ここからは原作時間に戻ります。
Part1 早速一難
今にも崩れ落ちそうな電波塔が、平和の象徴として今日も東京に聳え立つ。
この街に危険は存在してはならない。
存在した痕跡すら、残してはならない。
消して。
消して。
消して。
綺麗にする。
平和は、日本人の気質によって成り立っている。そう思わせることが、一番の幸せ。
……それが、僕たちの役目なんだってさ。
▽▲▽▲△
4月下旬の朝。
春になったとはいえ風が冷たくてまだブレザーを手放すには少し早い。
双眼鏡を片手に、僕は働いているカフェの店長と向かいのビルの銃取引現場を監視していた。
普通の人間なら、意味が分からない光景だと思う…朝からカフェの店長とビルを監視する。そんな仕事があるなんて、ほとんどの人は知らない。世の中知らないほうが幸せなこともあるしね。
自己紹介が遅れたね。僕は紫雲寺 陽華(しうんじ ひばな)、リコリコっていう喫茶店でスイーツを担当させてもらってるちょっと特殊な17歳だよ。
隣でうつ伏せでスナイパーライフルを構えている紫の着物を着た大柄な人はミカさん。リコリコの店長さんだ。
実はこんな呑気なことを言ってる場合じゃない。目の前のビルで僕の仲間がターゲットに捕まってて銃を突きつけられている。
本当は1秒でも早く助けたい。
でも下手に動けば人質だけでなく他のリコリスにも被害が出る可能性もある…
「ミカ、千束はまだですかね」
インカムからリコリスの指令である楠木さんの声が聞こえる。
「そろそろ来る頃だがリコリスがヤバいぞ」
ミカさんがこっちを一瞬見る。
その視線と同時にいつでも飛び出せるようにワイヤーの照準を合わせる。
「どうする?撃つか?それとも陽華を投入するか?」
「いや商人はとらえたいですね、しかし陽華の投入は待ってください千束の到着を待ちましょう。ラジアータもそう演算しています」
そう言われてしまうと何もできない。
ラジアータ。DAの作戦を管理する人工知能。その判断は、今まで一度も間違ったことがない。だからこそ僕は従うしかない。
動けない。
いや、正確には違う。
動かないことを選ばなければならない。
「司令部こちらアルファ1、私たちでやれます!射撃許可をください!」
今回の任務のリーダーであるフキの声が聞こえる。焦りを帯びている。無理もない、仲間が捕らえられているのに何もできないのは僕だってもどかしい。
ビビッ、バッガガガ
突然インカムからノイズ音が流れる。
なんだ?今までこんなことなかったのに…もしかしてラジアータがハッキングされた?この銃取引ってバックにものすごい大物がいるんじゃ…
「陽華」
その一言だけで十分伝わる。行ってこいと。
さっきまでは待機命令だった。でも、状況が変わった。千束を待つのが最善なのはわかってる。それでも僕が今行けば助けられる可能性は十分ある。
次の瞬間、僕はビルから飛び降りていた。
ターゲットの死角にワイヤーを設置して窓に突入し…ようとしたが途中で黒髪ロングのリコリスがガトリングをターゲットに構える姿が見えた。
(…マジか)
彼女の視線を見る。
迷いがない。でも仲間を見る目は冷たくなかった。
あの目は撃つ。
ターゲットだけを。
一気に軌道をずらして少し下方の壁に張り付く。次の瞬間頭上から轟音が響き雨のようにガラスが落ちてくる。10秒ほどでその銃撃が収まり急に静けさが辺り一面に広がる。
中の様子を見ようとしたがスマホがなる。ミカさんからだ。
「終了だ陽華。すぐにその場を離れろ、ミズキがすぐに迎えに行く」
「了解です」
指示通りゆっくりとワイヤーを伸ばして地面に着地し、赤いフォレスターが迎えにくる。
「陽華、お疲れ様〜」
運転席にいるのは中原ミズキさん。リコリコの看板娘…本人はそう言ってるけど赤いナイノールが似合う綺麗な女性。だが、酒癖だけはいただけない…いい人なんだけどね。
「お迎えありがとうございます、僕は何もできませんでしたけど」
「まぁそんな日もあるわよ」
先ほどの緊張感とは無縁のゆるゆるトークが始まる。朝だし仕方ないよね…
ミズキさんと少し話を交わしてすぐに僕が座っている反対の方の扉が開く。
