松下千秋の余裕   作:中森藤之

16 / 17
2-3『楽園転地獄』

 何もしなくていいと早瀬に言われた。

 だからオレは何もしない、と主張したいところだが、堀北はオレを助手だと思っている。Aクラス目指し(たい)──響きが素晴らしいとか言って正式採用になった──の助手だと決めているのだ。

 そんなもん知るかと突っぱねることは勿論できる。

 しかしアイツ、たまに冗談で『脱退するわ』って言うと、悲しそうな顔をするんだよ。そうなると、少しは何かしてやらないと悪いような気がする。だから、オレはほどほどに協力していこうと思う。あくまで()()()()に。熱くなりすぎないよう注意しながらやっていこう。

 

「無人島についたら、綾小路君も泳ぐの?」

「それもいいが、オレはハンモックに興味がある。佐倉はどうするんだ? 水泳の授業は見学ばかりだし、泳ぎも苦手なんだよな?」

 

 船内を散策しながら、今後の予定について佐倉と意見を交わす。浮かれた顔の男子生徒達とすれ違うと、露骨に舌打ちの音が聞こえてきた。たしかAクラスのヤツらだったと思うが、オレになにか恨みでもあるのか?

 

「ちっ、なんで俺達が避けなきゃいけないんだ」

「不良品がでかい顔して歩いてるんじゃねえよ……」 

 

 すれ違いざまにそんなことを言われる。避ける必要は皆無な距離感だったけどな……。まあ、絡んでくる様子はないし放っておこう。 

 Aクラスの男子2名はしかめっ面で歩いていき、途中でスキンヘッドと合流して姿を消す。デッキの方に向かっていったようだ。

 

「な、なんであんなに偉そうなんだろ……」

「Aクラス様だからな。不良品は不良品らしくしてろってことなんだろう」

 

 この学校の仕組みは実力主義。Dクラスに人権なんてないとか考えてるのかもな。

 

「あっ、綾小路君。佐倉さんもおつかれさま。もしかして何かあった?」

「平田。いや、何もないぞ。ないよな、佐倉」

「う、うん。何もないよ」

 

 前方から平田が歩いて来て、オレと佐倉を見るなり心配そうな顔に変わる。何か感じ取ったようだが、要らん心配をかける必要はない。

 リーダーに心配をかけない。オレはできた部下だな。リーダー。そう、今の平田は正式なリーダーなのだ。

 1学期が終わった最後の日、旅行に向けた宿泊部屋のグループ分けが決められた。オレは早瀬と一緒でいいと考えていたので、早瀬と同じグループの平田の班に入れてもらった。決して、須藤や池など親交のある男子達のグループからあぶれたわけではない。

 そんなわけで、平田は真のリーダーだ。オレたちの宿泊部屋のリーダーだ。

 

「あれ、軽井沢さんは一緒じゃないの? せっかくの旅行なのに……」

「せっかくの旅行だからさ。彼女だけじゃなくて、色んな人と関わらないと勿体ないよ。それに、僕達には僕達のペースがあるからね」

 

 佐倉が恋人とのコミュニケーションについて言及すると、平田は優等生な答えを述べた。

 平田洋介と軽井沢恵は交際している。今のところクラス内で唯一のカップルだ。早瀬&松下は正式に交際宣言はしていない。

 

「大人だなぁ……凄いね、平田くんも軽井沢さんも」

「そんな大層なことじゃないよ。それにしても、佐倉さんは元気に話すようになったよね。さすが、綾小路君だよ」

「なんでオレなんだ?」

「ああ、須藤君のおかげでもあるのかな? 彼は最近佐倉さんに優しいみたいだし……でも、やっぱり一番は綾小路君のおかげなんじゃない?」   

 

 平田は優しい顔でオレたちを見た。やめろよなんか照れるだろ。オレは大したことはしてないぞ。そのうち彼女を作る時のために、数少ない異性の友達で色々と練習しているだけだ。ちょっとカッコつけても佐倉は引いたりしないから、安心して色んなことを試すことができる。早瀬のススメで仲良くなって本当に良かった。

 

「うん、綾小路のおかげだよ。おかげで須藤君とも仲良くなれたし、感謝してる」

「そうか。この調子で信頼できる友達が増えればいいな」

 

 須藤は自分のために動いてくれたメンバーに感謝しており、事件以降は何かと佐倉を気遣うようになった。恋愛感情は全くないらしく、純粋に友達として接しているようだ。まあ、山内あたりには体目当てなんじゃないかと、からかわれたりもしていたが。

 

「おーい、綾小路に佐倉もいるのか! そんなとこで何やってんだよー!」

 

 と、山内のことを考えていたら山内がドタバタと走ってきた。少し鼻息が荒い。なんでちょっと顔が紅潮してるんだ気持ち悪いヤツだな。

 

「池が告白するんだってよ! 綾小路も一緒によ、手伝ってやんねえ? 佐倉もまあ、女子だしなんかの役にはたつだろ」

「ちょっと待て、告白? 誰にだよ……ていうかそんな大声で言ってもいいのか」

 

 オレ達の横を女子達が、「バカクラス」「Dクラスはこれだから」と蔑みながら歩いていく。

 

「山内ー! お前っ、デカイ声で何言ってんだ! こういうのは慎重に話を進めないと、ライバル達に気づかれちまうだろーよ!」

 

 今度は池が現れた。曲がり角の向こう側から飛び出してきた。ぜえぜえ息を切らせている。

 

