松下千秋の余裕 作:中森藤之
シャワーの音で目が覚めた。
布団はちゃんと私の首までかかってる。着崩れてたはずのパジャマも綺麗になってる。冷房の温度はちょうどいい感じで、快適。
「んー……」
スマホを開いたら時間は5時。思ったよりも朝だった。3時間とちょっとしか寝てないのかー。それにしては体の怠さはあんまりないな。
「まな君が上がってきたら、私も入ろ。汗かいちゃってるしね」
スマホを適当にいじり始めると、まず天気予報が目に入った。今日は夜まで雨だ。ちょうどいいや。どうせ外に出る予定はないし、まったりしてる時の雨の音は癒しだ。おちつく。
「ふ、あ……」
あくびが出る。
髪ボサボサだな。いつもより跳ねてる。あんまり触られるとこうなるんだよね。わざわざ直しに行くのは面倒だから、そのまま寝ちゃうけど。
ふむふむ……世間じゃ結婚相談所が人気なんだね。
記事をタップ。女の人達が考えてるっていう普通の男性像、結婚相手の条件が出てきた。
年収500万円くらい。二十代後半くらい。適度に運動してて太ってない。家事は分担。大卒。身長は最低170センチ。
相談者の女の人も何人か載ってるね。顔にモザイクはかかってるけど……年齢はみんな三十代で、専業主婦希望。パートは要検討。
理想、高いな〜。男の人が稼ぐっていうのは昔からの価値観であるけど、今はなにかと男女平等って言われてる社会だよ。平等っていうなら、都合の良いところだけ頼ろうとするのはどうなんだろう。
「まあ、価値観は人それぞれだしね。私は、まずは相手に見合うレベルになれるよう努力しよっと」
スマホの画面をオフにして、ベッドから一時退散。
着替えの準備を始める。お風呂入ったあとに、着替えるのは、またパジャマでいいよね。大きめの半袖と短パン、白いやつ。
これでいっかと手に取ると、浴室のドアが開く音がした。まな君は髪の毛を乾かさないで出てきました。
服はちゃんと着てるね。新しいパジャマ。黒。場所変えたの言ってなかったけど、あちこち乱さないで見つけられたみたいだ。
「おはよう。私もお風呂入ってくるから、二度寝するならしてていいよー」
「二度寝しちゃうかも……ふぁ」
「うん。だから、してていいってば」
それにしても、うーん。また痩せたような……。この人、自分の部屋にいる時は勉強と筋トレを繰り返してて、眠くなると爆走するために外出する。そういう日常を送っているので、自然と引き締まるんだよね。
ここら辺でやめといてくれても、私は一向に構わない。特に体力はこれ以上はいらないかな。
「今日は料理するか……のんびりさせてあげたいしなー」
シャワーの音を聞きながらスマホをいじる。
今日は夜まで雨か。どうせ外には出ないからちょうどいいな。外出しない時の雨は好きだ。部屋の中でダラダラするなら、雨音は良いBGMになるから。
(一緒に過ごせる女友達がいるっていいなー)
中学の頃はお互い実家だったから、四六時中ってわけにはいかなかったけど、行き来自由の寮生活となると入り浸ってしまう。一応、移動していい時間は守っているし問題はないだろ。深夜に忍び込んだりはしてないしな。
松下千秋と一緒にいると安らぐ。
頭の回転が早いから会話は楽しいし、単純に可愛いってのもあるけど、一番は空気感だな。普通、誰かと四六時中一緒にいたら少しはストレスがあるものだが、あの子の場合は全くない。まあ、何年も続けていった後のことはわからないが。
「くぁ……三時間くらいしか寝てないと、さすがに眠いな。先に二度寝させてもらお」
それにしても、最初はとんでもない学校に入ってしまったと慌てたものだ。いきなり10万円を配布されただけでも怖かったのに、一ヶ月後には何の前触れもなしに騙し討ち。
ほとんどの人が騙されてたよな。
10万円のポイントが毎月入ってくるもんだと思ってたら、いきなり0になって大騒ぎだった。種明かしをされたら何も言えなくなってたけどね。
ポイントはクラスへの評価で決まる。
遊び呆けて校則違反も繰り返したDクラスは評価0。だから支給ポイントも0。しっかり者の平田くんは説明がなかったと抗議してたけど、説明がなかったからって遅刻やら欠席やら好き勝手する方が悪い。今後は改めていくしかないな。そんで、ポイントを増やせるタイミングで全力で頑張る……と。
「増やす機会は絶対に来るだろうから、その時にガッといけるかだな」
先生は俺達のことを不良品と。学校は全く期待していない的なことを言っていたが、挽回の機会がないわけがない。ただ上げて落とすためだけに全員10万配ったとかありえないから。最低でもほかのクラスの当て馬にでもなってもらわなきゃ、入学させた意味が全くないだろ。
だから勝負できる場面は来るはずだ。多分。
「頑張れ平田くん。あのバラバラなクラスを上手くまとめられるのは君だけだ」
と言いつつも、俺も無い頭をひねらせてもらうけどね。安全圏から応援だけしてるのは性にあわない。まあ、それよりも先に綾小路くんにお祝いだな。さぞ幸せな感触だったことだろう。佐倉さんってめちゃくちゃ肉感あるし。いい意味で。
夜、部屋から出てきたんだ。
付き合ってないわけがないし、何も起きてないわけがない……はず。
「……」
頭がぼーっとしてきた。
千秋ちゃんはシャンプーとかボディソープの香りにとても気を使っているので、当然ベッドにもその匂いが残っている。
清潔感があって、程よく甘い。隣で寝てると安眠度がめっちゃ上がる。
「あ、起きちゃった? クラクラするなら寝てていいよ。目、閉じてるだけでもいいし」
お風呂から上がった私は、部屋の明かりを落としてベッドに向かった。
そのまま二度寝しても良かったんだけど、せっかく予定を空けてもらったしね。喜ぶことでもしてあげようと思ったわけだよ。寝てる時に癒されるのが結構好きみたいだから、くっついて労る。胸に顔を乗せて……って、体重かけたら起きるよね、そりゃ。
「いや、見てるよ……眠いけど、眼福だし」
「あはは、私の顔は好きなタイプだもんね。近くで見れたら、そりゃ眼福かぁ」
あー……熱いなぁ。
眠そうだけど心臓の鼓動は早い。アンバランスな感じで面白い。
「他に好きなタイプは……雰囲気も含めたら
「いや、大きけりゃ良いってもんじゃないからね。長谷部さんはたしかに綺麗だけど」
「そっかー。アリなんだ。でも、付き合うならいちから教えることになるし……それはそれで楽しいのかな?」
「松下さん松下さん。なんのはなしをしてるの」
「あはは、満足度の話だよ」
喜ぶことを学習して、練習してレベルをあげる。
この人は私の努力に感謝して、満たされて、全力でお返ししてくれる。私達はとても良い関係性だ。
「ふふ。嫁入り修行にもなるし、こういう時間は貴重だなぁ」
「……」
「無言にならないでよ。わかってるよ。むしろ嫁に行けなくなるって言いたいんでしょ」
「今、千秋ちゃんのお父さんとお母さんの顔が浮かんだ……」
「なんでよ。浮かんだとしても言わないでよ。そこはかなとない罪悪感が生まれるじゃん」
ちらっと見ると外はまだ暗くて、耳に入ってくる雨の音がすごく綺麗。私達は適当に雑談をしながら、しばらくの間じゃれ合った。