「ミズキも陽華もおっはよ〜!さっきの銃撃凄かったよね〜ババババって♪」
「朝も早よから元気だな小娘」
「だって朝からあんな映画のワンシーンみたいなのが見れるなんてテンション上がるでしょ♪」
「こっちは蜂の巣になりかけたんだけどね…」
「でもあれよく避けれたね!さっすが私の相棒〜!」
「銃がこっち向いた瞬間冷や汗が止まらなかったよ…」
僕の隣に勢いよく乗ってきた彼女。
錦木千束。
現役最強のリコリスであり、リコリコで一緒に働く僕の相棒だ。とにかく自由でやりたいこと最優先を具現化したような人。振り回されることは多いけど僕は嫌いじゃない。
「朝ごはん食べてないからお腹ペコペコ!陽華〜リコリコついたらご飯作って〜」
「私も迎えにきてあげたから作って〜!今日は和食の気分!」
リコリコの厨房を占領し続けていたらいつの間にか賄い担当も任されてしまってるのだ。まぁ、作るの楽しいしみんなでご飯食べるの好きだからいいんだけどさ。
「仕方ないですね…スーパー寄ってください。魚だけ見てきます」
「「やったー!」」
本当にこの人たちは自由すぎるなって思う。ミカさんを見習って欲しい。
でも。
こんな1日も悪くない。
リコリコに戻って千束達に着せられた割烹着で朝食を作っていたらミカさんに「いつからここは和食屋になったんだ?」と言われた。
………ごもっともです。
▽▲▽▲△
あの銃撃戦から数日。
店内は心地よい春の陽気に包まれているが、平日昼前ともなればお客さんの数も多くなく暇だ。そもそも常連さん以外あんまり来ないけどね…
店に置いてある小型のテレビを横目に先ほどまでいたお客さんが使っていた食器を洗う。テレビからはアラン・アダムスと呼ばれる匿名支援者に支援を受けたフィギュアスケートで金メダルを取った山田選手について特集が組まれている。
「ここにも母となるべき才能が今結婚という障害に阻まれているのよ〜…不満だ!」
そんな悪態をつきながらカウンターに置かれているゼクツィに突っ伏していたミズキさんがガバっと起き上がる。
二十代後半、本人もかなり焦っているらしい。外見は悪くないと思うし、そのうち男もできるだろう…多分、きっと…頑張って欲しい。
「今すぐ私にいい男を支援しなさ〜い!」
アラン・アダムスに救援を求めるミズキさん。テレビから「凡人のやっかみですな」という遠隔ツッコミが入り「あんだと〜!」とテレビに向かって怒り始める。
いつもの光景なので僕は特に反応しない。
というか仕事中なんですけど…
カランカラン、とドアベルが鳴る。お客さんが来たようだ。
「いらっしゃいま…せ?」
入り口の前に立つ女の子は千束と色違いの青い制服を着ており、背筋をまっすぐ伸ばしていた。頬には湿布が貼られている。その子の顔は見たことある。先日の銃取引現場で僕を蜂の巣にしかけた子だ。
「あんた誰?」
「ミカさんが言ってたじゃないですか例のリコリスが今日からうちに来るって」
「本日から配属になりました。井上たきなです。」
「来たか、たきな」
テレビを消しながら僕の後ろに来たミカさんが顔を覗かせる。
「あー、DAクビになったってリコリスか」
「クビじゃないです」
たきなさんが食い気味に返す。
これから一緒に働く仲間だったのにもうちょっとオブラートに包めないかなぁ…
でもよくよく考えてみる。
おそらくあの銃撃で銃商人は死んでいるだろう。そうなると作戦は失敗に終わった。
でもそれだけだと根拠が弱い。
リコリスの役目として犯罪者は排除した。それに、あの時はラジアータがハッキングされていた。指示は聞こえない、動かなければ仲間が死ぬ。そうなったら僕も同じことをしていたと思う。
となると、たきながなんで
考えられるのは上の人間がDAを守るためにラジアータのハッキングを隠してたきなさん1人に責任を押し付けた。たきなさんには命令を無視して扱いきれない、みたいな理由をつけて。
そうならばDAとしても余計な混乱を生むことなく今回の件をなかったことにできるしね。
「あなたたちから学べ、との命令です千束さん、陽華さん」
ん?今なんて?
