ドワルゴンからジュラの大森林へ向かう道中。
川辺で野宿をすることになり、俺は夕食の準備をしていた。
今、一緒に行動しているのはリムル、ゴブ太、リグル、数名のゴブリンと、牙狼族から嵐狼族へ進化したランガ。
そして、カイジン、ガルム、ドルド、ミルドの四人のドワーフ。
いつの間にか、かなりの大所帯になっていた。
俺は川で釣った魚を塩焼きにしながら、隣ではオニオンスープを作っていた。
「うわぁ〜、美味そうな匂いですね〜!」
「美味いぜ〜。楽しみにしてな、ゴブ太」
「ケイ坊のキャンプ飯って、何気に初めて食うんだよな〜。楽しみだ」
「確かにな。道具を作った時くらいしか披露してないからな〜」
カイジンも、料理の匂いにつられて鍋を覗き込んでいる。
「確かに美味そうだな〜」
リムルも興味深そうに料理を眺めていた。
(うわぁ〜、只野さんのキャンプ飯! このスライムの身体じゃ味覚がないからな〜。味覚が欲しいぜ……)
「ケイゴさん、この料理は俺たちにも作れますか?」
リグルが興味深そうに尋ねてきた。
「出来るぜ〜。別に俺は料理人じゃないからな。レベルとしては簡単なもんだ。リグルも料理に興味があるのか?」
「はい。戦闘面では、リムル様のお役に立てないので……。せめて、他のところで見聞を広めたくて」
「リグル……そんな風に思ってたのか?」
リムルが少し驚いたように呟く。
「……なら、お前たちで良ければ簡単な護身術を教えるぜ」
「護身術?」
「魔物との戦闘じゃなくて、対人間用の訓練だ。多人数での連携方法や、警備に必要な最低限の知識なら、これから先も役に立つと思うぞ」
「お願いします!」
リグルが嬉しそうに頭を下げた。
「おう。じゃあ、その話は飯を食いながらだな。まずは飯にしようぜ」
「はい!」
それにしても――。
リムルと出会ってから、ずっと気になっていることがある。
こいつら、全員ネームド持ちなんだよな……。
この世界で魔物が名前を持つというのは、とんでもなく大変なことだ。
魔物に名前を与えるという行為は、名付ける側の魔素を大量に消費する。
相手の魔素量によっては、名前を与えた側が命を削ることすらある。
だからこそ、俺にはどうしても理解できなかった。
本来なら、そこまで強大な存在には見えないスライム。
そんなリムルに、これほど多くのゴブリンや牙狼族が忠誠を誓っている。
……いや。
もしかすると、逆なのか?
リムルが彼らに名前を与えたからこそ、今の関係が出来上がっているのではないか。
少し揺さぶってみるか。
「それにしても、ちょっと気になったんだけど……リグルとゴブ太たちは、名前の雰囲気が違うよな?」
「え?」
「名付けた奴が違うのか?」
「ああ、それはリムル様が、リグルのお兄さんに付けた名前をそのまま引き継いだんですよ〜。で、オイラやランガさんたちはリムルさんに名付けてもらったんです!」
「リムル一人で?」
おいおい。
一人の魔物に名前を付けるだけでも命懸けだと聞いたぞ?
「そうっすよ〜。村のゴブリン全員と、牙狼族の皆さん全員ですよ」
「……え?」
思わず言葉を失った。
おいおい……。
どれだけの魔素量を持ってるんだよ?
どう考えても、普通のスライムにできることじゃない。
それこそ――。
まさか……。
「大丈夫ですか? ケイゴさん?」
「悪い悪い……ちょっと考え事してただけだ」
試してみるか。
※思念伝達は(思念)と表記する。
「(思念)リムル、聞こえるか?」
「(思念)えっ!? 頭の中に大賢者さん以外の声が!?」
「(思念)これは思念伝達だ。少し二人きりで話したい」
「(思念)え!? いきなり!?」
「(思念)いい加減、腹の探り合いはやめようぜ」
「(思念)……分かった。みんなには危害を加えないなら」
「(思念)もちろんだ」
俺は焚き火に薪を追加した。
その際、あらかじめ用意しておいた眠り香の出る植物を、薪の中へ紛れ込ませる。
俺のユニークスキル『生還者』によって、烈火の炎はある程度自在に操ることができる。
俺は炎を操り、煙がなるべく仲間たちの方へ流れるように調整した。
この植物の厄介なところは、目に見える煙をほとんど出さないこと。
数分もしないうちに、周囲にいた者たちが次々と眠りに落ちていった。
「……え? みんな、こんなあっさり?」
リムルが驚いたように周囲を見渡す。
「西にある砂漠地帯に生えてる植物だ。速効性はあるが、効力は十分程度。身体に害が出ない程度しか使ってないから安心しろ」
「そうか……なら良かった」
「んじゃ、改めて聞こうか」
俺はリムルを見つめる。
「リムル……いや」
一度、息を吐く。
「お前は――三上悟か?」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
そして――。
「……ああ」
リムルの声が、少しだけ震えた。
「俺は三上悟ですよ、只野さん」
まさか。
四年ぶりに、異世界で再会することになるとはな。
しかも――。
よりによってスライムとは。
「はぁ〜……とりあえず、お互いの経緯を話すか」
「そうですね」
それから俺は、リムル――三上悟の話を聞いた。
三上悟は、今から一ヶ月ほど前。
会社の後輩が暴漢に襲われそうになったところを庇い、刺されて死亡したらしい。
その死の間際に考えていたことが、転生後のスキルや身体に影響したという。
