う。だからこそ、ちゃんと伝えないといけないと思った。

 

「できれば……退学する人を出したくない」

 

 その言葉を口にした瞬間、教室が静かになった。

 

「赤点を取らないようにするのはもちろんだけど、それでも退学になりそうな人が出るかもしれないよね」

 

 先生から聞かされた2000万プライベートポイントという数字を思い出す。あまりにも大きな数字だった。きっと一人だけで集めるなんて、とても無理だと思う。

 

「だから、もしものときのために、ポイントも集めておきたいと思う」

 

「集めるのは構わない。ポイントの重要性は分かった。クラスの共用資金として使うなら問題もないだろう……だが、一体いくら毎月集める?」

 神崎くんが問いかける。

 

 すると浜口くんが少し考え込んでから口を開いた。

 

「最低でも、一人三万くらいは集めておいた方がいいんじゃないかな。四万ポイントもあれば、普通に暮らしていくには少し余裕があるくらいにはなると思うよ」

 

「じゃあ、みんなも、それで大丈夫かな?」

 

 ポイントが減るということで、少し渋そうな顔をする子もいる。でも、反対する子はいなかった。

 

……やっぱり、退学するのは怖いよね。

 

「だが、問題はそこじゃないぞ、一之瀬。誰に集める? 下手な奴に受け渡せば、一人Aクラスに勝ち逃げということも十分に考えられる」

 

「……」

 

 私は口をつぐんだ。

 

 そう、そこまでは考えていた。でも、その先が言えない。

 

 ポイントは、その人自身が自由に使えるものなんだから、誰か一人に預けるとなれば不安に思うのは当然だ。ましてや......私なんかに任せていいのかと思ってしまう。

 

 そんなふうに悩んでいると――。

 

「ほ、帆波ちゃん」

 

 千尋ちゃんが声をかけてくれた。

 

「……うん?」

 

「私は……帆波ちゃんでいいと思うよ。昼休みに聞いたけど、そ、それしかないと思う」

 

 気弱そうな声だった。それでも、千尋ちゃんは逃げずに私の目を見つめている。その表情には、私を応援してくれる気持ちがはっきりと表れていた。

 

「でも……」

 

 それでも迷ってしまう。

 

 そんな私の背中を、網倉さんが軽く押した。

 

「もう! うじうじ悩んでらしくないよ! 預けるなら誰かなんて、帆波ちゃん以上の適任、このクラスにいないんだから!」

 

「網倉ちゃん……」

 

 思わず泣きそうになる。

 

「私たちも協力するからさ!」

 

 網倉さんの言葉に、私は周りを見渡した。

 

 他のみんなも頷いている。

 

「一之瀬に任せるぜ!」

「私もー。帆波ちゃんなら安心だわー」

「......まあ、言っておいてなんだが、それしかないだろうな」

「あはは、素直じゃないね、神崎くん。もちろん僕も賛成だよ」

 

 胸の奥が熱くなる……本当にいいのかな。

 

 こんな私が、みんなのポイントを預かるなんて。

 

 預かったポイントは、きっと一人一人にとって大切なものになる。もし何かあったら……そう考えると、やっぱり怖い。私なんかに任せて大丈夫なのかなって、不安になってしまう。

 

 それでも、誰も嫌そうな顔をしていない。むしろ、みんなが私に任せようとしてくれている。その信頼が嬉しくて、同時に少しだけ重く感じた。

 

 でも――だからこそ、応えたい、私を信じてくれたみんなの気持ちを、裏切りたくない。

 

――なら。

 

「分かったよ......にゃはは! じゃあ、私に任せてほしいな!」

 

 笑顔を作る、少しだけ怖かった。でも、それ以上に嬉しかった。こんなふうに、みんなが私を信じてくれるなんて思っていなかったから。

 

 それからしばらく、私たちは勉強会の内容を詰めたり、クラスポイントについて意見を出し合ったりした。まだ分からないことは多い。それでも、今日一日で知ったことを一つずつ整理して、これから自分たちに何ができるのかをみんなで考えていく。

 

 

 それからしばらく、勉強会の中身を詰めたり、クラスポイントについて考えたりと、私たちは思いついたことを一つずつ話し合っていった。最初は何から決めればいいのかも分からなかったけれど、みんなで意見を出していくうちに、少しずつ形が見えてくる。

 

 最終的には、とりあえず、図書館で放課後に勉強会を行うことになった。中間テストまでは毎日、それ以降は隔日で、参加できる人が無理なく続けられる形にする。教師役は私と浜口くん、それから勉強が得意らしいゆいちゃん。その三人を神崎くん、千尋ちゃん、麻子ちゃんがサポートすることになった。

 

 これなら、勉強が苦手な子も置いていかれずに済むと思う。もちろん、これだけで本当に赤点を防げるのかは分からないけど......

