仏の口にも刃   作:こたつでみかんを食べる

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今回文字数が思ったよりも多くなった関係で日向視点がありません。どうぞ悪しからず。


頼みの綱

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Side:姫野ユキ

 

 

 

 今の私なら、神様だって殺してみせる。

 

 

 学校側からの衝撃のカミングアウトから早一週間と少し。

 

 もう五月の中旬に差し掛かりつつあり、システムについて明かされたときはあれだけ騒がしかった教室も、ようやく少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

 

 そんな教室をぼんやり眺めながら、私はそんな物騒なことを考えていた。

 

 さすがに言い過ぎか? ……そうでもないな。ここ最近の不幸が神様のせいだっていうなら、神様をぶん殴る方法くらい本気で探すし、質の悪い怨霊のせいだっていうなら、霊能者に弟子入りしてでも追い払ってやる。

 

……ふぅ、何言ってるんだろう、私。我ながら、だいぶ追い詰められてる気がする。

 

 でも仕方ないじゃない。そんなことを考えたくなるくらいには、ストレスが溜まってるんだから。正直、このままいったら、仮病のつもりで使っていた偏頭痛が本当に持病になってもおかしくない。

 

 そして、その原因は――私の後ろに座るアホ、日向優慈だ。

 

……まあ、擁護するつもりなんてこれっぽっちもないけど、決してアイツだけが原因ってわけじゃない。あまりにもあんまりな学校の対応とか他にも色々ストレスの原因はある。それでも、間違いなくかなりの一角を占めているけど。

 

 あいつのせいで、私の平穏だった学校生活は、見事なまでに狂わされた。

 

 まずは授業中。機嫌が悪いのか知らないけど、いきなりよく分かんない威圧を飛ばしてくる。おかげで最初の二日なんて、まともに授業を受けられた記憶がほとんどない。

 

 本当によかった……たまたま最初の授業の前にトイレに行ってて。もし行ってなかったら、どうなってたんだろう。考えたくもない。

 

 最近じゃ「あ、今日もやってる」くらいで流せるようになってきた……いや、慣れたくて慣れたわけじゃない。私の精神が少しずつ鍛えられてるだけ、微塵も嬉しくない成長の仕方だけど。

 

 授業中だけじゃない。毎朝、毎朝、こっちが徹底的にスルーしてるっていうのに、飽きもせず私に話しかけてくる、当たり前だけどただの雑談なら私だって無視なんかしない。問題はその喋る内容がどう考えても罵倒でしかないところ。

 

 普通、一回無視されたら「あ、嫌われてるんだな」くらい察して、しばらく話しかけてこないものなのに、あいつときたら翌日には何事もなかったみたいに話しかけてくるんだから、本当にどういう神経してるんだか。

 

 無表情すぎるし私はそういう設定のロボットのモニタリング実験っていわれても納得はできる。

 

 しかも、よくあんなに皮肉のレパートリーが尽きない。一周回って感心する。

 

 よりにもよって、人が気にしてるところをピンポイントで突いてくる上、こっちが返事をしないのをいいことに好き勝手言ってくる。

 

 ていうか本当に、なんで私にだけあんなに絡んでくるのよ。私はただ、平穏に過ごしたいだけなのに……ほんと、面倒くさい。

 

 それでも、別に話しかけてくるだけなら、スルーすればいいだけだった。

 

 けど、心配して話しかけてくるクラスメイトたちにそんなことを言っても、強がってると思われてしまったのか、最近は代わる代わる、毎日のように遊びに誘われている。遊びに行くだけなら別にいいんだけど、その拘束時間が長いし、最近は頻度が多すぎる.....

 

「姫野ちゃん、今度一緒に――」

「ごめん、無理」

「じゃあ、その次の――」

「……いや、その日もちょっと」

 

……なんで? なんで私が断るたびに、次の誘いが飛んでくるの? 

 

 別に、みんなが嫌いなわけじゃない。むしろ、いい子たちだと思う。私のことを心配してくれてるのも分かってるし、こうして声をかけてもらえるのだって、本当はありがたいことなんだと思う。私が捻くれてるだけなんて言われなくても嫌というほど分かってる。

 

 ただ……私は一人でいる時間が好き、誰かと一緒にいるのが嫌というわけじゃないけど、ずっと誰かと話して、笑って、相手の顔色を気にしているより、一人で静かにしている方がずっと楽だった。

 

 だから、できれば放っておいてほしい。それが無理ならほんの少しでいいから、自分の時間が欲しい。

 

 でも、心配してくれている相手に「一人にして」なんて言えるほど、私は割り切れた人間でもない。無下に断り続けるのも気が引けるし、あんまり協調性のないやつだと思われるのも、それはそれで面倒だった。

 

 結局、申し訳なさに負けて、いつもどこかへ遊びに行くことになる、偏頭痛を言い訳にして途中で抜けることも少しじゃないのにね......

 

 

 そういうわけで、ストレスは今までと比べても信じられないほど溜まっていた。その結果としてやけ食いに逃げた私を、誰が責められるの?