「池、誰に告白するんだ?」 

「ハァハァ……櫛田ちゃんに決まってるだろ。吊り橋効果ってやつも期待できるし、この旅行中に決めてやろうと思ったんだよ。あとこれは俺の予想なんだけどさ、櫛田ちゃんって可愛すぎるだろ? だから、みんな及び腰になると思うんだよ。結果、あんまり告白されないから告白慣れしてなくて、そこで男らしくいけばキュンってするんじゃないかって……とにかくやらなきゃ可能性はゼロだからな!」

 

 池は情熱的に語り、力強く拳を握った。旅行のドキドキを恋のトキメキと勘違いしてもらい、更に男らしく揺さぶろうって寸法のようだ。

 いや、そんなに上手くいくか? 成功したら凄いが、現実は厳しいような気がする。

 

「池は遂に覚悟を決めたんだよ。だから友達として手伝おうぜ、綾小路、佐倉。あと、平田もなんか思いついたら手伝ってくれ。お前には軽井沢がいるんだから別にいいだろ?」

 

 燃え上がっている池に対し、山内はなぜか物凄く協力的だ。いつもなら張り合うか足を引っ張るかするのだが、櫛田のことは諦めたのか?  

 落ち着いて様子を観察してみると、山内はチラチラと周りを気にしている。何か、いや誰かを探しているのか?

 

「どうしたんだよ」

「あ、いや。別に……」

  

 そう言ってため息をついた後、山内はどこかに歩いていった。入れ替わりに須藤が姿を現す。

 

「おう、お前らここにいたのか。堀北を知らねえか? 魚を追いかけてはずなんだが、気づいたらいなくなっててよ」

 

 須藤は赤髪をポリポリと掻いて、山内が消えていった方向に目を向ける。あの曲がり角の向こう側は階段で、降りた先は倉庫室だ。おそらく道を間違えたのだろう。須藤は、もしかしたら友人のことを心配しているのかもしれない。

 

「山内はどこに行くつもりなんだろうな」

「あ? 知らねえよ。究極にどうでもいい」

 

 そうでもなかったようだ。

 須藤は渋い顔をすると、手に持っている携帯をひょいひょいと浮かせる。

 

「そういや、堀北の下の名前ってなんだっけ? さっきよ、池が櫛田を下の名前で呼ぶことに成功したんだが……」

「凄いじゃないか池、どうやったんだ」

「すごいよ池くん! どうやったの?」

 

 佐倉が頑張って会話に入ってきた。前は見られなかった積極的な行動だ。えらいぞ佐倉。

 

「それはほら、名前で呼びあってる奴も増えてきたし、俺達もそろそろいいかなって。そう言ったら、寛治くんって呼んでくれたんだ! へへ……うへへへへ」

 

 池は鼻の下を伸ばし始めた。頭の中では既に彼女ができているのかもしれない。

 

「い、池君は勇気があるね……僕も応援させてもらうよ。友達の幸せのためなら、うん。なにか必要なことがあったら、遠慮なく相談して欲しい」

「お前、良い奴だな平田……頼むぜ。俺を引き立ててくれ。方法は問わないから、とりあえず俺をカッコ良く見せてくれればいいから」

 

 たしか池はことあるごとに平田を妬み、酷い時は敵視していたはずだが……今は猫の手でも借りたい気持ちなのだろう。

 

「そういえば、山内君は大丈夫かな? 戻ってこないみたいだけど……」

「大丈夫だろ別に。ほっとこうぜ。んなことよりなにかアドバイスくれよ、みんな」

「堀北の下の名前はなんだっけか、綾小路なら知ってるだろ教えろよ」

「ウメコだよ。オレは山内を探してくる」

「あっ、私も行くよ。……ウメコ?」

 

 平田だけが山内を心配している中、オレと佐倉は山内の行方を追うことに。 

 堀北の名前については、この前見たドラマのおばあちゃんの名前を伝えておいた。悪意はない。友達として軽い冗談を述べたまでだ。

 

「す、須藤くん。堀北さんは鈴音だよ。堀北鈴音。もう、綾小路君、なんでそんな嘘つくの」

「マジかよ……佐倉サンキューな。綾小路! お前やめろよそういうの! 危うくウメコって呼ぶところだったじゃねえか!」

 

 佐倉がフォローしてくれたから問題はない。やっぱり持つべきものは友達だし、佐倉はいい子なのを再認識することができた。

 幸先は良好。このまま何事もなく、この旅行が楽しいものになって欲しい。

 

 

────────◇────────

 

 

「前園さんどこ行くの?」

「ちょっとね。佐藤さんは待っててもついてきても、どっちでもいいよー」

 

 フラフラと船内に向かう友人を追いかけながら、私は内心でため息をついた。

 一度部屋に戻るみたいだけど、一体何をするつもりやら。

 

「あ、軽井沢さんも誘えば良かったかな? いや別にいっか。抜け駆け女はほっといても」

「言い方やばっ」

「本当のことじゃん。しれっと平田君と付き合うとかさ、どんな手を使ったのか知らないけど……まあいいやどうでもいいし。佐藤さん、うちらはそういうのなしにしようね。信用できるの佐藤さんくらいなんだけど、マジ」

 

 そうなんだ。私はあんたらよりはまだ、最近の堀北の方が信用できる、っていうわけのわかんないことになってて困ってるよ。

 あー、グループ選び失敗したかな。

 かといって他にノリの合う人達も見当たらないし、クラスガチャ失敗じゃねコレ。

 

「そういや、また新しいグループチャット作ったじゃん? 多くね?」

「えー、別に良くない? 信用できる友達だけのグループ、私は気に入ってるんだけど」

 

