松下千秋の余裕 作:中森藤之
俺が通っている高度育成高等学校、Dクラスの朝はいつもうるさい。
わいわいガヤガヤ騒がしいはずなのだが、今日に関しては少し静かだ。真顔で黙り込んでいる者、厳しい表情で何かを話している者、その他うんざりとした様子の生徒も散見される。
誰がどう見てもおかしな雰囲気だが、俺は気付かないふりをして友人達に近づいた。いつも通りにフレンドリーな感じで、自分の席とは全く違う方向────友人達のもとに向かっていく。
「よっ、Aクラス目指し
「おい、俺はそんなチームに入った覚えはないぞ。隊員はおそらく一人。堀北だけだ」
ため息混じりに答える男子は、
俺から見ると色々とチグハグな人物で、スポーツはやっていなかったという話なのに筋肉が凄い。体の動きは運動ができる人間のそれ。すっとぼけた顔で、時たま確信をついてくる特徴あり。
本人は自分のことを平凡な人間だと言っているが、俺にはそうは思えない。
「オレのことは外してくれ、その変なチームから」
「俺は登録しかできないから……」
「そもそも、そんなチームないだろ……適当なことばかり言うなよ」
綾小路がため息混じりに答える中、堀北────歯に衣着せぬ物言いに定評のある美少女、堀北鈴音も口を開く。
彼女は綾小路とは違ってやる気に溢れている。なんとしてもAクラスに上がりたいと願っていて、そのためなら他人を酷使することも躊躇しない悪魔だ。
「そもそも、そんなチームはないわよ。おはよう
堀北は涼しげな顔で、髪を耳にかける仕草をした。
どこか憂鬱そうな声を発し、目線だけを俺に向けてくる。少し元気がないな。エールは心の中だけにしておこう。
「松下さんのこと? 別に、常に一緒に登校してるわけじゃないから。今日は佐藤さん達と来るんじゃないの?」
佐藤さんというのはイケイケギャルの佐藤
「そう言われても……私に聞かれても知らないわよ。松下さんが誰と来るのかなんて」
「そりゃそうだ。ところでなんだこれ。空気悪いなーうちのクラス」
俺は改めてクラスメイト達を見渡した。やはり普段とは違う変な雰囲気。空気が悪い。
「あなたね……わかってて言ってるでしょう。須藤君の件でみんなモチベーションが下がっているのよ。彼への恨みつらみもあって、教室の空気は見ての通りよ」
「昨日の話は忘れようぜ。大切なのは今だよ」
「忘れて問題が消えるなら、それはとても喜ばしいことね」
堀北は深いため息をついた。
わかってて適当なこと言ってたのは本当だ。謝るよごめん堀北さん。
この空気の原因、それは
この学校はかなり変わっていて、金を使う際は現金ではなく支給されたポイントを用いる。また、クラス順位もポイント順だ。
ポイントは2種類に分類されており、そのうちの一つは末尾に『cl』と明記されている『クラスポイント』。クラス順位の判定に用いられるほか、毎月のポイントの支給額にも直結する。
そしてもうひとつが、末尾『pr』の『プライベートポイント』。クラスポイントの値×100で、毎月1日に支給されることになっている。そのプライベートポイントを使って、生徒達は飲み食いしたり遊び呆けたりできるのだ。
「んー、やっぱり須藤君の件が決着つくまで支給はなしか。面倒なことになったもんだね」
「ええ、本当に……どうしてこう、うちのクラスは問題に事欠かないのかしら」
俺は学校支給の携帯電話を取り出すと、アプリを起動して『残高照会』を行った。
これは他に例を見ないSポイントと呼ばれるシステムで、二種類のポイント残高を確認できる。また、自分のポイントを他人に譲渡する機能もあるが、カツアゲすると厳しい処罰が待っている。脅迫して他人から金を巻き上げることは許されていない。
「いいじゃん、イベント多い方が楽しくて」
「綾小路君、この人になんとか言ってやって。ふざけたことを抜かしているから、友人のあなたが矯正するべきだわ」
「やだよオレは。人に注意とかしたくない。それにあれだ。早瀬はクソ真面目な人間ではないから、まあこんなもんじゃないのか」
さすが綾小路
俺のことをよくわかってくれている。
「リロードっと。うん。やっぱり振込はなしだな。下手したら今月もゼロか。そろそろ暴動起きるんじゃない?」
画面を再読み込みしてみても、やはり支給ポイントは振り込まれていない。
このまま0だったら誰かしらキレて暴れるかもな。
振り返れば、底辺からのスタートとなった我らポンコツDクラス。初月を遊び倒したことで評価が地に落ち、5月の支給ポイントは0ポイント。このままじゃまずいってことで生活態度を改め、定期テストを頑張り、どうにか勝ち取った雀の涙ほどのポイントは────減点で消え去ってしまうかもしれない。
「そういや、須藤君は来てないの?」
特徴的な赤髪の姿は教室内にはない。気まずくてズル休みしないことを祈る。更なる減点要素を作ったとして、更に非難されちゃうぞ?