 

……でも、正直なところ、自分でも信じられないくらいよく食べたと思う。

 

 甘いものを食べて、食べて、食べまくった。

 

 今もよく行くカフェのコーヒーゼリーは、苦みが程よくてクリームの甘さと見事に調和していたし、少し隠れたところにあるケーキ屋さんのモンブランは、栗本来の甘みを生かした上品な口当たりで、クリームもふんわりしていて後を引かない美味しさだった。モールに構えたお店のパフェなんて、色とりどりのフルーツで着飾っていて、この世の幸せがあの器一つに詰まっていたと思う。

 

 他にもプリンにイチゴのタルト、ミルフィーユ、バウムクーヘンにマカロン。店だけじゃなくコンビニスイーツまで、もう本当に色々食べた。どれもこれも美味しかったし、あの瞬間だけは、少なくとも日向のこともクラスのことも忘れられた。

 

 最高だった......体重計に乗るまでは。

 

 

……二キロ増えてた。

 

 

 正直、途中から薄々分かってはいた。少し腕や太ももがぷにぷにしてきたのは鏡を見なくてもわかったし......でも、やめられなかった。

 

 信じたくなくて体重計を何度も乗り降りしたけど、下着を脱ぐという小細工まで試しても、無情な現実は一向に変わらない。手を壁について測れば数字を誤魔化せるんじゃないかと一瞬だけ考えたけど、結局それはやらなかった。なんというか……大切な何かまで失われる気がしたから。

 

……全部あのアホのせい、ほんとに。

 

 しかも最近「近頃、随分と防御力を上げたように見えるが、何事も過ぎれば毒になる、努々気を付けることだ」なんて言ってきやがった。本気でグーが出そうになった......出しておけばよかった。

 

 いったい誰のせいだと思ってるのよ……!!

 

 ただ、いくらアイツのせいとはいえ、食べたものが消えるわけでもないし今更この趣味をやめられない。そこで、この有り余るストレスの発散とダイエットを兼ねて、私はボクシングジムに通ってみることにした。

 

 別に何かを目指してるわけじゃない。ただ、思いっきり体を動かして、頭の中を空っぽにしたかっただけだ。

 

……まあ、サンドバッグをあのアホだと思えば、いくらでも殴れる気はする。何なら、破裂するまで殴り続けられる自信すらある。

 

 

 そうして考えている間に、いつの間にか教室は随分と賑やかになっていた。

 

「ねえねえ、帆波ちゃん。昨日の勉強会、結構よかったよね!」

「うん! 最初はどうなるかなって思ってたけど、みんな積極的に参加してくれたし、これなら中間テストも頑張れそうだね」

「それに千尋ちゃん、昨日分からなかったところ全部教えてもらえたんでしょ?」

「う、うん……! 唯ちゃんが丁寧に教えてくれて……すごく分かりやすかったよ」

「よかったじゃん! じゃあ次は私にも教えてよー。昨日のところ、ちょっと怪しいんだよね」

「もちろん! 私でよければ一緒にやろうよ」

「やった!」

 

 いつもの三人組が楽しそうに会話している。そこだけじゃない。同じような会話が教室のあちこちから聞こえてきて、クラス全体が穏やかな空気に包まれていた。

 

 勉強会の予定を確認している子、昨日分からなかった問題について話している子、放課後に一緒に図書館へ行こうと誘っている子。みんな、それぞれに楽しそうだ。

 

……まあ、いいことなんだろうけど、私はそんな教室の様子を眺める。

 

 最近のこのクラスそのものが、どうにも気に入らない。この学校のことを知る前なら、別に何の問題もなかった。むしろ、こんな風にみんなで仲良くできるクラスなら、私の好みはともかく、かなりいいクラスだとは思う。

 

 

―――でも、ここは普通の学校じゃない。

 

 

 勉強会をしましょう、ポイントもみんなで集めましょう、困っている人がいたら助けましょう。それ自体を悪いとは思わない……私だって退学は嫌だし、もしものときのためにポイントを集めておくことにも文句はない。それに、こんなふうに自然と協力できるのは、このクラスの長所なんだろうとは思う。

 

 実際、一ノ瀬が声をかければみんなが動くし、誰かが困っていれば自然と手を差し伸べる。こういうところは、素直にすごいと思う。

 

……だからこそ、余計に引っかかる。

 

 本当に、それだけでAクラスに行けるの?

 

 この学校は、実力主義だ。先生だってそう言っていたし、少し前にテスト範囲が急に変更されたこととか、考えれば、それがただの脅しや建前じゃないことくらい、私にも分かる。

 

……だったら、もっと競い合ったっていいはずだ。誰かより上に行こうとする人がいてもいい。自分だけは絶対に負けないって意地を張る人がいたっていい。そういう人たちがいてこそ、クラス全体も引っ張られていくんじゃないの?