「転属は本意ではありませんが東京で一番実績のあるペアから学べる機会が得られて光栄です。この現場で自分を高めて本部への復帰を果たしたいと思います。」
ここにいるのはミカさん、僕、ミズキさん。千束は現在買い出しに出ている。
たきなさん、ミズキさんを千束だと勘違いしてる?
「それは千束ではない」
「それって言うな!」
ミカさんが顎でミズキさんを指しながら訂正すると今度はミカさんの方を見始める。
「…あ」
「その人でもないからね…」
たきなさん、案外面白い子かもしれない。
どんな子が来るかと思ってヒヤヒヤしていたが今のところはちょっと抜けてる天然タイプ。
正直、少し意外だった。
「ここの管理者のミカだ」
「井上たきなです」
2人は握手しながら自己紹介をする。
「彼女はミズキ。元DAだ。所属は情報」
ミカさんにそう紹介されると酒を飲みながら「ん」と軽く返事する。
いつの間にか酒飲んでるし…
「元?」
「嫌気がさしたのよ。孤児を集めてあんたらリコリスみたいな組織を作ってるキモい組織に〜」
ミズキさんの言い分はすごくわかる。
僕も正直、DAという組織自体は好きではない。
「それでこいつは陽華。千束の助手だ。話は楠木から聞いてるだろう」
「はい。千束さんと同等に優秀な人だと聞いています」
「それはちょっと盛りすぎかな…」
でもそれぐらい評価されてるのは喜ばしいことだ。別に変なことはしてないし、なんならまあまあDAには貢献してるしね。変なこと言われなくてよかった。
「ですがスマホにはめっぽう弱いので困っていたら助けてやれ、と言っていました」
前言撤回…まさかこんな辱めを受けるなんて、先輩としての顔が立たないじゃないか。今度抗議しに行ってやる。事実だからなんもいえないのが悲しいところなんだけど…
「よろしくね、たきなさん」
「ププッ、言われてやんの〜」
「ミズキさんは3ヶ月朝食と賄い抜きでいいですかね」
「ごめんなさいごめんなさい!許して〜ヒバえも〜ん」
ミズキさんに煽られたがこっちはご飯という最高の盾がある。勝てると思わないで欲しい。
たきなさんがよくわからない表情で僕達のやりとりを見る。君もそのうちわかるよ。僕もそうだったから。
「ほ〜らやかましいのが来たぞ〜」
ここにいるみんなの自己紹介が終わったところで外からいつも聞く声が聞こえてくる。ついに花形登場だ。
「先生、たいへ〜ん!食べモグの口コミでこの店のホールスタッフが可愛いって!これ私のことだよね!」
「私のことだよ!」
「冗談は顔だけにしろよ酔っ払い」
「あとみてみてキッチンスタッフの男の子もメロいって書いてあるよ!良かったね陽華!」
ミズキを軽くあしらった後、こっちに寄ってきてスマホの画面を見せる。確かにそう書いてある。
「え、あ、うん」
メロいとは???って感じだけど、今はそれどころじゃないよ千束。
「ん?あらリコリス?」
千束がようやくたきなさんの存在に気づく。てか、よく今まで気づかなかったね。そんだけ口コミが嬉しかったのかな。
「てかどうしたのその顔」
そういえばあまり気にしてなかったけどたきなさんの左頬には湿布が付いている。前の任務で怪我したのかな?
