松下千秋の余裕 作:中森藤之
なにかにつけて配慮を求められる時代。
中学校の途中まではとても退屈だった。
他人と衝突しないように、不要なトラブルを起こさないように、なるべく目立たないように。そんなことばかり考えながら、両親が望む最低限の結果は出し続ける。習い事、勉強、それなりにやってそれなりの成績を残して、やりすぎないように注意する。
出る杭は打たれる。私は中学校に入る以前には既に、そのことを知っていた。
全力で努力しても天才には敵わないって思ってたから、突き抜けることは早い段階で諦めた。
グレるという選択肢はなかった。毎日が退屈に感じることも多かったけど、真面目には生活してたよ。
そこそこ裕福な家庭で育ち、与えてもらったものは沢山あったから、私ができる範囲で返していこうと思ってた。
でも、たまには羽目を外したいこともあって、でも、上手くできなかった。ちゃんと将来に向けてのレールを敷いてもらっているのに、そこから少しでも外れるのは裏切りのような気がして。
『──ちゃんいいなぁ。──君と付き合えるとか幸せじゃん』
『いいなー、彼氏ほしー』
『誰か合コン開いてよ。松下さん誘える男子とかいないの? いないかー、お高くとまってるとか言われてるもんね。綺麗なのに勿体ないって、もっとフランクにいけば彼氏できるのにー』
『あはは、私はあんまり男友達いないからなぁ。
『んー、仕方ないなー。聞いてみるよ』
クラスメイト達との会話は腹の探り合い、駆け引きが多くて疲れることが多かった。
人のことを上げたり下げたり、一喜一憂してたらメンタルがもたない。
でも無関心はダメ。下げられた時は笑ってればいいから難しさはない。注意しなきゃいけないのは持ち上げられた時。額面通り受け取ってその通りにしたりしたら、大体ろくなことがない。
エグい例で言うと、たとえば同じ男子を好きになったとして。
北さんが南さんに言いました。
そう言われた南さんは、想い人と付き合うことになった後、不登校になりました。原因はイジメです。
私のクラスじゃなかったけど、そういうことが実際にあった。女って怖いね。ちなみに登場人物の苗字は実際のものです。北さん、南さん、東宮くん、おもしろいよね。結末は笑えなかったけど。
『千秋、学校は楽しい?』
『うん。普通に楽しいよ、お母さん』
『それは何より。でも付き合う相手は選びなさいね。努力できない友達と一緒にいると、そっちに引っ張られちゃうから』
うちの両親の意見は同じ。
高いレベルの人間と一緒にいた方がいい。そうじゃないと自分の質まで下がるから。言ってることはわかるけど、じゃあ誰といればいいのって当時は疑問に思ってたな。
言っちゃなんだけど、恋愛しか頭になくて進学のこととか二の次、三の次の人とか。自分は美人だから何しても許されると思ってる人とか。何もしなくてもできちゃうから、この先もずっと自分は安泰だと思ってるお花畑な人とか。
そういうのが嫌なら違うグループに行けって話だけど、とても大人しい子たちの中に入ったとしても私は浮く。悪い意味で目立ってしまうのが嫌だった。
だから、そこそこ派手な子達に紛れ込んで、適当に愛想笑いして居場所を確保。トラブルが起こりそうになったら会話を回して、調整してとか、そういうことばかり考えてるのは退屈だった。
かと言って、私は所詮はそこそこ止まり。
退屈を打破できるだけの勇気も実力もなかった。
『松下さんは、普通にやっていけばいい人生になるから。ほら、親御さんも立派なんだし』
先生には面談のたびにそんなことを言われながら、今が楽しいと思えることはほとんどなかった。
先生達は保護者のクレームに怯えて、生徒をまともに叱ることもしない。トラブルがあっても関与しないか、全力でなかったことにするのがお約束。
1年の時に1回だけ友達とケンカしたことがあって、その時は親が出てきてトラブルになった。先生の前でごめんなさいの仲直りをしたよ。その子と喋ったのはその時が最後だ。
『あー、学校いきたくないなー』
2年に上がってすぐ、私はふと遠くに行きたくなった。その時は何もしなかったけど、退屈がイライラに変わってきて毎日が憂鬱だった。
