「いや〜夜の店……最高の響きだよな」
俺はドランに連れられて、エルフのお姉さんたちが営む『夜の蝶』へ足を運んでいた。
もちろん、手土産も忘れていない。
「まさか、わざわざ手土産と花まで買うとはな〜」
「分かってないな〜。こういう時に、ちょっとしたサービスが大事なんだぜ」
そして店に着くと――。
『いらっしゃいませ〜』
「おぉ〜……桃源郷だ」
右を見ても左を見ても美女ばかり。
しかも全員エルフ。
ここに来ると、俺は異世界に来たんだと改めて実感する。
「あら〜、ケイさん! お久しぶりです!」
「ママさん、お久しぶりです。これ、花とお土産です。お店の子たち皆でどうぞ」
ママさんに花束と、お菓子の詰め合わせを渡す。
すると、俺の前に三人のエルフの女性が近づいてきた。
「ケイさん、お久しぶりです! 全然来てくれないじゃないですか!!」
「ソフィアさん、ごめんね〜。色々と立て込んでいてさ」
「まぁまぁ〜、こうやって来てくれたんですから。ねぇ、ケイさん?」
「ありがとうな、フィーネ」
「でも、寂しかったですよ」
「今日はとことん楽しもうよ、カーラ」
そう。
四年前に森で助けた三人のエルフは、この店で働いていた。
神殿騎士団に配属されてからも、年に数回はここに来ている。
とはいえ、そう頻繁に来られるわけでもない。
時間的にも、金銭的にも……な。
「あれ、アイツらはまだ来てないみてぇーだな」
「そうなのか? どうしようか。先に始めるのも悪いしな」
そう思っていた、その時だった。
俺たちの背後で、店の扉が開いた。
「おぉ〜、待たせたな。ドラン!」
「おぉ〜、カイジンの兄貴! それにガルム、ドルド、ミルド!」
どうやらドワーフの面々が到着したらしい。
そして俺は、彼らの足元にいた存在を見て――。
「スライム!?」
その瞬間。
俺の脳裏に、東京で交番勤務をしていた頃に知り合った男の姿が映し出された。
三上悟。
『……何だ、今の?』
一瞬だけ、胸の奥に妙な違和感が走った。
「カイジンさん、この人が坑道内で俺たちをアーマサウルスから助けてくれた恩人なんですよ!」
「そうだぜ。それに、何より四年前に俺たちを助け出してくれたのも、このケイさんこと、ケイゴ・タダノだ!」
「ケイゴ・タダノ……只野圭吾!?」
「どうした、リムルのダンナ?」
「いや、何でもない。
(やっぱり……只野さんだ。まさか、こっちの世界に来てたとは……)」
リムルと呼ばれたスライムは、俺の名前を聞いた瞬間、明らかに動揺していた。
「そしてケイゴさん。このスライムが、あの回復薬を作ってくれたんですよ」
「このスライム……えっと、リムルでいいのか?」
(何で今、悟の姿が見えたんだ?)
「ああ、リムルでいいよ」
(うわぁ……また会えた……。でも、俺が三上悟だって言っても信じないよな。スライムだし……)
互いに妙な違和感を覚えながらも、俺たちはカイジンたちの心意気で祝杯を上げることになった。
話を聞くと、カイジンたち鍛冶師は、国の大臣であるベスターから、一週間で魔鉱石製のロングソードを二十本作れという、とんでもない無茶振りを受けていたらしい。
それをリムルが、カイジンの作った一振りのロングソードを丸ごと飲み込むことで、体内にある魔鉱石を利用してロングソードをコピー生産できるようにしたらしい。
そんな話をしていたのだが――。
「リムルさん、触り心地最高〜!」
「次、私〜!」
「えへへへ〜。仕方ないな〜」
何でだろうな……。
さっき見えた悟の姿と、このスライムが重なってしまったせいか、妙に腹が立ってくる。
アイツ、向こうにいた頃は俺がアニメのコンカフェに連れて行った時なんて、モジモジしてろくに話もできなかったくせに。
そのくせアニメやゲームの話になると、急に饒舌になって俺をドン引きさせた。
それが今じゃ――。
あのマスコットみたいなスライムというだけで、美女たちに囲まれている。
……何だ、この差は。
しかし、人間が魔物に転生するなんて聞いたことがない。
にわかには信じがたい話だ。