「例のリコリスだ。話したろ、千束。今日から新体制だ、仲良くしろ」
「え!この子が〜♪」
「え!この人が?」
2人の声が揃うがその意味は全く違う。
千束の方は新しく直属の後輩が入って嬉しいっていう雰囲気が伝わってくる。
対してたきなはこの人が千束?って顔をしてる。そうなるわな、電波塔のテロリストを1人で相手してた伝説のリコリスって言われてこんなキャピキャピな人が出てきたら疑うよ、そりゃ。
千束がたきなの手を両手で包み込む。
それからはずっと千束のペースだった。強引に自己紹介をしたり、たきなさんの話に食いついたり、年齢の話をしたりとずっと千束の流れになっている。
「陽華、たきなのこと任せたぞ」
「はい」
その一言だけでミカさんが何を言いたいのかはなんとなくわかった。
たきなさんが新しい環境に馴染めるように気にかけてやれということだろう。
千束ならきっと大丈夫だ。誰とでもすぐ仲良くなれるし、自然とたきなさんとも打ち解ける。
ただ、千束とたきなさんはかなりタイプが違うから。最初のうちは間に入る人間がいいのかもしれない。
ここは僕の腕の見せ所かな。
「この前のあれはすごかったね〜その顔は名誉の傷?」
「いえ…」
どうやらたきなさんの傷は千束の元相棒で たきなさんの元上司のフキによって付けられたものだという。それに怒った千束は固定電話に向かって一目散に歩き、電話をかける。
…ありゃ怒ってるな千束。
千束のマシンガントークから解放されたたきなさんを座らせ、僕は春限定新作のスイーツ「特製抹茶餡桜餅」を、ミカさんはコーヒーをそれぞれ置いた。
後ろでわきゃわきゃ言い合っているが気にしない。
「千束のこと、想像と違ったでしょ」
「いえ、そんなことは…」
さっきの反応、今の少し後ろめたそうな雰囲気これだけで十分イメージと違ったことがわかる。正直でよろしい。
「僕もほんとにこの人?ってなったもん」
「そうなんですか?」
「そりゃね、テロリストを1人で仕留めたって聞いてたからもっと筋骨隆々の人だと思ったし」
たきなさんの表情が少し緩んだ。緊張は解けてきたみたいだ。やったね。
「さっきの千束の勢いすごかったでしょ、ごめんね。テンション上がるとついああなっちゃう奴だから」
「なるほど…」
「結構自由奔放で振り回されることが多いと思うけど悪い奴じゃないからさ、困った時はいつでも連絡して」
「わかりました。ありがとうございます陽華さん」
ここでさりげなく連絡先を交換する。
とりあえずはこれでOKかな。あとはたきなさん次第だけど。きっと彼女もここに溶け込める。
たきなさんとの軽い会話が終わったと同時に千束が「うっせいアホ」と捨て台詞を残して受話器を叩きつける。
「よし!早速仕事に行こうたきな!陽華!」
「はい」
さっきの電話とは打って変わって元気な千束。新しい後輩が入ってやる気満々みたいだね。
「あ、先生のコーヒーと陽華の桜餅食べてからでいいよ!すっごく美味しいから〜、あ、私着替えてくるね。ごゆっくり〜」
と言い残して更衣室へ向かうと思いきやすぐに「ああ!たきな!」と大きい声を出してまたこっちへ戻ってくる。それに応じてたきなさんもすぐに「はい!」と言って立ち上がる。忙しそう。
「リコリコにようこそ〜うひひひ」
それだけたきなさんに伝えてまた更衣室へ向かう。
「ね、悪い奴じゃないでしょ?」
「…はい」
ちょっと腑に落ちないところもあるようだがこれから慣れてくるよ。僕もそうだったし。
たきなさんはまた座って僕が作った抹茶餡桜餅を一口食べると、美味しそうに目を丸くした。可愛い。お口にあったみたいで良かった。
スイーツ担当として美味しいと思ってもらえることはとても喜ばしい。僕のモチベーションも上がる。
余談だがこの後、僕が同行しないことを伝えたあと駄々を捏ねる千束をミカさんと2人で頑張って言いくるめた。その後、千束とたきなさんは外回りへと出る。
千束はすごい不満そうだったけど。
▲▽▲▽▲
千束とたきなさんが外に出て1時間後、店の看板を「Closed」に変える。ここからは機密事項の内容だからね。
店内に戻るとミカさんはリコリスの司令である楠木に連絡を取っていた。
僕はこの電話に同席して欲しいと言われていたから、千束達との仕事には行かなかった。
「それでは先日の銃取引について内容を整理しましょう」
「あぁ、よろしく頼む」
ここにはミズキの笑い声も、食器の音もない。残っているのはスマホから聞こえる楠木さんの冷たい声だけだ。さっきまで和やかな雰囲気が嘘みたいに消える。無理もない、平和な日本でとんでもないことが起きているからだ。
「結果から言います。銃は確認されませんでした」
「………え?」
「銃が消えた?」
取引現場に銃商人が居たのに銃が確認されなかった?いやいやいや、おかしい。取引の時間は合ってたんだろ?どうなってるんだ?