そして、スライムに転生して最初に出会ったのが、封印されていた暴風竜ヴェルドラ。
そこで互いに友人となり、二人で名付けを行ったらしい。
恐らく、その時にリムルの魔力量が一気に跳ね上がったのだろう。
そしてヴェルドラの封印を解くため、リムルのスキル『暴食』でヴェルドラを自分の体内へ取り込んだ。
……つまり。
ヴェルドラの消失は、こいつが原因だったということだ。
そこから洞窟を抜けたリムルは、牙狼族に追い詰められていたゴブリンたちから助けを求められ、彼らを助けた。
その後、牙狼族のボスを倒し、残った牙狼族を配下に加えた。
そして――。
俺が一番驚いたのは、その後の話だった。
「名前がないと不便だろ?」
そんな軽い感覚で、彼ら全員に名前を付けたらしい。
……マジかよ。
さらに、集落の生活基盤を整えるためには技術力が必要だと考え、ドワルゴンへ向かって職人を探していた。
そして今に至る。
「……こんな感じなんだ」
「…………」
「……あれ? 只野さん?」
「お前なぁ……」
俺は額を押さえる。
「無知って、こぇーな……」
正直、リムルの正体を聞いたことを後悔している自分がいた。
こんなトラブル案件、一人じゃ手に負えない。
かといって、これをそのままヒナタに報告したら――。
『なら、そのスライムごと始末すればいいわ』
……一見すると合理的。
だが、超ゴリラ的パワー主義なヒナタが、武力行使に出ない保証はない。
むしろ、余計な被害を拡大させる可能性の方が高い。
正直に話すべきか。
それとも、もう少し様子を見るべきか。
想像の中のセリフとはいえ――。
ヒナタが、この話を聞いて大人しく話し合いを選ぶビジョンがまったく浮かばない。
「悪い。一服させてくれ……」
とりあえず、懐に入れていたタバコを取り出し、火を点ける。
煙をゆっくり吐き出した。
少しでも頭を冷やすためだ。
「こっちの世界でも喫煙してるんですね」
「俺は、太く短い人生をモットーにしてるからな」
「相変わらず豪快ですね……只野さんは」
「お前こそ、随分と変わった姿になったな」
「それを言われると何も言えませんね……」
少しだけ笑った後、リムルが尋ねてくる。
「只野さんは、こっちの世界でどんな風に過ごしてきたんですか?」
「そうだな……時間もないし、サクッと話すか」
俺も、自分がこの世界で過ごしてきた四年間について話した。
異世界へ転生したこと。
上位精霊との契約の為の遠征に参加。
そして、神殿騎士団に所属することになったこと。
それから四年間、騎士団の遠征や料理番として過ごしてきたこと。
話し終える頃には、タバコの火もすっかり消えていた。
「さて、とりあえず――」
俺は立ち上がる。
「リグル達には、警備のイロハや料理を叩き込む。主に野営飯中心だな」
「料理まで?」
「生き残るためには食事も大事だ。ついでに、簡単な護身術や集団行動も教える」
「分かりました」
「そこから俺は、一旦ルベリオスに戻る」
「大丈夫なんですか? 魔物の俺たちと交流していることを話すのは……」
「馬鹿正直に全部話すつもりはない」
俺は少し考えてから答える。
「とりあえず『経過観察が必要な存在だった』と報告して、時間を稼ぐ」
「時間を……?」
「お前は、その間に周辺国からの信用を勝ち取れ」
「信用……ですか?」
「ああ」
俺はリムルを真っ直ぐ見る。
「お前が何者なのかは分かった。でもな、周りから見れば『正体不明の魔物が、ヴェルドラ消失と同時期にジュラの大森林で勢力を広げている』んだぞ」
「…………」
「疑われるのは当然だ」
「……確かに」
「だからこそ、力を見せつけるんじゃなくて、先に信用を積め。助けた相手には恩を返す。約束は守る。交易をする。そうやって『こいつらは敵じゃない』って思わせるんだ」
「なるほど……」
「ヴェルドラの封印が解けている以上、遅かれ早かれ、どこかの国がこの森に乗り込んでくるだろう」
俺は周囲を見渡す。
「それまでに、俺の方でも知り合いのいる周辺国に話をして、少しでも時間を稼いでみる」
「……分かりました」
「それと――」
俺は少し笑う。
「ここでは俺に対する敬語はよせ」
「え?」
「ここは日本じゃない。ケイゴって呼び捨てでもいいし、ケイさんでもいい」
「えぇぇ……急ですね」
「それと、お前の領土が安定するまでは、転生前の関係は隠した方がいいだろ」
「どうして?」
「魔物は実力主義なんだろ?」
「まあ……そうですね」
「元人間だと知られたら、舐めてかかる奴もいるかもしれない。身内だって、元人間というだけで信頼できなくなって、裏切る奴が出ないとも限らない」
「え? でも、大丈夫だと思いますけど……」
「根拠のない自信ほど信用できねぇーよ」
俺は苦笑する。
悪いが、俺はお前ほど楽観できるほど、他人を信用していない。
基本的には性悪説だからな、俺は。
「まぁ――」
俺はリムルの頭を軽く叩く。
「お前なら、数年で何とかするだろ」
「随分と他人事ですね……」
「他人事じゃねぇよ。俺ももう巻き込まれてるからな」
「……ですよね」
「それに――」
「?」
「昔からお前、妙に人に好かれる奴だったからな」
「……それ、褒めてます?」
「半分くらいはな」
こうして――。
四年ぶりに再会した、元同僚の俺と元会社員の三上悟。
そして今は、神殿騎士とスライム。
奇妙な二人の関係が、再び始まった。