数時間後――ヒナタ執務室。
俺は戦闘の後にルベリオスへ戻り、ヒナタに改めてジュラの大森林について詳細な報告をした。
端的に話すと、ヴェルドラの消失により、ジュラの大森林では魔物たちのパワーバランスが変わり始めていること。
それと、これはリグルから聞いた話だが、魔王の配下による名付けが行われていること。
そして、ネームド持ちのスライムであるリムルがゴブリンの主として集落を統治しているが、今のところ、人に危害を加える気はないことを伝えた。
勿論、リムルの正体については伏せている。
と言うか、言っても信じてくれないだろうから……。
「ヴェルドラの消失……そして、ジュラの大森林の魔物にネームド持ちが増えている……」
「少なくとも、今すぐこちらが動くべきではないな。東の帝国への防波堤にもなるし、魔物同士が互いに牽制しているところに手を出すと、四方から囲まれる」
「……そうね」
「団長、俺らはモンスターハンターでも、騎士団員全員が勇者でもないんで。そのことは理解して欲しい」
「私が何か不服そうに見えたのかしら?」
そう言いながら、不服そうな顔をしていた。
ヒナタから見たら、リムルを含むジュラの魔物全員を今の段階で討伐した方が、人類側が安寧すると考えている気がするが……。
「俺には、今すぐにでもジュラの大森林の魔物を討伐したいと見えたけど?」
「否定はしないわ」
「少なくとも、この前の長期遠征から戻って間もないのに、また遠征させる気ですか?」
「私たちは市民を守るための存在よ……脅威の可能性があるなら」
「本当にそう思ってるんですか?」
「何が言いたいのかしら?」
「俺には、“見たくない現実”から逃げるために必死になっているようにしか見えない」
「!?」
その一言がヒナタのトリガーになったのか、机を強く叩いて立ち上がった。
4年ほど共に行動しているが、ここまで取り乱すとは……。
シズさんのメッセージに関係ありそうだな……。
「実は団長に、もう一つ大事な報告がある……“これ”を見てくれ」
俺はスマホを取り出し、シズさんの動画の再生ボタンを押してヒナタに見せた。
『えっと……ヒナタ、久しぶり』
画面に映るシズさんを見て、ヒナタは驚いて声も出なかった。
『実は、ブルムンド王国でケイゴさんと偶然会ってね。貴女の話で盛り上がってね』
「……」
「とりあえず、俺を睨まずに動画の続きを見てね」
何、余計なこと言ってないわよね?――ってみたいな顔で睨むの、やめてね。
『貴女がこの世界に来て、私の元を1ヶ月で別れた後は、風の噂で活躍は聞いてはいたけど、私には不安を隠すために必死になっているようにも見えたの』
「……それは」
シズさんの話を聞いて、俺も思い当たる節はあった。
『勿論、私が感じたことで、実際は違うかもしれないし、正面から聞いてもヒナタは素直に話してくれるとは……うん、想像できないね』
「そんなことは……」
「まぁ、口下手なのは確かですよ」
「貴方ね……」
「さぁ、動画の続きを」
本人は納得していないようで不貞腐れているが、不機嫌な時はそんな風に分かりやすい。
だが、それ以外だと基本は何を考えているのか分からない。
飯の時ぐらいだろ?
素直に表情が出るのは?
『でも、ヒナタの普段の様子をケイゴさんから聞いて安心しました。
周囲にヒナタのことを気にかける人が大勢いて、楽しく過ごしていることを知って嬉しかったよ』
「貴方、何を話したの?」
「え? ありのままですよ」
「……」
その顔は、少なくとも多少は悪いと思っているみたいだな。
『ヒナタは強いから、周囲から頼られることが多くて、逆に頼ることができないかもしれないけど……それでも、もっと周りの人に甘えて良いんだからね』
この時の撮影でも思ったが、シズさんからヒナタに会いたいとは一言も言っていない。
映像を見るヒナタの様子を見ても、怨恨を残すような別れ方をしたようには見えない。
シズさんからは、母親が子供を心配するような姿にさえ見える。
俺は、聖騎士団たちにヒナタを支えて欲しい……。
そんな願いにも見える。
『それじゃ、最後に貴女の活躍をこれからも陰ながら応援してるからね。素敵な歌も楽しみにしてるから。バイバイ、ヒナタ』
「……シズさん」
動画を見終えたヒナタは、どこか寂しそうな顔をしていた。
「ねぇ、シズさん、私の歌を聞いたの?」
「話の流れでね……素敵な歌声って褒めてたよ」
できたら一度、目の前で聞かせたいよな。
ヒナタの歌声を……。
「まさかと思うけど……このスマホに記録して、見せたのかしら?」
「あ!」
俺がスマホを操作すると、4年前のクリスマス会の映像が流れ始めていた。
部屋にはクリスマスの曲が流れ、その音が静かに響いて……そして――
ヒナタから、とてつもない殺気が!?
「それじゃ、俺はこれで失礼しますね……ごべら!」
「フン!!」
俺はすぐさま扉から出ようとしたが……。
俺の鳩尾に綺麗なボディーブローを放つヒナタになす術もなく、扉を吹き飛ばし……窓ガラスを割り……目の前にある噴水へ、ホールインワンするかのように落下した。
――一方。
ルベリオス・礼拝堂。
ルベリオスの奥地にある礼拝堂。
枢機卿ですら入らない秘密の部屋には、銀髪の美女が黒いマントを羽織った男と話していた。
「ロイ、お前は“あの男”とは直接手合わせはしていないのだな」
「はい。ルミナス様の仰る通り、この4年間、奴とは直接的な接触が無かったので」
「そうか。あやつの力量を見てみたいのじゃ。不毛の大地で調査をするとヒナタから聞いておる。実力を見てくるが良い」
「ルミナス様、あのような中年に何故関心を?」
「ヒナタと同じ異世界人。確かな実力なら、こちらの戦力として数えられる……あの邪龍がいなくなったことで、他の魔王たちが動きを見せている」
「なるほど、わかりました。ルミナス様に代わり、魔王ロイ・ヴァレンタインがケイゴ・タダノの実力を見極めて参ります」
ロイの姿が消え、ソファに座ってワインを飲み始めたルミナスは、水晶に映る光景を見ていた。
鼻水を垂らしながら逃げるケイゴに、殺気全開のヒナタが追いかける。
その姿に周囲が笑っていた。
「あやつが来てから、ここも賑やかになった。ヒナタの歌声と、ドレスを着せたクリスマス会のアイディアはなかなかの物だ」
このクリスマス会の提案をケイゴがヒナタにしていた時、実はルミナスはメイドとして近くにいて、ヒナタに思念伝達で提案を受け入れるように指示を出していた。
それ以来、ケイゴが出す娯楽の提案は、ほぼ二つ返事で承認するほど認められていた。
「それ故に、何故あやつのことが話に無かったのだ……もしかすると、聞いた未来と変わり始めているのか?」
ルミナスは、広間の奥にそびえ立つ巨大な水晶に閉じ込められた女性を眺めていた。
――そして、その頃ジュラの大森林では。
「初めまして、僕は悪いスライムじゃないよ!」
森でモンスターに襲われた冒険者を助けたスライムのリムルは、冒険者に敵対心がないことをアピールするために、某ゲームの小ネタを披露し――。
「ふふふ……本当にいたんだ」
そのことを聞いていたシズは、思わず笑ってしまった。
それぞれの立場が、動き始めていた。