「量は?」
「情報によれば、約1000丁です」
「ハハッ、戦争でもやるのか?」
いや、ミカさん笑ってる場合じゃないでしょうに…でもそんなに大量銃がなんで取引現場になかったんだ?
謎は深まるばかりだ。
「初めから誤情報だった可能性もあります」
「でも商人はあの時現場にいたじゃないですか。無事だった人はいなかったんですか?」
「いや、全員死亡した。機銃掃射だったからな」
まぁ、そうだよね…
僕と先生はあの光景を思い出して頭を抱える。
「それか商人が偽物の可能性も…」
「奴らの素性を調べたところ武器の取引履歴が残っていた。間違いないだろう。」
射殺された人たちは本物の商人か…これは重要だな。
「陽華お前はこの事件どう考える?」
「そうですね…ラジアータをハッキングすることができる凄腕ハッカーがバックについてるなら相手は相当な手練れまたは大きな勢力だと考えるのが妥当ですかね」
自分で口にしてみても嫌な話だ。
「今回の件は一筋縄では行かないでしょう…」
「私たちもそう考えてる。また情報が入り次第連絡します、それでは」
そう言い終えると通話は終わるが雰囲気は全く変わらない。ミカさんも僕もこの事件について脳内で推理しており、沈黙が流れる。
「銃商人はいたけど銃は確認できなかった。それに加え取引相手もわからない…か」
「付き合わせてしまってすまないな」
「いえ、大事な仕事なのでお気になさらず」
「コーヒー、飲むか?」
「それではお言葉に甘えて。グアテマラでお願いします」
ミカさんはカウンターの中に入り、コーヒーを淹れ始める。僕はそのまま思考を巡らせる。
銃商人は現場にはいた。
でも銃は現場になかった。
取引相手も時間になっても姿を現さない。
なぜだ?やっぱり誤情報?
いやいや銃商人は現場にはいるんだ。確認は取れてる。
ならば囮?でも、わざわざそんな情報を残すようなヘマはしないだろう。
となると考えられる可能性は…
「銃取引はもう終わっていた?」
自分でも驚くほどその言葉が自然に口に出ていた。
「なるほどその線もあるな…」
ミカさんが淹れたてのコーヒーを僕の前に置く。すかさず「ありがとうございます」と返してカップを口に運ぶ。
2人のスマホが同時に鳴る。それもLIMEの通知だった。グループへの通知だろう。スマホを開いてみると千束から写真が送信されていた。
その写真は至って普通のカップルのツーショットだ。だが、問題はそこじゃない。
後ろに映るのは数日前に見たビル。銃の取引現場のビルだ。
そこには銃商人と向かい合うロングジャケットの男と作業服を着た男達、十中八九取引相手だろう。
「どうやらビンゴみたいですね」
僕が決め台詞を決めた時にまた通知が鳴る。
文面には「写真くれた人のお家でパジャマパーティーすることになったからストックの和菓子適当に詰めといて!」と書かれていた。
「千束は相変わらずだな」
「…ですね」
さすが最強リコリス、こんな状況でも楽しむなんて僕には到底できないよ…
10分後千束だけが帰ってきた。
…千束だけ?
