ケイゴがドワルゴンへ移動している頃、ルベリオスでは、
「それでは、ジュラの大森林で起きた『暴風竜ヴェルドラの消失』について、会議を始めるわ」
会議室には、聖騎士団の副団長レナードを始め、アルノー、バッカス、ギャルド、フリッツ、リティスの五名。
そして、法皇直属近衛師団に所属する三武仙――サーレ、グレンダ、グレゴリー。
さらに、両陣営の頂点に立つヒナタ。
この十人こそが、世間で『十大聖人』と呼ばれている者達だった。
「それでは、聖騎士団で集めた情報を私から説明します」
「お願いするわ、レナード」
レナードは、集めた情報を淡々と報告していく。
ドワルゴンや西方諸国でも調査を進めているものの、ヴェルドラが消失した経緯については、未だに不明。
また、ジュラの大森林に近い東の帝国からの侵入も、今のところ確認されていない。
「以上になります」
「ありがとう。サーレ、そちらは?」
「こっちも同じようなもんだよ」
サーレと呼ばれた銀髪の少年は、見た目こそ幼い。
しかし、彼はエルフの長命種であり、実年齢は見た目とはかけ離れている。
ヒナタがルベリオスへ来る以前は、法皇直属近衛師団のトップを務めていた人物でもある。
そのため、ヒナタが自分より上の立場にいることを、未だ完全には認めきれていない部分があった。
「なるほど。では、ヴェルドラの消失によってジュラの大森林周辺の魔物が活発化している以上、各人には引き続き、周辺地域への対処をお願いするわ」
「何だよ。わざわざ全員集めて会議までしたのに、それで終わりかよ〜」
悪態をついたのは、ガタイの良い大男――グレゴリー。
彼はサーレを慕う、数少ないメンバーの一人であり、彼自身もまた、ヒナタが上司であることに納得しきれていない一人だった。
「アタイは、アンタらのところで世話になってる例の異世界おじさんの話だと思ったけどね」
続いて口を開いたのはグレンダ。
主に諜報活動を担当している女性だが、彼女については謎が多い。
「……何が言いたいのですか?」
「何って、そのおじさんが入ってもう四年になるんだろ? なのに、これといった活躍を聞かないからね〜」
「ふん。男の癖に戦場に立たず、下働きを頑張るとは理解できないな」
「随分な言い分だな?」
ギャルドがグレゴリーを睨みつける。
「ケイゴが来てから、神殿騎士団の継続率がどれほど伸びたか知ってるのか?」
「そうっすよ! 彼が遠征中に作ってくれる食事や、そのために用意した道具で、どれだけ環境が改善されたと思ってるんすか!」
フリッツも続けて反論する。
「それに、彼はタンクとしても大きく貢献しています。怪我で動けなくなった騎士団員を、彼がどれだけ助けてきたと思っているんですか!」
リティスも声を上げた。
グレゴリーとグレンダの発言が、明らかにケイゴへの挑発だと感じたからだ。
入隊前から一ヶ月近く一緒に遠征したギャルド、フリッツ、リティスの三人は、ケイゴが入隊してからも何度となく共に遠征をしてきた。
ギャルドにとってケイゴは、良い訓練相手であり、気さくに付き合える友人。
フリッツにとっては、最初こそ何かとおちょくられていたものの、今では悪友兼兄貴分として尊敬する存在。
そしてリティスにとっては、この中でもっとも関わりの深い人物だった。
慣れない隊長業務の中で、ケイゴにどれだけ支えられてきたかは計り知れない。
だからこそ――。
友人を軽んじるような発言を、黙って聞いていることなどできなかった。
「待て!」
サーレが三人を制止する。
「彼の道具や遠征中の食事についての貢献が大きいことは、俺も承知している。だが……彼も騎士を名乗る以上、それに見合う成果がないのなら、文句を言いたくなる気持ちも理解してほしい」
サーレは表面的には仲裁している。
しかし、その言葉の端々からは、ケイゴという存在そのものに対する懐疑心を隠しきれていなかった。
その態度に、聖騎士側の苛立ちはさらに強くなる。
「つまり――」
ヒナタが口を挟む。
「彼が騎士として、それに見合う成果を上げれば納得するということね?」
「……そうだよ」
サーレは渋々ながら答えた。
「なら、彼に関してはドワルゴンから帰還した後、別任務を与えて実力を試させるわ」
ヒナタは淡々と告げる。