 

 なのに、このクラスにはそういうギラギラしたものがあまりない。

 

 みんなで一緒に頑張ろう、みんなで卒業しよう。誰も置いていかないようにしよう。

 

……そんな、綺麗事ばかり。

 

 もちろん、それが間違っているとは思わない。むしろ、そんなことを本気で言える一之瀬はすごいし、私には、とてもじゃないけど真似できない。

 

 でも、それで本当にAクラスなんて目指せるの? 私は正直、かなり不安だった。

 

 だけど、それを口に出す気にもなれない。今さら「みんな仲良しごっこしてる場合じゃないでしょ」なんて言ったところで、空気が悪くなるだけだし、それに私はそんな面倒な役を引き受けたくない。

 

 みんなが一之瀬を中心にまとまっているなら、それでいい......わざわざそこに水を差して、嫌われる必要なんてない。そう自分を納得させてる。

 

……だから、黙って、みんなに合わせる。その方が、ずっと楽だから。

 

 それなのに――あのアホだけは、そんな空気に一切合わせない。みんなが一之瀬を中心にまとまっていく中でも、あいつだけはいつも通り。誰かに合わせようともしないし、無理に輪の中へ入ろうともしない。

 

……ちょっと羨ましいと思ってしまっている自分がいるのも、少し悔しい。

 

 そりゃ楽だろうね。あんだけ自分中心に生きられたら。でも、私には無理……。

 

 ポイントの話になっても、Aクラスを目指す話になっても、相変わらず我関せず。かと思えば、必要なポイントならいくらでも出すとか言い出す……ほんっと、意味が分からない。

 

 あいつを見ていると、余計に腹が立つ。こっちは色々考えているのに、あいつは何も考えていないような顔をして、好き勝手に振る舞っている。

 

 Aクラスに行けるのか、このクラスのやり方で本当に大丈夫なのか、このまま何となくみんなに合わせていて、後悔しないのか、そんなことを考えている私が、なんだか馬鹿みたいに思えてくる。

 

……はぁ、今日もまた、余計なことを考えてしまった。

 

 私は、小さく息を吐く――本当に、このクラス大丈夫なのかな。

 

 まあでも、私はいつも通り流されていればいいし、こんな面倒なことより今日食べるスイーツでも考えて――。

 

「姫野」

 

 後ろから声が聞こえた気がする。

 

……気のせいね、きっと。最近ストレスが溜まりすぎて幻聴でも聞こえるようになったんだ、そうに違いない。やっぱり、あそこのプリンにしようかな――。

 

「?.....聞こえていないのか?」

 

…………。

 

 聞こえてるに決まってる、でも、聞こえていないことにする。

 

 私は机に頬杖をついたまま、窓の外へ視線を向ける......曇り空、お世辞にもきれいな景色ではない。でも今日ならカフェも混んでないだろうし、新しいスイーツに挑戦し――。

 

「......耳の故障か? 老婆でもあるまい、保健室はこの校舎の一階の――」

「……何?」

 

 あまりにもしつこい上にうざいので、思わず振り返ってしまった。いつもなら一回無視すれば終わるのに。というか、なんでわざわざ三回も呼ぶのよ。

 

 そこには案の定、あの無表情があった。

 

「何か用?」

 

 できるだけ面倒くさそうに返す、どうせまた、ろくでもない皮肉でも言うんでしょ......ほんとダルい。

 

「ならいい。時間を無為にすることもない。これを受け取れ」

「……は? なにこれ?」

 

 日向は唐突に、紙の束を二つ私の机へ置いた。

 

「不要な塵だ。燃えることだけが取り柄のな。暇なおまえにはお似合いだろう。捨てるも生かすもおまえ次第だが、どのように扱おうと、オレの知ったことではない」

「は、はぁ? ゴミ……?」

 

 噓でしょコイツ! いよいよ、嫌がらせが物理になり始めた......最悪。

 

 しかも、言いたいことは全部言い終えたらしい。私の反応なんて気にも留めず、そのまま自分の席へ戻っていく。

 

 本当に自分勝手……聞き返すのも面倒すぎる。そうして、私は机の上に置かれた紙の束を見下ろした、本当になにこれ?

 

 まあ、見れば分かるか。流石に見たら死ぬような呪いの書ってわけでもないでしょ……。

 

 くだらないものなら後ろに投げ返してやろう。そう思いながら、私は紙の束をパラパラとめくって中身を確認する。

 

――すると。

 

 問題集……というより、これ、テスト? しかも去年の中間テストつまり過去問のようで、ご丁寧に五教科が一冊の冊子に答えごとまとめられている。

 

 うん、まあ、少なくともゴミではないみたい。出ている問題も今回のテスト範囲と同じだから、普通に勉強には使えそうだし。

 

……言動が終わってるだけで、意外といいやつなのかもしれない。

 

 いや、流石にないか。だとしたら、どんだけ不器用なのよ。普通に「これ使えば」って渡せば済む話でしょ。それをわざわざ「不要な塵」だとか……あんなことを平然と言えるやつが善人なわけないし。

 

 まあいいや、ありがたく使わせてもらおうっと、そう思いながら、もう一冊の紙束を手に取る。

 

 これも過去問かな、そう思って確認すると――。

 

「…………え?」

 

……同じ。さっきの問題と、一字一句、問題文まで含めて何一つ変わっていない。

 

「……は?」

 

 思わず紙を持ち直す、これ、本当に同じテスト?