「念の為聞いておくけどたきなさんと保護対象の人は?」
「え? たきなに任せてるよ。大丈夫でしょ?」
「大丈夫かもしれないけど!何かあったら大変でしょ!そのためにいつも2人で行動してるのに!あーもう!」
急いで更衣室に入り10秒も立たないうちにリコリコで着ている和服からリコリスの制服に着替える。
「僕は先に向かうからなるべく早く準備終わらせてすぐ来てね!お菓子は冷蔵庫に入ってるから!」
そう言ってすぐに店を飛び出す。千束達はそれを唖然と見送る。
「全くもう、陽華は心配しすぎだって」
「そう言ってやるな、
「……それはわかるけどさ」
▲▽▲▽▲
僕は人目のつかない裏路地をワイヤーで電柱を伝って飛び移りながらたきなさんのところへ急いでいた。
銃取引現場の時にも使ってた両腕前腕に装備している僕専用の移動式ワイヤー。
普段は制服に隠れて見えないようになっているがこういう時にはかなり役立つ。建物や電柱に引っ掛けて高い場所にもすぐ移動できるし、相手の武器を奪ったりもできる代物だ。
リコリス達も同じような拘束射出機を持っているが僕のものとは全く違う。強度も射出距離も僕のやつのほうが圧倒的にいい。
ただし代償がある。次の日は腕がかなり痛い。例えるなら限界まで追い込んだ時の筋肉痛みたいな感じ、だから緊急時以外はなるべく使わないようにしている。
「何も起きてないといいんだけど…」
正式に会ってから数時間も経ってないので何とも言えないけど人質がいる状態で銃を乱射するような子だ。腕前に自信があると言え、なかなかぶっ飛んだ判断だと思う。
しかも相手はラジアータすら攻略する組織。何が起こるかわからない。
だからこそ急がねばならない。
目的地に到着する直前に無音に近い銃声が聞こえた。おそらくたきなさんか敵のものであろう。動きが早いな。もう攻めに来たのか。
たきなさんの位置の上空に出て現場を確認する。
白いハイエースの前で銃を乱射するたきなさん。
見当たらない保護対象の女性。
ハイエースの後部座席ドアの近くに落ちてる片足の白いハイヒール。
…少し離れに黄色いドローン。
これ保護対象の人捕まってない?
急いで相手の死角になる曲がり角に着地し、ワイヤーを使ってたきなさんをこちら側に引き寄せる。
「っ!?陽華さん!?何するんですか」
「それはこっちのセリフ、保護対象の人は?」
「車の中です」
そんな激ヤバなことを真面目な目で言われても困るってたきなさん…
「保護対象を囮にしちゃダメでしょ、普通」
「敵の目的はスマホの画像データです。沙織さんを殺す意図はないと思います」
「だとしても人質になっちゃうじゃんか…それに相手は銃取引の関係者、何するかわからないよ」
こんなことを今言い合ってもキリがない。
とりあえず今は保護対象を救出することが先決だ。
「この女がどうなってもいいのか!」
ほーら言わんこっちゃないと思っていると千束も合流してきた。パパッと状況を伝えると千束も目を丸くして驚いていた。
「陽華さんが止めてなければ今頃終わっていました」
「沙織さんに当たっちゃうでしょ」
銃撃が止んだからか敵がドアを遮蔽物にしながら周囲の状況を確認するために外に出てくる。
「そんなミスしませんよ、この距離からでも射殺できます」
その声に迷いはなかった。本当に撃つつもりだ。……本来のリコリスならそうだよね。
「命大事にって千束から言われなかった?」
「私はちゃんと言ったよ!」
リコリコのモットーは「命大事に」。例えそれが敵でも殺しは絶対に行わない。生ぬるいと思われるかもしれないけど僕は好きだ。
先ほどの会話からたきなさんは相当銃の腕前に自信があるようだ。それじゃあ見せてもらおうかな。
「それじゃ、たきなさん7時方向にあるドローン落としてくれない?サイレンサーは取ってね」
敵はおそらく4、5人だろうか…
千束にアイコンタクトを送る。
たきなさんが撃ったら行くよ、と。
千束は緊張感のあるようでない顔しながら親指を立ててこっちを見つめる。
たきなさんがサイレンサーを外し、瞬時に後ろに振り返ってドローンを撃ち落とす。サイレンサーを外したため雷が落ちたような轟音が響き渡る。