 

 クラスポイントについては情報が不足しすぎているから、仮説止まりでそれ以上は待つしかないという結論に至った。

 

 ひとまず話がまとまり、教室の空気が少し緩んだ、そのときだった。

 

 

 

「……日向」

 

 突然、神崎くんが日向くんへ視線を向けた。

 

 日向くんは、ここまでずっと何も言っていない。意外だったのは、ポイントを集めることになって連絡先を交換するときには、特に嫌がる様子もなく素直に応じてくれたことくらいだ。

 

 そんな彼に、神崎くんが切り出す。

 

「お前、今回の学校の仕組みに気づいていた……いや、確信していたな?」

 

「か、神崎くん!」

 思わず私は止めようとする。

 

「止めるな、一之瀬。これは聞いておかなければならないことだ」

 

 神崎くんの表情は真剣だった。確かに、ここまで聞いた以上、気になることではある。突然始まった話に、教室にいたみんなも日向くんへ視線を向ける。

 

「無料で食べられる山菜定食を始め、ポイントの消費が極端に少ない。それに、お前自身がポイントを集めているという噂もある。どうなんだ?」

 

 確かに、言われてみれば思い当たることはいくつもある。特に日向くんは、私たちが普通にポイントを使っている中でも、ほとんど消費している様子がなかった。

 

「気づいていた、そちらに何の支障もないと思うが?」

 彼は、まるで当たり前のことを答えるようにそう告げた。

 

「っ……」

 

 神崎くんは、ある程度予想していたのかもしれない。それでも、実際に本人から肯定されると少し言葉に詰まった。少なくとも、納得しているわけではないみたい。

 

 それにしても、驚きの事実だ。

 

 ただ、私が思っていたほど驚いている人は多くない。先生がクラスポイントについて説明していたときの質問や、日向くんの普段の行動から、ある程度察していた人もいたのかもしれない。

 

 そして、浜口くんも続けた。

 

「まあ、そうだろうね。授業中のあの威圧感も気になってたんだけど、今回の説明を聞いて納得いったよ。クラスの生活態度を悪化させないためだったのかな?」

 

「……? 何を言っている?」

 

 日向くんは相変わらず無表情で、淡々と聞き返した。

 

 何を考えているのかは、やっぱり分からない。

 

 でも、今までの彼の行動を振り返れば、あれが私たちへの忠告だったことは疑いようがない。だからこそ、浜口くんもそう考えたんだと思う。

 

「うーん、真意を言うつもりはない、と」

 

「そんなことは些細なことだ、浜口! 日向......なら、なぜそのことを言わなかった?」

 

 神崎くんがさらに問い詰める。その顔は何か鬼気迫るものを感じてしまう。

 

―――そして

 

「何の不利益もなかった。であれば、オレが伝える必要があったとも思えんが」

 

 日向君のそのセリフに教室が静まり返った。

 

 その言葉だけを聞けば、自分だけが知っていればいいと言っているようにも聞こえる。みんなの間にも、少しずつ戸惑いが広がっているのが分かった。

 

「……お前はっ!」

「神崎くん、少し落ち着いた方がいいよ」

「だがっ……!」

「いいから……っ、ね?」

 

 思わず怒鳴りそうになっていた神崎くんを、浜口くんがなだめるように抑える。

 

―――けど、

 

「……俺らに協力する気がないってことか?」

 

 誰かが小さく呟いた。

 

 その一言をきっかけに、さっきまでとは少し違う重たい空気が教室に広がっていく。せっかくみんなでAクラスを目指そうと決めて、勉強会のことやポイントのことまで少しずつ話がまとまってきたところだったのに……。

 