「そろそろ、実力的にもこちら側のテーブルに着けると思うから」
「はぁ!? まさか、聖騎士の隊長格に?」
ギャルドが驚きの声を上げる。
「普段の彼の実力は、Bランク相当といったところね」
「……普段は、って何だよ?」
グレゴリーが眉をひそめる。
ヒナタはその反応を見て、少しだけ口元を緩めた。
「彼のスキルが最大限に発揮された場合――恐らく、Sランク相当ね」
「Sランクだって!?」
グレゴリーが目を見開く。
「そんな、都合よくパワーアップするスキルがあるわけないだろ?」
「そうね。私や貴方のようなタイプには、使いこなせないスキルよ」
「ヒナタ様……それは以前から仰っていた――」
レナードが何かに気付いたように呟く。
ヒナタは魔法水晶へ視線を落とし、静かに口を開いた。
「彼のユニークスキル――『
「……生還者?」
「ええ。簡単に言えば――」
ヒナタはそこで一度言葉を切る。
「火事場の馬鹿力を、極限まで引き出すようなスキルよ」
そんな会議が進められている頃、ドワルゴンへ無事に到着したケイゴは、ドランと世間話をしながら立ち飲み屋に来ていた。
「何だ、この寒気は……」
「何だ、風邪か?」
「いや〜、何か噂的なとか、嫌な予感的なヤツだよ」
「カカカ〜。ケイ坊は人気者だからな〜」
「人気者ねぇ〜。ハーレムなら大歓迎だよ」
「何だい。四年も騎士団にいるんだから、一人や二人いねぇーのか?」
ドランは小指を立てて、恋人がいないのかと強調してきた。
「確かに、べっぴんさんやいい子はいるが〜。四十前のおっさんと付き合うには勿体ないっていうか……」
思い浮かぶのは、リティスちゃんやエレン。
後は美人であるヒナタでもあるが、初見のトラウマから、異性以前の問題で無理だわ。
「恋愛に年の差なんて関係ねぇーだろ?」
「その毛むくじゃらの図体で、恋愛のイロハとか言うなよ?」
「チッチッチ。世の中には、こういうワイルド系が好きな女子もいるんだぜ〜」
「ワイルド? ビーストウォーズの間違いだろ?」
「何じゃい、ビーストウォーズって?」
「いや、こっちの話だ。ところでよ、ヴェルドラの消失後に、何かドワルゴンの街は変わったのか?」
「ん? 急に話を変えてきたな?」
「指令だからな。森には後で行くけど、周辺国の様子は住民に聞くのが一番だからな」
「大変だな〜、ケイ坊も」
「……そうだな〜。武具の製作が急に増えたらしい」
「急に? その言い方だと、街に来る冒険者じゃなくて……」
「そう。王国からって聞いたぜ〜。俺の兄貴分のカイジンが、無茶な注文を受けてるみたいだ」
「戦争でもするのか?」
「何でも、ジュラの大森林では魔物が活発化していて、その進行を阻止するためって聞いたぜ」
「魔物か……」
確かにジュラの大森林は魔素が濃いため、多くの魔物が住んでいて、人が近づけない場所だった。
しかし、ヴェルドラの加護を失ったことで、弱い魔物が森から離れ、人里に降りている。
現に騎士団も、その周辺の警護で忙しいからな……。
「大変だ! 採掘場にアーマサウルスが大量発生だ!」
「騎士団はどうした!?」
「戦争の準備で……」
何かトラブル発生みたいだ。
「ドラン、案内と交渉を手伝えるか?」
「いいのか? アンタが出しゃばると、色々面倒では?」
「心配するな。いつものことだよ」
「へっ、だからケイ坊は人気なんだよ」
「何だよ、こんな時に色恋の話をするのかよ?」
「カカカ〜、ちげぇーよ。着いてこいよ、ケイ坊!」
「誰に言ってんだよ、この酔っ払いが!」
鉱山に向かうと、入り口付近では大勢のドワーフが怪我をして倒れていて、そのうちの一人が回復薬を怪我人に飲ませていた。
そのドワーフに、ドランが近づく。
「おい、カイドウ!」
「ドラン!? 何してるんだ?」
「何って、ケイ坊を連れてきたんだよ〜。鉱山にいるアーマサウルス退治を手伝ってもらおうと思ってよ」
「本当か! いいのかい、アンタ? 確かルベリオスだから……」
「悪いが、今の俺は休暇中なので、ここでは仕事をしてない。酔って迷子になって、アンタに助けられた――“それだけ”だ」
「全く、饒舌な酔っ払いだな〜。助かるぜ〜。俺が案内するから、頼むぜ!」