「知らないわ。私は須藤君の私生活には興味がないから……でもきっと大丈夫よ。彼は打たれ強い人間だから、この程度で音を上げたりはしないはずよ」
「昨日みたいに針のむしろだったら、俺なら不登校待ったなしだけどね……」
「あなたと須藤君は違うもの。だから大丈夫よ」
そう言いつつも堀北はどこか心配そうだ。入学直後は罵り合ってたのに、いい意味で人間関係が変わってきてて素晴らしい。このまま友情を深めていって欲しいものだね。恋愛が絡んで気まずいことにならないことを切に願う。
「二人は冤罪について調査するんだよね。応援してるから頑張れ。ファイト」
前述したとおり、この二人はAクラス目指し
彼が頑張らなくてもいいように。それと強制する人間と戦うことくらいはできるだろう。堀北さんと戦闘するのは気が進まないが、友達のためだ。綾小路が本当に嫌なら、俺は堀北さんをビンタする。
「まあ、須藤君に直接頼まれちゃったからな……やれることはやるつもりだよ。でも、どうなるかはわからないからな」
「ダメなら仕方ない。それに、冤罪だって確定してるわけでもないし。現時点では何とも言えないよな。もう少し調べてみないと」
冤罪だというのはあくまで須藤の主張だ。
相手側は須藤から襲ってきたと言い張っているし、ちゃんと証拠を集めないとこっちが負ける。なぜなら学校側は相手側────Cクラスの主張を信じているからだ。理不尽に思えるけど、そこは須藤の素行の悪さが災いしてる形だな。それだけが原因とも思えないけど、普段の心象は少なからず影響を与えていると思う。
「
「ああ、うん。俺の方でもほどほどに調べてみるよ」
「それから、直接Cクラスに乗り込んで……なんてことはしないでね。強硬手段に出るのはまだ早いわ」
「そういうのも選択肢にあるんだね……」
「あまりにも理不尽な判決が下された場合、それは受け入れ難いことだもの。須藤君の尊厳を守るためにも、戦うべきだと私は思うわ」
堀北は真面目な顔で、綾小路の肩に手を添えた。ポンポンしている。恐らく『その時はあなたがやるのよ頑張りなさい』ということだろう。
「なんだよ。オレはしないぞ。殴り込みなんて」
「俺もそれはちょっと……松下さんに禁止されてるから、派手な暴力行為はまずいな。窓を全部破壊してCクラスを威嚇したりとか、そういうのはちょっと……」
「誰もそんなことは頼んでないわよ……なによ窓を全部破壊するって」
ともあれ────うちのクラスの立ち位置は、引き続き最底辺で変わらない。7月に入った今もぶっちぎりの最下位を独走中だ。さらには
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Aクラスで卒業できれば、好きな将来が手に入る。
進学先でも就職先でも、この学校は生徒の期待にほぼ100パーセント答えてくれるらしい。それがこの学校に入学したメリットなのだが、将来とまで言ったら大袈裟か。仮に日本でいちばん偏差値の高い大学に入学したとして、大切なのはその後だ。
就職するにしてもそれは同じ。人生は長いんだ。
全く身の丈に合ってない場所に身を置くのはどうなんだろうと、個人的には思います。
過度な背伸びは身を滅ぼす。
これは俺が大切にしている教訓だ。
人間の能力には個人差がある。同じように努力をしても、皆が同じレベルになるのは無理だ。そして、限界を超えて頑張ると人は壊れる。それが自分の意思であれ強制されたものであれ、キャパシティを無視して負荷をかけ続けると潰れるのだ。
稀にどれだけストレスを受けてもピンピンしている異常者もいるが、そんなのはあくまで例外である。
そんなわけで、俺はほどほどに頑張って生きていきたい。発狂するほどの努力とか、最強のスペックを目指したりだとか絶対嫌だ。断固として拒否する。
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「みんなで聞き込み? やめとけやめとけ。
須藤の件で聞き込みを手伝って欲しい────Dクラスのリーダーに頼まれた俺は、検討するまでもなく断った。
リーダーのイケメン、
「俺は同行しない。平田君達のグループが聞き込みするのはオススメしない。聞き込みなら綾小路君と堀北さんがやるみたいだから、そっちと連携して人数を絞った方がいい」