 みんなが困ったような顔をしているのを見て、胸が少し苦しくなる......だから、私は思わず口を挟んだ。

 

「ちょっと待って! 今は誰かを責めるための会議じゃないよ」

 

 そう言ってから、みんなを見渡す。誰も何も言わない、私は一度息を整えてから、日向くんへ視線を戻した。

 

「それに、日向くんも言わない理由があったのかもしれないしね?」

 

 日向くんは何も答えない。

 

  ただ、いつもの無表情でこちらを見ている。本当に何を考えているのかは分からない。

 

……悪い人じゃない。

 

 それだけは間違いないと思っている。だって、あの時かけてくれた制服には、確かな暖かさがあったから。

 

 だからこそ、余計に分からない。私たちに何も言わなかった理由も、今何を考えているのかも、日向くん自身が何を望んでいるのかも。

 

……でも、分からないからこそ、今はこれ以上追及する必要はないと思った。

 

 無理に聞き出そうとしたって、きっと何も変わらない。それなら、いつか日向くん自身が話してくれるまで、待っていてもいいんじゃないかな。

 

 それに、日向くんが何を考えているにせよ、少なくとも今ここで責め続けたところで、クラスがまとまるとは思えない。私たちは今日、これからみんなで協力していくと決めたばかりなんだから。

 

「日向くん」

 

 とりあえず、これだけは聞いておかないと。そう思って、私は少しだけ緊張しながら声をかけた。みんなも心配そうにこちらを見ている。日向くんがどう答えるのか、私自身も少し怖かった。

 

「Aクラスを目指すこと、一緒に協力してくれない、かな?」

 

 

 しばらく沈黙が続く。日向くんは相変わらず無表情のまま、私の方を見ていた。そして、少しも迷う様子を見せず、淡々と答える。

 

「そんなものに興味も、限られた労力を割く愚を犯すつもりもない。悪いが、俺は自らに与えられた務めを果たす。それだけだ……」

「……そっか」

 

 思わず小さく呟く。

 

 寂しいな……。

 

 せっかく同じクラスになったんだから、できれば一緒に頑張りたかった。みんなと同じ目標を持って、勉強会にも参加して、一緒にAクラスを目指せたら嬉しかったのに。

 

 でも、無理に誘うのも違うよね、日向くんには日向くんの考えがあるんだと思う。だから、これ以上は何も言えなかった。

 

 私は一度だけ俯いて、それから笑顔を作った。

 

「うん、分かったよ。でもね、日向くん......いつかは協力してもらえるように、私も頑張るから」

 

 日向くんは何も言わない、それでも、私は続けた。

 

「少しずつでいいから、日向くんにも私たちのことを知ってもらいたいし……私も、日向くんのことをもっと知りたい」

 

 自分でも、少し変なことを言っている気がした。まだ同じクラスになって間もないのに、こんなことを言うなんて、ちょっと押しつけがましかったかもしれない。

 

 それでも、伝えたかった。

 

「いつか、日向くんが私たちと一緒に頑張りたいって思えるように、私も頑張ってみるね。にゃはは、もし気が変わったら、いつでも手伝ってくれていいからね!」

 

 すると、日向くんは少しの間だけ私を見つめていた。

 

「無用な心配だ、おまえがどうであれ、オレが何の為に動くのかその答えが変わることはない」

 

「……わかった」

 

 少し悲しいけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。それはきっと日向くんにとっては、それだけ自分の中に譲れないものがあるんだと思うんだと知れたからかもしれない。

 

「うん。じゃあ、無理に変えようとはしないね」

 

 私は小さく笑う。

 

「でも……日向くんが何のために頑張ってるのか、いつか私にも教えてくれたら嬉しいな」

 

 それだけ言って、私はまた笑った。

 

「そのときは、ちゃんと聞くからね。にゃはは」

 

 でも、最後にはちゃんと答えてくれた、もしかしたら、可能性はゼロじゃないのかもしれない。そう思えただけで、今は十分かな。

 

 これくらいで諦めるつもりはなかった。

 

 その後、話し合いも終わり、みんなが帰る準備を始める。私も鞄に荷物をしまっていると、日向くんも席を立った。

 

 

「ま、また明日ね、日向くん!」

 

「ああ」

 