そう、この調査で俺が休暇を取った最大の理由は、こういうトラブルの時、業務中だと政治的な立場のせいで面倒なことになるが、休暇先でのトラブルなら、後でもみ消せる。
そのための休暇だ。
……悲しくなる、警察官時代の古い知恵だ。
カイドウの案内で坑道内を進んでいく。
奥へ進むまでに、アーマサウルスを数匹、烈火を纏わせて鞭へと変化させた十手で、次々と切り裂いていった。
「あんた、本当に神殿騎士団なのか? どう見ても聖騎士団レベルだろ?」
「こんな胡散臭い面した聖騎士がいると思うか?」
「寧ろ、ドワーフに近いな!」
「ダハハ、ちげぇーね!」
「どういう意味だよ、それは」
軽口を叩きながら坑道の奥へ進むと、三人のドワーフが数匹のアーマサウルスに囲まれていた。
「見つけたぜ! ガルム、ドルド、ミルドだ!」
「三人とも、怪我はしてねぇーか!」
「カイドウ! ドランに……誰だ?」
「話は後だ! ケイ坊、頼むぜ!」
「任せな」
「ギャアアアア!」
数匹のアーマサウルスが一斉に襲いかかってきた。
普通なら、この数を相手にするのは厄介な状況だ。
だが――。
「……来たか」
その瞬間、俺の身体の奥で何かが弾けた。
心臓が大きく鼓動し、全身の感覚が一気に研ぎ澄まされていく。
視界が妙に広くなり、襲いかかってくるアーマサウルスの動きすら、先ほどよりもゆっくりに感じられた。
これが、俺のユニークスキル――『
このスキルは、俺が「このままでは死ぬ」と判断した瞬間、眠っていた生存本能を極限まで引き出す。
危険が大きければ大きいほど、身体能力、魔力、反応速度……あらゆる戦闘能力が跳ね上がっていく。
つまり――。
「死にそうになればなるほど、俺は強くなるってわけだ」
自分でも、とんでもないスキルだと思う。
もっとも――。
「出来れば、こんなスキル使わずに済む人生が良かったんだけどな」
そう呟きながら、俺は十手を構えた。
「面倒だ。一撃で終わらせる!! デカい団扇になりなぁ!!」
十手に烈火の炎が一気に集まり、巨大な団扇のような形へと変化していく。
数匹のアーマサウルスを、まとめて覆い尽くすほどの大きさだ。
「潰れな!!」
バコォォォーン!!
巨大な炎の団扇が振り下ろされる。
先ほどまでいたアーマサウルスは、一瞬で烈火によって作り出された団扇に押し潰され、干物のような姿になっていた。
「あっ、坑道内で火力出し過ぎたな」
『あっ……』
ドワーフの面々は俺の戦闘に驚いていたが、俺は周囲を確かめていた。
「おい、三人とも怪我は?」
「おぉ、カイドウ! それが、ドルドが腕を怪我して……」
「ウンウン〜」
「こいつは……」
ドルドの腕は、既に千切れかけていた。
このままでは助からない。
「とにかく、回復薬を!」
カイドウが回復薬をドルドの腕にかけると――。
「なぁ!? 腕が……」
「馬鹿な……傷が完全に塞がってるだと!?」
ありえない。
この世界に来て四年間いるが、ただの回復薬――ローポーションでは無理だ。
ハイポーションなんて、国のトップクラスでも手に入れることが難しいはずなのに……。
ドワルゴンには、それほどの技術があるのか?
「カイドウ、どうしたんだ? この回復薬は?」
「まぁ、そのことは後で話すぜ」
「……」
「どうした、ケイ坊?」
「いや、何でもない……。とりあえず坑道を出るか」
その後、俺達は無事に坑道を脱出した。
念のため、坑道内にアーマサウルスの残党がいないか調査を終えた頃には、翌日の朝になっていた。
俺はホテルでシャワーを浴び、そのまま眠っていた。
「おい、ケイ坊。起きてるか?」
「ん? ドランか? どうした?」
「何、昨日のお礼に、ドワーフの仲間がケイ坊をエルフのお姉ちゃんの店に連れていきたいんだってよ」
「何!? エルフだと!?」
先ほどまで徹夜明けでテンションが下がっていたが、あのエルフの店に連れていってくれると聞いて、元気百倍――モッコリマン!! となり、すぐにヒゲを剃って髪を整え、小綺麗なジャケット姿で登場した。
「さぁ〜、サタデーナイトフィーバーだ」
「切り替え早ぇーな、ケイ坊は」
俺は夜の蝶のもとへ向かうため、浮き足立っていた。
そして――。
「エルフ!」
ここにもう一人、同じようにエルフに会うことを楽しみにしているスライムがいる。