 

 いやいや、まさか他の人に渡せってこと? 私は郵便局の職員じゃないんだけど……。そんな不満を抱きながら、何気なく冊子の端に書かれた日付へ目を落とす。

 

――一昨年。……去年じゃない? それなのに、去年のものと問題が完全に一致している。

 

「……?」

 

 一瞬、頭が止まった、それから、さっきまでの考えが少しずつ繋がっていく。去年と一昨年の中間テストが、まったく同じ、そして――今回の試験範囲も、その二つと同じ。

 

「…………!!」

 

 いや、待って、そんなこと、ある?

 

 後ろを振り返るも、あいつは何事もなかったように本を読んでいる。ムカつくほど、こっちを気にしている様子がない。

 

……何なのよ、あいつ。

 

 この完成度は一朝一夕で作れるようなものじゃない。少なくとも、適当にでっち上げたようには見えないし、アイツがわざわざ私を騙すために、こんな手の込んだ嘘をつくタイプとも思えなかった。

 

 まぁ、それこそ嫌がらせならもう十分すぎるほど受けているし......

 

 それに――もし、この推測が本当なら、有利なんて言葉じゃ片づけられない。ほんと考えれば考えるほど、面倒くさい。

 

 

……いや、面倒くさいなら、押しつければいいのか。私は机の上の冊子を見下ろしたあと、一之瀬の方へ視線を向ける。

 

 あの子なら、きっとこの劇物をうまく処理してくれるはずだ。

 

 アイツがクラスに馴染めるか気にしていた一之瀬に、「日向くんから渡された」って伝えれば、きっと嬉々としてみんなに知らせるだろう。それに、一之瀬ならこの過去問が本物なのか、ちゃんと確認もしてくれるはずだ。

 

 先生に確認するなり、過去のテストを知っている人に聞くなり、私よりずっと真面目に調べてくれるだろうし、その伝手も比べ物にならないはずだ。

 

……うん、私が一人でこんな面倒なものを抱える必要なんてない。

 

 でも、今は……、ちらっと一之瀬を筆頭に、楽しそうに会話しているクラスメイトたちを見る。

 

 ここでいきなり「ちょっといい?」なんて話しかけたら、絶対に目立つ。そんなの面倒だし、今わざわざみんなの前で話す必要もない。

 

 一人になった、タイミング適当に渡してしまおう、それに、日向から渡されたものなら、別に逃げるわけでもない。

 

 そう決めた瞬間、少しだけ気が楽になった。

 

 

……まあ、面倒なのは変わらないけど、はぁ、と私は一人小さくため息を吐いた。

 

     

 

    

 

     ◆

 

 

 

 

 

 そうして放課後になり、私は嫌々ながらも、今、図書館にいる。

 

……嘘でしょ。一之瀬、人気すぎる。いつ見てもそばに二人以上いたんだけど!? 教室にいるときも誰かしら話しかけているせいで、こっちは一向に過去問を渡すタイミングがない。

 

 さっきから何度か声をかけようとは思っているのに、そのたびに別の誰かが一之瀬のところへ行くんだから、本当に人気者って大変ね……少しも羨ましくはないけど。

 

 クソっ、私の貴重なスイーツタイムが……。今日は行きつけの喫茶店でプリンを食べようと思ってたのに、まさかこんなものを渡すだけのためにここまで長引くなんて。あの店、遅くなると売り切れることもあるのに……今日はもう諦めるしかなさそう。ほんっとに最悪の気分。

 

 そんな私の内心なんて知る由もなく、図書館には同じBクラスの生徒たちが集まっていて、それぞれ机に向かいながら勉強を始めていて、教室にいるときとはまた少し違った、真面目な空気が広がっていた。

 

 この勉強会は基本的には自習に近い形式で、全員で同じ授業を受けるわけじゃない。自分で問題を解いて、分からないところがあれば教師役になっている一之瀬や浜口、二宮の誰かに教えてもらう、という形だ。

 

 私は別に勉強が嫌いなわけじゃないし、来たのに何もしないのもどうかと思ったから、今は私も数学の問題を解いている。

 

......まあ、さっさと終わらせて帰りたいという気持ちの方が強いのは間違いないけど。

 

 それでも問題を解きながら、私は何度も鞄の中へ意識を向けていた。

 

 別に悪いことをしているわけじゃない。でも、大勢の前でこのことを話したら、絶対に面倒なことになる。

 

 だからこそ、一之瀬が一人になる瞬間をずっと待っているっていうのに。

 

 問題集に目を落としながら、ちらちらと一ノ瀬の方を確認するけど、まだ誰かいる。ようやく一人帰ったと思ったら、今度は別の子がやってくる。

 

……本当にいつ休んでるのよ、あの子。

 

 そんなことを考えながら、また問題集に視線を戻してしばらくすると、不意に一之瀬が立ち上がった。

 

「ごめん、ちょっと飲み物買ってくるね」

「うん、いってらっしゃい!」

「あ、あとでまた分からないところ聞いてもいい?」

「もちろんだよ!」

 

 その声に、私は反射的に顔を上げる。周りを見ると、みんなそれぞれ自分の勉強に集中していて、一之瀬についていこうとする気配はない。

 

……あ。これ、チャンスじゃない?