……試しに、少し揺さぶってみるか。
「いや〜、しかしエルフの皆さんは魅力的ですね。異世界であれど、エルフは最高だな〜」
「へぇ〜。ケイ坊の世界にもエルフはいるのか?」
「残念ながら、俺たちの世界ではおとぎ話の存在で、現実にはいないとされてたんだ。
……まあ、異世界転生や召喚なんてものが実際にあると知った今なら、向こうの世界に渡ったエルフが実在していてもおかしくないと思ってるけどな」
「へぇ〜、そうなんですね。ちなみに、有名なエルフの名前ってあります?」
「そうそう。もしかしたら、私たちの知り合いかもしれないし」
「なるほど……。
有名なのは、『指輪物語』の男性エルフの弓使い、レゴラスだな」
「知らないね〜。他には?」
「他は……名前が長かったんだけど……確か、リード……」
「ディードリット!」
俺は昔、悟が勧めてきた『ロードス島戦記』に登場するディードリットの名前を、わざと間違えているふりをして口にした。
この流れは、向こうにいた頃にも何度かあった。
何でも、ディードリットはアイツにとって初めての推しキャラだったらしい。
手先が不器用だからと、俺にディードリットのガレージキットのフィギュア制作と塗装まで頼んできたこともあった。
……マジでドン引きしたわ。
ちなみに余談だが、俺は『ロードス島戦記』ではダークエルフのピロテース派だ。
「そうそう、ディードリットだ」
「その子も知らないね〜」
「そっか。残念だ〜。
……でも、リムルはよく知ってたな〜」
「えぇ!?」
リムルの身体がビクッと跳ねる。
「いや〜……何と言うか、インスピレーション的に浮かんできたというか……」
(あれ? これ……俺、揺さぶられた!?)
「へぇ〜……」
俺はリムルをじっと見つめる。
リムルもまた、こちらをじっと見返していた。
……何だろうな。
お互いに、何かがおかしい。
そんな妙な空気が、俺たちの間に流れ始めていた。
「ねぇねぇ、スライムさん。“コレ”してみない?」
すると今度は、占いが得意なカミラがリムルに話しかけてきた。
何の話をしているのか聞こうとした、その時――。
頭の中に、思念伝達が届いた。
「悪い、ちょっとトイレ借りる」
「ケイゴさん、お店の奥ね〜」
「ありがとう、ママさん」
俺はそのまま店の奥にあるトイレへ向かった。
中に入り、周囲に人がいないことを確認してから、思念伝達に応答する。
「こちらケイゴ。応答どうぞ」
「あら、随分遅かったわね。楽しんでいたのかしら?」
思念伝達の相手は、ヒナタだった。
何でも、ある程度魔力の高い者同士なら、思念伝達を使って会話ができるらしい。
便利な能力ではあるんだが……。
……頼むから、こういうプライベートなタイミングでは掛けてこないでほしい。
「聞き込みの途中だったんですよ。ジュラの森の噂話を聞いていたところで」
「あら、そう。それは悪かったわね」
……嘘つけ。
全然、悪びれてないだろ。
「ドワルゴン国内でも、ヴェルドラの消失についての詳細は分かっていません。ただ、ジュラの大森林に生息する魔物の活発化により、近頃は軍事力の強化を進めているらしいです」
リムルについて話すかどうか、一瞬迷った。
だが、まだ不透明なことが多い。
もう少し情報を集めてから報告した方がいいだろう。
俺の想像通りなら――。
リムルという存在は、西方諸国にとって大きな転機をもたらす存在になりかねない。
「そう。どこもジュラの大森林の魔物の活発化への対処で精一杯なのね」
「それと、まだ噂の段階ですが……魔物の中でも進化した個体が急激に増えているという話があります。
それから、ゴブリンと牙狼族が一緒に行動しているところを見たという情報もある。
明日以降、森の調査に入って確認します」
「ゴブリンと牙狼族が?」
ヒナタの声が少しだけ変わった。
「……もしかして、魔王が?」
「噂の段階だから判断はつかない。
ただ、その可能性も頭に入れておいた方がいいかもしれないな」
「分かったわ。何か進展があったら教えてちょうだい」
「了解」
その時――。
コンコン!