「そうだね……バラバラに動くのは得策じゃないか。それはわかったけど、早瀬君も協力してくれないかな? このままだと宜しくない。先月までの努力が水の泡になるし、なにより須藤君が……」
「俺のコミュニケーション能力は、平田君とそうは変わらない。一緒に回る意味、あんまりないと思うけど?」
「そうは思えないよ。僕が気づかないところにも気づいてくれるし、いてくれると助かるんだ」
平田は言葉に力を込めた。
その信頼はどこから来るのか、俺にはさっぱり理解できない。俺のスタンスとは合わないって自分で言ってたはずなのに、なんで誘ってくるかねぇ。
「ごめん。みんなのためにみんなで頑張ろっていう、そーゆースタンスは凄いし尊敬もしてるけど、今回はお断りさせてくれ」
「……そっか。うん、わかったよ。こっちこそごめん、なんだかしつこくしちゃったみたいで」
俺と平田はよく意見が食い違う。
というよりは、平田が俺を受け入れられない。それが悪いことだとは思ってないけど、伝え方とか気を遣わなきゃで疲れるんだよな。俺が。
「そういや、再構築する件どうなった? やっぱり認められそうもない?」
俺は中庭のベンチに腰を下ろした。買ってきた缶コーヒーの蓋を開けて、ふうと一息。
「そうだね……言っていることはわかるんだけど、僕は良くないと思うから」
平田の顔が曇る。
再構築とは人間関係のことだ。
発端はクラスの学力が不安だと相談されたことで、俺は前から考えていたことを伝えた。
平田を含む人気が高い人間達が協力することで、クラスの人間関係を弄くり回す。一例としては、勉強の出来ない男子を女子と絡ませるようにして、モチベーションを上げさせる、とか。
クラス全体にとってプラスになるように、人間関係を操作するのもアリなんじゃないか、と提案したのだ。かなりキツい仕事にはなるが、平田達ならやれるポテンシャルはあると思う。その時は俺も手伝うとは言ったのだが、平田の答えは『受け入れ難い』だった。
「みんなは駒じゃないよ……そんな個人を無視するようなこと、できないよ」
「でも、結果的にみんなのプラスになると思うよ。今のまま、なんの成長もないグループが乱立してるよりは、よっぽどね」
口調が強くならないよう意識して、穏やかな声で語りかける。
仲間は駒じゃない。そんなことできるわけがない。
そう思うのは立派なことだが、上を目指すならやった方がいいと思う。リーダーとしてAクラスに導きたいのなら、な。
「プラスになるとしても、騙すようなことはしたくないし、誰かにさせるのはもっと嫌だよ。クラスの利益のために交友関係を操作したり、操作できるように指示を出したり……」
「ならそれでいいと思う。今のやり方も間違いじゃないんだし、いけるとこまでいってみればいい。俺は平田君に任せた側の人間だから、基本なにかあったら協力はするよ。ただ、今回は個人的に動きたいから一緒には行けないってだけ」
「! それを早く言ってよ! 本当に放置するのかと思ったじゃないか……」
須藤とはそこそこ交流あるんだし、完全に見捨てるとかするわけないだろ。この男は俺を信用してるのかしてないのかどっちなんだ。
「俺は血も涙もない人間ではないぞ。いや、自分でそう思ってるだけで、周りから見たら……ってことはあるかもしれないけど」
「そんなことは言ってないよ。ただ、早瀬君って線引きがハッキリしてるタイプに思えるから、ちょっと不安に思ってさ」
どこをどう見てそんな風に思ったのだろうか。
完全にその通りだから何も言い返せないが、なんか釈然としなかった。
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「軽井沢さんがガッカリしてたよ。平田君の頼みを断るなんてーって」
「
校内を歩き回ること数時間。
シャーベットを購入して帰宅してみると、イケイケギャルの佐藤麻耶がテレビを見ていた。クマのぬいぐるみを枕がわりにして、うつ伏せで床に寝転がっている。
ルーズソックス似合いそうだけど普通の靴下だな。
別にルーズソックス好きじゃないから、何を履いてようがどうでもいいけど。
「なんでいるんだよ。ここ俺の部屋」
「鍵があいてたから。あと暇だったから」
「答えになってない」
不法侵入じゃないか。
この子、頭大丈夫?