 

 私は鞄の中の冊子にそっと触れてから、何食わぬ顔で立ち上がった。

 

「……私もちょっと休む」

 

 誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。別に飲み物が欲しいわけじゃない。まあ、せっかくだし何か買ってもいいんだけど……とりあえず、今は一之瀬に過去問を渡せればそれでいい。

 

 私は一之瀬から少し遅れて歩き出し、図書館の外へ出たところで、周囲に人がいないことを確認してから声をかけた。

 

「……一之瀬さん」

「ん? ユキちゃん、何か用かな? 勉強のことなら後ででも大丈夫かな?」

「いや……そういうのじゃなくて」

「あっ、そういえば朝から姫野さん、何か話したそうにしてたけど、それのこと?」

「…………そう、それ」

 

 気づかれてた……なら早く話しかけてよ。こっちがどれだけタイミングを窺ってたと思ってるのよ。

 

 でも、気づいてたなら話は早い。私は一度だけ周囲を確認してから、鞄の中へ手を入れ、二冊の冊子を取り出した。

 

「これ。私の席の後ろの……アイツから渡された」

「……日向くんから?」

 

 一之瀬が目を丸くする。珍しいこともあるなと、顔が雄弁に物語っている。

 

「うん。なんか『不要な塵』とか言って押しつけられた……」

「ふふっ」

「......笑うところじゃないと思うけど」

 

 ほんとに笑い事ではない。こっちがどれだけあいつの悪口に辟易してると思ってるのよ……。思わず、私はジトっとした目で一之瀬を見る。

 

「ご、ごめんね。でも……ちょっと日向くんらしいなって」

「まあ、それはいいけど」

 

 あいつの口の悪さなんて今に始まったことじゃないし、それに――。

 

「問題はそこじゃないし……」

「……?」

「これ、本物かはわかんないけど、去年と一昨年の中間テスト。なのに、問題が一字一句同じなの」

 

 一之瀬が冊子を受け取り、ページをめくる。最初は何気なく眺めていたけど、何ページか進んだところで目を止め、それからもう一冊と見比べる。

 

「……え? あっ、本当だ!」

「だから、もしかしたら今年も同じ問題が出るんじゃないかって。……まあ、よく分かんないけど。私一人じゃ判断できないし、一之瀬さんに任せた方が無難でしょ」

「……うん」

 

 一之瀬は真剣な顔で冊子を見つめる。

 

 さっきまでの柔らかい表情とは違って、何度も二冊を見比べながら、真剣に問題文や日付を確認していく。その様子を見て、私はようやく肩の力を抜いた。

 

「これ、神崎くんと浜口くんにも見てもらっていい?」

「神崎くんと浜口くん?」

「うん。二人なら冷静に判断してくれると思うから」

「……まあ、その二人ならいいよ。騒がないだろうし」

「にゃはは、ありがとう!」

 

 一之瀬は嬉しそうに笑った。

 

 ただ口元を緩めただけじゃない。こっちが協力してくれたことを、本当に嬉しく思っているのが伝わってくるような笑い方だった。大げさなくらい素直で、裏も打算もなさそうなその反応に、私は思わず少しだけ目を逸らす。

 

 私は別に、一之瀬たちのために頑張ったわけじゃない。日向から押しつけられたものを、せっかくだから使えそうな人に渡しただけ。私一人で抱えていても仕方がないし、そもそもこんな面倒なものを自分で判断する気もなかった。

 

「......私はただ、あいつから横流ししただけだから」

 

 私はそんな感謝されるような人間じゃない。だから、少しだけ念を押すように言っておく。

 

「分かったよ、日向くんから貰ったってちゃんと伝えておくからね!」

「うん。それでいいから……」

 

 一之瀬はまた小さく笑って、冊子を大事そうに抱え直す。

 

……ほんと、こういうところは素直だよね、なんというか、こっちまで変に調子を狂わされる。

 

 私は小さく息を吐いて、鞄を肩に掛け直した。

 

 これでいい......あとは一之瀬と神崎と浜口に任せればいい。私は過去問を渡した。それで十分。ここから先まで首を突っ込む必要なんてない。

 

 そうやって自分に言い聞かせながら、私はプリンに思いを馳せる。

 

 

――このときは、本当にそれで終わると思っていた。

 

 

 そんな私は今、自販機に寄りかかりながら甘めのコーヒーを飲んで、三人のやり取りをぼんやりと眺めている。

 

 一之瀬に渡した過去問について、神崎と浜口にも見せることになったのはいい。二人ならこういう話も冷静に判断してくれそうだし。ただ、なぜか私は「関係者だから」という理由で、そのまま話し合いに参加させられている。

 

……必要なくない? 私、もう帰っちゃダメかな。

 

 そんな私の気持ちなんて知る由もなく、一之瀬たちは図書館の外にあるちょっとしたスペースで冊子を広げ、三人で問題を見比べながら話し合っている。図書館の中ほど人の目を気にする必要もないから、こういう話をするにはちょうどいいのかもしれない。

 