 そういうことじゃなくて、数が多いって言ってんだよ。5つも6つもグループ乱立させて、めんどくさいわ返信が。私は色んな人とやり取りするのは好きだけど、さすがにだるい。

 

「信用できる櫛田さんと信用できる佐藤さんと、私。いっそ新しいチームでも作っちゃう?」

「変な空気になるからやめなって。いきなりつるむ相手変えたりしたら、なんかあったって丸わかりじゃん」

 

 面白くないんだろうなぁ、この子。

 軽井沢さんは平田君っていう最上級男子をゲットしちゃったし、松下さんは入学する前から旦那持ち。自分はいつまでたっても理想の男子とは付き合えなくて、焦ってるのがつたわってくる。そういうの、私はそのうちでいいと思ってるから、あんまり興味ないけどな。

 

「あいつら感じ悪いとか思われたら嫌じゃん」

「まあ、それもそうだね。しばらくは続けるしかないか、上っ面の友達」

 

 前園さんはケラケラと笑っている。この旅行中にトラブルとか起きなきゃいいなぁ。純粋にめんどい。

 

 

 

────────◇────────

 

 

 

 周囲が大きくざわついている。

 船は桟橋をスルーして、ぐるっと島の周りを回っていく。この無人島は国から借り受けているものらしく、面積約0.5K㎡、最高標高は230mだ。

 砲台跡がある愛媛の島と同じくらいの大きさ、日本全体で見れば大したスケールではない。しかし、ひとつの学校が貸し切る規模としては十分すぎる大きさだった。

 どうやら船は島をぐるっと一周して、全体を見せてくれるつもりのようだ。外周を続ける船は一定の速度で、水飛沫を飛ばしながら不自然な高速航行を続ける。

 

「わぁ……凄く綺麗な島。ちょっと感動しちゃわない?」

「うん。無人島はあんまり好きじゃないけど、今回はみんないるしね。見える景色も違うな」

  

 俺は、もりねねの隣でボンヤリと昔を思い出していた。

 

「え、無人島に来たことあるの? てか、何かあったの?」

「あー、釣りに来ただけ。親に連れられてね。何も釣れなかったからいい思い出ないんだ」

 

 すかさず質問されたので即答する。嘘はついていないから問題ない。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、デッキに集合してください。携帯を忘れないように注意すること。指定のない荷物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また、暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』

 

 そんなアナウンスが流れ、一部の男子女子から悲鳴があがる。せっかく水着に着替えてくれてるのに、とか、せっかく水着に着替えたのに、とか。

 ほんとだよ。最初の格好がジャージならジャージって、事前にちゃんと言っとけ。

 

「マジー……? どうせ泳ぐのにわざわざジャージに着替えるとか、めんどすぎでしょ」

「まあ、ハッキリ指示されたから仕方ないな。森さん、一回部屋に戻ろっか」

 

 もりねねも口を尖らせる中、生徒達はぞろぞろと船内へと向かう。

 当たり前だが男女の部屋は別なので、もりねね達とは一旦別れて豪華な廊下を進んでいく。

 それから部屋に戻って綾小路達と合流し、素早く学校指定のジャージに着替える。千秋ちゃんとの会話が不自然なほど少ないことに嫌な予感を感じながら、再びデッキへと向かった。

 

 

 

────────◇────────

 

 

 

「ではこれより、Aクラスの生徒から順番に降りてもらう。それから島に携帯の持ち込みは禁止だ。各自、担任に提出してから下船するように」

 

 拡声器を持った先生の指示に従い、生徒達が順番に船の階段を降りていく。

 

「あついねー……汗かいちゃう」

 

 ジャージ姿のもりねねが不満を漏らし、シャツの胸元をぱたぱたと動かす。

 直射日光ガンガンだから、まあ暑いよね。少し汗ばんでしまうのも無理はない。

 俺は手に持っていた自分の上着を畳んで、上に下にと動かした。人力扇風機だ。

 

「ほら。扇いでてあげるから、顔こっち向けて。森さん暑さにはそんな強くないでしょ? いきなり熱中症にでもなったら大変だ」

「あ……涼し」

 

 もりねねは胸元をぱたぱたしたまま、体をこちらに向ける。この子、着痩せするとかじゃなくて実際に細くて慎ましいんだよな。見た目のタイプ的には好きな方だということは、千秋ちゃんにはバレてる。

 

「あ、森さんいいなー。後で私もやってもらおー」

 

 と、千秋ちゃんがようやく会話に入ってきた。続けて前園杏さんも。

 

「なんか仲良くね? ちょっとちょっと、松下さんいいのー? 旦那が浮ついてるみたいだけど」

「だから旦那さんとかじゃないって。森さんは席が隣だし、それなりに仲が良いのは不思議なことじゃないよ」

 

 それはそうだな。不思議なことじゃない。千秋ちゃんの言葉について、俺はとりあえず額面通りに受け取っておいた。

 

「そう? 前園さんの肩を持つわけじゃないけど、早瀬君はちゃんとした方がいいと思うけどな」

 

 麻耶ちゃんが素っ気なく苦言を呈してきた。何をどう、ちゃんとしろと言うのだろうか。よくわからないので放っておこう。

 それにしても待ち時間が長い。

 降りる時に手荷物検査を行っているようなので、それが原因だろう。

 

「早瀬、なんか暑いな」

「綾小路君……そりゃ直射日光だし」

 

 綾小路が空を見上げながら現れた。今は佐倉とは一緒にいないようだ。代わりに堀北が隣にいて、彼女も空を見上げている。こいつらずっと上向いてるんだけど、なんで?