「いやー、相談しようと思ってさ……待ってたんだけど」
「なんの相談? 須藤君の件?」
「ううん、違う違う。お金の相談」
「既に1万貸してるよね? まさかもうなくなったの?」
「そうなんだよ。ビビったんだけど、いつの間にか消えてた!」
「俺もビビったよ。どんな金の使い方してるんだお前は」
訪問の目的は、まさかの新規借入れ。
なんで俺に頼むんだよ。わざわざ侵入してまで……普通に女友達に相談すればいいだろ。
「千秋ちゃんには頼んだ?」
「松下さんには断られた。もう3000円貸したでしょって」
「だろうね。早く返しなよ……ってお金ないのか」
貸せなくはないけど、これ絶対に返ってこないやつだと思うんだよな……。返す意思はあっても無い袖は振れないで、卒業までいっちゃいそうな気がする。
「平田君は貸してくれたって言ってたよ! 軽井沢さんが!」
「よそはよそだから。仕方ないな……5000円だけ追加融資してあげるから、千秋ちゃんには黙っててよ。怒られるから」
「! さっすがチョロ……早瀬くん優しいっ!」
麻耶ちゃんは飛び跳ねるようにして立ち上がった。
あーダメだスカートめくれた。なんでこうこの子は警戒心が薄いかね。俺のことを舐めてるからこうなってるだけなのか、いつもこんな感じなのか。それはわからないけども。
「今、チョロいって言いかけた? ちゃんと感謝しないと貸さねーぞ」
「感謝してるしてる! マジ神サンキュー! お礼に今度、映画でも見に行こうよ!」
「節約しろ? 映画見たいならブルーレイ借りてきてあげるから、すぐ散財しようとするのやめろ」
「じゃあ候補はチャットで送るから、よろしく! そろそろ帰るねバイバイ!」
麻耶ちゃんはポイントの受信を確認した後、ドタバタと部屋から出ていった。
国立名門の生徒とは思えない振る舞い、体たらくである。真面目にやってる千秋ちゃんを少しでいいから見習え、マジで。
────────◇────────
「あれ、佐藤さん来てた?」
ワイシャツの第2ボタンを外して、部屋の中を見渡してみる。私はすぐに気付いた。まな君はなぜかバッと顔を逸らしたけど、やましいことでもあるのかな?
「なんかいたけど……なんでわかったの? 見守りカメラとか仕掛けてないよね、大丈夫だよね? それかエスパー?」
「どっちでもないよ? においをたどっただけ」
「におい……?」
いつもはしない香り。それを知ってる香りに当てはめると佐藤さんだった。凄く簡単な問題だよね。だから、そんなに驚くことじゃないと思うな。
「私が思うに、たかりに……お金を借りに来てたんだね?」
「なんでわかるの」
「私も頼まれたから。佐藤さんそれなりに借金あるしね、踏み倒せそうな人ってことで、まな君を頼ったんじゃないかな?」
「やっぱり踏み倒すつもりなのかアイツ」
「こらこら、アイツとか言わないの」
佐藤さんからまな君への好感度は、まあそれなり。
全然アリだけど急接近する機会があんまりなくて、今のところ何かが起こる気配はない。この人的にもアリなんじゃないかな。スレンダーな子は好きなはずだし、ギャルも嫌いじゃないよね?
「冷房強くしていい? それと今日は暇だから何か作ってあげるよ、なにがいい?」
「リモコンこっちにあるから下げるよ。何度? 夕飯はありがと。冷蔵庫に」
「ありがとう。どうせ暑くなるだろうし20℃で。冷蔵庫には何もないね。冷凍庫ではなぜかトマトが凍ってるけど、お店が閉まる前に買い出しに行こうか」
なんでトマトが丸ごと冷凍されているんだろう。
質問してみたけど本人にも覚えがないらしく、よくわからない謎が増えた。