「過去問か。テスト対策としては王道ではあるが、この学校だから問題は回収していると思い込んでいたな……」

 

 神崎は二冊の冊子を並べて、何度もページを行き来しながら眉間に皺を寄せている。

 

「それに、本当にに去年と一昨年の問題は完全に一致しているな。問題文だけじゃない、選択肢まで同じだ」

「うん、今年のテスト範囲とも一致してる。これだけ条件が重なると、偶然にしては少し出来すぎてるね」

 

 浜口も冊子を見比べながら頷いた。

 

 私が最初に見つけたときもそうだったけど、こうして三人で確認しているのを見ると、やっぱり普通の過去問とは少し違うように思えてくる。

 

「でも、これだけじゃ今年も同じ問題が出るっていう確証にはならないな」

 

 神崎がそう言うと、一之瀬も冊子から顔を上げて頷く。

 

「うん、学校側が今年から変えてくる可能性もあるだろうし、過去二年が同じだったからって、今年も同じとは限らないかな?」

「ただ、無視するにはあまりにも惜しい情報だと思う。少なくとも、勉強する上で参考にはなるだろう」

「そうだったら良いんだけどなぁ、もし同じ問題が出るなら、みんなの退学する可能性がかなり下がるだろうし......」

 

……まあ、そりゃそうよね。

 

 私だって、もし本当に同じ問題が出るならかなり楽になると思う。だけど、神崎の言う通り外れていた場合のことを考えれば、これだけを信じて勉強するのも危ない。結局のところ、これはあくまで「可能性がある」ってだけの話だ。

 

 そんなことを考えていると、神崎がふと顔を上げた。

 

「姫野」

「……ん?」

「本当に日向からこれを貰ったのか?」

「……え? ああ、うん。私は押しつけられただけだけど……アイツで間違いない」

「どういう状況だったんだ?」

「どういうって……」

 

 私は少し考えてから、あの日のことを思い出す。わざわざ説明するのも面倒だけど、ここまで聞かれたら答えるしかない。

 

「いきなり私の机に置いてきて、『不要な塵だ』とか『燃えることだけが取り柄のものだ』とか……暇なお前にはお似合いだろうって」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 三人とも黙った。

 

……何よ、割とアイツの平常運転なんだけど。

 

「それで、姫野にこれを渡したのか?」

「うん。何の前触れもなく」

 

 神崎はしばらく黙って冊子を見つめたあと、呆れたように息を吐いた。

 

「……何なんだ、あいつは。本当に訳が分からん」

 

 その言葉には、私も心の中で深く頷いておく。

 

 マジでなんなんだろうね、アイツ。

 

 こっちは平穏に過ごしたいだけなのに、威圧してくるわ、毎日絡んでくるわ、嫌なところをピンポイントで突いてくるわ、そのうえ突然こんなものまで押しつけてくる。

 

 本当に意味が分からない……あいつの生態を解明できたら、ノーベル賞は間違いないんじゃない?

 

 そんなくだらないことを考えながら、私は自販機に背中を預け直して、残ったコーヒーを一口飲む。。

 

「うーん、僕にもよく分からないけど、結果だけを見れば協力してくれてるから、今はそれでいいんじゃないかな?」

 

 浜口が苦笑しながら言うと、一之瀬も冊子を眺めながら頷いた。

 

「にゃはは、うん。それにさ、少しはこのクラスに前向きになってくれたってことなんじゃないかな?」

「……それはないと思うけど」

「えっ?」

「……いや、何でもない」

 

 やばっ、つい本音が出ちゃった。

 

 だって、あの態度を見ていたら、とてもじゃないけど「Bクラスのために協力してくれた」なんて素直に受け取れない。どうせ「精々足を引っ張るな」とかくらいの意味で渡したんじゃないの?

 

……まあ、結果的に助かるものを渡してくれたんだから、そこまで文句を言うつもりもないけど。

 

「そうだな。まあ、一旦あいつのことは置いておこう」

 

 神崎が話を切り替えるように冊子を机へ置く。

 

「それより、まずはこの過去問が本物なのか確かめる必要がある」

「なら、何人か頼りになりそうな先輩達がいるから、私が聞いてみるね!」

 

 一之瀬がすぐに手を挙げる。

 

「先輩?」

「うん。去年のテストを実際に受けた人たちなら、過去問を持ってる人もいるだろうから確認しやすいはずだよ!」

「ああ、なるほどな。それなら確実性も上がるか」

「ただ、神崎くん……先輩たちに聞くとなると、少しポイントは必要かもしれないよ?」

「惜しむところでもない。必要ならクラスの資金から出せばいいんじゃないか?」

「……それでいいんじゃない」

 

 私は小さく頷く。

 

 正直、ここまで話が進むとは思っていなかった、いつの間にか過去問の信憑性を確かめる話にまでなっている。

 

 やっぱり一之瀬の人脈って、私なんかとは比較にならないくらい広いんだ。先輩に聞けばいい、なんて発想がすぐ出てくるあたり、普段からどれだけ人と関わってるんだろう。

 

 私は基本的に、必要以上に人と関わらないようにしてるから、余計にそう感じる。

 