 

「モテモテね、早瀬君。まるで鳥のようだわ」

「鳥?」

「ええ。今しがた、島の上の方に飛んで行った白い鳥のよう。彼も2匹に追われていたもの」

「ここから見ても性別とかわかんないだろ。もしわかったとしても鳥を彼と呼ぶな」

 

 堀北は平常運転だ。最近は冗談を言う──ボケるという技を新たに覚えたのだが、真顔でやるから反応に困る。

 

「それにしても、綾小路君。妙だとは思わない?」

「なにがだ、堀北」

「警戒度が高すぎるでしょう。携帯を没収するなんてテストの時ですらやらなかったし、余計な私物を持ち込むのを禁止するのも意味がわからない。これからバカンスだというのに、おかしいでしょう。あと、船尾の方にヘリが一機置かれていたわ。ドクターヘリっていいわよね。あれは違うけど、一度生で見てみたいと思っているの」

 

 たしかになぁ。色々と神経質なように思えるし、ヘリを持参っていうのも大袈裟なような……。まあ、どれもこれも説明がつく話ではあるが。

 携帯を海に落としたら大変だし、私物についても何でもかんでも持ち込んだら、誰かしらポイ捨てとかするかもしれない。急病人が出ればヘリが活躍する場面もあるだろう。

 

「恐らく、これは……」

「堀北、なにか気づいたのか?」

「これは、恐らく……」

「おい。単語を入れ替えただけじゃないか。続きを言え続きを」

 

 堀北はハッと目を見開き、大したことは何も言わなかった。多分、考え中なんだろう。どうでもいいけど君たち、そろそろこっち見なよ。なんで仲良く空を見上げ続けているんだ。

 

 

 

────────◇────────

 

 

 

 タラタラと談笑しながら、俺達は砂浜へと降り立った。すかさず、茶柱先生から厳しい声が飛んでくる。

 

「今から点呼を行う。名前を呼んでいくから、しっかり返事をするように」

 

 速やかに整列するよう指示され、出席確認が始まった。他のクラスも同じタイミングで点呼が始まっており、先生達はボード片手に生徒の名前を呼んでいく。

 服装は生徒と同じジャージだ。とてもバカンスという雰囲気ではなく、張り詰めている。思わず、合宿という単語を連想させられた。

 

「なあ、お前まさか乗り換えるつもりなの? だとしても森って、もしかしてそういう趣味なん?」

「そういう趣味ってどういう趣味だよ、池さん」

 

 近くに立っていた池が冷やかしてくる。ツッコミどころだらけの冷やかしだ。乗り換えるって君、なんの話をしてるんだい?

 

「ははは、言わせんなよ。聞いたぜ? 一緒に泳ぐって? いいのかよ、松下に怒られるんじゃねえの?」

「怒りはしないと思うよ。怒りは」

 

 聞いたって誰から聞いたんだよ。別にいいだろ、個人的に好感度が高い友達と一緒に泳ぐくらい。

 それにしても、なんか面倒くさい感じになってきてるなー、と考えていると

 

 

「──皆、ひとまずお疲れ様と言っておこう」

 

 高身長の男性教師が前に出てきて、準備されていた白い壇上に上がった。

 堅物で有名な、Aクラスの真嶋(ましま)先生だ。

 ガチムチな体格である一方、かなり頭が良く様々な教科を教えることができるらしい。

 

「それなりに長い船旅だったが、無事に到着できて何よりだ。だが、欠席者が出たことについては残念に思う。たった1名ではあるが、できることなら欠席者はゼロといきたかったところだ」

 

 その言葉に、池が反応する。

 

「遠足の日に熱出す奴っているよな。かわいそ」

 

 先生達には聞こえない小さな声。表情はまるで他人事だが、言っていることはその通りだ。

 これだけ豪華な旅行を無償で、だなんて今後は二度とないかもしれない。あとで友達から話を聞いて泣きそうになるかもな。ちょっと無理してでも行けばよかったって。

 それにしても、先生達の雰囲気がやけに重い。

 生徒側にとってはご褒美でも、管理側としては様々なアクシデントに備えなければならないし、能天気にはしていられない。そういうことだろうか。

 どうやら違うみたいだなと、俺は真嶋先生から視線を切り、3時の方向に目をやる。素早く建てられた特設テントに、黒服の大人達が長机を運び込んでいた。

 ダンボール箱から出てくるのはパソコン。無線機などもあるようだ。

 

「雲行きが怪しくなってきたな……」

 

 綾小路がぼやいた。

 他の生徒達も困惑の表情を見せ始める。ざわめきが起こるのを待っていたかのように、真嶋先生が口を開いた。

 

「ではこれより──本年度最初の特別試験を開始したいと思う」

「は? なんだよバカンスじゃねえの?」

 

 山内が素っ頓狂な声をあげた。その疑問はほぼ全ての生徒が抱いたことだろう。

 ()()、不意打ち。

 5月初日のポイント騒ぎ、定期テストによる退学可能性のネタばらし。それらに続いて、またしても油断させておいて突然に、厳しい現実を叩きつけてきた。

 

「期間は本日から1週間。8月7日の正午をもって終了とする。試験内容はこの無人島での集団生活。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを伝えておく」

 

 最初に声を上げたのはBクラス。一之瀬だ。

 

「船ではなく、この島で寝泊まりするということですか?」

「そうだ。試験中の乗船は原則禁止。この島での生活は就寝場所から食事まで、その全てを君達が考え実行していく必要がある。スタート時点で、クラスごとにテントを2つ。懐中電灯を2つ。マッチを1箱支給する。それから日焼け止めは制限なく、歯ブラシに関しては各自1本ずつ支給する。特例として女子の生理用品は無制限で許可しているから、必要なら担任に伝えるように。以上だ」

 

 それ以外のものは支給されないらしい。なんてこった死人が出るぞ?