 日向くんが教室を出ようとした、そのときだった。

 

「……ポイントの徴収だが、オレはいくらでも構わない。必要ならば、乞食のように誇りを捨ててでも頼るがいい。それを恥じる必要もない」

 

「え?」

 

 思わず聞き返す。

 

 でも、その言葉の続きを聞くより先に、日向くんはそのまま教室を出ていってしまった。

 

……しばらく、誰も何も言わなかった。

 

「……結局、協力する気があるのかないのか分かんないな、アイツ」

 

 柴田くんがぽつりと呟く。

 

「ふふ……そうだね」

 

 私も思わず苦笑してしまう。

 

 あんなにきっぱりと興味がないって言っていたのに、最後には頼めばポイントをいくらでも出すなんて......まぁ言い方はきついんだけどね。

 

 本当に、日向くんってよく分からない人だな。

 

―――でも、少なくとも、完全に私たちを突き放したわけではない。

 

 そう思うのは……ちょっと、私の我儘かな?

 

 

 

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Side:日向 優慈

 

 

 やはり、このクラスに巡り合えたのは幸運だったな。皆が一之瀬の下で、実に自然と協力し合っている。いくら一之瀬が優れた人間であろうと、これほどまでに容易く人の輪がまとまるわけではない。これもまた、このクラスに集った者たちが持つ徳の賜物と言っていいだろう。

 

 生憎、脱落者を出さず、なおかつAクラスを目指すという目標には、オレの力にも限界がある。ゆえに協力を求められた際には断った。少しばかり口惜しくはある。このような男にまで、あれほどの期待を寄せる一之瀬の慈愛には、できることなら応えたかった。

 

 だが、やはりオレにはその達成方法が思いつかない、出来ぬことを出来ると嘯くほど、愚かでもないつもりだ。ならば、断るほかあるまい。

 

 とはいえ、何もしないというわけではない。一之瀬との約束を果たすためにも、可能な限り手助けはするとしよう、何も完全に相反する目標というわけでもないのだから。

 

 無論、本末転倒となるほど力を割くつもりも優先順位をはき違えるつもりはない。オレにはオレの為すべきことがある。だが――それでも、手を伸ばせる範囲であれば伸ばそう。

 

 一之瀬があれほどまでに信じてくれたのだ、その信頼に報いることくらいは、オレにも出来るだろう。

 

 

 それにしても、やはりこの学校のシステムを伝えなかったのは悪かったのだろうか、一之瀬たちの考えを尊重したはずだ。

 

……いや、神崎の怒り方を見るに、また少し言葉が多かったのかもしれんな。あの男は誰よりも他者を思い、そのための力を欲する優しい男だ。ならば、オレの言葉が意図せずその心を傷つけた、そう考える方が自然だろう。

 

 ならば、せめて何か埋め合わせでも出来ればよいのだが……思いつかないな、また何かあればその機会に償うとしよう。

 

 それにしても、今回のテストは八十五点。周囲の者たちと大きく変わらぬ結果だった。一之瀬や浜口などは、やはり大したものだ。余裕を持って他者へ教えられるだけの知恵を持つとはな。

 

 対してオレには、まだそれほどの余裕はない。ならば、せめて自らの務めとして勉学には励まねばなるまい。人に教えるほどの知恵がないのであれば、その分だけ己が学べばいい。

 

 にしても、浜口が俺が何かしていたかのように言っていたが、授業態度はオレが何もせずとも良好だったはずだが、殺気も二日目には気づき対応していたし関係はないだろう。

 

......本当になんだったんだろうか?

 

 まぁ良いか、それよりも中間テスト、どうなるかはまだ分からん。だが、だからこそ今のうちに出来ることを考えておくべきだろう。勉学に励むことはもちろん、他にも何か助力できる方法があるかもしれん。

 

 無論、オレの務めを疎かにするつもりはない。その中で出来ることを探せばいい。

 

 そう考えながら、オレは寮への道を歩いていった。

カルナ語の下に、丁寧語の原文ってほしいですか?冗長になってもいけないと思い省いていたんですが。

  • ヤハ【カルナ語検定3級】
  • 俺は...高円寺でも藤丸でもない!!
  • 私は好きにした、君も好きにしろ
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