 

「あとは、もしこれが本物だったとして、浜口。次の定期テストでも同じように過去問があると思うか?」

「ないだろうね。だとしたら、試験が簡単になりすぎる。この学校が学力を軽視するとは考えづらいし、初回限りのものだと考えた方がいいんじゃないかな」

「だろうな。なら、無暗に広めるわけにもいかないが……」

 

 神崎が腕を組み、少し考え込む。

 

 確かに、もし毎回こんなものが手に入るなら、わざわざ勉強する意味なんてなくなる。学校側だって、そんな間抜けなことを何度もするとは思えない。

 

 すると、一之瀬が何か思いついたように顔を上げた。

 

「なら、試験日の前に過去問として、みんなに解いてもらったらいいんじゃないかな?」

「試験日の前?」

「うん。答えを教えるんじゃなくて、あくまで過去問として使うの。そうすれば、これだけに頼りすぎることもないし、最後の確認にもなると思うよ!」

「……なるほどな」

 

 神崎も少し考えたあと、頷く。

 

「それでいくか。試験直前の週は部活もなかったはずだ。全員参加はできるだろう」

「うん、確かそのはず」

 

 一之瀬は頷きながら、さらに続ける。

 

「あと、この過去問を伝えるのは、ここにいる人たちと、あとは勉強会で教師役をしてる人やサポートしてくれてる人たちにしておけばいいんじゃないかな?」

「全員に最初から知らせるわけじゃないのか?」

「うん。試験が終わったあとに、今回こういう過去問があったって説明すればいいと思う。最初から知っていたら、それだけを勉強する人も出てくるかもしれないし、それだと普段の勉強を頑張ってる人が損しちゃうから」

「……確かにね」

 

 浜口も納得したように頷き補足する。

 

「直前まで普通に勉強して、最後に過去問で確認するなら、勉強した内容が本当に身についてるか確かめることもできる。うん、それならいいと思う」

 

……なんだかんだ、ちゃんと考えてるな。

 

 最初は過去問を見つけた時点で、もっと大騒ぎになるのかと思っていたけど、思ったよりずっと慎重だ。まあ、これなら私が口を挟む必要もない。

 

 

……うん、話がまとまりそうだし、やっぱ私要らなかったでしょ、まぁいいや帰ろ―――

 

 

「でね……もしこれが本物だったら、これ、Dクラスにも教えてあげられないかな?」

「……は?」

 

 思わず顔を上げる。本気で言ってんの?

 

 どうやら同じことを思ったらしく、神崎も一之瀬を見つめている。

 

「一之瀬、それはどうかと思うぞ。お前の優しさはいいことなのかもしれない。だが、これは競争だ! 俺たちが有利になるための情報を、わざわざ他クラスに渡す必要はないだろう!」

「でも、Dクラスの人たちも同じテストを受ける仲間だよ。それに、彼らってクラスポイントがなくて大変な思いをしてるんだし、少しくらい手助けしてあげてもいいんじゃないかな?」

「それはそうだが――」

 

 神崎はすぐには言い返さず、少し言葉を選ぶように黙ったあと、ゆっくりと続ける。

 

「どのみち、誰かに施してもらわなければ助からないようでは、この先も厳しいんじゃないか」

「……」

 

 一之瀬が困ったように黙り込む。

 

 あー……始まった。

 

 これだから話し合いって嫌なのよ。どっちの言ってることも分かるから余計に面倒くさい。神崎の言う通り、これは競争なんだから自分たちだけが有利になる情報をわざわざ渡す必要なんてない。でも、一之瀬が言ってることだって、100%間違ってるわけじゃない。

 

 ただ、このまま二人が延々と話し合っていたら、絶対に長くなる。

 

……私はもう帰りたいんだけど。

 

 そう思っていると、ふと浜口と目が合った。

 

……なんでこっち見てるのよ、何か言いたそうな顔をしているけど、私は知らないからね。

 

…………。

 

…………チッ。

 

 小さく舌打ちが漏れる、私が何とかすればいいんでしょ。

 

 ダルいのに……私は小さく息を吐いてから、仕方なく口を挟んだ。

 

「……じゃあ、Dクラスの人たちが自分で気づいたときに渡せば?」

「姫野ちゃん?」

「こっちから教えなくてもいい。でも、向こうが過去問に気づいて、譲ってくれないか頼まれたら、そのときは渡してあげればいいんじゃない?」

 

 私は肩をすくめながら続ける。

 

「それなら、必要以上の助けにはならないでしょ。Dクラスにポイントがないなら、それでも十分助けになると思うけど」

「……なるほど」

 

 浜口が頷く。

 

「僕はいい案だと思うけど、二人はどうかな?」

「それなら俺は構わない。少なくとも、こっちから情報をばら撒くわけじゃないしな」

 

 神崎も少し考えたあと、頷いた。

 

「わかったよ。私も、それなら……」

 

 一之瀬もほっとしたように笑う。

 

……よし、これで話はまとまった――そう思ったのに。

 

「でも、姫野ちゃんって意外と協力的なんだね」

「え?」

 

 思わず顔を上げる。

 

――は?