 

「おい、おいおいおいっ! アニメじゃないんだから勘弁してくださいよ! 現実世界で無人島サバイバルとか、無理に決まってるでしょ! テントふたつにどーやって全員入るんすか! 食事って言うならせめて米をくださいよ米を! マッチがあっても米がなかったら炊飯できないですって! なんなんすかこれ、なんなんすかそれっ!」

 

 池が空に叫んだ。かなりやかましかったが、池に文句を言う者はいない。皆、困惑と不安で顔を強ばらせている。

 そりゃそうだろうな。バカンスだと思っていたら、待っていたのは無人島での自給自足。まさか野生動物を狩って食えとでも言うんだろうか。毒キノコの調査とかちゃんとしてるんだろうな? まあ、山菜に関しては自信あるからいいけど、他のクラスはかなり苦労するだろう。

 

「何かと言われれば、特別試験としか言えない。それにな、君は無理だと決めつけているが、それは君の人生経験が足りないからだ。これは実際に行われている研修に近い内容になっている。一流企業では同じようなことを行っているんだ。やってできないことはない」

「いや、それは大人の話でしょ!‍? 俺らはまだ高校っすよ!」

 

 何人かの生徒達がそうだそうだと同調する。しかし、真嶋先生が冗談だと言うことはなかった。発言は一切訂正されなかった。

 

「池。やめろみっともない。高校生だからなんだ。お前達は日本の未来を担う人材なんだぞ。普通の高校生と同じ基準で物を語るな。既に理解していると思うが、我々はお前達に普通の高校と同じような指導などしないぞ」

 

 騒ぎ立てる池を茶柱先生が窘める。

 

「これは間違いでもなんでもない。甘えた考えは捨てることだ。現実であることを受け入れろ」

 

 当然、少なくない生徒が不満をあらわにする。あからさまに顔を歪めていたが、そんな俺達を茶柱先生は鼻で笑った。

 

「今、君達は理不尽だと考えているだろう。こんな試験はありえない、馬鹿げているとも。しかし、その程度の思考でとどまっているようなら、将来的にも見込みのない人間だ。有り得ない、馬鹿げている、そう言い切れるだけの根拠などないだろう。君達はまだ何も成し遂げていない子供だ。何者にもなれていない、言ってしまえば無価値な存在。そんな人間が一流企業のやり方を批判する? とんだ笑い草だ」

 

 俺は顔がにやけた。茶柱先生ったら、言いたい放題である。

 今の話を理解できた生徒は少なからずいるだろう。

 しかし、納得できるかどうかはまた別の話。付け加えるなら、理解すらできないレベルの生徒も多数入学してるんですが……ああ、その人達はこっちで勝手に面倒見ろってことね。

 

「しかし先生。今は夏休みのはずです。そして我々は旅行という名目で連れてこられました。はたして大企業でもこのような騙し討ちをするのでしょうか」

 

 どこかのクラスの生徒が慇懃とした態度で物申す。

 

「なるほど。良い着眼点だ。その点について言及するのは間違いではない」

 

 今度は真嶋先生が対応する。ただ不満をぶちまけるだけの生徒と、論理的に抗議する生徒に対してでは対応が異なるようだ。

 

「だが、安心してくれ。無人島サバイバルなどと言ってしまうと、過酷で危険なイメージを抱いてしまうだろう。しかし、特別試験と言っても内容はとても自由なものだ。海で遊んでもバーベキューをしてもいい。キャンプファイヤーでもして親交を深めるのもいいだろう。君達は自由に、この試験を楽しめばいい」

「……先生。それでも試験なんでしょう? 試験というからには採点がありますよね?」

 

 論理的に聞けば答えてくれる。それなら俺もちゃんと話そう。挙手して注目を引いてから、気になったことを尋ねる。すると、真嶋先生は大きく頷いてみせた。

 

「そうだ。この特別試験は大前提として、まず各クラスに試験専用のポイントを300付与する。このポイントを上手く使うことで旅行のように1週間を楽しむことが可能だ。そのためのマニュアルは用意してあるから、きちんと目を通すように。ああそうだ。ポイントは()()()()()()()()()。マニュアルには書いてないこともある、ということを覚えておいてくれ」

 

 真嶋先生は星之宮先生から、数十ページほどの冊子を受け取り、俺達に見せた。

 

「ポイントで購入出来る物のリストはここに全て載っている。生活必需品はもちろん、バーベキュー用の道具であったり、海を満喫するための遊び道具も多数用意している」

 

 生徒達の表情が徐々に明るくなる。

 でも、試験なんですよね先生。俺はじっと真嶋先生を見つめ続けたが、返事はなんと「ノンリスク」。

 

「君は疑い深いようだな。しかし、心配はいらない。重ね重ねになるが、安心していい。簡単に試験を終えることはできるし、2学期以降への悪影響もない。保証しよう」

「じゃ、じゃあ遊ぶだけでもいいんですよね!‍? 大丈夫なんすよね!‍?」

 

 池が食い気味に質問した。

 先生が「そうだ」と肯定すると、何人かの生徒が歓声をあげた。

 本当に大丈夫ならいいんだけどね。それじゃ試験を謳う意味がない。絶対にまだなにかあるから──ほら。

 

「最後に──この特別試験終了時には、各クラスに残っている全ポイントをクラスポイントに加算する。反映されるのは夏休み明けだ。それを加味した上で、ご利用は計画的に行うことをお勧めする」

