松下千秋の余裕 作:中森藤之
「しばらく別行動になるから補給しとかないとね」
「クルージングの旅かぁ。俺としては純粋に楽しみにしたいけど、何かあるんだろうなぁ多分。よからぬことが」
「半月は長いよね。そんなにいらないんだけど」
「裏があると思わない?」
「補給しといた方がいいと思わない?」
ダメだ会話が噛み合わない。
俺はコントローラーをポチポチしながら千秋ちゃんの方を向いた。腕組みをして難しい顔をしている。あっ主任に爆撃されて死んだ。アクションゲーム中によそ見はだめだね。でも、現実はリトライできないので千秋ちゃんが優先だ。
「たった半月だよ。そんな大袈裟な」
「まな君は軽く見すぎだよ。可能な限りどっちかの部屋に入り浸ってる人達が、半月も一緒に寝れないわけだよ。これは大変なことだよ」
普通の高校生はそんなことしてないだろうから、通常の状態に戻るだけだよね。とか考えつつも、たしかに恋しくはなりそうだな。
「大変っていえば、彼女作るの大変そうだね」
「え、なにその繋げ方。松下さんどうした」
「いや、チャンスはあるのに上手くいってないみたいだから、なかなか大変そうだなーって」
「チャンスねえ……てかさ、俺は誰でもいいから彼女欲しいとは言ってないはずなんだよね」
どうしても彼女っていう存在が欲しかったら、誰かしら遊びに誘ったりしてるよ。
たとえば森さんとかね。隣の席で良く喋るから誘いやすいし、変に尖ってないから一緒にいて楽だし。でも、遊びに行ったとしてその先を考えるといいやってなる。これもう凄い矛盾してるけども、彼女欲しいと口にはしつつ、無理なんだよね。だってこの子、お互いに自由に、極力干渉せずとか言っといて……俺がいつ来てもいいようにしてるし。
そんな状態で他の女子に夢中になんてなれるか。
「誰でもいいんでしょ、とは言ってないよ。でも欲しいは欲しいんでしょ?」
「憧れはあるね。中学時代は本気でモテたいとも思ってたし」
「じゃあ相手をもっと本気で探したら?」
「そっちに彼氏でもできたら、その時に考えるよ」
「えー……」
この子が彼女になってくれるってことなら、それは喜ぶよ。満足度はさらに上がる。でも、そうじゃないなら現状維持でいいやってのが正直なところだ。
言うと困らせるから言わないけどね。かたくなに『関係性は変えたくないかな』って言ってるから、この松下さんは。
「この際だからハッキリ聞くけど、まな君は私に彼氏が作れると思う?」
「作ろうと思えば相手はいくらでもいるだろ。ってのが素直な回答」
「そうじゃなくて、エネルギーのほとんどを君に回してるのに、そんな状態で作れないよねって話」
「じゃあ作らなくていいんじゃないの? ……俺はそれでもいいよ。3年間、現状維持でも。何か変えるのが嫌なら変えなくていいし」
ぶっちゃけ、恋人っていう風に呼び方が変わるだけで、今もやってることは恋人みたいなもんだ。周りはハッキリしてくれた方がやりやすいだろうけど、こればかりはね。
何かを無理強いしたくはないんだ。
一緒にいる間はできるだけ望むようにしてあげたいし、最終的に良かったなって思って欲しい。
「うん……なんだろ。ありがとう」
「いいよ。気持ちはなんとなくわかるし」
「ほんとに? 私が思ってることは、私って本命にはなれない気がするなー。都合の良い女って雰囲気が自分でもわかるから、今の方が気持ちが楽だなって感じなんだけど」
「わかってるから、言わなくていいです」
それは、逃げ道のようなものなんだと思う。
もし終わっちゃった時、恋人よりも今のフワッとした関係の方が傷つかなさそう。そういうマイナス思考の賜物だなきっと。
こういう時は自分の生まれを恨まずにはいられないね。大丈夫大丈夫、結婚までいくからとか言えれば格好良いんだけど。実際、わかんないからな。高校出た後、自分がどうなるのかは。
その意味では俺も自信がない。この高校生活中に、もうちょい振り切れるようになりたいところだ。
「ねえ、こんなこと言ったら怒られるかもだけど、先のことなんて考えなくてよくない? ううん、考えたくない。今はまだ、頭空っぽにして、目の前のことだけじゃだめ?」
誰もダメとは言ってない。って言おうとしたらその前に抱きつかれた。腹のあたりに。くりっとした瞳が探るように見上げてくる。
「いいよね? だって、今はまだ、
ドンッと押し倒されて、視界が大きく揺れた。腰の辺りに重みが加わる。すかさず馬乗りになってきたんだけど、今日はいつもより乱暴だな。ちょっとナイーブになってるみたいだ。
「それとも、即決できる? 実家のことは全部忘れて、私と普通に生きるって」
「ごめんそれはまだ無理だ」
卒業後は対処しなきゃいけないことがある。実家とは縁を切るつもりだけど、その実家が迷惑かけた人達と会わなきゃいけない。みんな壊れてるから、まともに会話になるかはわからないけど、とりあえず会わなきゃ何も始まらない。終わらせることもできない。
「……ごめん、なんか今日は考えがまとまらないや。なんでこんな話したんだろう、私」
「最近は色々あったし、疲れてるんだと思うよ。珍しく不安が顔に出てるし、ちょっと眠る?」
がばっとしがみつかれて、制服の擦れる音が聞こえた。シャンプーの香りが飛び散って、少し頭がぼんやりする。俺は着替えてるからいいけど、千秋ちゃんは制服シワになりそうだ。
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私、たまに凄くめんどくさくなるのダメだな。
よくない。でも許してもらえる満足感がクセになってて、定期的にやりたくなる。こうして自然にやっちゃうのは自分をコントロールできてない──情緒不安定ってことだから、改めるべきだとは思うけどね。
「そういえば、なずな先輩に上書きしてあげよっかって言われたんだけど」
「へぇ……有難くしてもらったの?」
「してもらった。リップクリーム塗りたくられたよ」
「……ふっ、ふふふっ」
シリアスになってたのに……やばい、笑う。
だから教室戻ってきた時、やたらと唇が潤ってたのか。てっきり舐め回されたのか思ったよ。彼は困惑した顔で打ち明けてくれたけど……い、いけない……吹き出しそうだ。目の前のことに集中しよう。
「そ、そういえば……山内君と池君が須藤君に謝ってたね。すぐ信用できなくてごめんって」
「だね。いい判断だと思う。堀北さんも満足そうに頷いてたよ。何かをメモしながら」
「何をメモするの……その光景見ながら」
「知らない。でも、やりたいようにやればいいんじゃない? 誰にも迷惑はかけてないし、いい方向に一生懸命なのがわかるから。そりゃ全員からよく思われるのは無理だけど、今の感じなら味方はどんどん増えてくと思うし」
うーん……眼差しがパパだな。この人、堀北さんのことはなんだかんだ買ってるからなぁ。突き進む方向さえ間違えなければ、多分学年でもトップレベルに食い込めるくらい優秀、とか言って。
「──そうだね。じゃあ、クラスメイトの話はとりあえず終わりにしようか。早く補給させて。制服、シワになってもいいから。てか、もうシワついちゃってるから」
それじゃ本格的に補給タイム開始。「ほら」って第3ボタンを外したら、いきなり起き上がってきて攻守交替。私は天井を見ながらちょっと暴れてみたけど、じわじわと剥かれていって悶絶。
その後はしばらく泣いてた。ううん、鳴かされてた。