トイレの扉がノックされた。
「すみません。人が来たので」
「ええ、分かったわ」
思念伝達を切り、俺はトイレから出た。
すると、そこにはソフィアさんが慌てた表情で立っていた。
「どうしたんだい?」
「大変よ、ケイゴさん!」
「何があった?」
「カイジンさんが大臣を殴って、リムルさんたちが捕まったのよ!」
「何だって!?」
慌てて店内へ戻る。
すると、カイドウがリムルとドワーフたちに手錠を掛けていた。
「これは一体……」
「あっ、ケイゴさん。アンタも来てたのかい?」
「えぇ……」
「カイドウ、ケイゴは騒ぎの時、トイレにいたんだ。彼は関係ねぇ!」
「兄貴……本当なのか?」
「あぁ。それより、何があったんだ?」
「兄貴が、大臣であるベスターさんを殴り飛ばしたんだよ」
「けっ! 俺の客人であるリムルのダンナを馬鹿にしたのが許せなかったんだ」
なるほど。
大体の事情は読めた。
どうせベスターがリムルかカイジンたちを侮辱したんだろう。
「ケイ坊は、この件には関係ねぇんだ」
「ママさん、本当かい?」
「えぇ、間違いありません。ケイゴさんがトイレに入った後に、ベスターさんが来店しましたから」
「そうですか……」
俺は少し考えた。
そして、カイジンたちに声を掛ける。
「カイジンさん。俺がアンタたちの弁護人になろうか?」
「いや、あんたは手を出さないでくれ」
カイジンは首を横に振った。
「ここでアンタが表立って動く方が、こっちとしても申し訳ねぇ」
「……そうか」
確かに、俺がルベリオスの神殿騎士団所属だと知られれば、ドワルゴン側としても余計な政治問題になりかねない。
「分かった。無茶はするなよ」
「ああ。ありがとよ、ケイ坊」
その後、カイジンたちが連行されるのを見届けた。
俺は店の女の子たちに飲み代と、少しばかりの気持ちを置いて店を後にした。
そして、街の端まで歩く。
周囲から人の気配がなくなったところで、俺は足を止めた。
「ドワルゴンの諜報員……いるんだろ?」
当然、返事はない。
「……姿を見せろ、なんて言っても出てこないよな」
少し間を置いて、俺は続けた。
「とりあえず、お願いがある。
彼らの裁判が、できるだけ穏便に済むようにしてくれ」
恐らく、これから裁判になる。
だが、大臣が相手となれば、カイジンたちが不利な立場に置かれることは目に見えている。
なら――。
こちらは大臣よりも、さらに上の立場にいる人物へ交渉するしかない。
「報酬としては……この四年間、ドランを通して色々な道具のアイデアを提供してきた。
ドワルゴンにも、それなりに貢献してきたつもりだ。
少しくらい、その感謝を返してもらってもいいだろ?」
しばらく待っても、何の返答もない。
「……まぁ、無理なら無理で――」
その瞬間。
頭上から、チャリンッと音を立てて何かが落ちてきた。
「ん?」
足元を見る。
そこには、一枚の金貨が転がっていた。
「……これ、交渉成立ってことでいいのかな?」
返事はない。
だが――。
俺には、それで十分だった。
そして翌日。
裁判の結果、カイジンたちは国外追放処分となった。
死刑を免れたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
どうやらカイジンたち四人は、リムルがいる森へ移り住むことになったらしい。
俺もドランたちの生活の場を見ておきたいという名目で、リムルたちについていくことにした。
もちろん、俺自身にもこの周辺を調査するという任務がある。
「悪いな、リムル。
知り合いがこれから住む場所だし、こっちもこの辺りの調査をする依頼があるから、少し見させてもらうぜ」
「ああ、いいよ」
リムルはそう答えながら、心の中では別のことを考えていた。
(うーん……只野さんに、正体をバラした方がいいのかな……)
そして――。
俺たちは、リムルたちが暮らしているゴブリンの集落へ向かう。
ジュラの大森林で始まった、奇妙な共同生活。
そこには――。
俺がこの世界に来てから、再び出会うとは思ってもいなかった“昔の知り合い”がいた。
そして俺は、まだ知らない。
この小さなゴブリンの集落が――。
やがて世界を大きく変える存在へと成長していくことを。