 

 言い終わると同時、涼やかな突風が砂浜を吹き抜け、乾いた砂埃が宙を舞う。

 女子たちの方を見ると、堀北が何か呟いていた。ここで来たわね、とでも言っているのかもしれない。

 

「なるほどな、ここでか」

 

 綾小路も同じ感想を抱いたようだ。

 俺にしても綾小路と堀北にしても、どこかで来ると確信していた。それは大幅にポイントが得られるイベント、すなわち巻き返しのタイミング。

 これまでポイントに直結する試験は筆記テストだけだった。しかしそれは、基礎学力の高いAクラス、Bクラスが圧倒的有利。対して基礎学力で大きなハンディを抱えているDクラスは、いくら頑張っても上位との差を縮められなかった。それどころか開いた。

 だが、今回のルールはペーパーテストは関係ない。

 それもやり方によっては大量のポイントが得られる。一気に上位との差を詰められるチャンスだ。

 

「1週間我慢すれば、お小遣いが増えるってこと!‍?」

 

 女子の方で軽井沢が叫んだ。

 そう、その通りだ。ちゃんと我慢出来れば。

 

「では、マニュアルをクラスごとに1冊ずつ配布する。紛失の際の再発行にはポイントを消費するから、保管には気をつけるように。また、今回の試験での欠席者はAクラスの生徒だ。特別試験のルールでは、体調不良などで欠席者が出た場合、該当するクラスに30ポイントのペナルティを与えることとなっている。そのため、Aクラスは270ポイントからのスタートとする」

 

 自分のクラスに対しても容赦のない、優しさの欠片もない口調だ。しかし、Aクラスの生徒達は微動だにしない。これがDクラスだったら非難轟々、やいのやいの言ってたはずだ。

 

「では、解散!」

 

 真嶋先生の話が終わると同時、解散の宣言がなされた。拡声器を持った別の先生が、各クラスは担任から補足説明を受けるよう通達する。

 俺達はそれを受けて、茶柱先生のもとに集まった。

 

 

 

 

────────◇────────

 

 

 

 

 腕時計が全員に配布された。

 試験終了までつけておくこと。許可なく外した場合はペナルティ。腕時計は時刻の確認の他にも、体温や脈拍、人の動きなどを探知するセンサー、GPS機能もついている。緊急時は連絡用のボタンを押すように、とのこと。

 

「よっしゃ! 自給自足の始まりだ! 俺達はまずはお小遣いを増やさねーとだし、頑張って我慢していこうぜ!」

「いや、ちょっとはポイント使ってもいいんじゃねえの‍? 池。俺は完全な自給自足とか嫌だからな、野生動物とか捕まえられねえし」

「いけるって、山内お前、ポイントがない苦しさは知ってるだろうよ! しかも300ポイントって、一気に3万も増えるんだぞ! これは千載一遇のチャンスだ!」

 

 勝手に盛り上がっている池に、山内が至極真っ当に抗議をした。

 茶柱先生は全て任せる勝手にしろとか言ってるけど、人が倒れるぞやめさせろよ。

 

「まあ、お前達が全てを決めてくれて構わないが、ルールくらいはちゃんと把握してからやることだ。おい平田、配布されたマニュアルを開け」

「は、はい……わかりました」

 

 平田は先生の指示に従い、速やかにマニュアルを開く。

 

「最後のページを見てみろ」

「……これは、マイナス査定について、ですか」

 

 皆に見えるように、平田は冊子を地面に広げた。

 男女もみくちゃになりながら、ほとんど全員が目を凝らしている。順番に読めばいいだろ、なんで密集するんだ。

 

「え、やば……体調不良なったら戦犯じゃん」

 

 女子のひとりが引きつった顔になる。

 冊子に書かれていたペナルティは以下の通り。

 著しく体調を崩すか、大袈裟により続行不能と判断された者はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアとなる。

 環境を汚染する行為が確認された場合、マイナス20ポイント。

 毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合、一人につきマイナス5ポイント。

 他クラスに対する暴力、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属クラスは即失格。対象者のプライベートポイントは全没収とする。

 各所に設置されている挑戦機器を無断切断した場合、生徒の所属クラスは即失格。該当生徒は退学とする。

 

「マジかよ……これ、ずっと野宿とか無理じゃね‍?」

「池、だから言っただろ不可能だって」

 

 山内が池を窘める。

 そんなの絶対体調不良者が出るからな。山内の言う通り不可能だろう。

 それにしても、ペナルティになるのは大まかに分けて5つのパターンか。

 5つめはまだよくわからないが、最初の3つは明らかに無茶を防止するものだ。池が狙っていたような極限生活であったり、

 

「手当り次第ウンコしたらダメか」

「ダメに決まってるだろ牧田。お前、何言ってんだ頭おかしいんじゃないのか」

 

 糞尿撒き散らしたりもアウト。なんでそんな発想になるのかは理解できないが、とりあえず山内が牧田を軽く叱っていた。牧田……せいぎって名前のくせにとんでもない発想するな。ああ、もしかしてトイレを購入しないでその辺で、ってことか? てっきり他クラスの拠点で排便するのかと思ったよ。

 

「糞尿爆弾ってことか……? それはまずいだろ、さすがに」

 

 綾小路がゴクンと唾を飲み込み、無表情で牧田を見ている。いや、多分違うと思うけど確認はしないし、君もしないでね。聞くのが怖いから。

 