当然、相手は驚くだろう。先ほどまでサイレンサー付きで撃たれてたのにいきなり轟音がするのだから。敵はドアに身を隠す。こちら側の動向はわからない。たかが数秒、それで十分。
僕たちは瞬時にハイエースに詰め寄る。僕は向かって左側、千束は右側に。
どうやら運転席の男は満身創痍らしい、右肩に銃痕が見られる。
「やあ、取引したいんだっけ?」
千束のこの言葉が合図となり戦闘が始まる。
相手はいきなり現れた千束に驚いて咄嗟に銃を取り出し、発砲する。だが千束には当たらない。正確には千束が弾を避けたのだ。
千束はお返しにハイエースのドアを蹴って相手を怯ませ、銃弾を3発、最後にもう1発打ち込んで相手を気絶させる。まず1人目。
僕も千束に続いて攻める。
相手は千束側の奴と同様にいきなり現れた僕に銃口を向ける。焦っている。こういう時、相手が狙っている場所は決まっている。頭だ。
相手が引き金を引くタイミングに合わせて走っていた勢いを殺さず屈み、弾を避ける。
「んな!?」
銃弾を避けたことに相手が驚く。
先ほどの勢いと重心を前に持っていき少し飛び前方に回転。その回転を活かして上から踵落としをお見舞いする。後遺症が残らない程度に加減はしているが相当痛いと思う。ごめんね。これで2人目。
最後にトランクドアに隠れている残りを攻める。千束は素早く飛び出し、対面した敵に2発お見舞いする。だが、この相手はどうやら少しタフらしい。弾を受けても怯まず、千束に反撃の銃弾を撃つ。もちろん当たらない。また1発、2発と撃ち込まれた敵は、千束の腕からワイヤーが射出され、敵の身体を縛り上げる。3人目。
僕の方は踵落としの着地の勢いをそのまま活かして前方に飛びながら敵の位置を確認する。そこから体を右に捻り、左回転をかけて相手の脇腹に蹴りを打ち込む。息ができず、相手はその場に倒れ込むところを千束に拘束される。ラストの4人目。
「こっちは僕がやるから千束、たきなさんは保護対象をお願い」
2人に指示を出して僕は急いで運転席に向かう。右肩を押さえてぐったりしているが息はある。良かった。
「大丈夫ですか?」
「殺さないでくれ…」
「殺さないってほら大人しくして、うわ、思ってたより出てるな…」
傷口の右肩からは血が滲んで赤く染まっていたが、幸いなんとかなりそうだ。
「触るな、やめてくれ!」
「男の子でしょ!止血するから我慢してください!」
カバンから止血用のガーゼを取り出し、傷口を押さえる。しばらく圧迫して出血が落ち着いたところでガーゼを当てたまま包帯を巻いて固定する。これでひとまずOK。
処置を済ませたところでちょうど千束たちも無事が確認できたそうだ。
「こっちは無事だったよ、そっちはどう?」
「出血はしてたけど傷がそこまで深くなかったから大丈夫だよ。止血もできたし。 たきなさんは?」
千束が視線で誘導する方向には、保護対象の女性に泣きながら抱きつかれているたきながいた。よっぽど怖かったんだろう。あんな現場にいたら普通は怖いよね…無事でなにより。
「クリーナーは?」
「呼んであるよ。じきに来ると思う」
実は銃声が聞こえてからすぐに連絡を入れていた。うちの常連さんのところだしね。我らがら抜かりない。
僕だけが現場に残り、千束たちは保護対象を安全に送り届け、パジャマパーティーのために向かった。
しばらくしてクリーナーが来て、敵の5人とハイエースを回収して跡形が残らないように去っていった。いつもありがとうございます。
たきなさんが来てまだ1日目、まさに波乱の1日だった。
仲間が増えたことは嬉しいけど犯罪者を殺すことを厭わないDAと敵味方関係なく全員助けるリコリコではやり方が違う。すれ違うのは仕方ないと思う。
でも、たきなさんの合理的すぎるところは少しいただけないかな。今日はお泊まり会だから反省会は明日にしようか。
これから忙しくなりそうだ…
……みんなは僕が守らないと。
紫雲寺陽華プロフィール①
年齢:17歳 身長:170cm 体重:67kg (ほぼほぼ筋肉)
戦闘レベル:千束には劣るがDAの中ではトップクラス
容姿:青藤色のウルフカット、顔は中性的でタレ目(好みは結構別れるらしい)
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