何か楽しいことがしたい。肩の力を抜いて好き勝手に振る舞ってみたい。何も考えずに笑い転げてみたい。願望はいくつかあったけど、何がなんでも叶えたいとは思ってなくて、なんとなく学校に行ってなんとなく時間が過ぎていく。そんな日々を送っていた。
────────◇────────
「最初は学校では話さなかったよね。変な噂になって私の居心地が悪くなると思って」
「男子関係には敏感な女子が多かったから。俺は変な感じになっても構わなかったけど、千秋ちゃんは嫌でしょ?」
「うん。嫌
松下千秋は湿った声で回想した。
気付いたら花火が終わりかけていたが、それはまたの機会ということで。最後の一発は部屋から見えたからそれでオッケー。
日課のボードゲームや暗算対決などを楽しみながら、小休止のタイミングで昔話。日付けが変わるまでにはあと2時間と少しあるから、読書をしてみるのもいいかもしれない。
「オセロ強くなったよね……囲碁だとそろそろ負けそうなんだけど、なんでそんな成長速度爆速なの?」
「私は君がやってたっていう訓練を、そのままそっくり試してみただけだよ。合計時間は半分以下だけどね。でも、その代わりにまな君っていう超効果的な対戦相手がいるから、経験値効率がいいんじゃない?」
「FFかドラクエやる?」
「うーん、今は切ない系がいいかな。ホワイトグリントまだ倒してなかったよね。あれやろうよ」
ホワイトグリントとは、ロボット3Dアクションゲームの主人公の搭乗機。ちなみにナンバリング作品で続編にも登場するが、続編では分岐があって撃ち落とすこともできる。心強い味方になってくれるルートもあるのだが、開戦して間もなく撃ち落とされる。
どっちみち撃墜される運命で、その瞬間のなんともいえない虚しさが、千秋は凄く好きだった。戦友でありヒロインでありオペレーター役の女性の内心を想像すると、心臓がキュって締め付けられて凄くいい。
「千秋ちゃん、まさか撃ち落とすつもり? 前作で操作してた主人公を?」
「その方が悲しい気持ちになるし、そっちのが良くない?」
「ごめん、わからない」
「そっかぁ……。うーん、やっぱり勉強しよっか。1時間だけ。その後はおやすみタイムで」
あと、千秋が好きなのは
「じゃあ予習だ。千秋ちゃん、どこやる?」
「苗字で呼んでって言ったじゃん」
「あー、はいはい。昔を懐かしんでるんだったね」
「そうそう。2年の夏に花火買ってきてくれた時のこととかね。あの頃はまだ門限早かったけど、全く不満とか言わなかったよね」
あれは一昨年の夏の日。
線香花火したいなー、と思っていたら線香花火を買ってきてくれたことがあった。30分くらいで帰ったのだが、なんであれで次があったのか、当時の千秋は変な人だと思っていた。
ちなみに、その時の関係性は友達もどき。
いきなり誘われたから何事かと思ったのだが、全く害がなかったこともありオーケーした。タイミングはバッチリだった。だって線香花火したかったし。
「不満とか言うわけないでしょ。ちあ……松下さん門限あるのはわかってたんだし。俺はそれでもいいって言ったはずなんだけどな」
「でもノリ悪いじゃん?」
「ノリを求めたわけじゃないんだって」
「ボディタッチは皆無だったし」
「あの段階でそんなん狙ってるわけないだろ。息が詰まってそうだなって思ったから、短時間でも何かしてあげたかっただけ。目的は果たしたからそれでオッケーだったの」
本当にタイミングはバッチリだった。
中学時代に関して言えば、他のコミュニケーションでも同じことが言える。狙ったようなタイミングで何かしてくれることばかりだった気がする。
お返しできたことはあんまりなかったから、それが中学の時の唯一の心残り。あの瞬間瞬間は、もう二度と戻ってこないのだから。あれをしておけば良かったとか、そういうのが沢山ある。
「予習、というかこれも復習になるけどやっちゃおっか。朝比奈先輩から借りたんだけど、多分大体解けると思うよ」
「直近の定期試験の過去問……2年のやつか。とりあえず3教科だけやってみますか」
「うんうん、やってみましょう」
こうやって一緒に勉強したりだとか、もっと堂々としておけば良かったと思う。3年の後半はそれなりに教室でも喋っていたけど、一緒に行動することはあまりなかったから。
────────◇────────