「男子ばっかり発言してるけどさ、私達もなんか言おうよ。これあれだよ。ある程度のポイントは使わなきゃダメなやつだって。池君の我慢大会とかありえないから。ありえないから!」

 

 ここで、篠原という女子が発言して、キッと池を睨みつけた。

 

「あ? なんだよ篠原。ポイント求めるのがいけないことかよ」

「そんなこと言ってないでしょ。女子のことも考えろって言ってんの! 野宿とか狩りとか、できるわけないでしょ!」

「野宿もテントもそんなかわんねーだろ! 最初から妥協してどうするんだよ! やるならできるだけやらなきゃダメだろうよ!」

「気持ちはわかるけど、それで体調を崩したら元も子もない。池君、リスクが大きすぎるよ」

「平田ー。萎えること言うなよ。これは試験なんだからキツイのは当たり前だろ?」

 

 池と篠原の言い争いが始まり、途中で平田が割って入る。

 ルールが明らかになった今、それぞれ考えることはあるだろう。池はかなり極端だから置いておくとして、他の皆の意見も多少なりとも割れるはずだ。 

 

「茶柱先生、質問があります」

「なんだ堀北、言ってみろ」

「仮にポイントを使い果たした後、リタイアが出た場合はどうなるのでしょうか」

「その場合、リタイアする人間が増えるだけだ。ポイントは変動しないし、それ以上のマイナスはない」

 

 堀北の質問に茶柱先生が素早く答える。真嶋先生も言っていた、2学期への悪影響はないというのは本当のようだ。

 

「では、最後のペナルティについて教えてください。挑戦機器とはなんなのでしょうか」

「それは出来ない相談だな。詳細は教えられない決まりになっている。言えることは、そうだな。挑戦機器は各所に設置されているが、使用は自由だ。どんなものなのかは自分達で調べ、使うかどうかの判断もお前達が行う。別にスルーしても試験は乗り越えられる。深く考えることはない」

 

 茶柱先生は軽い口調で言ったが、堀北は深刻な顔をしている。そりゃ信用出来ないわな。この学校の大人たちの言葉を鵜呑みにしたら、どんなことになるか。

 俺達は既に知っているんだから。

 

「それじゃ俺からも。点呼の場所は確認させてください。マニュアルには書いてませんよね?」

「いい質問だな早瀬。担任は各クラスと共に試験終了まで行動を共にする。ベースキャンプを決めたら私に報告しろ。私はそこに拠点を構え、点呼はそこで行う決まりだ。それからベースキャンプの変更はできない。決める時はよく考えて決めろ」

 

 監督責任があるからな、と先生は続けた。さらに、これは他のクラスも条件は一緒だ、とも。

 

「後は、そうだな。お手洗についても話しておくか。トイレは最初に支給するが、あくまで簡易なもので、数はクラスに1つだけ。男女共用。ダンボールだから丁寧に使えよ」

 

 茶柱先生はダンボール箱からダンボールを取り出し、俺達の前で組み立ててみせる。

 

「喜べ。着替えにも使えるワンタッチネットつきだぞ」

 

 茶柱先生はニヤリと笑い、ダンボールトイレをパンパンと叩く。トイレはあれだけ。当然、水で流すことなどできない。

 少し遅れて、女子達から悲鳴があがった。

 特に声がでかかったのが篠原と軽井沢で、なぜか男子を睨みつけてきて、凄い険悪な感じになった。

 

 

────────◇────────

 

 

 追加ルール。

 ・無人島にはスポットと呼ばれる場所が点在しており、各クラスは占有する権利を持つ。

 ・占有には配布のカードキーが必要。カードキーを使用できるのはリーダーのみ。

 ・リーダーを1名選出すること。選出後、正当な理由なく変更は不可。

 ・スポットを占有したクラスには1ポイントが与えられる。

 ・他クラスが占有したスポットを無断使用した場合、50ポイントマイナスのペナルティ。

 

 

 

 

 次から次へとルールが出てくる。

 スポットについての大まかなルールは箇条書きにして平田が所持。茶柱先生からの補足もメモされている。

 スポットの占有時間は8時間までで、それ以降はリセットされる。続けて占有することもできて、各クラスが同時に占有できるのは3箇所まで。

 時間いっぱいを使って3箇所の占有を続けた場合、50ポイント以上を得ることができる。ならばガンガン占有すればいいかと言うと、微妙だ。

 リスクがある。というのも7日目の最終日、点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。

 正解したクラスは50ポイントプラス。

 言い当てられたクラスはマイナス50ポイントに加えて、占有で得たポイントが全て無効になる。

 考えなしに占有合戦を始めてしまえば、最終日にリーダーを言い当てられて大失点──という未来も十分に有り得るのだ。

 

 

「早瀬君、そっちは大丈夫?」

「そっちはまだ余裕あるだろ。ペース上げていいよ。こっちは俺が見るから」

 

 さて、()()()()()である。

 トイレ問題とか色々あるけど、とりあえずスポットを探してみようということで方針が決まり、その辺の森の中を探索している。

 グループを組んで手分けしているのだが、ちょっと苦しそうな子がいる。元気そうな平田や篠原、軽井沢達には先に行ってもらった方がいい。

 

「早瀬君、テントは」

「あー、そうだね。預けてもいい? 体は空けておきたいし」

 

 ちらりと後方のグループを見る。前園杏が先頭で千秋ちゃん達が後ろに続いているが、明らかに森さんが辛そうだ。体力がある方じゃないにしても遅すぎるんだが、まさかどっか痛めたか?