 

 浜口がこちらを見て、少し意外そうに笑っている。

 

「僕はもう少し一匹狼タイプなんじゃないかと思ってたけど」

「そうだな。こういうとき、結構冷静に考えてくれるんだな。頼りになる」

 

 神崎まで頷く。

 

 勘弁してよ……なんでそうなるの。

 

「は、はぁ? いや……別に。大したことじゃないし」

 

 私はなるべく興味がなさそうに答える。

 

「ただ、どっちも面倒そうだったから、間を取っただけ」

「それでもだよ」

 

 一之瀬が嬉しそうに笑う。

 

「姫野ちゃん、ありがとう」

「いや、だから……」

「だいたい、この過去問だって、黙っておくこともできたんだよ?」

 

 その言葉に、私は少しだけ黙る。

 

 最初に過去問を見つけたとき、一人で使おうと思えば使えた。わざわざ一之瀬に渡す必要なんてなかったし、日向から貰ったことだって黙っていれば誰にも分からなかった。

 

「一人で自分の手柄にすることだってできたのに、こうやってみんなで協力できるようにしてくれたんだもん」

「そんな、大げさな……」

「大げさじゃないよ」

 

 一之瀬はそう言って、真っ直ぐ私を見る。

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 こういうの、本当に苦手。

 

 もっと適当に「どういたしまして」とか言える性格なら楽だったのに、真正面から感謝されると、どう返せばいいのか分からなくなる。

 

「……いや、そんなつもりじゃ」

「それに、日向くんと一番仲がいいのも姫野さんだと思うし……」

「それはない」

「え?」

「それだけはない」

 

 即答だった。さっきまでの気まずさなんてどうでもいい、私のすべてをかけてそれだけは絶対に訂正しておかないといけない。

 

「そう。あいつと仲いいとか、絶対ないから」

 

 私が念を押すと、一之瀬はきょとんとしたあと、浜口は小さく笑い、神崎も苦笑する。

 

「あはは……そうかな?」

「そう」

「そっか。ならしょうがないね」

 

 一之瀬は納得したように頷いたものの、なぜかそこで話を終わらせなかった。

 

「でも――」

 

 少しだけ考えるように首を傾げてから、また笑う。

 

「やっぱり私は、ちょっと他の人のことを考えすぎちゃうところがあるから、姫野さんみたいな人がいてくれると心強いな」

 

......嫌な予感しかしない。これ以上はやめてほしいんだけど。

 

「これからも、いろいろ相談してもいいかな?

「……いや、私、偏頭痛あるから。毎回は無理」

「あはは、ならしょうがないね」

 

 一之瀬は楽しそうに笑う。

 

「じゃあ、もし。来てくれたときは頼りにしていいんだね!」

「……まあ、それなら別に」

 

 結局、私は曖昧に頷いてしまった……なんでこうなったんだろう。

 

 別にクラスのために頑張ろうと思ったわけじゃない。日向から押しつけられた過去問を、一之瀬に押しつけ返しただけだ。

 

 それがいつの間にか話が大きくなって、気づけば私は「協力的」だの「冷静で頼りになる」だの、なんだかよく分からない評価までされている。

 

 私はそんな立派な人間じゃない。

 

 ただ、二人が揉めてるのが面倒だったから、間を取っただけ。余計なことに巻き込まれたくなかったから、さっさと話を終わらせたかっただけなのに。

 

……なのに、どうしてこうなるのよ。

 

 やがて話は終わったらしく、一之瀬たちは冊子を持って図書館の中へ戻っていく。

 

 その背中を見送りながら、私は深々とため息を吐いた。

 

「……ほんっと、最悪」

 

 そして、ふと思う。

 

――そういえば、そもそもの始まりは何だったっけ。

 

 少し考えて、すぐに思い出す。

 

……ああ、あのアホだ。

 

「……全部、あいつのせいじゃん」

 

 日向優慈。

 

 私の平穏な学校生活をかき乱して、挙げ句の果てには私までこんな面倒な話に巻き込みやがった。

 

……いや、よく考えたら今日一日だけじゃない。

 

 ここ最近の面倒ごと、やっぱり大体あいつが絡んでる気がする。

 

 私は空になったコーヒーの缶を見下ろしながら、最後にもう一度だけ吐き捨てる。

 

「くそ……ほんっと、全部あいつのせいだ……」

 

 

 

 




 あと一話でとりあえず、原作の一巻文として区切ります。

 アンケートご協力いただきありがとうございました!

 お任せするという方が多かったので、一巻の区切りごとに、日向君のセリフとその口語訳をおまけとして投稿しようと思います。

 必要ないという方もそれなりにいらっしゃるので、見なくていいという方は飛ばしていただいて大丈夫です。

 私もカルナ語は学習中なので解釈違いなど起こるかもしれませんが、それでも良ければお楽しみいただけると何よりです。

カルナ語の下に、丁寧語の原文ってほしいですか?冗長になってもいけないと思い省いていたんですが。

  • ヤハ【カルナ語検定3級】
  • 俺は...高円寺でも藤丸でもない!!
  • 私は好きにした、君も好きにしろ
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