「朝比奈先輩が、今度なにか誘う時は半日前には連絡する。そうじゃないと困るもんね色々と。って意味深なメッセージを送ってきたよ? なぜか私に」
「できれば前日にしてって言っといて」
「自分で電話でもしたら?」
さて、この関係に名前をつけるとしたらなんだろう。
千秋は改めて考えてみた。
最近はかなり高頻度で彼を部屋に泊めているが、相変わらず恋人関係には至らず。それを求めようとも思っていない。高校生同士のカップルなんて、どうせほとんどが消滅するのだ。だから、頑張って彼女の座を手に入れようとは思えない。
だとしたら友達だろうか。
友達だなと言い張ってはいるものの、たまによくわからなくなる。
「電話してもいいよ? 私はゴロゴロしながら動画でも見てるから」
「いや、しにくいから」
「気にしなくてもいいのに。気分良くなりそうだけどなー。顔が好きな女友達と添い寝しながら、顔が好みな先輩と電話するとか」
よくわからなくなると、少し言動が攻撃的になったりする。でも、長時間グダグダと文句を言ったりもしない。というか、言えない。その前にどうでも良くなってしまうからだ。
「それとも、別々に会う感じにしたいとか? でも大変だよそれは。あの人はハードルたか、むぐっ!?」
「松下さん、はじめて会った時はそんな顔するとか思わなかったなー。冷笑」
もしくは、どうでも良くさせられる。
煽っていると口を塞がれることが多く、手段はその時による。今は手で抑えられてしまった。細すぎず太すぎずの丁度いい指が唇を撫でてくる。
「噛んでもいいよ?」
「ふぁ……ふゃあ」
ご希望通りに甘噛みを1回。あとは彼の胸に背中を預けておしゃぶりを数分。お互いに無言で音と刺激だけを楽しむ時間。赤ちゃんに戻った気分だ。赤ちゃんの時の記憶はないけども、多分こんな感じだったのではなかろうか。
「松下さんって、ほんと……はぁ」
「ぷはっ。にゃに……?」
ちらっと目線をあげると、ほど良く均整が取れた顔が少しばかり引きつっている。似た顔の人は今まで見たことがない。日本中探しても多分いないんだろうなぁと思う。
「もうちょっと素直に言えない? して欲しいこととか、して欲しいこととか」
「ふぅ……わかってるんだからいいじゃん。それに、そっちも言わないよね? おかげで私は察する力が急激に伸びたんだから、どうしてくれるの!?」
「いきなり逆ギレ!? たまに突然大きな声出すのやめて……いや、やっぱいいや」
「これはこれでアリってこと?」
「そうなんだよ。そろそろ、この子ないわーって思わせてくれてもいいんだけどな」
それはつまり不満はないということだ。
千秋はほんとかよと思う。ど毎日顔を合わせていれば、相手の嫌いなところのひとつやふたつ、出てきそうなものだ。たとえどんなに性格が合う相手だとしても。
しかし、双方出てこない。
現状維持は良くないよねって話を良くしていて、お互いにマイナーチェンジを繰り返しているのにも関わらず。
あと数年もすればはじめての不快感が生まれるのだろうか。全くもって喜ばしいことではないのだが、ここまで良好な関係なのは逆に怖い。
「本気でイラッとさせたら、私はどうなっちゃうんだろ。雑にされたりするのかな?」
「イラッとはしてないけど、今もたまにそういう時あるだろ。たとえばさっきとか」
「今からもう一度やってみる? 私を自分の所有物みたいに。ふふっ。付き合ってもないのに、最低だね」
刺激が足りないということは
普段よりも欲しくなった時はこうして挑発してあげれば、後は全部わかってやってくれる。
ただし、今の千秋の精神状態は普通である。数時間前はモヤモヤしていたが、いつの間にかすっきりしていた。だからこのまま寝落ちても構わないのだが、彼の方がちょっと、いつもよりも疲れているように見えるから。
「頭まっしろにしてイライラをぶつけるのって、終わったあと後悔しない? もしかして、普段大切にしてくれてるのは罪悪感があるから? ね、そこのところどうなの……? おしえて」
物欲しそうな目とがっつり見つめあった。また雑にされるかと思った千秋だったが、意外にもそんなことはなく──ひたすら優しく扱われておしまい。
あたたかく静かな添い寝をして意識が飛んだが、心も体もモヤモヤしすぎて次の日に残った。優しくするのは時に残酷である。ひどい。