 

「早瀬、俺が持つぜ」

「よろしく須藤君。助かる」

 

 平田と手分けして持っているテントのひとつ。それを須藤に預け、道を少しだけ引き返す。

 前園杏が苦笑いを向けてきた。

 

「まじサバイバルだね。この時点でバテバテになってる人もいるし、誰か死ぬんじゃないのこれ」

「やり方を間違えると危ないね。──前園さん、平田君の方に合流して。佐藤さんもペース上げれるでしょ、先行って」

「えー、でも森さんバテてるし、置いてくのは悪いよ」

「いいよ俺が見るから。もっと後ろにも遅れてる人はいるし、まとめて見るから大丈夫」

 

 何が言いたげな前園さんを先に行かせる。麻耶ちゃんは早々に「オッケー」と言い残して、平田達の方に先行していた。

 

「まな君、私は?」

 

 森さんに付き添っていた千秋ちゃんが、自分に人差し指を向けている。あなたまで行かれたらいなくなっちゃうでしょ。俺に水を飲ませてくれる人が。

 

「キツくなってきたら水飲ませて欲しいな。森さんおぶるわ。どのタイミングかは見てなかったけど、足首やったでしょ」

「え、嘘。バテてはいるけど変な歩き方とかしてないし……ちょっと森さん足見せて」

 

 千秋ちゃんが目を丸くして、森さんのジャージの裾をめくりあげる。右の足首が赤みを帯びている。腫れは少しだけど、すぐによくなることはないだろう。歩き続けたら間違いなく悪化する。

 

「だ、大丈夫だよこれくらい……ちょっと躓いただけだし」

 

 森さんは慌てて足首を隠す。よく見ると靴紐が切れている。なおのこと歩かせるわけにはいかないな。

 

「靴紐、いつ切れたの? ごめん私、全然気づかなかった」

「ちょっと前に……それでガクッといっちゃって」

 

 歩き方は自然だったからな。辛いだろうに、なんでだ? この子、そんなに我慢強い方じゃないはずなんだけど。

 

「まな君、おんぶするしかないよ」

「だね。テント渡して体は空いたから、ほら森さんおいで。森さんは軽いから、心配しなくても大丈夫」

「え、ええっ……それはちょっと」

「まな君、触られたくないみたい」

「そういうことじゃなくて! うぅ……松下さんって、なんかキャラ違うよね。前と」

 

 しゃがんで待っていると、ふわっと石鹸の香りが広がった。おしりのすぐ下を抱えて立ち上がると、やっぱり軽いな。それにやっぱ千秋ちゃんより細い。だからなんだって話だが。

 

「森さん、動くからね。痛かったら言って」

「う、うん……」

「へぇ。やっぱり優しいね。それ、私も言わ……最後尾が見えなくなりそうなら伝えるから、後ろは見なくていいからね」

 

 千秋ちゃんはなんか言いかけた。とんでもないこと言おうとしたなこの子。やましいことを想像させるようなことはやめなさい。

 

「じゃあ2人とも、お水欲しくなったら言ってね。森さん、もっとちゃんとギュッとしないと落ちるよ。腕にはちら入れて、そうそう」

 

 ギュッとされてふにゃっとしてるんだけど、千秋ちゃんはどんな指示してるんだ。十分力は入ってたよ。

 思いっきり抱きつかせて、どういうつもりだ。

 俺は千秋ちゃんに目線を送った。必要以上に他の女子をベタベタさせるとか、今までは1回もなかったくせにどういうつもりだ。

 

「はぁ、はぁ……」

「森さん平気? 力入ってるから、もっとこの人に体を預けた方がいいよ。そんな力んでたら疲れちゃうよ?」

 

 どういうつもりだ。

 久しぶりに黒い感情が湧いてきてるから、帰るまでに何とかしてくれることを願う。千秋ちゃんのことはしばらく放置して、森さんドロドロに甘やかしてやろうかな。っていう背徳的なアイデアが出てきちゃってるから、遊び心もほどほどに。

 

 

────────◇────────

 

 

「森さんもよくやるよね。勝ち目ないのにアプローチするとか、私は無理だわー。佐藤さんもそう思うでしょ?」

「まあ、自己責任だしいいんじゃない? 私はやめときなって言ったし、それでもいくなら何も言えないー」

 

 平田君達に追いつく直前、前園さんが心配そうな顔で後ろを見た。

 かわいそー、って顔に書いてある。

 前園さんが本当はどう考えているのかは知らないけど、私は同情とかはしない。

 だって、やめとけって言ったし。

 付き合ってる事実があろうがなかろうが、見ればわかるじゃん。早瀬君と松下さんの空気感に割って入るのはキツイよ。だって、目がさ。どっちも大切な人に向ける目だもん。

 

 

「えー、佐藤さん冷たくない?」

「アドバイス求められて言ったのに、完全無視なんだから仕方ないじゃん。別に友達やめるとか言ってないし、これくらい普通だって」

 

 私はハッキリやめときなって言った。

 仮に奇跡的に付き合えても、あんなに近くにいる子がいるんじゃ無理でしょ。って。早瀬君はあれ、変わんないよ。女から見ればわかるはずなのに、なんでそれでも突っ込むかなぁ。

 

「まあ、恋は盲目って言うし、私らもガチ恋したらあーなるのかもね」

「えー、なに佐藤さん。かわいいんだけど」

「やめいからかうな」

 

 1番になれなくても良くないって、本人はそう言い返してきたから、本当にそうならいいんじゃないの。

 私は嫌だから普通に恋愛しよう。友人の姿を見て学んだわ。悪い男に惚れちゃダメだって。早瀬君は女性関係は悪いよ。前々から疑いはあったけど、確定。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。